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○あらすじ
真紅のスカートが破けたのを隠しながら家に向かっていたジュン。
途中翠星石にあらぬ誤解を受け、これ以上面倒くさいことにならないよう隠れて移動していたが、
公園にて、水銀燈のポエムを詠んでいるのに真紅が吹き出してしまったために、二人でいるところを見つかってしまう。
その後の真紅と水銀燈の口論に嫌気がさしたジュンは、発作的にのりに電話をかけたが、
のりの家には、出がけに会った雛苺と、真紅とのハプニングのためジュンに図書館で会う約束を反故にされた巴も来ていた。 



第九幕



「ああ、姉ちゃん?うん、僕…いや、そんな驚いた声出すなよ…」

真紅と水銀燈が相変わらず悪態の応酬を繰り返している傍で、ジュンはこそこそと携帯でのりと通話していた。

「…え?なにかあったのかって?うん、まぁ…ちょっと。
 ああ、時間がないんだ。えーと、わけは後で話すから、とりあえず、お願いがあるんだ。
 は?ああ、お前にだよ。他に誰がいるっていうんだ。…おい、何はしゃいで…あー、時間がない!
 えっとさ、変なこと言うかもしれないけど…え、だから、ああもう、後で説明するったら!
 お願いっていうのはさ…うん、えっと、ほら、うちからちょっと歩いたところに、ちゃっちい公園があるだろ?
 あの間抜けな象の滑り台が置いてあるところだよ。そう、それ。
 そこに…うん、す、すす…ス…トを持ってきてほしいんだ…あ、その…す…スカートだよ!そう、スカート!
 ………。
 は!?へ、変態って、そんなんじゃないぞ!いや、変なことなんてないよ!ほ、ほんとだって!
 だから、ちょっと事情が込み入ってるんだよ、あとで話すっていうか、来てくれたらわかるから!
 うん、うん…ああ、すぐ!いますぐに!」

ジュンはそれだけ一気にはき出すと、言いたいことも言ったし切ろうかと思った矢先、
のりの叫んでいるらしい声が遠くかすかにひずんだ。

「巴ちゃーん、ジュンくんの居場所がわかったわよぅ!」

逡巡、ジュンは一瞬何か考えていたようだったが、すぐにはっとして、
「ちょっと待て、柏葉がいるのか!?」と勢いよく聞いてみたものの、ツーという無感情な機械音が無情に返ってきただけだった。 

「あのお茶漬けのり、柏葉がいるなら先に言えよ!」

ジュンは毒づきつつ再び電話をかけようとする。が、それはかなわなかった。
「ジュン、さっきから何をしているの!?」という怒気を多分に含んだ真紅の声が聞こえてきたからである。
さらに水銀燈も振り向いて、「ねぇジュン、真紅とのこと、あなたに聞いたらわかるかしらぁ?」と例の猫撫で調子で話しかけてきたから、
もはやそれまでだった。

膠着状態にあった二人の圧力の矛先が、ついに自分に向かったらしいことをジュンは悟った。
もうしばらくしたら、のりが来る、きっと、自分が今日本来会うはずだった少女を連れて…。
ジュンはふっとして僅かに俯くと、額に手をあて、戦場での追いつめられた兵士のような気分で、高らかに空笑いをした。




「巴ちゃんとヒナちゃんも行く?」
「はい、行かせてもらいます。…それにしても、スカートって…」
「ねー、なんなのかしらねぇ」
「うゅ?ジュン、公園でスカートはくの?」
「え…そ、そういうわけじゃないと思うんだけどぉ…うーん…」

のりの腕には4,50センチばかりの手提げ紙袋がぶら下がっていて、もちろんその中には、ジュンの要望したスカートがある。

「…公園で、スカートが緊急に必要になることってありますかね…」
「うーん…服が汚れたとか、そういうのじゃないかなぁ…」
「ですよね…」
「でも、ジュンは男の子なのよ?スカートなんてはかないの」 

巴は翠星石の言葉を思い出していた。
のりには話さなかったが、恐らくスカートが必要なのは、ジュンではなく真紅なのだろう。
その場に、きっと真紅がいるのだ。
巴にはなんとなく、今何が起きているのか朧気ながらわかってきたような気がした。

