『保守かしら』
2007年7月8日 くもり
驚きすぎているのかしら、なんだか現実感がないわ、ピチカート。うーん…
やっぱりこういう時は、時間を追って書くのが一番よね。
朝、おねえちゃんに「槐さんのところに出かけるわよ」って言われたから、カナは「オーダーメイドで作った、お人形を見てもらいにいくの?」って聞いたの。
そしたら、おねえちゃんは首を横に振ったわ。
「金糸雀、どんなことがあっても心に余裕を持って、胸を張っていなさい」
おねえちゃんはあくまで真剣な顔で、そんな事を言ったの。
いつもみたいな、笑いもなかったかしら。
カナは槐さんのところに行くまで、一体どんな事がわかるのか、あれこれ想象してた。
けれど、わかったことは想象をはるかにこえていたかしら。
昼前に槐さんのところについたら、すぐにお店の奥の部屋に通された。
そこには大きな円形のテーブルが用意されていて、雛苺が座っていたわ。
「あと三人、来客の予定だ。まぁそれまではお茶を飲んで待っていてほしい」
槐さんはそういって、お店に戻っちゃった。おねえちゃんも槐さんと話があるみたいで、いっしょに行っちゃった。
雛苺もなんでここに集められたのか知らないみたいだった。お母さんに行くように言われたけれど、お母さんは家で待ってるんだって。
しばらくしてから、翠星石と蒼星石がやってきたのよ。
翠星石の目は赤くなってて、席に「どしん」と座ったかしら。
「カナチビッ、何なんですぅお前の姉は!?」
いきなり翠星石がカナに怒ってきたかしら。
なんのことかよくわからなくてきょとんとしてたら、
「水銀燈さんにね…」
って、蒼星石が教えてくれた。蒼星石もへこんでたから、二対一の戦いだったのね。
蒼星石がポットからカップにお茶を入れて、翠星石に渡すと、翠星石は「くいっ」とそれを飲み干して、「ごつん」とテーブルに置いたかしら。
「くーっ、カナチビのバージョンアップ版で考えてたのが最大の誤算だったですぅ。ぜんっぜん違うじゃねぇですか」
「まさに氷の微笑、いや、嘲笑だったね…」
んん?二人ともちょびっと誤解してる。
「んー、でも。おねえちゃんは本気じゃないから気にしなくていいかしら」
『え?』
さすが双子。とっさの声がそろってる。ふしぎそうにしてたから、ちゃんと説明することにしたかしら。
「たぶん、翠星石はこの前カナにしたみたいに、話しかけたんでしょ?」
「そうですけど…」
「おねえちゃんは、相手がどんな気持ちか見抜くのがとっても上手いもの。たぶん翠星石の悪口を言い合うノリに乗ってくれただけかしら」
カナもここでお茶を一口。そういえばオレンジペコってなんで、オレンジの味がしないのかしら?
「とてもそうとは思えないよ」
蒼星石がため息まじりにつぶやくけれど、カナは首を横にふったわ。
「だって、おねえちゃんが怒ってたら、このくらいじゃすまないもの。むかし、気に入らなかった学園の先生を休職に追い込んだりしてたし」
「それって、水銀燈さんが生徒だったときの話?」
これは翠星石。
「そうかしら。ちなみにお休みになったのは梅岡先生よ」
「なんてすさまじい…」
ため息まじりの、蒼星石。
なんだか、話しづらいふいんきになっちゃったかしら。
「トラにじゃれつかれても、人の背骨は折れるだけだからね」
低くて、よく通る槐さんの声。
槐さんとおねえちゃんが戻ってきた。
一目でおねえちゃんが不機嫌なのがわかって、カナはカップを落とすところだったかしら。
『いつもどおりです』って風にしてるけれど、カナにはわかるかしら。
「トラだなんて、ひどいわぁ」
笑ってるようで、目の奥底がカケラも笑ってないぃー。
(翠星石達とお話したせいだとは思えないけれど…。)
って考えてたら、槐さんはてきぱき事を進めていったかしら。
「待たせたね。今日集まってもらったのは、6人。この子で最後だ」
その子はさっきまで二人の後ろにいたんだけれど、すっ、と前に出てきたかしら。
「私の名前は真紅。順番的には5番目になるのかしら。見知った仲の人もいるけれど、よろしく皆さん」
堂々としたその調子にもおどろいたけれど、なによりもその雰囲気に驚かされたかしら。
カナにとって、『人形みたいな』とか『端正な』とか『気品に満ちた』とかは最高のほめ言葉かしら。けれど、そのほめ言葉は今までおねえちゃんしかふさわしい人はいなかったし、おべっかで使ったことなんてない。
けれど、真紅にはなんのためらいもなく、その言葉を使えちゃう。
お姉ちゃんと同じくらい、お父様の作品から抜け出してきたみたいな女の子かしら…。
なんだかさっきとはまた違った、沈黙がちょびっと流れたかしら。
「うよーい、真紅ー」
雛苺があっさりそれを破ってくれて、誰もそれを気にしなかったけれど。
というか、何でカナはこの沈黙を気にしてるのかしら、ピチカート??
