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《以前と以後》(後編)

人気のない夕暮れの体育館、其処にいるのは私と―私に身を任せ、泣く少女が一人。
是で私が男だったら、垂涎ものねぇ…等と不埒な事を思いつく。
―くだらない思考を切り捨て、少女の髪を軽く撫でながら、私は思案する。
このまま彼女の涙が果てるまでこうしていようか―それとも。

「ねぇ、巴ちゃん。みっちゃん先生の質問。―とても真面目な、質問」
「…………ぅ、……………ぐす、ぅぅ…………?」
「応えるかどうかは貴女次第でいいわ。―私は応えて欲しいけれど」
「………………………………」

嗚咽と沈黙が支配するこの場で、返ってくるのは反響された自身の声だけ。
仕方ないかな、と思わないでもないが―だからと言って、言葉を切る訳にはいかない。
例え、是からの質問が彼女の弱々しい心を傷つけようとも。
私は、息を一つ軽く吸い込み、言葉を紡いだ。

「―彼の事が…………――――好き?」
「………………………………………!」
「ふふ、可愛い反応ね。―って、わ、茶化さないから俯かないで!」
「………………私は…………………―――でも、どうして………?」

身を震わせ、嗚咽を繰り返そうとする彼女の肩をぽんぽんと叩く。
その甲斐あってか、彼女は瞳に涙を溜めたまま、私を見上げてくる。
たまんないなぁ…等と腐れた頭の一部が感嘆の声を上げるが、それよりも―
―彼女の言葉を補完するのが先であろう。

「『でも、どうしてわかったんです?』かな。―まぁぁ、わからいでか」
「………そんなに、わかりやすかったですか?」
「いにゃ、『給食の時、その子にだけ大盛り』とかその程度のレベルだったと思うよ」
「分り易いような、分かり難いような……」

多少落ち着いたのだろう―声は時々掠れているが、涙は止まったようだ。
そうでなくては困る、と頭の片隅で思う。
――次の質問は、更に彼女を傷つけるだろうから。
私は、彼女の小さな体を、ゆっくりとした動作で離れさせ――そして、告げる。

「で……さ。どうして、貴女はこんな所で青春してたのかな?」
「どうして……って。先生は……わかっていらっしゃるんではないんですか?」
「わかっていらっしゃらないから聞いてるのよ。―――どうして、
失恋したわけでもないのに、泣いていたの?」

そう。少なくとも、私の知る限り、彼は誰ともそう言う関係になっていない。
曖昧で微妙な関係を続けている筈だ―腹立たしくも、微笑ましく。
一つの可能性として、彼女が告白した…と言う線もないではない。
―だが、彼女の性格からしてその手のアクションは起こしていないだろう…と断定に近い予測は立つ。

「だって……!――それは………その……………っ」
「あぁうん、色々あるよね。自分と相手、自分と友達……秤にかけちゃうよね」
「………………………だから――」
「『だから』――身を引く?諦める?――――貴女は、それで、後悔しないの?」

一言一言を区切って発音する。一つ一つが彼女の胸に届く様に。
私と相対する少女は、何事か反論しようとし、…結局、何も言えず、口を真一文字に結ぶ。
動かない彼女の代りに、そっと指で頬に伝う水滴を拭い、にこりと微笑みかけ、
―私は少女に、最後の言葉を突き付ける。

「心の奥の奥でちゃんと納得できないと…くすぶっちゃうわよ」
「………………はい」
「――それと。眠り姫…じゃないな、居眠り王子は教室で爆睡中だったかなぁ」
「………………ありがとう、ございます」

ぺこりと小さくお辞儀をして、竹刀を手早く袋に入れ、少女は体育館を後にする。
是から彼女が何所に向かうか…それは私の知る所ではない。
ただ、恐らくは向かうのだろう―彼のいる教室へ。決断をする為に。
彼女の瞳が、儚く脆く切なく…そして、美しい瞳が、そう語っていた。

私は囀る。
一人残された体育館で、ふと、十数年前の流行歌を思い出した。
―― 恋せよ乙女 いつかは散るMind その心愛に預けて ――
それは確か、失恋歌だった様に思う。

私は歌う。
その歌詞は、男性から女性への歌だった筈だ―歌い手が男性なのだから。
だけども、…女性から女性への場合ならば、応援歌になるだろう。
そう思い、私は歌った―乙女『以前』の彼女に、乙女『以後』の私からの想いを。

私は思う。
彼女を見送った私は―くすぶり続けている私はどうだろう。
応援歌を歌い終え、その歌詞に余計な御世話だ、と苦笑し―
自らのくすぶりが再燃している事に、――初めて気がついた。



(この後の巴は―切ない保守を致します―もしくは―甘酸っぱい保守を致します―にて)

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