「…ひょっとすると、アクシデントっていうのはこれのことかもしれないわ。
 真紅の服を汚しちゃったとか、その程度の…。…でも、それにしたって、どうして今さら?
 翠星石から逃げたり、恋人みたいな振る舞いをしたり、まっすぐ帰らずに公園に行ったり…。
 不可解なことが多すぎる気がする…。
 …もしかして、こんなことは考えられないかしら。
 桜田くんが真紅のスカートを汚してしまって、その埋め合わせとして、
 真紅が桜田くんに恋人ごっこのような真似を要求したとか…多分、冗談っぽく。
 そして、その光景をたまたま翠星石に見られてしまった。
 二人はきちんとわけを話したかもしれないけれど、あの翠星石のことだから、
 『こうせずにはいられない』とか『私が頼んだの』とかそういうところばかりが耳に入って…
 これ以上付き合ってられないっていう感じで二人は公園に逃げ込んで翠星石をやり過ごした。
 ……うん、あり得る気がするわ」

ここまで考えたところで、巴は小首を傾げると、
「…でも、わからないのは、どうしてそのまま家に帰って来ないのか…。
 公園で、何か一悶着あったということ?」

そんな巴の様子を見て、のりは不思議そうに「巴ちゃん?」と呼びかけた。
巴は我に返って取り繕うと、一抹の不安を感じながら、雛苺の手をとって玄関へと向かった。 




突然のジュンの空笑いに、真紅と水銀燈はまごついた。
が、水銀燈はすぐに気を取りなおすと、
「笑ってないで、答えてほしいわねぇ…」
と妖艶な笑みを浮かべながら近づき、
「それで、結局どういうことなわけぇ?」
ジュンにぴたりとくっついて、その耳元で囁く。
ふきかかる息、真紅とはまた違った甘い匂い、肌をくすぐる艶やかな銀色の長髪、
頬に添えられた手の感触、体に押し付けられた少女とは思えない豊満な胸の柔らかさ、
すべてが思春期の少年には残酷過ぎる刺激だった。

「あ、いや、その…」

当然ジュンにはもはや空笑いする余裕すらなく、ただぎこちなく言葉にならない声を発するばかりだ。

「ねぇ、黙ってたらわからないんだけどぉ?」
「だ、だから…えっと…し、真紅…ひっ!?」

救いを求めて真紅をみれば、まさに鬼の形相で真紅は下から覗き込むようにして二人を睨み付けていた。
ギリギリと歯ぎしりをして、拳は固く握りしめられ肩は小刻みに震えている。

「あの…真紅…さん?」

いつもなら怒鳴り散らす水銀燈のこの所業に、真紅は耐えていた。
それは、ジュンとの間には何もないということを示すパフォーマンスだった。
だが、水銀燈に迫られ赤面してたじたじのジュンを黙ってみていることなど、真紅にはできるはずがなかった。
かつて真紅は翠星石のことを嫉妬深いと評したことがあるが、彼女自身もまた、翠星石に負けず劣らずの嫉妬屋であった。
ただそれを、彼女の場合その並はずれた自尊心が制御しているだけなのだ。 

しかし、どういうわけか水銀燈相手にはその理性のコントロールも調子を狂わせる。
真紅にとって水銀燈が”苦手”な相手である所以である。
また、『ジュンのことになると頭に血が上って、まったく見境がなくなる』という、
真紅が妬心に駆られた翠星石に対して言ったこともまた、自身に少なからず当てはまることだった。
結局、”水銀燈に密着されてたじろくジュン”というこのシチュエーションは…最悪だった。

もはや理性の道管は、その中を流れるどす黒い嫉妬の凄まじい水圧に破裂寸前で、
それが頬の赤み、肩の震え、全身に広がるやり場のない力という形でぷすぷすと表面に出始めていたのだ。
もしほんの小さな針で少しでもさされようものなら、ぷすっと小さな穴があき、それは瞬く間に大きな亀裂を生じさせ、
そこから強烈なジェラシーの水しぶきが辺り一面に広がるに違いない。

「あわわ…ま、まずいぞ…」

ジュンは狼狽した。
彼は奥手ではあったが、どうやら真紅がヤキモチめいたものを焼いていることはわかっていた。
まさに事態は一触即発。慌てて水銀燈から離れようとするジュンだったが、
今の真紅の状態を知ってか知らずか、水銀燈はそれを許さず、にやりと口元を持ち上げると、
ぎゅっとより硬くジュンを抱きしめるようにしてひっつくのだった。

「す、水銀燈!?お、お前、なにしてるんだよ、はやく離れないと真紅が…」
「うふふ…ねぇジュン、真紅なんかよりも、私の方がいいと思わなぁい…?」
「…え…あ、それは…えっと…」
「照れてるのぉ?」
「あの、その、や、そういうわけじゃ…あ、うん…ほら、だから…」

プチッ

たしかに、そんな音がジュンには聞こえたような気がした。 




『from: 蒼星石
 件名: Re:ジュンと真紅
 どうしたんだい、急に。真紅がジュンくんと一緒に帰ってこなかったかー、だなんて。
 真紅は朝からでかけたっきりだけど、ジュンくんと何かあったの?
 それにしても、雛苺と金糸雀に、水銀燈まで、今日はみんなよくでかけるねー』

