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『よく晴れた日』

      ※

 ある雨の日、校庭で見かけたのがきっかけだったですよ。
 翠星石の育てた紫陽花を見ていたその姿。
 「綺麗ですね」
 ジュンの横にいた巴が声をかけてきたけれど、ろくに返事ができなかったです。
 あんなにどきどきしたのは初めてのこと。
 チビで年下で、眼鏡で暗そうで、良い所なんて一欠けらもなさそうな男の子。
 けれど、一目ぼれでした。

      ※

 「まるい地球の水平線にー♪」
 「みっちゃんだっけ?よくそんな歌知ってるわねぇ。大昔の曲じゃない」
 「さすがに白黒のほうは知らないですけどねー」
 「みっちゃんは人形が大好きなのかしら」
 「人形との出会いはNHKっす。幼稚園のころからひきこもり協会のパワーにやられたっす」
 「なぁに、それ?」
 …テンションの高いやつですね。

 「姉さん、そろそろ起きなよ。もう海に着くよ」
 「もうちょっと寝かせて…」
 蒼星石、今は朝に念入りな手入れが必要な庭木はなかったじゃないですか…。
 「だから早く寝なよっていったのに」
 「今日の翠星石はおねぼうさんなのー」
 「遅くまでずっと水着を選んでたんだよ」
 「うゅ、なんでそんなに水着選びに時間がかかったの?」
 そりゃもちろんジュンにアピ…
 「なっ、なんでもないですよ!?乙女たるもの水着に気を使うのは当然の仕置きですぅ!」
 起き上がって、目の前にあるのは蒼星石の笑顔。
 「やぁ、やっと起きた」
 「蒼星石のいうとおりなの。翠星石があっというまに、おめめぱっちり」
 「だましたですね…蒼星石」
 「姉さんがなかなか起きないんだもの」
 いいながら、蒼星石は緑茶を差し出してくれる。
 「ほら、もう海が見えるよ」
 バスの窓を覗くと、もう白い浜辺に青い海と空しか見えなかったです。
 行く道はすっかり寝ていたみていで、もったいないことをしたですね。

 浜辺には案外込んでいなくて、それでいて空には雲ひとつなくて。
 脱衣所も十分なスペースが取れた。
 「まさに海水浴日和だね。」
 「ジュンを誘い出したかいがあったですぅ。まぁ…余計なのがたくさんついてきましたけれど」 
 後半だけは小声。蒼星石にだけはなんでも話せるですよ。
 「校舎で『おめぇの快気祝いに海に行くですよ!』なんて叫ぶからだよ」
 「真紅と二人で校舎を動き回ってたあげく、雛苺に登られてるジュンが悪いんですよ」
 「姉さん、熱くなりすぎ」
 「真夏の太陽のせいですよ」
 っと、ここでライバルたちをチェックしておかないと。

 水銀燈はパレオ。抑え目ですね。今日は引率に徹するつもり、と。水銀燈がジュンをどうするとも思えないですけれど、
あの爆発物が布に覆われているのはよいことですぅ。
 真紅は赤が基本のセパレーツ水着。ん、なかなか魅力的です。…ジュンの家に住んでいるらしいですし、やはり一番の強敵ですか…。
 巴…は紺のワンピースですよね。一瞬スクール水着かと思った。地味な子ですぅ。
 このジュンの幼馴染たちには一番気をつけておかないと。
 雛苺は巴にべったりだから大丈夫。
 そうそう、草笛みつはあんなのですが、ジュンを裁縫部に引き入れようとしているからあいつにも気をつけておかないと。「神の子」とか
ジュンの才能をよくわかってるのはほめてやりますけど。
 あとはジュンと同学年ということもあって、カナチビも一応注意が必要ですね…。
 ばれないよーに、じーっと見るですよ。
 黄色のワンピースにフリルのついた水着、半透明のオレンジ地に白の水玉の浮き輪…。
 「はい、うーっ、てして」
 「あい」
 水銀燈に日焼け止めを塗ってもらっている姿…。
 「ふふ、おでこにはたっぷり塗らなきゃね」
 「あい…くすぐったいかしら」
 クルクルピーン。結論が出たですぅ。
 こいつはまだまだお子ちゃま。考慮に入れる必要はないですね。それにしても…。
 「うわ、すごい照り返し」
 「かしら!?」
 「ふふ、冗談よぉ。はい、これでばっちり」
 「今度はカナがおねえちゃんに塗るかしら~!!」
 なんだって、こいつはいつも幸せそうなんですぅ?

