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「起きなさぁい」
布団を被って横たわる僕の耳をくすぐるかの様な声。陳腐な表現だが、鈴を鳴らすかのようなその声は何回聞いても心地よい。その声で僕の為に詩を歌ってくれたら、例え云十年と時を跨いでもその都度惚れ直すに違いない。
「まぁだ寝ているつもりぃ?」
体が揺すられる。彼女の綺麗な指を布団越しに感じられる。
彼女を知らない人間は、とにかく「冷たい」という印象を抱く。それは、彼女が自分自身を守る為に周囲にその手を以て刃を向けていたという事もあり、余計に拍車をかけていた。彼女はとにかく、近寄るものを「敵」の如く扱った。
しかし、その刃の様に冷たい手は僕に対しては暖かく、柔らかかった。この手の温もりは、おそらく僕しか知らないだろうと自負している。
「いい加減に起きなさぁい!」
ガバッと音がしたと思ったら、体を包んでいた温もりがあっという間に寒気に変わった。布団を剥ぎ取られたと判断するのに時間は掛からなかった。
「さ…寒…」
「日曜日だからっていつまでも寝てるんじゃないわよぉ」

寒さに微妙に身を震わせ、ようよう体を起き上がらせる。寝ぼけ眼を左右に揺らし、やがて彼女を認めた。ピントがずれてぼけている「カメラレンズ」はまず銀色を感じた。それは彼女の象徴たる長髪の色である事が分かる。
「カメラ」を下に少し傾けてみる。肌色と黒色が見える。ようやくピント調整を終えたカメラを通し、脳が働く。脳は一秒経たずして肌色と黒色の正体の分析に成功した。朝っぱらからこんな刺激の強いものを見れるのは男児として幸福だとしみじみ思う。
「…どこ見ているのよぉ…お馬鹿さぁん」
彼女は少し微笑むと、僕の頭を包み込んだ。彼女の肌と温もりを直に感じる。昨晩はあんなにもお互いの肌を感じたというのに、まだ足りない、もっと欲しいと僕の中の「僕」が囁き始めた。その疼きは噴水のように表面化する。
「…水銀燈」
彼女の体温を手で感じる。ふにふにと弄ると、彼女は頬を赤くした。
「やだぁ…ジュンったらぁ…」
しかし、その空気はドアの開く音一つが為にあっという間に崩れる事になる。これは「家族」を持つ身であるが故の宿命か。

「…朝からアツアツなのかしら…」
長女である金糸雀が自分の両親であるジュンと水銀燈の濡れ場に見事に出くわしてしまい、呆れ顔でその場に固まっている。
もちろん、その当人達もその姿勢のまま固まっている。水銀燈は下着姿、ジュンはパンツ一丁。水銀燈の胸を舐め回してたジュンの両手は凍りついたかのように活動を停止し、やがてしおしおと萎え萎んでいった。
「!!!か…かかかかか金糸雀!!部屋に入る時はノックしなさいって言ったでsyoalmかtpさやBまno!!!!」
水銀燈が顔をトマトみたいに真っ赤にさせ、すごい剣幕で…おまけに噛みまくりの早口で…金糸雀を怒鳴りつける。まさか朝から両親が愛撫しあっているだなんて策士を自称する愛娘でも想定外だっただろう。
筆舌に尽くしがたい形相をした母にお灸を据えられるハメになった金糸雀はもはや狼狽する他なく、アップアップしている。そしてその視線は助けを乞うように僕の方へとチラチラ向けている。
金糸雀の救難信号をアイ・コンタクトで受信した僕はベッドから立ち上げる。トランクス一丁という格好をそのままに。
「…ところで金糸雀、今日は(お前にしては)ずいぶんと早いじゃないか?どうしたんだ?」