翠星石は固くなっていた表情を少しだけ緩めて、携帯をたたんだ。

巴と別れた後、翠星石は再びジュンと真紅を探していた。
ふらふらと足取りも確かではなかったけれど、とにかく、その目で真実を確かめないことには納得できないと思ったのだ。

心当たりはなかったが、目星はだいたいついていた。
二人の様子から見て、あまり速い移動はできないはずで、ジュンの家や自分たち姉妹の家にまっすぐ向かっていたなら、
追いつくか水銀燈に見つかるかしていたはずである。
それがないと言うことは、回り道をして帰ったか…ないしは、どこかに隠れてやりすごしているかだ

そして、ついさっき妹の蒼星石にメールでたずねたことから、自分の家にはいないことがわかっている。
となれば、隠れているのだ。自分の出会ったところと水銀燈に出くわした場所の間、どこかでやりすごされた。
それができる所はそう多くはない。

「…水銀燈と会ったあたり、T字の交差点になってたです。
 あのあたりに隠れていた可能性が高いんじゃないですかね…。
 …まぁ、そうだったとしても、もうどこかにいっちまってるでしょうが…」

取り越し苦労に終わるだろうというように彼女は予測していたが、とにかく、
なにか少しでも手がかりがあるなら、それに向かって行動したかった。
やり切れない疑念に絡まれているとき、じっとしていることほど辛いものはない。 

「…この交差点ですね。ここを曲がれば、水銀燈の言っていた公園の見える十字路に出るですぅ…。
 水銀燈、まだいるんでしょうか…」 

翠星石はとぼとぼと歩いていった。
すると、何か怒鳴っているらしいような甲高い女の声が聞こえてきた。

「…何の声ですかね?どこか聞き覚えのあるような…まさか水銀燈、まだ公園に?
 …なわけないですよねぇ。それにどっちかっていうと真紅みたいな声ですし…って、それこそありえねぇですが…。
 あの人を小馬鹿にしたような皮肉屋が、そんな激昂するなんて…。
 それこそ、相手が水銀燈でない限りは……水銀燈?」

翠星石はハッとすると、足をはやめ塀に寄り、それに沿って十字路からこっそりと公園の方をのぞき見る。
姿はよく見えなかったが、誰かいるらしいことはわかったし、何よりもその声の持ち主がはっきりとした。
翠星石は愕然として、
「これは…し、真紅と水銀燈!間違いねぇです!いったいどういうことですか!?
 どうしてこんなところで二人が言い争いを…ジュンは、ジュンはいねぇのですか?」
と渇望していた再会を果たすべく今にも踏みだしそうになる足を必死に抑えながら、翠星石は慎重に様子を窺った。

「あれは…あれは、ジュンですね。やっぱり3人ともいるです!
 …どうしてこんなところで?それに、なんだかすごく険悪というか…ぴりぴりした空気が…
 な、なんだか入りづれぇです…」

翠星石はばれないように、少しずつ、忍び足で近寄っていくことにした。 




「ジュン!こっちに来なさい!」

有無をいわさぬ強い響きで、真紅はジュンに呼びかけた。

「あらぁ、妬いちゃったぁ?クスクス…」
「や、やめ、おま…だ、抱きつくなぁっ!」

ジュンはあまりの勢いに思わず硬直してしまっていたが、
とにかく水銀燈を振りほどき(腕をふるわせると、悪戯そうに笑いながら、水銀燈は存外あっさりとジュンから離れた)、
「真紅、落ち着け」と静かに言った。

「ええ、落ち着いているわ。だからジュン、こっちに来なさい」
「よくいうよ、声が震えてる。………ま、いいや。真紅、話があるんだ」
「なんなの?こそこそと」
「このままいっても、話はややこしくなるばかりだよ。素直に、全部水銀燈に話そう」
「……馬鹿なことを言わないで。これだけの屈辱を受けたというのに、なにもせず引き下がれっていうの?」
「真紅、それが一番だ。下手に隠そうとすると、傷口は広がるばかりだよ」
「……」

「…ねぇ、二人でなんの話をしてるのぉ?水銀燈にも聞かせてぇ?」
「あ、ごめん、ちょっとタイム」
「…なにそれ…」 

「………実はさっき、姉ちゃんに電話した」
「のりに?」
「うん。それで、スカートを持ってきてくれって言った」
「…!勝手なことを…」
「そうするしかないと思ったんだ。…水銀燈にばれずにここから出る自信があったか?」
「……」
「お前ら、もう意地の張り合いみたいになってるじゃないか。
 …それに、水銀燈だって恥ずかしいところを見せたんだ。
 お互いの恥は心の中にしまっておく、そういうことでいいだろ」
「……そうね」

