「うっ…ひっぐ…ぐすっ…」
涙って不思議だ。泣いても泣いても溢れてくる。そろそろ止まるかなと思っても、思い出す度にまた溢れる。まぁいいか…もとより止める気などないのだし…。
-嫌な事があった
文字にすればそれだけの事だ。なのに、涙は止まらない。我ながらヤワな精神だが、あの場では泣かなかったんだ。こうして家に一人でいる時くらい構わないでしょう…?
ドンドンドン!
びくっ!
先程までは自分の泣き声しかなかったこの部屋に、突然ノックの音が転がり込んだ。
「ぐすっ…誰よもぅ…こんな顔じゃ誰にも会えないのに…」
どちら様?しゃっくりを必死に堪えながらドア越しに尋ねる。すると、
「名乗るほどの者じゃないかしら~!」
…これ以上ない自己紹介をしてくれた。
「だけど皆はカナの事を“ラフメイカー”って呼ぶかしら。だからアナタに笑顔を持ってきたの。とりあえずお外が寒いから中に入れて欲しいかしら!」
…はぁ?ラフメイカー?まったく、冗談じゃないわ…。アンタなんか呼んだ覚えはないのよ…。いいからさっさとどっか消えてちょうだい…
…そこにいられたら…泣けないじゃないの…
どのくらい時間がたっただろうか。外のうるさいのには相手をせずに無視していた。
部屋が静かになると再び涙が溢れだした。気付けばふくの袖は絞れそうなくらい濡れている。
…いっその事、大洪水になるまで涙を流してそのままどこかへ流れて行ってしまいたかった…
ドンドンドン!
またも飛び込んんできたノックの音。
まだいたのか。誰にも会いたくない…誰とも話したくないんだから…一人にして…ほっといて…!
「うるさいわねぇ!消えてくれって言ったでしょう!?」
びくっ!
水銀燈の声だ。さっきは痛いくらいの弱い声で。今は悲しいくらいの悲痛な声で。
家に帰ってからも、あの時の水銀燈の顔が忘れられなかった。強がっていたけど、体は微かに震えていた。帰り際に見た時には泣いていた。自分でも気付かないうちに泣いていたんだろう。
だから…こうしてやってきた。きっと家でも泣いているだろうから。一人で泣いているだろうから。
だけど…
「あはは…そんな事言われたの…生まれてこの方初めてかしら…」
泣き止ませる事も、笑わせる事も、顔を見ることさえ出来ない自分。
ただ相手を怒らせているだけの自分。
一体何をしに来たんだろう…。
あんな辛い思いをした水銀燈に何もしてやれないのか…。
なにが…“ラフメイカー”だ…
なんだか…無性に悲しくなってきた…
「うぐっ…カナまで泣きそうかしら…」
うっ…ぐすっ…
「…まったく…泣きたいのはこっちの方よぉ…!」
一体なんなんだ。冗談じゃない、あんたが泣てちゃしょうがないでしょ!?
突然現れたと思ったら、私を笑わせる?
消えてくれと言ったら、泣きそうだ?
だから…あんたなんか呼んだ覚えは無いのよ…
部屋に響くのは、二人分の泣き声になった。
ドアを挟んで背中合わせの二人。
しゃっくり混じりの泣き声を響かせる二人。
膝をかかえて背中合わせの二人。
すっかり疲れた泣き声の二人。
「…ねぇ、“ラフメイカー”?今でも私を笑わせるつもりなのぉ…?」
「…カナはそのために来たんだから…だから…アナタを笑わせないと帰れないかしら…!」
なんだか不思議な気分だった。泣き疲れて怒る気も失せたのか…今ではあの子を部屋に入れてもいい気がした…。
カチャ。
カギをあけて、ドアを開ければ…
「…え?」
あの子がいるはず…なのに。
「ちょっと…なによコレぇ…!」
帰り際に乱暴に閉めたせいだろうか。何かがはさまってドアが開かない。
力を込めようとしても、泣き疲れた今では上手くいかない。
「ねぇ、ちょっと!ドアが開かないのよ!カギは開けたからそっちから引っ張って!」
・・・・・
「ねぇ…“ラフメイカー”?いるんでしょ…?」
・・・・・
嫌な予感がする。
背筋に悪寒がする。
そんな…そんなまさか…!
だから、力いっぱい叫んだ。
「“ラフメイカー”!!ねぇ、金糸雀!!いるんでしょ!?お願いだから答えてよぉ!!」
嘘でしょ…?アナタも…アナタも私を裏切るの!?やっと信じてもいいかなって思えたのに!?
もう嫌!あんな辛い思いをするのはもう嫌なのよ!
一人でいれば裏切られない。
一人でいれば傷つかない。
だからそうしてたのに…!
そこに踏み込んだのはアナタでしょ!“ラフメイカー”!!
今アナタにまで裏切られたら…私…私…!
ガシャアアアアアン!
びくっ!
「何!?」
振り向くと、逆側の窓が割れていた。
そして…大切なモノだと言っていたバイオリンを凹ませて、割れたガラスの破片で傷ついて、目をぱんぱんに腫れさせた泣き顔の…“ラフメイカー”が立っていた。
「…アナタに笑顔を持ってきたかしら」
傷だらけで、涙でぐしゃぐしゃの笑顔。
見るに耐えない笑顔だけれど…水銀燈は今までに、これほど救われる気持ちにさせてくれる笑顔を見た事がなかった。
「…ほら、見るかしら」
ポケットから小さな鏡を取り出した。
「アナタの泣き顔、とっても笑えるかしら!」
…呆れた。それだけ言うためにここまでしたの?まったく、この子の頭の中は理解できそうにない。だけど…
「ふふっ、おばかさぁん…」
なるほど。ソレは確かに、笑える顔だった。