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《以前と以後》(前篇)

分っていた事だった。
私は彼にとって、単なる友人―少し、彼の昔を知っているだけの。
自身の幼い時分の甘い記憶など、彼にすれば記憶の彼方。
それに縋っていたと気付いた時には、もう手遅れだった。

分っていた事だった。
いつも彼の傍にいた彼女―同性の私から見ても、魅力的で、愛らしい。
外見だけではない、内面までも可愛らしく、美しい。
何度願った事だろう―自分も、彼女の様に振舞えたら…と。

分っていた事だった。
彼と彼女が互いに惹かれあっている事は。
不器用なりに距離を近づけていく二人は、微笑ましく、健気で…少しだけ苛立たしく。
だから、分かっていた事だった―私が、失恋するだろうと言う事は。

人影が少ない夕暮れの校内、体育館の剣道場で、私は竹刀を振るう。
行為自体に意味はない…何も考えたくないだけの単純動作。
ただ、先程から浮かぶ雑念の通り、それすらも期待できない様だが。
手を止め、額の汗を拭う―道着も防具も付けていない為、冷やりとした空気だけは心地いい。

「――……何やってんだろ、私……」
「んぅ~、青春してるんじゃないかなぁ」
「――……誰…?―って、草笛先生……」
「はぁい、こんにちは、巴ちゃん。うなじに張り付いた髪が色っぽいわよ」

体育館の入口から声をかけてきたのは、私―私達のクラス担任だった。
あちらからは此方の詳細まで見える様だが、此方からは西日の所為で朧げにしか姿が見えない。
もっとも―動作はある程度捉えられるし、表情は予測できるが。
手をひらひらと振りながら、いつもの賑やかな笑みを向けているのだろう。

「――茶化さないでください、先生」
「あっはっは、性分なんだ。ごめんね?」
「全然、謝罪の色が見えません。―まだ、下校時間は過ぎてないかと思いますが?」
「んぅ、別に早く帰れって言ってるわけじゃないわよ。―ただ……」

言葉を不意に切る、草笛先生。
相変わらず表情は見えないが―そのタイミングに、私の胸が騒ぐ。
もしかしたら、先程の心情が漏れていたのではないか。
――馬鹿馬鹿しい。そんな事有り得ない。そう思った矢先に、先生は口を開いた。

「ただ、こんな所で油を売っててもいいのかなぁ…って思ってね」
「…………どういう、意味ですか?」
「言葉通りの意味よ。『何か』が付加されているなら、それは貴女の心情からだねぇ」
「…………暇を持て余している訳ではないですから」

先生に向けていた顔を、すっと竹刀に戻す。
一連の動作と違い、是には意味があった。
――『私から話す事はもうありません』というジェスチャー。
それをどう受け取ったのか…ちらりと視線だけで確認しても、やはり日の光で読めなかった。

「んーん、貴女も彼と同じでナイーブだねぇ。先生、傷ついちゃうぞ」
「1、2、1、2………っ!」
「彼以上なのかもねぇ。―言い方変えるわ…『命短し恋せよ乙女』ってね」
「―――!……だから、先程から――!?」

苛立ちを隠しもしない声と共に、私は先生の方に振り向く。
だが、面食らったのは、私自身だった。
理由は二つ…一つ、苛立ちを『隠せなかった』事に。
二つ、先生が、手を伸ばせば届く範囲に近づいていた事に。

「な…!何時の間に……!?」
「普通に歩いてきたわよ。―気付かないほど、ソレを続けたかったの?」
「……別に、そう言う訳では……」
「そう――じゃあ、さっきの言葉がよっぽど心に響いちゃったのかな?」

眼鏡越しに此方を見てくる瞳と投げかけられた言葉に、私は縛られた様に身動きもできなかった。
―だけど…だから…でも…それが…――その『言葉』が、私に何の意味があると言うのだ。
恋はしている―いや、していた。
諦めはついた―いや、ついている…筈だ。―筈なのに、………私の二つの眼から、水滴が流れ出る。

「私は……全然……辛くなんか…っ」
「とりあえず、乙女『以前』の貴女に、胸は貸したげるから。ほら」
「辛く……、ぅ、ぅぁ……ぁぁぁぁぁぁぁ…………っ」
「ったく、こんな可憐な少女を泣かせるとは。彼も罪作りねぇ…」

そっと背を撫でてくれる先生―だけど、言葉までは聞き取れなかった。
私自身の…嘆き声で。
この声が途切れれば、この涙が枯れれば…私は諦められるのだろうか。
胸の奥に湧いた疑問をかき消す様に、私は唯、先生の胸に顔を埋めて、泣いた。

―――《かくて少女は痛みを乗り越える》 END

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