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「ジュン君~。真紅ちゃ~ん。朝ご飯出来たわよぅ~」
お味噌汁が出来上がり、鮭も焼けたので上の二人を呼んだ。
「ええ、今行くのだわ。ほらジュン!もう少しシャキッとしなさいシャキッと!」
「朝なんだから仕方ないだろ…ふぁあ~」
「まったく、夜遅くまで起きてるのが悪いのだわ。早寝早起きは生活の基本よ?」
ジュン君が真紅ちゃんに小突かれながら降りてきた。と言ってもまだ半分寝ているみたいだけど、熱いお味噌汁を飲めば目も覚めるでしょう。
「今日は和食だけど…真紅ちゃんは紅茶?」
「ええ。お願いするのだわ。…ジュン、いい加減目を覚ましなさい。ほら、貴方のお味噌汁よ」
「ん~…あちち」
こんな二人を見ていると、なんだか自然と笑みがこぼれてしまう。こういった当たり前な日常も、ちょっと前までは忘れかけていた。
「ふぅ…。えっと醤油、醤油…」
「貴方の左手の近くよ」
「おお、サンキュー」
甲斐甲斐しくジュン君の世話をする真紅ちゃん。そしてそれを見守る私。
今、私は幸せだ。そして多分、真紅ちゃんとジュン君も。
ならこれでいい。これが私達の理想的な在り方なのだから。そう、だから私は-
「あら、そろそろ時間よぅ。二人とも準備は出来てる?」
「ええ、昨日のうちに済ませたのだわ」
「ん、そうだったけ?」
「私が寝る前にしていたでしょう?今日は体育があるから体操着が鞄の側にあると何回も…」
また小突かれるジュン君。まぁ、弟の朝の血の巡りの悪さは今に始まった事じゃないんだけど。
「ふふっ。じゃあお姉ちゃん朝練があるからもう行くね?」
「いってらっしゃい、のり」
「おー」
出ていく時も、あれこれと注意する事も無い。真紅ちゃんがついていれば、何も心配することは無いんだから。
「行ってきま~す」
だから私は、そう言うだけ。それだけを告げて、学校へと向かうだけでいい。そう、それは私が- 



「ねぇジュン君…?ご飯出来たから…その、一緒に下で…」
一応お盆で持ってきてはいるけど、こう言わずにはいられない。けれど、弟の反応は何時も決まって、
「・・・」
このドアの向こうからは、ただただ沈黙が流れるだけ。あと二、三回誘えば怒鳴られるだろう。
「じゃあ…ここにお夕飯置いて置くから…今日はお姉ちゃんの自信作なのよぅ!味わって食べてね?」
無言の扉と料理を背に、私はリビングへと戻っていった。

今日はパパの誕生日。だからいつもママがパパの好物だからと言って作っていたビーフシチューを作ってみた。
「…うん。美味しい」
味に関して言えば、ママの作ってくれたものとそう変わらない。ただ違うのは…
「・・・」
このシチューを、一人で食べている事だ。
ママが作ってくれた時は、家族四人でテーブルを囲み、笑いながら食べたものだった。日頃パパが忙しいから、シチューよりも家族みんなで食べる事の方が嬉しかった記憶がある。でも今は…
「…はぁ…」
目の前のシチューが美味しいだけに、孤独感が何時もより強く感じられる。慰めにとつけたテレビも、あまり効果が無かった。
ジュン君は…パパの誕生日の事を思い出してくれてるだろうか。このシチューの味を覚えていてくれているだろうか。
「パパ…ママ…」


あれは突然の変化だったわ。
ある日学校から帰ってみると、ジュン君がベッドで布団に包まりうなされているのを見つけの。始めは食あたりか何かだと思って胃薬を置いてそっとしていたんだっけ。
でもその翌日から、ジュン君は学校へ行かないって言い出しちゃって。担任の先生に聞いてみても、原因がわからないって言うし。なんでも総会の途中で戻しちゃったらしいの。
私ビックリしちゃった。だから今度はもっと効き目のある整腸剤を買ってあげたの。そんなに悪い食中毒だと思わなかったのよぅ。 