 チビカナと薔薇水晶にみつは一目散に海に駆けていったですね。
 水銀燈はチビカナにいろいろ注意してる。
 雛苺と巴は波打ち際で、真紅はのりを使ってパラソル建てですか。
 ジュンはどこです…あっ、いた。
 「ジュン!」

 チビカナと薔薇水晶にみつは一目散に海に駆けていったですね。
 水銀燈はチビカナにいろいろ注意してる。
 雛苺と巴は波打ち際で、真紅はのりを使ってパラソル建てですか。
 ジュンはどこです…あっ、いた。
 「ジュン!」
 ジュンがこっちを振り向いて――そしてすぐに俯く。ふふ、いい反応ですぅ。
 ここは無邪気に聞くですよ?
 「ジュン急に俯いて、どうしたんです?」
 「いや、その」
 「なんでもないならちゃんとこっちを見るですよ?」
 ジュンがおずおずとこっちを見る。顔を赤らめてて、すごくかわいい。思わすぎゅうっとしてあげたくなるですけれど…まだ我慢ですぅ。
 悟られない程度に、深呼吸。
 「どう、似合うですか?」
 ジュンが黙りこんじゃった。うう、ジュン、ここまで踏み込んでスルーだったら翠星石は…
 「…」
 ジュンが何かをつぶやく。
 「え?」
 「すごく、似合うよ」
 さっきなんて比べ物にならないくらい赤くなった顔。ああ、もう。
 「ジュン!のりを手伝って頂戴!」
 真紅の声。
 「い、今行くよ!」
 ジュンが上ずった声で返事をして、「ちょっと手伝ってくるよ」言い残してさっさと行っちゃう。あ、こけそうになった。

 ついていこうかと思ったけれど、やめとくです。
 ジュンから離れたら、急に顔が熱くなってきました。これは日差しのせいではないですね、やっぱり。きっと今翠星石はジュンと同じ
くらい顔が赤くなってるはずです。
 冷たいジュースでも買いに行こうっと。
 本当に迷ったけれど、思いきって着て正解だったですよ、緑のビキニ。

 行って帰ってくる間にパラソルは立ったみたい。さらに折りたたみのビーチチェアが二台にレジャーシート。ジュンはよく働いたん
ですね。
 ふふ、一仕事終えたジュンにすかさず冷たい飲み物をさし入れて、ポイントアップ作戦。失敗の確立は限りなく低い、手堅い作戦です。 

 ジュンはパラソルの前にいて―――話しているのは水銀燈?
 「パラソル立ててくれたみたいね、ありがとう」
 「いえ、そんな…簡単でした」
 ジュン、なんで水銀燈にはそんなに丁寧語で話すんです?
 「ええっと、今日はありがとうございます」
 ジュンが自分から会話の糸口を探してる…。
 「気にすることはないわよぉ、それよりも貴方にはいいアイディアをもらったもの。こっちがお礼を言わなきゃ」
 「いえ、あんなの大したことないですから」
 「あら、自信家ね?」
 「!そういう意味じゃなくて」
 「ふふ、冗談よ」
 ジュン、水銀燈はジュンをからかってるだけですよ、何で嬉しそうなんです?顔を赤らめてるんです?

