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多分、僕は幸せなんだろう。
けれど、何事も「ほどほど」の加減がいい。
程度が過ぎれば幸せは苦痛になる。
僕にとっての毎日は───


-Maybe blue~素晴らしい日々~-


僕が社会に出てもう5年になる。
それなりに仕事を成功させ、会社からの信頼も得た。
同期の中では一番早く主任への打診が来た程だ。
全ては、きっと順調。たった一つ、他人にとっての贅沢な悩みさえなければ。

「ただいま」

相変わらず海外で暮らす両親と、この街から出てパティシエとしての腕を振るう姉。
家族四人のうち三人が居ないので、両親の建ててくれたこの家には元々僕一人が暮らしていた。
一人では些か広すぎるのだけが難点だったが、今となってはその難点も縁遠い事だった。

「お帰り、JUM君。お疲れ様」

鞄貸して、と手を出しながら迎えてくれたのは蒼星石。
すらりとした体型に短く揃えた髪が良く似合っている。
お互いそれなりの年齢になったせいか、知り合った当初のような幼さはもう見られない。
「可愛い」よりも「綺麗」という言葉がしっくりと来る、そんな娘。

「遅ぇですよJUM!料理が冷めちまうです。さっさと着替えて来やがれです!」

リビングから怒鳴っているのは翠星石だ。
蒼星石の双子の姉で、性格や外見が正反対。
くるくるとセットされた長い髪に、ともすれば少女趣味とも言われかねない服装。
顔立ちは蒼星石に負けず劣らず美しいのだが、明るくよく動く─言い換えれば落ち着きの無い佇まいも相まってこちらは「可愛い」という印象だ。
あまり待たせると煩いので、さっさと着替えてリビングへと向かった。


僕─桜田JUMはこの二人と一緒に生活している。
所謂「共同生活」や「同棲」ではなく、婚姻関係を以って。
残念ながら籍は入れていない。この国では重婚が認められていないのだから当然だ。
書類で左右されるものなど僕達にとっては大した意味は無い。
それぞれがそれぞれを好きで、一緒に暮らしていければそれで充分なのだ。

僕達が一緒に暮らし始めて、実はまだそんなに経っていない。
付き合いそのものはかなり長く、それぞれの気持ちを知ったのも相当前の話だった。
本来ならばもっと早くこのような生活を送る事が出来た筈なのだが、育ての親である柴崎さん夫妻を放っておく訳にはいかない…と蒼星石が言い、ずっと二人は夫妻と生活していた。
だけれど数ヶ月前、元治さんが「私達が二人の幸せを奪う訳にはいかない」と言って半ば強引に僕の家へと引っ越させたのだ。
それは幸せの始まりであり、また地獄の始まりでもあった。

「何ボケっとしてるです。…もしかして、あまり美味しくなかったですか?」

不安げな翠星石の声ではっと我に返る。
最近、物思いに耽ることが多くなってきた。
どうも、よくない傾向だ。

「いや、旨いよ。翠星石は相変わらず料理が上手だ」
「あ、あったりまえです!おばば仕込みのこの腕前、誰にも負けやせんですよ!」

さも当然と言わんばかりにプイスとそっぽを向いて威張る翠星石。
頬が僅かに赤い事から照れ隠しだというのがよく解る。
蒼星石に視線を向けて、互いに苦笑を交わした。


「それにしても、野球とビールと枝豆って…じじくさいですよJUM」
「良いじゃないか。これこそ企業戦士の正しいリフレッシュ法なんだから」
「JUM君、好きだもんね。ビールと枝豆と野球」

食事を終えた僕達は、リビングのソファに並んで座り─僕が真中だ─、野球中継を観戦している。
元々僕はあまり野球を見なかったけれど、蒼星石が少年野球チームに入っていたという経験から野球を好んでおり、それにつられる形で僕も見るようになった。
ルールを理解してよく見ると野球って奴は実に面白い。
投手と打者という単純な間柄だけではなく、さらに野手の守備位置、走者のリードとスチールという要素が加わることで駆け引きの要素が実に濃くなっている。
特定チームの試合しか中継されないのが不満だが、それでも面白いものは面白い。

「─と、これを取らないのか。今日の主審は渋いな」
「あれはボールだよ。球1個分外れてた」
「まーったく、こんな球遊びの何が楽しいんですかね」

中継を食い入るように見る僕と蒼星石とは対照的に、興味が無いのか手持ち無沙汰にしている翠星石。
しかし、なんだかんだ言いながらも隣に座ってくっついてくるのは結構可愛い。