金糸雀は僕の出した助け舟にかじりついた。
「そ、そうなのかしら!きらき~がおねしょしちゃってお布団が世界地図なのかしら~!」
きらき~とは、雪華綺晶と水銀燈が命名した七番目の娘の事だ。「きらきしょう」というのだが呼び難いという事できらき~等とみんなは呼んでいる。七人姉妹の末っ子で、今年幼稚園に入園したばかりだ。
どうやら金糸雀の言うには、その雪華綺晶が七人姉妹揃って寝ていたど真ん中でおねしょしてしまって、布団にオーストラリア大陸だかアメリカ大陸か、果てまたは南極大陸か分からない絵画を描いてしまったという事だった。
雪華綺晶本人は、自身の年齢が本当ならおねしょを卒業するはずの頃合である事を自覚しているのもあって、顔を真っ赤にしてめそめそと泣きだしてしまったらしい。姉妹みんなが必死になだめているという話だ。
話を聞き終えた水銀燈は…茹で上がった頭をいつの間にか冷ましたみたいだ…床に散らばった自分の服を着込み、
「あらあらぁ、大変ねぇ」
と言いながら部屋をパタパタと出て行った。
それを見送ってからくしゃみを一つした僕は今更ながら自分が裸だったのを思い出し、やはり床に投げ捨てられていた服を着込み、後を追う様に部屋を出た。

金糸雀を連れて部屋に来てみると、えんえんと涙を流している雪華綺晶とそれを慰める娘達がいた。なかなか泣き止まなくて四苦八苦しているのが目にはっきりと映る。
娘達の救難信号…金糸雀よろしく、口で言うよりも先に目で送ってきた…をしかと受信し、「後は父さんと母さんに任せなさい」と同じく目で信号を送る。
心なしか娘達とのシンクロ率アップを感じながらも、僕は莞爾として泣き虫姫に歩み寄った。下着はすでに新しいのに変えられていたが、濡れた布団は案の定そのまんまである。なるほど、なかなかの世界地図だ。
その視線を未だに泣き止まないお姫さまに向けると、顔を両手で隠しているも指の隙間からこちらを伺っているらしい事が分かる。どこか脅えてるような様子を見せるのは、僕か水銀燈に怒られると思っているからだろう。それがたまらなく可愛くて、
「怒ってなんかいないよ、泣く事はないよ」
と、お姫さまを抱きしめてやった。お姫さまは少しびっくりしたらしかったが、じきに落ち着いた。
それからまもなくして、水銀燈が少し遅れて部屋に入ってきた。
「あらあらぁ、見事にやったわねぇ」
例の世界地図を腰に手をやりながら覗き込む。その顔はうっすらと苦笑いを浮かべているようだったが、水銀燈はすぐに動いた。翠星石にシーツを洗濯機に入れるよう指示し、布団は雛苺を手伝わせて物干しまで持っていった。
その際に金糸雀、蒼星石、真紅、薔薇水晶らにも自分の布団を畳むように指示していったので彼女らはそれに従って動く。僕は雛苺の布団を畳んでやる事にした。

「それにしても、雪華綺晶がおねしょするのも珍しいよな。今までなかったろ?」
「そうねぇ。今までなかったから…じゃなぁい?少し気でもゆるんだんじゃないかしらぁ」
さっきの騒ぎが落ち着いて早いこと一時間。子供達と共に朝食も終えた僕と水銀燈はお茶(水銀燈の場合、お茶と書いて「ヤクルト」と読む)を嗜みながら話をしていた。
窓から差し込んでくる明かりが心地よい。本日天気は晴朗かつ、風も無し。日曜日という日は、今日みたいにお日様に恵まれた日でなければ一週間頑張った甲斐というものがない。休みの時は暖かい日差しというものが無ければ休みを取ったという気になれない。
昔の自分ではまるで考えられなかった事だが…人間は何だかんだ言っても、太陽の下で生きていく生き物なんだと実感する。
過去の自分は光から目を反らしていた。外が怖く、人が怖くて家に引きこもってばかりいて、薄暗闇の部屋に己を埋没させていた。心から敬愛する姉には本当に迷惑をかけたものであった。
「…水銀燈」
だが僕は姉と彼女のおかげであれから復学し、光の下へと再び出てきた。
「なぁに?」
そして、彼女自身も。
「…ジュン?」
僕達は同じ高校へと進学し、時間を共に過ごした。授業中でも、授業が終わっても、学校が休みでも、僕達は常に一緒だった。二人の間に線など無かった。
「…くちゅ………ちゅっ」
高校を卒業した後、僕達は結婚した。婚姻届はただ単に国に対する報告文書程度としか思っていない。僕達の絆はそんな紙切れ一枚程度のものではない。
僕は彼女の指輪と自分の指輪を重ね、彼女に長いキスをした。
「…ジュンも大胆になったわねぇ…あの頃からは考えられないわぁ」
そう言って彼女が微笑んだ。僕は少しだけ照れ笑いする。