ま、いっか。
真紅も席について、白崎さんが代わりの紅茶とケーキを持ってきてくれたかしら。
円卓の一番奥に槐さんが座って、そこからおねえちゃん、カナ、翠星石、蒼星石、真紅、雛苺が時計回りにぐるっと、テーブルを囲んで座ってた。
「今日みんなに集まってもらったのは他でもない。みんながある程度の年齢になってから伝えよう、という決まりになっていたことがあってね」
槐さんの声は淡々と、できる限り感情を出さないようにしていたんだと思う。でもたぶん、ばらしーちゃんが聞いたら『不自然に低い』って言ったんじゃないかしら。
「他の親御さんや保護者の方々では公平を保つことが難しいからね。だからローゼンの弟子である僕が選ばれた」
「うぃ…ローゼン…お父様がどうかしたの?」
雛苺ちょびっと泣きそうね。この空気重たいから…。ってところまで考えた事も、しっかり覚えてるかしら。
ねぇピチカート。『気づく』ってことと、『言葉』とか『考え』はいつも同着じゃないのね。
カナは今回のことではじめて知ったわ。
まず、耳元でざぁっ、っていう音がしたかしら。耳が聞き取れるほど大量に血の気が引いたのは、久しぶり。ついでに視界がうす暗くなったかしら。
それから
「え」
ちっちゃく変な裏声が出ちゃって。初めてカナは自分が何に気づいてびっくりしたのか、わかった。
雛苺は今、ローゼンって名前を、お父様って呼んだ。
「ええっと…」
その時、テーブルの下でおねえちゃんが、カナの足をぽんぽんってなだめるように叩いてくれたから、落ち着けた。そうだったかしら。なにがあっても、落ち着いてなきゃ。
槐さんは雛苺を怖がらせないようにほほえんだかしら。
「そうだね。雛苺。君のお父様の話でもある」
びみょうな言い方。
「知っている者も、ここで始めて知る者もいると思うが…今回の話は雛苺だけではなく、君たちの共通の父親…ローゼンの話だ。こうして、全員がはっきりと知り合うことに反対する人も多かったんだが、やはり知らないままにしておくのはよくないということになってね」
「やっぱり、僕等は姉妹なんですね?」
蒼星石が短く聞いた。
「そう。その通り」
一度落ち着いてしまえば、槐さんの言葉もすんなり、受け止めることができたかしら。
蒼星石は知ってたみたい。だから翠星石とおねえちゃんと真紅もそう。けれどカナはそんなこと考えたこともなかったかしら。
それからは槐さんの説明が続いたかしら。
お父様の娘は全部で6人。
水銀燈、金糸雀、翠星石、蒼星石、真紅、雛苺。
ふしぎと男の子は1人もいないって。
お母さんが一緒なのは、おねえちゃんとカナの組と双子の翠星石と蒼星石の組。
誰のお母さんも生きてない。
雛苺のお母さんが本当のお母さんの妹さんだったって、はじめて聞いた。
みんな、槐さんに昔の話を聞きたそうだったけれど、口に出しづらい感じだったかしら。
おねえちゃんと真紅だけは、落ち着いてお茶を飲んでた。
「おねえちゃんが長女なのはわかるけれど、ほかの年令順ってどうなってるのかしら?」
カナは5女くらいなのかしら?って思いながら、そんなことを聞いたかしら。
「水銀燈さん、真紅さん、それから私たち双子ですかね。ヒナカナはどっちでも大差ないですぅ」
「ちょっと。私はあなたの一年下よ。」
真紅がそう言ったら
『え』
翠星石、蒼星石、カナの声が重なったかしら。
「なんであなたまで驚いてるのよぉ」
おねえちゃんがカナにあきれてる。
「だって、お姉ちゃんと同い年くらいに見えたんだもん」
真紅の大人っぽさのほうがおかしいかしら~
「そんなわけないでしょ」
ますますあきれられちゃった…。
「おどろいた…てっきり僕らより年上だと思ったよ」
「気にしないで、よく言われるもの」
真紅はそう言って、紅茶を一口。
蒼星石の顔が引きつってたかしら。
「まぁ、順番で言うなら、私、金糸雀、翠星石、蒼星石、真紅、雛苺。これが姉妹の順番ね」
おねえちゃんはそんなことを言ったかしら。
「ふぇ?」
何でカナが次女なのかしら?