真紅はぽつりと呟いた。
今の自分が滑稽であることに、内心気づいていたのだろう。

「…さっきから、人を無視して、面白くないわね…」

水銀燈は腕を組んで二人を見やる。なにごとか話し合っているようだが、話の内容までは聞こえない。

「………仲、いいのよね、この二人。二人の態度を見ても、何か隠していることは間違いないわ。
 …そういえば、翠星石、慌ててたわね。何を見たのかしら。
 ……まさか、さっきは冗談のつもりだったけれど、本当にデートで…?
 デートって言ったときの真紅の慌てっぷりを考えると…。
 そうよ…それで、その様子を翠星石に見られてしまって…それで逃げた?
 その姿を私にも見られたくなくて、それでここに?
 結局、二人が必死になって隠してるのは、二人のただならない関係…。
 ……ふん、ジュンも見る目がないのね、よりによって真紅なんかとだなんて!
 なによ、さっきは私がちょっとくっついただけであんなにデレデレとしてた癖に…
 …ええ、そうよね、たとえ二人がそういう仲になっていたとしても、それがどうしたっていうの?
 私の方が真紅なんかよりも魅力的なんだから…それがわかれば、きっと…」 

「…おい、水銀燈」
「…あら、ようやく会議が終わったの?是非結果を教えてもらいたいわね」
 
水銀燈がジト目で二人を見る。
ジュンが「よく聞けよ」と言うと、真紅は俯いて唇を噛んだ。

「水銀燈…実はな…」
「ええ…」

水銀燈は唾を飲んだ。

「実は、さっき真紅のスカートが破けちゃってさ…それで、真紅が恥ずかしいからって、二人で隠れてたんだよ」
「……は?」

ジュンが真紅のスカートを指さす。
真紅は下を向いたまま、スカートを抑えてゆっくりと滑り台から離れると、たしかにスカートが裂けており、
抑えていなければ下着は衆目に晒されるに違いなかった。
水銀燈は拍子抜けして、呆けた顔でジュンと目を合わせた。

「…ま、そういうことだから。それじゃあな」
「……待ちなさぁい」
「なんだよ」
「……そんな話で、誤魔化せると思った?」
「……は?」

水銀燈はふっと鼻で笑うと、つかつかとジュンに歩み寄りながら言った。 

「…舐められたものねぇ。そんなくだらないことだけなら、どうして翠星石から逃げ回ってるわけぇ?」
「いや、だから、それは、真紅が恥ずかしがったから…」
「じゃあ、翠星石はどうしてあんなに必死になってあんたたちを探してるのかしらぁ」
「それは、翠星石が勝手に変な誤解をしたからよ!」
「あなたも随分必死ねぇ、真紅。どんな誤解か教えてちょうだい」
「そ、それは…」
「言えないのねぇ。ジュンは教えてくれるぅ?」
「あの…」

「うふふ…別に口籠もらなくてもいいの。私は全然気にしてないんだから。
 だって、盗られたら取り返せばいいだけ、そうでしょう?」
「…は?水銀燈、お前、何を言って…」
「ほら、言いなさい。言い辛いなら、私が言ってあげるわよぉ…?
 まったく、考えたわねぇ。大きな嘘を隠すには、小さな嘘を露見させればいいのよ。
 一度探した場所は、二度と探さないものねぇ。でも、残念だけれど、私は騙されないわぁ…。
 うふふ…どうかと思っていたけれど、こんな小細工をするようじゃ、やっぱり私の推理が当たってるんじゃないかしらぁ?
 ま、どうでもいいけどねぇ…さ、ジュン、言っちゃっていいのよ」
「お前、何を…今いったことが全部だよ、どうして信じてくれないのさ…」

水銀燈が再びジュンの頬に手を添えて、顔と顔を至近距離にまで近づけ、
それに対して真紅が「ちょっと水銀燈!ジュンから離れ…」と怒鳴ったそのときである。

「水銀燈!ジュンに何してるですかぁ!」
「……翠星石ぃ?」
「す、翠星石!どうしてここに!?」 

じっと様子を窺っていたらしい翠星石が語気荒く怒声を吐いて姿を現し、
あたりには強く地面を蹴り上げたためか砂が飛び散った。
それを見たジュンは、肩を落として空を仰ぐと、これから起こるだろう旋風を思い浮かべ、
「はぁぁぁぁ…」と深い深い溜息をついた。
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