分かっていた、彼女の気持ちくらい。
それでも良かった。手に入りさえすれば良かった。
その時、自分は何かに憑かれていたのかもしれない。
──hand in hand『繋がれた手』
12月の上旬。
彼女が何の前触れもなしにそう言ったのは確かそのくらいの時期だった。
思えば、妹はしっかりした子で悩みや考えを他人に明かさないタイプだった。 でも、私は違うと思っていた。私はその『他人』ではないと、思っていた。
「僕、薔薇学行くから」
私立薔薇女学園高等学校、通称で薔薇学は都心にある全寮制の超がつくお嬢様学校である。
その歴史は百五十年を越えており、金持ちの箱入り娘が通うような学校であったが最近では庶民の娘達も通ったりすると言われている。
しかし、超がつくような学校では、やはり超がつくほどに厳しいと言われ、かなり頭脳明晰でないと入れないのである。
「何の間違いですか?」
確かこの妹は私と同じ高校しか受験しないはずだ。薔薇学の願書を出したなど、聞いていない。
「ごめんね、内緒にしてたんだ」
申し訳なさそうに微笑む妹を前にこちらは驚きのあまり何も言えなかった。受かったらの話だよ、と言う声も右から左に流れてしまう。
「な、何故ですか?」
「ん?」
「何で黙ってそんなことしたですか?」
妹は少しうーんと唸ると、行きたかったからだよ、と微笑んだが私が聞きたいのはそんなことではない。
「何で黙ってたのかと聞いたのです!」
感情の昂りから強くなった語尾に妹は驚いたように目を丸くさせた。
「何で、っていちいち言わなきゃいけないことでもないじゃない?」
「っ…!それは、そうです、けど」
幼稚園から一緒に何でもやってきた。愛想のよい妹の本心を分かってあげられるのは私だけだと思っていた。
なのに、今は目の前の妹が何を考えているのか分からない。
チラリ、と目線を送るとそこで微笑んでいる妹がまるで他人のようだ。
「…ですが」
辛さとか寂しさとか言い表せないような胸が痛む感情からギュ、と制服のスカートを掴む。
「寂しいのです…」
姉妹が違う学校を受験しただけでこんなことを言うのはおかしいのかもしれない。
一つ屋根の下で暮らしているのだから家でなら嫌でも顔を会わせることができるのに。
でも、そんな言葉が飛び出るほど辛かった。
下を向いている状態では妹が今どんな顔をしているのかが窺えなかった。妹はスカートの裾を握っている私の手を取ると同時に私の名を呼んだ。
「僕のこと、好き?」
素頓狂な質問に思わず顔を上げると真剣な眼差しの妹と視線が絡んだ。
「え?」
「もちろん、そういう意味で、ね」
目の前の妹にふざけた様子は微塵もなかった。そういう意味とは、そういう意味なんだろう。
「僕はね、好きだよ」
私の驚きは顔には出なかったらしい。妹は更に話し続けた。
「でもね、叶わないのは分かってる。だから離れようと思う」
ごめんね、とやはり笑顔で手をそっと妹は離した。
そして、振り返り自室へと向かおうとする。
「……待つですっ!」
その声に妹は立ち止まってみせたが、振り向こうとはしない。私はそんなのお構い無しに捲し立てる。
「ど、どうすればいいのですか…?」
「告白のことなら忘れて…」
「そうじゃなくて!」
妹がゆっくりと振り返った。
「学校のこと?」
私には無言でゆっくりと頷くことしかできなかったが、気配だけで妹が近づいてくるのが分かった。
「さっきも言ったでしょう?僕は離れようと思ってるんだ」
「私のことが好きだからですか?」
妹は無言だったが、肯定と取って間違いはないだろう。
「僕のこと、好き?」
これに頷けば、妹は私から離れない。首を縦に振るだけで良いのだ。
なのに、何故こんなに心臓がうるさいのだろう。
「……っ」
ゆっくりと縦に振られた首はおそらく少し震えていたはずだ。
「本当に?」
何故だろう、こんなに妹が威圧的に見えたのは。私は再度、首を振る。
「じゃあキスして?」
「っ…」
俯き続けている私の両手を妹がそっと握った。恐る恐る顔を上げるとやはり真剣な眼差しでこちらを見ている。
「やっぱり無理だよね?」
妹は心底寂しそうに眉を下げ、ゆっくりと手を離そうとする。
「無理じゃないです!」
もうするしかない。私はそう悟り、今度は自分から妹の手を強く握った。
「目ぇ、瞑りやがれ、です」
上手く喋れているのだろうか。無感情のような表情の妹はゆっくりと瞼を伏せた。
「っ……」
どのくらい時間がかかったか分からないが、私の唇はゆっくりと妹のそれに触れた。
『恋人』が『家族』になるのはよくある話だが、『家族』が『恋人』になるのはなかなかないだろうな、と考えるほど以外に私にも余裕があったのかもしれない。
浴室のドアをゆっくりと開ける、既に眠ってしまった『家族』いや、『恋人』の目を醒まさないように。 水を洗面器にためながらライターと一枚の紙切れを取り出す。
洗面器の上で『薔薇女学園高等学校』と書かれた願書にライターで蒼星石は火を付けた。
続く
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挿っし絵