※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

○あらすじ
スカートの破れを隠しながら家に向かっていたジュンと真紅は、公園で隠れて水銀燈をやりすごそうとしていた。
しかし、いきなり邪気眼全開のポエムを一人朗読しだした水銀燈に、
真紅が耐えきれず爆笑してしまい、ついに二人はみつかったのだった。
一方、ジュンに図書館で会う約束を反故にされた巴は、雛苺と一緒にジュンの家に行った。 



第八幕



玄関前のインターフォンを鳴らすと、ドタドタと慌ただしい音がして、扉が開いたかと思えば、
「あら、巴ちゃん、久しぶりねぇ!それにヒナちゃんも」
とその家の若すぎる主である桜田のりがでてきた。

「お久しぶりです」
「のりぃーっ!」

巴はちょこんと頭を下げ、その後ろから雛苺は満面の笑みと一緒にのりに飛びついた。

「きゃっ、ヒナちゃんったらもぅ…。…ところで、今日はどうして?」
「桜田くんに届け物があったので…」
「あっ、そうなの、ごめんね巴ちゃん、ジュンくん今図書館に行ってて…」
「知ってます。そういう約束だったから」
「え?」
「桜田くんから聞いていませんでしたか?今日図書館で休み中の勉強を見てほしいって頼まれてたんです」
「と、巴ちゃんに!?えぇー、ジュンくんお姉ちゃんに全然そんなこと言ってくれなかったわよぅ!
 そうだったのねぇ、へぇー…」

のりは途端に浮かれ出して、右手を頬にあてると、妙に微笑みながら巴の顔を見つめた。
その笑みはまさに成長した息子が女友達を連れてきたときに母親がするそれで、
あのナイーブが少年が自分との約束をこの姉に言えなかったのはもっともなことだ、と巴は思った。
いつのまにかのりから離れた雛苺が、不思議そうに二人の表情を見比べている。

「…あれ?でも、じゃあ巴ちゃんはなんで…」
「急に来られなくなったそうです。それで、せめてノートのコピーだけでもと思いまして」
「急に?そうなの…ごめんね、ジュンくんたらどうしたのかしら…」
「なにかアクシデントがあった、とのことです。心配には及ばないとのことでしたが。
 それで、ここに来る途中雛苺に会ったので、一緒に…」

「そう…アクシデントって何があったのかしら…。
 …ねぇ二人とも、よかったら、あがってかない?ジュンくんもそのうち帰ってくると思うし…。
 ちょうど一人で寂しかったのよぅ、今お茶にしようと思ってたんだけど…」
「あ、はい…それじゃ、お言葉に甘えて」
「お茶?お菓子もある?」
「うふふ、勿論あるわよぅ」
「ほんとにー!?今度はちゃんとしたお茶会なのよー!」

雛苺は「お邪魔しまーす」と明るい声を響かせると、赤い小さなくつを脱ぎ捨て居間へと走っていった。
のりと巴はお互いの顔を見合わせると、ふっと頬を緩ませ、その後を静かについていった。




「な、なんであんたたちがここにいるわけ!?」

水銀燈は取り乱していた。
一番見られたくない瞬間を、一番見られてはいけない相手に見られてしまったのだ。
しかしそれは、真紅の方も同じだった。
スカートが破けた状態を衆目に晒していることをこの姉に知られれば、間違いなく延々とからかわれ続けるに違いない。
真紅にとって、それはもっとも耐え難いことだ。

「………く、私としたことが、こんなところで水銀燈に見つかってしまうなんて…。
 だって、まさかいきなりあんなことを始めるだなんて誰も思わないじゃない?
 あの水銀燈が、あんな感傷的で、気取った、くさい、詩もどきみたいなのをつぶやきはじめたのよ。
 笑ってしまうのも仕方ないわ…。私の恥を水銀燈に悟られるわけにはいかないし、どうにか誤魔化さないと…」

「ちょっと、真紅、なにをぶつぶつ言ってるわけ!?」
「うるさいわね、さっきからがあがあと…
 ………あ、そうよ…よく考えてみれば、今追いつめられてるのは、私よりむしろ水銀燈の方…。
 ほら、顔なんて血の気を失って真っ青じゃない。…こんなことって滅多にあることじゃないわ。
 …ちょっとからかってやろうかしら」
「真紅!?」
「ああ、やかましい。いったいどうしたの、深遠なる闇さん?」

真紅は嘲るような目で水銀燈を見ると、ぷっと含み笑いをした。

「あ、ああ、あんた…ふ、ふふ…い、生きて返すわけにはいかないわねぇ…!」
「ごめんなさい、邪魔をするつもりはなかったのよ。
 でも安心して、さっきみたことは誰にも言わないわ。多分。だから、続きは家の中で存分になさい。
 だって、他の人に見られたりしたら、恥ずかしいのは姉妹の私だもの」
「し、真紅…やめとけよ…」

