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《優しい暴力》

気付いたのはいつですか?
陳腐な事だったが、…いや、或いは誰でも似たような経験をするから、陳腐と言うのだろう。
忙しなく食事をする私を、くすくすと楽しそうに苦笑いする彼。
その柔らかい微笑みに覚えたのは、初めての胸の高鳴り。

気付いてしまったのはいつですか?
ありきたりだけれども、そも、こんな事に種々様々なパターンはいらない。
彼と共にいる時の表情で、弾む声で、零れる笑顔で。
敬愛なる我が親友が、私と同じ感情を彼に抱いている事に。

気付かなければいけなかったのはいつですか?
陳腐でありきたり、滑稽で馬鹿馬鹿しいほど、わかり易かったと言うのに。
誰にでも優しい笑みを向ける彼が、彼女には不器用に接していた。
私と親友が朧げに描いていた都合のよい夢物語は、彼と彼女の初々しい関係により幕を閉じた。

その事実を、彼と彼女に突き付けられた訳ではない。
単に、私が気付いてしまっただけ。
もっとも、寄り添って歩く彼らを見て、気付かないのも難しいと思うが。
―私は、痛む胸を抑えて、その場を後にした。

「うゅ……雪華綺晶、大丈夫?」
「……雛お姉様…。申し訳ありません、取り乱してしまって…」
「――うぅん、追いかけるのにちょっとだけ疲れたけど、全然平気なの」
「ふふ……正直ですわね」

息を整えている親友に気付かれない様に、数滴の涙を拭う。
我が親友は幼い外見に見合った、幼い思考を持っている。
だとすれば、彼と彼女の関係に気づいていない事も大いにあり得る。
ならば、私の動揺で気付かせてはいけない―この手の事は、自分で気づき、傷つくべきであろう。

「―風も強くなってきましたし、そろそろ帰らなくてはいけませんね」
「帰ってたのに、戻ってきたのは雪華綺晶なのよ」
「ぅぐ…そう言う事は言わないのが淑女の務めですわよ」
「騙されないの。『淑女の』って雪華綺晶が誤魔化す時に使う言葉―悪い癖よ」

頬を可愛らしく膨らませる親友に、ころころと鈴の音のなる微笑みを向ける。
是は親友への親愛の笑みであり、自身を鼓舞する為のデモンストレーションの意味も持つ。
―私はもう大丈夫。
胸の痛みも引いた。明日も、自然に笑って彼と彼女に接する事が出来るだろう。

「さぁ、行きましょう、お姉様。此処にずっといては、風邪を引いてしまうかもしれませんわ」
「うにゅ……雪華綺晶は、引いた方がいいのかもしれないの」
「まぁ、酷い事を仰りますわ、言葉の暴力ですわ。か弱い乙女に何て事を――」
「『か弱い乙女』の雪華綺晶にだから、言うのよ。―お風邪を引けば、真っ赤なお目々も誤魔化せるの」

心臓がどくんと激しく動く。
胸の高鳴りなんて甘いものじゃない―悪さを隠していた子供のソレ。
反射的な動きで目元に指を持っていくが、…おかしい、私はそれ程涙を流していない。
動揺する私に、幼い筈の親友は諭す様にゆっくりと言葉を紡ぎだす。

「誤魔化すのは明日なの。―ヒナに誤魔化してどうするの?」
「誤魔化すなんて…ワタクシは、そんな事……」
「ヒナは貴女が思う様に、子どもよ。だから、大好きな人と大好きな人が仲良くしているのは嬉しいの。
―じゃあ、『子ども』じゃない、『乙女』の貴女は?」

慈愛に満ちた彼女の表情―と言えば、多少大げさだろう。
だけど、微かに揺れる親友に、私はその言葉を想い描いた。
包み込む様に私を抱きいれる―そう表現すると、甘過ぎるだろうか。
けれど、次第に霞んでいく親友に、私は受け身にならざるを得なかった。

「―ワタクシは…雪華綺晶は……」
「お風邪を引いてない今は、ヒナがぽかぽか叩いてあげるの」
「………そう、そうして頂けますと、ワタクシは―」
「―痛くて痛くて、泣いちゃうの。わんわん子どもみたいに、泣いていいのよ」

伝える言葉とは裏腹に、私の髪をさらさらと撫でる。
彼女の胸に押しつけられ、嗅覚と触覚が全て奪われた。
親友から香る匂いは、とてもとても甘くて。
親友から感じる体温は、とてもとても暖かくて。

「―有難う、御座います、お姉……様。――ぅ、く……うぁ…ぁぁ……………」
「一杯、ぽかぽかしてあげるから、たくさん、たくさん、泣いちゃうのよ」
「ぁぁぁぁうわぁぁぁぁぁぁぁぁ………………………………………っ」
「今日は涙さんに傍にいてもらって、明日はまた笑顔でこんにちはするの、ね?」

自分よりも幼い親友―もしかすると、自分よりも大人な彼女に身を寄せて、
私はありったけの涙と、それを流す理由を吐き出す。
親友が言う様に出来るかどうかはわからないが、少なくとも、出来る様に努力する為、
彼女の優しい暴力に抱かれ続けながら。

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