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薔薇乙女の真紅といえば、この界隈の人ならば誰もが真っ先に「貧乳」と思い浮かべるほどに、
よく知られたナイチチツルペタ少女でした。
そのことは一部の特異なる人々には異常な喜びと強烈な下半身的興奮を与えたけれど、
もちろんそれは彼女が望むようなものではなくて、かえって自己嫌悪を強めることになりました。

貧乳が彼女を苦しめた理由は主に二つあります。
一つは、貧乳のためからかいの槍玉にあげられることが多かったからです。
彼女は非常によい器量と、誰もがうらやむさらさらで艶やかなブロンドの髪をもっていました。
しかしそれでも、いえ、だからこそ、”貧乳”という肉体的な欠点は周囲の人間をして彼女を苦しめたのです。

そしてもう一つは、思春期の少女にはよくあることですが、セックスアピールの問題でした。
彼女はよく本を読み、その年齢にしては大人びた考えと風采をもっていましたが、
やはり年頃の少女がそうであるように、彼女にもまた気になる男の子がいたのです。

その男の子とは、桜田ジュンという彼女の一つ上の男の子です。
身長は背の低い彼女よりも一、二寸ばかり高い程度で、姉たちと比べると、同じか少し小さいくらいでした。
中性的な容貌で、幼少の頃は女の子に間違えられることもあったようです。
また、趣味も裁縫に人形と乙女チックであり、思春期にさしかかってからの彼は、真紅のようなごく親しい友人をのぞいては、
そのことをひた隠しにしています。真紅はその気持ちを理解しながら、もったいないな、とも思うのでした。

真紅は彼が糸を縫うところを見るのが好きでした。
延々と繰り返される彼のあざやかな手つきを見ているだけで、時がたつのを忘れる程でした。
また、彼がいざとなれば自分を守ってくれるだろうということを、直感的に感じてもいました。
そうして、一緒にいる時間が長くなるにつれて、真紅は彼に恋心を抱くに至ったのです。 

そんな彼ですが、真紅の姉妹ともどういうわけか仲がよく、
たとえば一番上の姉である水銀燈も、彼のことをとても気に入っていたのです。
いたずら好きな彼女は、たびたびその豊満な胸(残酷なことに、真紅の姉である彼女は巨乳とよばれる胸の持ち主なのです)を
ジュンの背中におしつけ、彼の顔を真っ赤にさせて喜んでいました。
真紅はその光景を見るたびに、身が切られるような、焼け焦げるような、とにかく胸を掻きむしりたくなる衝動におそわれました。
自分にはあんなこと、逆立ちしたってできっこありません。

彼女は自身のまな板のような(といっては言い過ぎでしょうか)胸を強く呪い、一方そのために多大な努力を積み重ねました。
それはたとえば毎日のバストアップ体操であり、よく考えられた食事であり、適度な運動でした。
こういった日常的に行われる地道な努力は、あらゆる努力の中でももっとも続けがたいものです。
世間にダイエットグッズなるものが溢れており、それらはいずれもよく売れていて、しかもおさまる気配がないのは、
一人の人間が何度も買っているからです。
地味で単調な努力は確実に人を苦しめ、たいていの人間はそれに耐えられません。ですが、真紅は辛抱強くそれを続けました。

しかも、それはまったくの秘密裏に、誰にも悟られることなく、まさしく”人知れず”の努力なのでした。
というのは、その昔、「ないものは仕方ないとしても、どうかすれば本来よりも大きく見えるのではないか」と
鏡の前で様々なポーズをとっていたところ、姉の水銀燈にその光景を始終ばっちり見られてしまい、
彼女が胸をはって歩くのは、もっぱら乳を大きく見せるためであると次の日には学校中の噂になっていたという苦い記憶があるためです。

人一倍自尊心の強い彼女が平気な顔をしていられるはずはなく、
それ以来彼女は「貧乳などまったく気にしていない」という風な素振りを見せるようになりました。
もちろんそれは単に素振りなだけで、前述したように真紅自身は内心なによりもそのことを悩んでいて、
テレビに巨乳タレントが映れば即座にチャンネルを変えましたし、
胸だの乳だのという単語を聞けば露骨に不愉快な顔を無意識の内にしてしまっていたものですから、
いかに彼女が「胸の大きさで女の価値は決まらない」と大人ぶった澄まし顔で言っても、なんにも説得力がなかったのです。

それでも、自覚できる範囲においては、真紅は持ち前の高貴さでその劣等感を覆い隠し、
ひたすらに影でたゆまぬ努力を続けていました。 

が、こういった努力も虚しくて、彼女の胸は一向に貧乳から進化する気配はなく、
ただただ体だけはとても元気で、恐らく内蔵などは誰よりも健康的で綺麗であったでしょうが、
努力も人知れなければ成果も人知れずといういかにもつまらない結果に終わったのでした。