水銀燈の目はいよいよつり上がって、真紅の目の前までつかつかと歩み寄ると、
「口のきき方には気をつけなさぁい…」
と上ずった声でいうものだから、いつもの調子に聞こえる猫撫で声も、平静を装うためのものであるのが傍目にもよくわかった。
真紅は不敵に微笑んだまま、自分よりもはるかにおおきな水銀燈を見下ろしているように見えた。

「クッ…一生の不覚だわ…まさか私のあの甘美なひとときを、バカ真紅なんかに見られちゃうなんて…
 し、しかもジュンまでいっしょじゃない…まさか、内容まで把握してないと思うけど…。
 …ああ、もう!まずい、まずいわ…私のクールなイメージが台無しよ…!
 こっちも何か真紅の弱みを握らないと…でも、どうやって…。
 …なにか、なにかない?一発で逆転できるような……そういえば、二人はどうして一緒にいるのかしら?
 翠星石から逃げてるみたいだし…もしかしたら、ここが突破口になるかも…」

「…水銀燈?なにを独り言なんて言ってるの。ああ、さっきのポエムの続きかしら」
「…調子に乗らないでくれる?だいたい、あなたたちこそこんなところで何をしているわけぇ?
 …この寂れた公園がデートスポットだとは知らなかったわぁ…」

苦し紛れの話題転換だったが、それは想像以上の効果を上げた。
それはデートという言葉が、真紅をわずかながら狼狽させたためだ。
翠星石だけでなく、水銀燈にまでそう誤解されれば、あとあとややこしいことになることは想像に易い。
真紅は裂けたスカートをぴっとのばすと、後ろの滑り台に背中をぴたりとくっつけ、「…デートじゃないわ」とだけ低く漏らした。

「あらぁ、そうだったの。へぇ~……
 ………なんだか、真紅の様子が少し変わった?
 …あまり触れて欲しくない話題のようね…なら、ここしかないわ。
 ………ねぇ、ジュン」

ここで初めて、水銀燈はジュンの目を見た。
蚊帳の外に置かれていたジュンは、不意に声をかけられると思わず「ふぇっ!?」と間抜けな声を出した。
水銀燈は妖しげな笑みを浮かべながら、接近して吐息がかかるほどに顔を近づける。

「ちょ、ちょっと、水銀燈、何をしてるの!?」

いつもなら掴みかかる真紅も、破けたスカートを庇って乗り出すことができない。
水銀燈は真紅を無視しながら、固まっているジュンの顎に手を添えて、見下ろした。

「なんだよ」

ジュンは顔を背け、ようやく、それだけの言葉を口に出した。
彼は、この少女の自分より背が高いことを見せられるのを、なにより嫌っていた。

「あなたも、年上に対する敬意ってものをもちなさぁい」
「…一年早く生まれただけで、いばるなよ」
「別に威張ってないわぁ」

相変わらず真紅が恐ろしい形相で水銀燈を睨んでいたけれど、そんなことはまったく意に介していないようで、
そのことがますます真紅の目つきを鋭くさせた。が、やはり、一向に効果はなかった。

「…デートじゃなければ、なんなのかしらねぇ…」

水銀燈は綺麗だった。
その顔があまり近いことと、さらさらの銀髪から香る匂いに刺激されてか、ジュンの頬はほんのりと紅葉色に染まっていた。

「ジュン、何をデレデレとしているの!?」
「なっ…だ、誰がデレデレなん…あっ…」

墓穴。真紅に反論しようとして、背けていた顔を振り向かせたジュンは、
間近まで顔を近づけていた水銀燈と思い切り目を合わせてしまい、その瞬間に喉まで出ていた声は再び肺の中に帰っていって、
そのまま吸い込まれるように固まってしまったのだ。

それに気をよくしたのか、水銀燈はにまぁと笑って、
「あらら、ごめんなさいね真紅ぅ…ジュンったら、あなたよりも私の方がいいみたいでぇ…クスクス、彼女の目の前で、いけない子…」
「…だから、そんなんじゃないっていってるでしょう…。…よかったわね、希望の光が失われなくて!」
「ま、まだそんなへらず口を…!」

それからしばらく、真紅と水銀燈の間で無言のにらみ合いが続いた。
ジュンはすぐにでも逃げ出したかったが、その後に予想される真紅からの報復を考えると、それもできなかった。
また、あんな姿を見られた水銀燈も、ただでここから自分を帰してくれるとは思えなかった。

「……さっきの質問に戻るけど、あんたたち、こんなとこで何してるわけぇ?」
「…あなたに答える必要はないわ」
「翠星石が随分と探していたわよ。どういうわけで、あの子から逃げてるのかしら」
「さぁ、翠星石が勝手に何か誤解して、私たちをつけ回してるだけよ」
「誤解?なにをどう誤解したのか教えてくれるぅ?」
「知らないわ。大方、私たちがやましいことをしてるとかなんとか、そんなところでしょうよ」
「…そこなのよねぇ。意味もなくそんな誤解が生まれるかしら。二人っきりで、こんな公園で…何かあるように思えるわ…」
「何もないっていってるでしょう!だいたい、あなたが公園に来るっていうから、私たちはここで隠れて…!」
「……ふぅん。私と翠星石の話、聞いてたのね」
「あ……」