「私もそう思うわ」
真紅がなんでかあっさり納得しちゃった。
「納得いかねえですぅ!なんでカナチビが次女なんです?」
「本当に納得いかない?」
おねえちゃんが聞き返した。丁度その時、紅い目がきらりと光ったかしら。
「…僕もそれでいいと思う」
蒼星石が最初に部屋に入ってきたときみたいな、沈んだ調子でそう言ったかしら。
「蒼星石がそういうのなら、しゃーねーですけど…翠星石は納得しないですよ」
ここのやり取りがさっぱりわからないの。姉妹の順番に何の意味があったのかしら?
なにか年以外の理由が…?
とりあえず、カナは6姉妹全体でも次女かしら。
今日ここに来てから、いやな沈黙はたくさんあったけれど
さっきの姉妹の順番の話の後、今まででも一番大きな気まずい沈黙が降りてきたかしら。
槐さんが咳払いをしようとした時、いきなり雛苺が大声で泣き出しちゃったかしら。
ぶやおわぁん。って、すごい声だった。
雛苺がどうしても落ち着かなくって、本題は伝えたからってことで、解散することになったかしら。
みんな雛苺を心配していたけれど、大勢で押しかけてもまずいし、カナと真紅が家まで送ることになったかしら。
それが起こったのは、もう夕暮れで、街が全部だいだい色になってきたときだった。
「雛苺とあなたは知らなかったんだもの。こうなっても仕方ないわ」
真紅がそんなことを言ってたとき、それまでうつむいていた雛苺が、上目遣いでカナと真紅を見たかしら。その時の雛苺の目…あれは雛苺の目には見えなかったかしら。どこかで見たことのある目…あれはどこだったかしら。
夏なのに、目が合った瞬間、血の気が引いたかしら。
うっすらと、雛苺は笑ってた。
そうして、不思議な声ではっきりとこう言ったのかしら。
「7体のローゼンメイデンが一堂に会したのよ、みんなで楽しく遊ぶの、アリスゲームが始まったんだもの」
暑いような、冷たいような、笑ってるような、泣いてるような、不思議な声。
その時、夕日のなかでも、雛苺の首の傷あとが紅潮してるように見えたのは、気のせいだと思うけれど…。
夏なのに寒気を感じたかしら。
真紅も同じだった見たいで、何も言えないみたいだった。
「ひな…いちご?」
カナはしばらくたってから、やっと声をかけれただけ。
その時ちょうど、巴が通りかかってくれた。雛苺の混乱はそれで収まって、段々いつもの調子を取り戻してくれて、ほっとしたかしら。
自分の言ったことは、覚えてないみたい。
帰り道、真紅と巴と3人で話して決めたかしら。このことは誰にも言わないって。
いろんな人の心配事を増やすだけだもの。
雛苺…元気そうでも、本調子なわけなかったのね。もっとカナはできることがあったんじゃないかしら。
7体のローゼンメイデン…カナたちは6人。ありえないのに、なんでかしら、あの言葉が耳に残って離れないわ。
うーん。カナの姉妹はおねえちゃんだけじゃなかったのね。今まで友達だった人たちがいきなり姉で妹かしら。この感じ…うーん…。
カナの部屋に白薔薇が一輪、置いてあったかしら。きっとおねえちゃんがカナを励ますために置いといてくれたんじゃないかしら。
最終更新:2010年02月10日 02:05