…それが“ひきこもり”と呼ばれる症状だって知ったのは、一週間くらいしてからだったかしら。ジュン君が学校だけじゃなくて、家から出たくないって言ってきたのがきっかけだったわ。
そこで私はその“ひきこもり”について調べてみることにしたの。本屋に行くとたくさん並んでいたので探すのには苦労しなかったけれど、読んでみてもイマイチよく解らなかったのよぅ。
それでも頑張って読んでいって、いくつかの対処方を試してみることにしたわ。だって、ジュン君は私の弟なんだから。私が支えて助けてあげなくちゃね!
けれど、どれも上手くいかなかったの。むしろ悪化させてしまった気さえ…。それがとても辛かったわぁ。
今は前ほど重症ではないけれど、どうしても部屋に入れてくれない。話しをしてくれないの…。


ジャー。ガチャガチャ
「ふぅ…」
一人で食器を洗いながらつい思い出してしまう。ただ、ジュン君がシチューを綺麗に食べてくれたのは嬉しかった。パバの誕生日の事、思い出してくれたといいけど…
なんとかしてあげたい。だけど、どうすればいいのか解らない。何度も巡らせた答えが出ない思考に耽りながら、もう一度本を読み返し、眠りにつくのが日課になっていた。



『私はジュンと同じクラスに転校してきた真紅という者よ。ジュンに合わせて頂戴』
転機が訪れたのは、本当に突然。いきなり現れたのが真紅ちゃん。なんでも、小さい頃に遊んだ事があり、最近こちらに越して来たんだって。ジュン君、こんな女の子とも付き合いあったのねぇ。
『えっと…真紅ちゃんだっけ?今…ジュン君はその…』
『ええ、おおよその事情は把握しているのだわ。私が居ない間に随分鈍ってしまったようだから、住み込みで鍛え直す事にしたの。よろしく、のり』
『え、ええ…ええ!?』 

始めは驚いたけれど、ジュン君が真紅ちゃんを見た時の顔ったら…
『ジュン!いるのでしょう!?早く顔を見せなさい!!』
ガチャ…
『まさか…し、真紅!?』
驚いたり恥ずかしがったり(恐がってもいたような…)、しばらく見てなかったジュン君の感情の変化を見ていたら、一緒に住むのも色々と良いきっかけになりそうって思えたの。

それからは驚きの連続だったわねぇ。真紅ちゃんと暮らしているうちに、ジュン君がどんどん元気になっていくのがわかったの!
一緒にご飯を食べたり、テレビを見たり、買い物に行ったり…どれも始めは真紅ちゃんに引きずられてイヤイヤみたいだったけど、だんだん当たり前の事になっていってね?
私にはどんなに頑張っても出来なかった事を、真紅ちゃんは次々とやってのけたわ。真紅ちゃんは綺麗で、優しくて、強くて、物知りで、頭も良くって…私より年下なのに、本当によく出来た子よぅ。
だけど…その頃からだったかしら。二人を見ていると嬉しくなるんだけど…その、別の感情が沸いてきたの。だけど、それが何なのかまではわからなかったわ。ほら、私ってば鈍感でしょう?
でもね、少なくとも気分の良いものではなかったから、私はソレを気付かないふりをしてやり過ごす事にしたの。他にどうしていいかもわからなかったし…。 

そしてある日、ついにジュン君が『学校へ行く』って言ってくれたのよぅ!私嬉しくって嬉しくって、お赤飯に味の素かけちゃった。
それで、二人が部屋で準備をするって言うから紅茶とケーキを持って部屋に行ったの。ジュン君の今学期始めての登校なんだから、ちゃんと手伝ってあげなきゃね!でも、そこで…