結局科学的トレーニングの果てに残ったのは、同じような悩みをかかえる青少年のご多分にもれず、やはり神頼みでありました。
あるよく晴れた夜に、真紅は明かりもつけず窓から黒く塗りつぶされた空を見上げると、その中にぽっかり浮かぶ月を見つめながらぽそぽそと言ったのです。

「ああ…神様。私はどうして微乳なのですか?」

彼女は決して、自分の乳を”貧乳”とは言いません。それは彼女にとってあまりに無情な事実だったからです。
それに、”びにゅう”という言葉は、同音異義語の魔力で、なんだか響きがよいように思われました。

「私の姉妹は皆平均以上の胸をもっています。特にあの小憎らしい長女などは、
 どう考えても本来私が得るはずであった膨らみを吸収しているとしか思えません。
 ああ、不公平です。理不尽です。私は努力をしました。牛乳を飲みました。体操をしました。
 夜は早く寝て朝までたっぷり眠りました。恥を忍んで自分で胸を揉みました。
 ところが、夜更かし三昧で荒れた生活をする姉の胸はバカみたいにどんどん膨らむのに、
 私の胸はいつまでたっても春の蕾です。このまま花開くこともないまま散ってしまうのでしょうか?
 ああ、ああ、ああ…」

月明かりに嗚咽が溶け込んで、それは見るも哀れな様子でした。
そのうちに真紅自身もすっかり悲しくなって、ついに透明なしずくが目から溢れ、やがて一つの粒となりました。
それが頬を伝い落下して、彼女の赤い服を滲ませた、そのときのことです。

「その願い、聞き届けた」

世にも不思議な声が鳴り響いたかと思うと、真紅は急に目眩がして、そのままぱたりと床に倒れ込んでしまいました。



目が覚めると、真紅はもやもやとした真っ白い霧に包まれているのに気づきました。
「ここはどこ?私は、夢を見ているのかしら」
「夢というのは正確ではありませんが、そのように考えるのが一番わかりやすいかもしれませんな」
「きゃあっ!?」

突如として真紅の目の前に現れたのは、上等のタキシードを着たウサギ男でした。
その顔は白ウサギそのものでありながら、人ほどの大きさで、真っ赤に釣り上がった大きな目をもち、
一尺はあろうかというとがった獣の耳が、天に向かってぴんと伸びていました。
その両耳に挟まれた形で、つばを含めても額を隠すくらいにしかならないシルクハットが、ちょこんとのせられていました。
背はすらりと高く、足もまた長かったものですから、もしも人間だったならば、たいそうな美男子であったかもしれません。

「あなたは?」
「私はラプラスの魔といいます。あなたの願いを叶えるために来たのですよ」
ラプラスの魔と名乗ったウサギ男は、帽子をとると、恭しくお辞儀をしました。
「礼儀正しいのね」
「紳士ですから」

真紅はこの奇妙な生き物を前にして、不思議と落ち着いている自分を見ました。
直面している怪奇現象が、まったく当然のことであるように思われたのです。
やはりこれは夢に違いない、と彼女は思い、ふっと自嘲気味に笑いました。

「さっき、私の願いを叶えてくれるといったわね。私の胸を大きくしてくれるのかしら?」
「ええ、そうです。あなたの手を組み合わせて悲痛の色を浮かべるその様があまりに不憫なものでしたから、
 神様も同情して、この私をお使いによこしたのですよ」
「そうなの。……やれやれね、こんな夢を見てしまうなんて、我ながら情けないのだわ」
「おや、その顔…信用していませんな?ご安心を、ウサギは一年中発情している動物で、
 それを見込まれ某雑誌ではキャラクターにまで取り入れられた程です。この手の願いを叶えるには自信があるのです」 

「どこから突っ込んでよいのかわからないわ」
「信ぜずともけっこうですよ。私はあなたに魔法をかけたら帰りましょう」
「魔法?胸を大きくする魔法?」
「そんなところですね」
「私はあらゆることをしてきたわ。でも、魔法となると、試したことがないわね」
「そうでしょう、魔法とは最後の手段ですからね。そうあるべきなのです。
 なに、恐れることありません、うまくいったらご愛敬!ではいきますよ、1分もあれば終わります」
「はやいのね、役所の人間にも見習わせたいわ」

夢と思いながらも、真紅はだんだんと楽しくなってきました。
ラプラスの魔は指を広げて腕と足を交差させると、くねくねと腰をくねらせ奇っ怪な踊りを始めたものですから、
真紅はそれを見てくすくすと笑いました。
ラプラスの魔はそれにはいっこう頓着せず、踊りの仕上げに高く両手を上げると、
「マハリクマハリタヤンバラヤンヤンヤン!」とポーズを決めて叫びました。