「あ、抜けた」
「今の球、高めに浮いたね」
「球数が120球越えてるし、握力が鈍くなって来てるな」
「うん。完投目前だけど交代した方が──ああ、やっぱり交代だね」
「むー…JUM、暇です」
「まあ待てよ。同点でツーアウト1塁3塁、良い所なんだから。」
「うー……」

隣で翠星石がぶすくれているが、しかし事実今は良い所なのだ。
9回裏3-3、二死1・3塁は目を離せない。


もぞ。
太股を何かが這った。多分翠星石の指だ。
だがしかし今は今日一番の見所。翠星石には悪いけれどもう少し我慢してもらう事にする。
もぞもぞ。
─外角低めボール。ついでに翠星石の指は相変わらず僕の太股を這っている。
もぞもぞもぞ。
─内角低めストライク。…どこ触ってるんスか翠星石さん?
むぎゅ。
─すかーん。ボールは見事にスタンドイン。ついでに翠星石の手が僕の──

「何やってるんだ翠星石!?」
「何って、暇だからJUMで遊んでるです」
「だからってそんな所をいじって遊ぶな!」
「……翠星石、大胆だね……」
「翠星石がどこで遊ぼうと勝手です。JUMはナイター観てやがれです」
「集中できるわけないじゃないか」
「翠星石のことなんか放っておくがいいです。楽しい楽しいナイターを蒼星石と観てるがいいですよ」

頬をぷーっと膨らましながら上目遣いで僕を睨む翠星石。
…やばい、これはやばい。
そんな顔されたら構わない訳にはいかないじゃないか。

「ところが残念ゲームセット。というわけで僕は存分に構う事にする」
「ひゃ!?ど、どこ触りやがるですかこのスケベっ!」
「どこってそれは決まってるじゃないか。翠星石の柔らかい──」

「…やっぱりJUM君は大きい人が好きなんだね」

ずーん。
翠星石いじりに神経が行きかけた僕を背後から襲った負のオーラ。
「ゴゴゴゴゴ」という音がしそうな程濃厚なそれは、僕の動きを止めるには充分だった。

「いやあの、その…蒼星石さん?」
「うん、いいんだよ?遠慮しなくても。僕はその、翠星石よりずっと小さいし」
「いやえーと」
「男の子みたいな僕とはそんな事しても楽しくないでしょ?ほら、翠星石が手持ち無沙汰にしてるよ」

手持ち無沙汰というよりは、蒼星石の負のオーラに中てられて固まっているだけである。
満面の笑みを浮かべる蒼星石。しかし目が笑っていない。
良く観たら青筋まで浮いている気がする。

「蒼星石さん?そんな青筋立てんでもええやんねん」
「ああ、気にしないで?僕怒ってなんていないから。ましてや翠星石相手だしね?」

一段と負のオーラが濃くなった、気がする。
良く見たら蒼星石は涙目だ。そう、この子も翠星石に負けず劣らずのさびしんぼ。
仕方が無いな、全く…という思考は表に出さぬように務め、二人を抱き寄せる。

「無理にそんな事しなくても」
「いーやする。僕は二人ともが好きなんだから」
「え、あ、う…」
「翠星石は翠星石で蒼星石の方がいい?とか聞くし、全くお前等は僕の好みに合わせようとしすぎだ」
「当たり前だよ。好きな人の理想に近くなりたい、っていうのは普通のことでしょ?」
「そんな必要無いんだよ。二人はそのままで充分魅力的で、僕はそこが好きなの」
「……JUM、恥ずかしげも無く良くそんな事言えるですね」
「……うぅ……」

この二人はこういう時の反応も正反対だ。
蒼星石は照れからか何も言えなくなる。ただ顔を赤くして俯くだけ。
翠星石も頬を染めるが、口から出るのはいつもの憎まれ口。

「自分の家で誰に恥じる必要はないだろ。だから言えるんだ」
「う…ぐぅ……」

憎まれ口に突っ込むと大抵碌な事にならないというのは、長い付き合いでよく知っている。
突っ込みに見せかけて正当な理由を答えてやると、翠星石は途端に大人しくなるというのも長い付き合いで解った事だった。
顔を真っ赤にして黙りこくる二人。そのまま暫く二人の温もりを感じていた。
こういう時を幸せ、と言うのかな─なんて漠然と考える。