『ほらジュン、筆箱に消しゴムが入ってないのだわ。あとノートの数も足りないのではなくて?』
『えと…明日理科の実験ってあるけど…』
『それは問題ないのだわ。簡単な電流の実験ですもの』
『そ、そうか。でさ…』

ドアの向こうから聞こえてくる二人の会話を聞いていたらね…?その、気付いちゃったの…。いきなりだったから凄く動揺しちゃったんだけど…。『ジュン君を側で支える役目は真紅ちゃん』って事に…。
本当なら…家族でお姉ちゃんの私の役目なのよね…。私も、そう思ってたわ。だけど…私じゃ役不足だったのね…。
だってそうでしょう?ジュン君をここまで元気にしてくれたのは真紅ちゃんだもの。私がどんなに頑張っても出来なかったのに、真紅ちゃんは当たり前のようにやってくれた…。そして私すら、成長させてくれた…
『姉ちゃん?そこにいるのか?』
『…あ!えと、その、お茶を持って来たのよぅ!だから、ここに置いておくから真紅ちゃんと飲んでね?じゃあお姉ちゃん洗いモノがあるから!』
『お、おい…!』

こんな顔で今のジュン君に会えないもの…だから、お盆を置いてリビングに走ってきちゃった。
それで、紅茶を飲めば少しは落ち着くかなって思ったんだけど…
「パパ…ママ…変ね…。あれだけ待ち望んだ事なのに…何だか、胸がつぶれそうなの…」
ジュン君が頑張って学校へ行こうとしているのに。こんなに嬉しい事は無いハズなのに…。
そう…だから、今流しているのは嬉し涙なのよ。絶対に…絶対に悔し涙とか悲し涙なんかじゃないんだから…!弟が頑張って成長してる時にそんな涙を流す姉なんて居るわけない…!!
だけど、お風呂に入って、ベッドに潜り込んだ時も…また涙がこぼれちゃった…。
『ダメだなぁ私…お姉ちゃん、失格ね…ジュン君…』 



そして登校の日。通学の途中であれこれ悩むのはイヤだと言って、随分早くの登校となった。
私は真紅ちゃんと玄関の外で待っている。
「ねぇのり。ジュンはどうしたの?」
「ん~、なんか気合を入れてるとかなんとか…」
下駄箱の前で奇妙なポーズをとったり、パンチなんかしているジュン。はたから見ると危ない人だが、本人にとっては大事な儀式なのだろう。

「ねえ…真紅ちゃん」
「なにかしら」
「ジュン君の事…よろしくね?」
真紅ちゃんは直ぐには答えなかった。こちらをじっと見ている。きっと、私の言葉の本当の意味を敏感に感じとったんだろう。本当に鋭い子だ。
「ええ…任せなさい、のり。この真紅が責任を持って鍛えていくのだわ」
それを聞いて満足した私だったが、真紅ちゃんが言葉を足してきた。
「でもね、のり。ジュンが安心して前に進めるように、ちゃんと後ろから見守る人も必要なのだわ」

ジュン君が玄関から出てきた。覚悟を決めた様子を見ると、どうやら儀式は済んだようだ。
「では行こうかしら、ジュン」
「ああ。じゃあ行ってくるよ、姉ちゃん」
「…ええ。いってらっしゃい。ジュン君」

…そうだ。私にはまだやるべき事がある。側にいる役目になかったのは残念だったけど、家族として姉として、弟の成長を見守っていかなくてはいけない。
そしてジュン君が、安心してこの家に戻って来れるよにしなくてはいけない。
私には、その責任があるのだから。
「…よし!じゃあお姉ちゃんも学校に行かなくちゃ!」
鼻歌混じりに家に戻る。昨日の嘆きはスッキリ無くなっていた。本当に真紅ちゃんには助けてもらってばかりだ。…今日の夕飯は花丸ハンバーグにしようかな。
「今日こそはコレクトメールでいい報告が出来そうね。待っててね、パパ、ママ!」 

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