「……どこかで聞いた呪文なのだわ」
「呪文とは得てしてそんなものです。しかしその意味となれば、誰も知らないのです。
 さて…これで完了ですよ。朝になれば、あなたは自分の体に大いなる変異が起こっていることに気づくでしょう」
「そうだといいんだけど」
「それでは、さよならの時間です。あなたの幸運を祈ってますよ。クックック……」
「きゃっ!」

最後にウサギ男は喉で笑ったかと思うと、真紅の視界は暗転し、
気がつけばただ月明かりがあるだけの暗い夜の部屋に、仰向けになって横たわっていました。
真紅は起きあがると、胸の前で広げた右手を縦にきりました。
しかし、当たり前のことですが、それはいつものように虚しく空に触れるだけでした。 

真紅は溜息をつくと、もう一度月を見上げてから、ベッドに潜り込みました。
そして、先に見た夢のことを思い出していました。
あのラプラスの魔と名乗った怪人の最後に残した笑い、それが頭に焼き付いていたのです。
――彼の態度はとても感じがよかった…けれど、最後のあの微笑、何かがひっかかるのは、どうしてだろう。
いや、なんにしても、くだらない夢のことだ。真紅はそう考えると、目を瞑って、再び夢の中へと落ちていきました。



翌朝、真紅は目覚ましがけたたましくりんりんと鳴るのに目を覚ますと、腕を広げて体を伸ばしました。
すると、なんだか体に違和感を感じるではありませんか。主に、胸のあたりに。
真紅は小首を傾げて、胸に手を当てました。

ぽよんっ

ありえない弾力を受け、真紅は思わず「きゃあ」と一声あげて自身の胸を確かめました。
そこに見える両乳房は確かに、彼女がつい昨日まで渇望していた膨らみを得ていたのです。
彼女はまだ夢の続きを見ているのかと、頬をつねったり、首を振ってみたりしました。
しかし、目はますますはっきりと冴え、胸にかかる重み、手に伝わる柔らかな触感、それらが現実の生々しさをもっていることを認識しました。

彼女は昨夜、床の上で見た夢のことを思い出しました。
白ウサギ、神様、奇っ怪な踊り、魔法……
「まさか、こんなことって……」
真紅はベッドから起きあがると、急いで鏡の前にたち、寝間着の上着を脱ぎ捨てました。 

ぷるんと、2つの豊かな実りがそこにはあって、それを赤いブラジャーが優しく包み込んでいました。
そのブラジャーはかつて、真紅がお店で買った物でした。
それは下着売り場でブラジャーを買おうとしていたところ、知り合いを見つけてしまい、
つい自分のそれよりも数段サイズが上のブラジャーを買ってしまったという、世にも悲しいいわくつきのものだったのです。
捨てようにも、いずれ使えるようになるかもしれないという淡い希望のために捨てられず、
結局自分のコンプレックスを象徴するものとして、それはタンスの奥深くに封印されていたはずでした。

それをなぜ、今自分が身につけているのか?そんなことは、どうでもよいことです。
一夜にして胸が大きくなるなら、ブラジャーだっていつのまにかつけていることもあるだろうと思えました。

真紅がどれだけ喜んだかと言えば、まったく言葉にできないほどです。
窓から見える色とりどりの花壇の花々、遠く海まで続いているだろう深く青い空、その中を千切れた綿のように浮かぶ白い雲、
部屋の中には片手でもてる垂れ目の犬人形、思いを寄せる少年にもらった、赤い毛糸に覆われている手作りのブードゥー人形、
果ては床に散らばっている読みかけの本に至るまで、目にうつるすべてのものが彼女には新鮮に見えました。

なにしろこれからは、胸パッドという合法詐欺グッズに手を染めることなしに、なんら恥じることなく自身のスタイルを誇示できるのです!
真紅は学校があるのも忘れて、タンスからありったけの服を引っ張り出して、自室でひとりきりのファッションショーを始めました。
どの服を来ても、そこには人工ではない自然な曲線が描かれ、真紅はうっとりと生まれ変わった自分を眺めていました。

やがて、どんどんと扉を叩く音と共に、「真紅、まだ寝てるのかい。いい加減に起きないと、遅刻してしまうよ」という姉の声が聞こえました。
丸かったり舌っ足らずだったりすることのない、はっきりと張りのあるその声は、蒼星石の声に違いありません。
真紅は慌てて「今いくわ」と答えると、乱雑に置かれた服をしまい、制服に着替えました。 

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