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私たちにとっては憎むべきもの以外の何物でもない。
あれは私たちの身を焼き、突き刺し、抉る。
執拗に、無感情に、あるいは泥のように。
私たちが何をしたっていうの?
『存在自体が罪』だとでも言いたいわけ?
『容赦』。それを知らないあれは、今日も私を焦がす。
外の世界へと這い出た私を、拒絶するかのように。

働く私は今日も仇敵と出会う。
真っ白のコートを羽織り、暑さに耐え、仇敵の下を歩く。
そうだ、挨拶をしなければ。
消えることのない、打ち勝つ事のない、憎い憎い、あれに。
「おはよう、私の敵」
太陽なんて。大嫌い。



「須藤さん、調子よさそうですね」
薄暗い部屋の中。午前中だというのに窓を締め切っている。
そこにいるのは、須藤と呼ばれた初老の男性と、ジュンと、私。
ジュンは初老の男に話しかける。
「でも、血液パックあんまり減ってないですねぇ」
ジュンは血液の入ったパックをつまみ上げ、底の沈殿を眺める。
「ああ、私も気になっているんだよ。あまり”食欲”が湧いてこなくてね」
須藤という男が口を開くたびに覗く、鋭い犬歯。
異様なまでに白い肌。それらが彼が吸血鬼であるということを物語っている。
「吸血鬼といえど、ちゃんと必要な分の栄養とんなきゃダメですよ。
 ・・・それじゃあちょっと血液パックの量、減らしてみましょうか」
「そうしてみようか」
「あーでも、こっちの薬はちゃんと飲んでくださいね。
 あと、血液は減らしますけど、その分薬の量は増やしますからね」
「迷惑かけるねぇ」
「いいえ、僕たちはあなたがたのお陰で生活が出来てるんですから」
ジュンはふふふ、と笑う。
「それじゃ、また何かあったらいつでも連絡くださいね」
「ああ」
「薬、置いてきます。代金はいつもどおり振り込んどいて下さいね」
「それではまた来てくれよ」
ジュンは須藤さんにゆらゆらと手を振り、部屋を後にした。
私? 私は物陰からジュンとおじさんのやりとりを見ていただけ。
じっと見学に尽くす。それが新米のたしなみ。

「ふぅ」
時刻は11時ちょっと前。
こうしたやりとりを、今日一日で四回くらいは目にしたと思われる。
「これで、今日のおつとめは終わり。・・・さて、水銀燈。何かどっか行きたいところある?」
たずねられた私は間髪入れずにずばり答える。
「寝床」
「面白味のない奴だねぇ。お前は本当に女の子か。まぁ仕様がないっちゃ、ないけど」
「女の子に変な理想持ってるんじゃないのぉ?」
ジュンはお天と様を眺め、にぎわう市場の方を眺め、ひとつ、ため息をつく。
彼の視線の先にあるのは、猥雑に並んだ露店たち。
きらびやかな装飾品、新鮮そうな魚。よく熟れていることを示す鮮やかな果実。
「・・・そいじゃあさ、ちょっと早いけど、どっかに何か食べに行こう」
「いいのぉ? 双子はどうするのよぉ」
「双子とはホテルで合流すりゃいい。なかなかいけるスパゲティ出してくれる店があるんだ。一緒に食べに行こう」
「あそこの店」
ジュンは店の方を指差す。
ジュンの指先には男性二人組みの姿があった。
「ほら。お今、面白そうな連中が店に入ったぞ」
そして彼らの胸元には、オレンジ色の、太陽をあしらったワッペンが付けられていた。
「実に、面白そうだ」
ジュンはそれを見るなり、にやり、と笑った。
「今日は僕がおごってやるよ」
「おごるも何も、私、お金なんて持ってないもの」