ふと、背後から多数の視線を感じた。
「…またアツアツなのかしら…」
「…羨ましいですぅ」
「お邪魔…だったみたいだね…」
「お父様…少しは自重していただきたいのだわ…」
「うゆ~…パパとママ、ラブラブなの~」
「………ぽっ」
「………ぽっ」
娘達が勢揃いして僕達を見ていた。
呆れた目でこちらを見る長女の金糸雀。
人差し指をくわえて見つめてくる次女の翠星石。
苦笑いを浮かべる三女の蒼星石。
顔をほんのりと桜色に染めている四女の真紅。
無邪気な笑顔をした五女の雛苺。
両手の指先を頬に添えてる六女の薔薇水晶。
そして…朝の騒動の種であった七女、雪華綺晶も薔薇水晶の真似をしてるのか、両手を頬にやっている。
水銀燈が笑う。
「ほんっと~に大胆になったわぁ。可愛い娘達が見守っている中なのにぃ~♪」
「………」
水銀燈にからかわれたもんだから余計に恥ずかしくなってきた。しかし、かと言う水銀燈も頬が紅くなっているのを僕は見逃していない。それを指摘するような不毛な事はしないが。
話を反らそうと、僕は娘達の方を向いた。
「ところで、七人揃ってどうかしたのか?」

途端にみんな気まずそうな顔をし、変にソワソワしだした。金糸雀が両手を後ろに回しているのを見ると大体オチが見えたような気がするが。
「何を隠しているんだ?」
そう突っついてみると、みんながびくん!と跳ね上がった。九割九分九厘確信。
「正直に言いなさぁい?良からぬ隠し事は承知しないわよぉ」
水銀燈も気づいてるらしく、娘達の喉元につんつんと刃先を突きつけている。姉妹…雪華綺晶以外の…六人、冷や汗をだらだら流し始めた。
ついに金糸雀が観念した。
「…実は…」
そう切り出して、後ろに隠していた物を恐る恐る取り出した。彼女の持っていたのは割れた花瓶だった。その断面から水が滴り、床をポタポタと濡らしているのを眼前に確認し、案の定と溜め息をつく。
「……花瓶…割っちゃったかしら…」
鼻筋が冷や汗で塗れ光っている。その口元は笑みを無理やり作ろうとしているらしいのが伺えるが、いかんせん形が崩れてしまっていてキマらない。許しを乞うているのが痛い程分かる。
水銀燈が口を開いた。彼女は獲物を直接狙うのではなく、その足元を揺らし始めた。
「…でぇ?誰がやったのぉ?」
それを聞くや、雪華綺晶以外の娘達が一斉に自分の隣同士の姉妹を指差した。
「………」

指先と指先を交わした姉妹は次に視線を交わす。その眼は「なんで私を指差すのよ?」と言いたげなもので、姉妹の間で火花が散る。
自分達の母である水銀燈は今やアリジゴクに変態し、自分達のいる足場をぐらぐらと揺すっている。振り落とされない様に、引き込まれない様に…己の保身の為に…みんな必死だった。
チラリと水銀燈を見ると、ゴソゴソと何かを取り出しているのが確認できた。彼女はハリセンを取り出したのだ。「八苦留斗注入棒」という意味不明な書き込みがされた必殺武器を。
「い い か げ ん に な さ ぁ い !」
娘達が口から心臓を吐き出さんばかりの勢いで飛び上がり、又は縮こまった。
「全 員 そ こ に 直 り な さ あ い ! ! !」
「ヒェーーーー!!!」「キャーーーー!!!」
獲物を追いかける猛虎の如く水銀燈が、餓えた虎に牙を向けられた小鹿の如く娘達が、リビングからけたたましく出て行った。今になって始まったことではないがやれやれと溜め息をつき、ぬるいお茶を一口で飲み干した。
くいくい。
何かが服の裾を引っ張っているので視線を下にやる。雪華綺晶だ。
「だっこして」

お姫さまの御心のままに。
両手を広げて彼女を包んでやると、彼女はにんまりと笑顔を見せた。
窓を見る。雲一つ無い相変わらずの青空がそこに広がっていた。
「“本日、天気晴朗なれど”…」
…ドタバタキャーキャー…
水銀燈と娘達の追いかけっこの様子がここまで伝わってくる。やれやれとまた溜め息をつくが、嫌な気は全くしない。
「“波高し”…かな」
僕の言葉にお姫さまは頭にはてなマークを浮かべて、首をひねるだけだった。

  
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