 いつの間にか横にいた巴にジュースを渡した。
 鈍器を手放すなんて、意外と落ち着いてるじゃないですか。自分。
 水銀燈がどこかに歩いていく。翠星石とは反対方向ですね。ジュンは名残惜しげにその背中を見てる。 

 そういえば、海に入る前の準備運動を忘れていたので、ちょうどいい機会ですね。
 浜辺を全力で駆けだす。砂浜とはいえ、快調な滑り出し。ゴールはジュンの背中。その手前でジャンプ。
 「こぉんの、おばかー!!」
 渾身の力を篭めたとび蹴りは、見事ジュンの背中をぶち抜いたです。

 海水に素足を浸すとひんやりとして気持ちいいですね。あ、水底で蟹が動いた…。
 「何たそがれてんだよ」
 背中にかかる、ぶっきらぼうな声。やっぱり怒ってます。…当たり前ですか。
 けど、翠星石を迎えに来てくれたんですよね。ジュン。

 「ほっとけです」
 「人を蹴っておいて、なんだよそれ」
 「ああもう、そのことなら謝ってやるからあっちいけです」
 岩場に腰掛けて、水平線を見る。ジュンのほう絶対に見ない。
 「やだ。僕が近くにいるのが嫌なら、お前があっちいけよ」
 「そいつぁ、できねぇ相談です」
 「この意地っ張り」
 「さっき蹴った時に足をくじいたです。正しくは着地したときですが」
 へへん。この翠星石、格闘技の経験は全くないですよ。受身?なにそれ。
 「んな。その足でここまで走ってきたのかよ」
 「くじきたては案外どうとでもなるモンです。蒼星石が迎えに来てくれるだろうから、安心してとっとと消え
うせやがれですぅ」
 「残念。ここまで来るように言ったのは蒼星石と水銀燈さんなんだ」
 ジュンはしてやったり。と言う感じの声音。
 「僕以外には誰も来ないよ。」
 とジュンは勝ち誇りながら続けた。
 「あ、そう。」
 「なんだよ」
 自分から迎えに来てくれたんじゃないんですね…。
 「もうほっとけです」
 自分でも驚くくらいに力のない声。なにやってるんだろう。
なんなんです。自分。ジュンはいつも通りなのに、自分ははしゃぎまわって。勝手に喜んで、怒って。蹴ったのは翠星石。でも止まらんです。
 「ほっとけです」
 もう一回、言っちゃった。謝るのは今しかないのに。何でジュンを怒らせることばっかりしてしまうんでしょう。 

 もうジュンには嫌われたに決まっているですぅ。
 「しょうがないなぁ」
 ちょっと苛ついたジュンの声。
 ジュンの影が動いた。いなくなっちゃう?
 ぎゅうっと、膝を抱きしめる。 
 けれど、ジュンの影はどんどん大きくなってきた。
 「おぶるよ。とにかくみんなのところまで戻ろう」
 ジュンは優しく笑ってて、思わず泣きそうになったですよ。

 「無理するなです。翠星石は肩を貸してくれるだけでいいんですよ?」
 「大丈夫。僕が背負うって言ったんだから」
 「案外頼りになるんですね」
 「案外って何だよ、案外って」
 ジュンの体温が日差しにも負けないくらい、熱い。けれど、翠星石も一緒ですね。
 翠星石よりも、頭一つ小さいくせに。こんなに頑張ちゃって…。
 肩を貸してくれるだけでいいなんて、嘘。このまま二人がずっとくっついていられたらいいのに。
ずっと二人でいられたらいいのに。

 ぎゅうって、ジュンを強く抱きしめる。
 「ちょっと苦しいよ。それに背中に…む、む」
 「あのね、ジュン。」
 もう気持ちが抑えられんですぅ。
 「翠星石はジュンをあ、あ」 

 「あらぁジュン君がんばったのね」
 パラソルの下で、ジュンがのりに扇がれているです。
 「ジュン大変だったのー」
 「背負いすぎたのかしら?前かがみが癖になっちゃったの?」
 ちょ、覗き込んじゃいかんですよお子様。
 「カナ、ちょっとこっちに来てちょうだぁい」
 「なにかしら?」
 流石水銀燈。

 アクエリアスを一口。日差しよりも、ジュンの体温で火照った体に、冷たい液体がゆるっと落ちてく。

 けっきょくありがとうとしか言えなかったです…。
 けどね、ジュン。
 翠は本当にジュンが大好きなんですよ。
 こんなに人を好きになったことなんて一度もなかったんですから…。

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