「海鮮ぺペロンチーノスパゲッティひとつ」
「じゃあ私もそれ。あと、カ○ピスソーダつけて」
「おい水銀燈、にんにく入ってるけどいいのか?」
「『吸血鬼』がにんにく食べれないなんて、そんなの迷信よぉ。ジュンはもしかして、信じてたのかしらぁ?」
吸血鬼という単語を強調しろ、というのはジュンの命令である。
ウエイトレスのおばちゃんの表情が少々強張る。
まわりの人のこそこそ話も増えたような気がする。
吸血鬼であり、視覚、聴覚、嗅覚などが常人にくらべて
はるかによい私には、こそこそ話もへったくれもないのだけれど。
横目で、おばちゃんが私たちにいらついた目線を向ける。
一方ジュンは、そんなことはお構いなしというように
先ほどのオレンジのワッペンを胸につけた連中の方を見ている。
そこに座っていたのは、厚着で体格のいい男、痩せ型だが背の高い男の二人。
二人は揃って、憎憎しげな表情を浮かべ、顔を歪ませていた。
「注文はこれでいいの?」
「あ、すんません。お願いします」
ジュンは背筋をまるめて、苦笑いを浮かべながら後頭部をかきかき。
・・・意外と小市民じみた男である。
ジュンはにやにやと私を見て笑い、親指を立てる。
どうやら、『計画通り』という奴らしい。

先ほどまでの会話は、全てジュンの台本通りに進められている。
『オレンジワッペンから面白い話が聞けるかもしれない』と、店に入る前にジュンは言った。
だけれど、私たちが座っているのは、彼らから遠く離れたところにある席である。
「よし、動揺してる。『糸』がうまいことほつれてるな」
ジュンは男たちの方を眺め、言う。
大分離れた席で、厚着の男がどことなく、そわそわしていた。
「糸?」
「細かい事は気にするな。要は『考えてる事が読みやすくなった』ってことさ」
ジュンはそう言って、手をコートのポケットにつっこみ、もぞもぞと動かす。
何を取り出すかと思えば、彼がポケットから出した手で持っていたものは、ただの紙コップ。
紙コップを左手に持ち、右手を宙でかき回す。はたから見れば、完璧に怪しい奴だ。
私から見ても十分怪しい。正直、この場所から離れたいと思っている。
そして彼は何かをたぐりよせるかのようなパントマイムを見せたかと思いきや、
指先で掴んだ何か(?)をコップの底へと繋いだのだ。
「糸電話、完成」
「・・・頭大丈夫?」
「・・・僕が始めてこれ見せたときは、みんなそう言うんだよなぁ」
やっぱり彼の行為は一般世間的に見ておかしいらしい。
私の(ひきこもりのであろうとも)感覚は目の前の彼よりはまともなようだ。
周りの人も、ウエイトレスの皆さんも、明らかに私たちのことを訝しんでいる・・・!
逃げたい。私は今、猛烈にここから逃げ出したいという感情に駆られている。
「そんなに引くなよ。・・・これ、耳に当ててみろって」
・・・! 私に仲間入りしろっていうの? 変人の?
「人じゃないくせに」
「禁句よ、禁句」
もはや、考えを読まれることには慣れてしまっている私がいた。

「ということで、これを耳にあてて」
「嫌よぉ! 他のお客様の迷惑になるわよぉッ!」
「お前が暴れさえしなきゃいいんだよ。えいっ」
無理やりということもあり、ジュンが私に覆いかぶさる形になっている。
・・・要するに、現在、私はジュンと限りなく近い距離感で見つめあっているのである。
胸がどきどきする。まつげがこそばゆい。
私の耳に紙コップを被せるジュン。
『バカップルか、ありゃ。・・・吸血鬼を彼女にしてるってんなら本物の馬鹿野郎だけどな』
次の瞬間脳に響いたのは、見知らぬ男の声。男のセリフを聞き、私の体温がさらに上昇する。
「あの右の厚着してる奴の声だな、こりゃ」
ジュンがとなりで呟く。
「”会話”とは”言語”というツールを用いて”心の糸”を互いに絡ませあうコミュニケーション方法。
 ”心の糸”を使うのならば、そこに介入することは、僕にとっては昼飯前だ」
ならば彼が先ほど手繰り寄せたようにみえたあれは、心の糸とやらだと言うのだろうか。
「吸血鬼がいるんだ。こういうことをできる人間がいたって、不思議じゃないだろう?」
ジュンは言った。
『ほっとけ、ここで騒ぎを起こしたら捕まるのは連中じゃなくて俺らだ。吸血鬼狩りはまたの機会に、だ』
「吸血鬼・・・狩り? 物騒ねぇ」
「そういう人間の集まりなんだよ、あれは」