「…JUM君?」

俯いていた蒼星石が、顔を上げた。
相変わらず頬は赤かったが、涙目だった表情は落ち着いているようだ。
何?と視線で応えてやる。

「薔薇水晶が、面白いビデオがある、って言って貸してくれたんだけど…」
「ビデオ?彼女の事だからまた妙な宗教じみたものじゃないといいんだけど」

薔薇水晶は昔から良く解らない娘だ。
意中の相手に黒魔術を仕掛けようとしたり、またある時は過剰なほどの色仕掛けを試みてみたり。
しかも、そのどれも比較的効果があるから始末に終えない。
ある時など、新興宗教にはまっているという人に惚れてしまい、自ら教団を設立した事もあった。

「それは無いみたい。名作映画って言ってたよ」
「名作映画、ね…翠星石?」
「ん…観たいなら皆で観るですよ」
「決まりだね」
「決まりだな」

蒼星石が立ち上がり、リビングから出て行った。
どうやらビデオテープは自室に置いてあるようだ。階段を上る音がする。

「どんなビデオだろうな?」
「ホラーだけは勘弁です…」
「ほんっと、翠星石はホラーが駄目なんだな」
「あんなグチャグチャの気持ち悪いモン、平気で観られる方がおかしいです」
「とか言って、夜トイレ行けなくなるのが嫌なんだろ」
「な…れ、レディに向かって何てこと言うですかこのお馬鹿!」
「何言ったのさ?」

他愛の無い会話で時間を潰していると、蒼星石が戻ってきた。
テープのジャケットには何も書かれていない。市販品のテープに録画したもののようだった。

「…ますます怪しいな」

素直な感想。これが真紅だったら怪しいとは思わないのだが、相手は薔薇水晶である。
トンデモな物である可能性はなきにしもあらずだった。

「ま、とりあえず観てみようよ」
「そうだな」
「ですでっすぅ」

テープをデッキに入れ、リモコンを持って僕の隣に戻る蒼星石。
3人身を寄せ合う形になって、テープの再生が始まった。
オープニングは極めて普通のドラマ仕立てだ。

「…この役者、なんだか大根です」
「うん…正直、あまり上手くないね」
「むしろ下手糞だな」

3人それぞれ思い思いの評価を述べる。
役者はお世辞にも上手いとは言えなかった。カメラワークも稚拙で、やっつけ感漂うものだ。
これのどこが名作なんだろう?という疑問を胸に抱きつつも、シーンは進んでゆく。
女優が何者かに拉致されて───

「……」
「……え?」
「……な、何ですかこれは!」

───剥かれた。
見事に下着一枚残らず剥かれている。

「……も、もしかしてこれは……」
「……え、と、その……」
「……な、何て物を貸しやがるですかお馬鹿水晶!」

画面の向こうでは「いかがわしい行為」が行われていた。
二人とも真っ赤な顔を背けている。
……が、視線をちらちらと画面に向けているのがすぐ傍にいるせいで丸解りだ。

「…二人とも、観るなら堂々と見ようよ」
「ぼぼぼぼ僕はそんな!観てなんていないよ!」
「すすす翠星石だって観てないです!」

僕の指摘で大慌てする二人。こういう事でからかうと実に楽しい。
ついでなので、もう少しからかう事にした。
手をゆっくりと動かして───

「ひゃあ!」
「きゃ!」

むに、と二人の身体に触れてやる。
画面の向こうの「いかわがしい行為」のせいか、二人の反応は少々大袈裟だった。

「変な声出してどうしたんだよ」
「JUM君……」
「どこを触ってやがるですか……」
「どこって二人の身体だけど」

にやにやと笑って答える僕。
染まった頬の上目遣いのコンボが反則的に可愛い。
画面の向こうはクライマックスに差し掛かっていた。

「………JUM君」

ぽす。
ぐるりと視界が動いた。
テレビの画面が左下へと移動し、正面には煌々と輝く蛍光燈。

「あの、蒼星石さん?」
「………しよ」
「ず、ずるいです蒼星石!翠星石も!」


一つを除けば、僕のこの生活に不満は無い。
その只一つ…それがこれから展開される地獄。ある意味で天国か。
この二人、恥じらいの割には非常に「積極的」なのだ。


僕の身体、いつまで持つだろ────
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