『で、あの女の行方は掴めたのか?』
『さっぱりだ。さすがに小さいときからサバイバルをしてたような人は違うねぇ』
『期限はあと1ヶ月弱。本部に戻る時間も考えるとあと2週間くらいでケリをつけたいな』
彼らは、人探しをしているようだが・・・。
ジュンの顔を見る。別段普段と変わらないようだが、彼の瞳はどんよりと曇っている。
濁った瞳で、何も全てを見透かしているようで、だけど何も見ていないようで。
そんな彼の目は、目の前の私にすら焦点が合っていない。
先ほどの明朗快活なジュンは、もはやそこにはいなかった。
『でもよ、本当にここにいるんだろな?』
『ここで最後に確認されたってことしか手掛かりがないんだよ。
 だけどな、女が連れさったガキの吸血鬼は結構重傷らしい。
 あの女、吸血鬼のガキだけは殺すまいとしてた。ならそいつ傷がよくなるまではここにいるだろ』
『でも吸血鬼ってんなら、傷の治りとかも早いんじゃないのか?』
『どうやら、そいつはハーフらしいんだ』
ぎょっ。
とする。
まぁ流石に、私のことではあるまい。怪我負った覚えとかないし。
『だからまぁ、あと2週間くらいはここ動かないんじゃないか』
『だといいけどな』
「肝心な内容が聞けてない」
ジュンは仄暗い瞳で呟く。
「話の流れはわかった。裏切り者の女が出て、そいつを追う男が二人。
 でも、その裏切り者の女ってのは誰なんだ」
「・・・まだあいつらの会話は終わってないわよぉ」
『・・・殺していいんだよな』
『生かして捕らえるよりはずっと簡単だな。二人でかかっても勝てるような相手じゃないしな。
 腐っても分団長だった人間だ。なめちゃいけねぇ。それに”太陽”から情報もいくらか持ってったらしい。
 とりあえず柏葉団長が死んで困る事はないが、生きてて困る事は山積みってことだ』

「柏葉団長・・・」
彼の表情が目に見えて曇りだす。
「まさか・・・あんたの知り合いなのぉ?」
「・・・ああ」
そういい、彼は体を起こす。
「まだ”太陽”なんかにいたなんてなぁ・・・」
ジュンは力なく、ハハハと笑う。
自分の愚かさを。
『柏葉』なる女性の愚かさを。
そして再び廻り遭うことになる二人の運命を。
「つくづく、この世はうまくできてるみたいだな、神様よ」
ふと横を見ると、若い女性が困りきった顔で、目線をおろおろと動かしていた。
私が苦笑いを浮かべ、会釈すると。
彼女はぺペロンチーノと、トマトジュースを、私の目の前の机に置き、そそくさとそこから立ち去った。

”太陽”なる不吉なネーミングの組織。
そこを裏切った柏葉という名の女性。
問題は山積みである。


第九夜ニ続ク




不定期連載蛇足な補足コーナー『最近はスルーされがち吸血少女とメガネ』

銀「吸血鬼でもにんにく、食べれるのねぇ」
ジ「この作品ではね。もともと吸血鬼なんて民話とか伝承とかの中での存在だからな。
  何が出来て何が出来ないとかは地域とかによってあやふやだったりするのさ。
  似たような性質の化け物と混同されてできた設定とかも結構多かったりするらしいし」
銀「じゃあ、この作品の私は十字架のアクセサリーとかもOKとかだったりするわけぇ?」
ジ「退魔の力を宿していなければ、身につけても何ら問題はないな」
銀「退魔の力って?」
ジ「太陽の力だったり、生き物の生気であったり、祓う相手によってまちまちだな。
  で、いろんな退魔の力をミックスして、汎用性を持たせたのが聖水。大抵の魔族には効く」
銀「第七夜で私が翠星石にかけたれたあの水が聖水なのぉ?」
ジ「その通り。あいつの如雨露は、中に貯められた液体を聖水とすることができる。
  ちなみに聖水で床に線を引く事で結界を作ったりもできるな」
銀「へェー。・・・じゃあ、魔族が聖水とか退魔の力に打ち勝つ方法とかあるのかしらぁ?」
ジ「ない」
銀「なんだか残念な気分だわぁ」

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