真紅はおし黙った。
どうして水銀燈相手になると、真紅はこうヘマばかりするんだ…
そう考えながら、ジュンは今自分たちがまずい状況にあることを確認した。
恐らく、水銀燈は納得のいく説明が得られるまでここにいるだろう。
となると、真紅もここを動けない。そして、いずれはばれる。

「つまり、翠星石のみならず、私からも逃げてた、ということね?
 人目を避けているのかしら?…あなたたち、何か隠し事をしてるんじゃなぁい?」
「…う…」

真紅は少しだけ顎を引いた。

「やっぱりねぇ…二人でなにか隠してるんでしょう?翠星石を怒らせるようなことを」
「別に、そんな大それたことは…」
「ああ、愛しい妹に隠し事されるなんて、お姉ちゃんは悲しいわぁ…」
「ふ、ふざけないで!」
「ねぇ、あなたもそう思わない?ジュン…」
「ちょ…い、い、いい加減にジュンから手を離して!ふ、不純な情念の焔で焼け焦げてしまうわよ?」
「……言ったわね」

真紅が嘲るような調子で、先のポエムを引用して敵意を吐きだす。
水銀燈が冷然とにらみ返し、真紅が懸命に隠しているらしいことを暴こうとする。
この繰り返しだ。

「うふふ…いい度胸してるじゃなぁい…」
水銀燈はようやくジュンから離れると、ジュンは金縛りが解けたように地面にぺたっとへたりこんだ。
真紅は相変わらず滑り台に背中を合わせている。
もちろん、離れないのではなく、離れられないのだ。
離れれば、たちまちにして水銀燈は真紅の恥部を見いだし、これ幸いと勝者の笑いを公園中に響かせるだろう。

「…あー…なんか、どうでもよくなってきた…」

張りつめた緊張の中でにらみ合いを続ける二人とは裏腹に、
ジュンは糸の切れたマリオネットのように項垂れると、自分のやっていることが次第にばかばかしく思えてきた。
眼前で繰り広げられる哀れな主導権争いに、さっさと終止符を打ってしまいたいというのが、
第三者として、傍観者としての彼のもはや切実な願いだった。

「…本当なら、今頃柏葉に勉強を教えてもらっていたはずなんだ。
 それがどうしてこんなことに…。
 僕が何したっていうんだ?ただ、図書館に向かっていただけじゃないか。
 それなのにこいつらときたら、次から次へと僕の目の前に立ちはだかって、
 今もこんなくだらない小芝居に巻き込まれてる。
 ちぇっ、僕には安息の時間なんかないってのか?あいつら人をなんだと…
 …ああ、そうだ、柏葉にも迷惑かけたよな…クソ、ほんと、僕はいったい何をしてるんだ…!?」

それはほとんど発作に近かった。
ジュンは二人にばれないように後ずさりで十分に距離をとると、
ポケットから携帯を取り出して、電話をかけ始めた。




桜田家の居間はいつになく明るかった。
というのも、もっぱら雛苺の騒がしいことによるためであったが。
雛苺はいちご大福を頬張りながら、今日のことを楽しげにのりに話していた。
巴は、そんな雛苺の様子を眺めているだけで満足そうに見えた。

「…それにしても、ジュンくんたら遅いわねぇ…せっかく巴ちゃんも来てくれたのに」
雛苺の話が一段落ついて、のりはカップにいれられた紅茶を飲み干しながら時計を見ると、思い出したように呟いた。
「あ、どうかお気になさらず…特に連絡もしていませんし…」
「でも、何かあったならおうちに電話してくれたらいいのに…」
「たいしたことじゃないそうですから」
「うーん…でもでも、やっぱり心配よぅ…ね、ヒナちゃんもそう思うよね?」
「ほぇ?」
「…ヒナちゃん、お行儀の悪いことしちゃ、めっ、めっ、よぅ?」

のりは手に残ったいちご大福の残り香に夢中だった雛苺をたしなめると、
「せめてメールだけでも、しておいた方がいいかしら…」
と、さも気がかりそうに言うのだった。
そこで巴が「便りがないのは良い便りですよ」とそっけなく答えたのは、
のりがジュンに連絡して、自分がここにいることが知られるのを恐れたためである。
ジュンが今、なんらかの理由で自分を避けているということを、少なからず巴はメールから受け取っていた。

「ううん、そうねぇ」
のりは役割を済ませた食器類を片づけ始めた。
どうやら当面ジュンに連絡を取る様子がないのに安心すると、
巴も居間の中央にあるソファーに移動して、雛苺を膝に乗せた。
膝の上の雛苺は、クッションの上に放置されたリモコンを取ると、テレビの電源をつけた。
やらせじみた娯楽番組の再放送が流れていた。

特にすることもなかったので、巴の視線は派手な色が目まぐるしく移り変わる液晶画面に注がれていたが、
元よりそういった卑俗な放送に興味が薄い巴にとって、
それは見るというよりは、視界に入っているというだけのことだった。
まして、今彼女の関心はまったく別なところにあるのだ。

それからしばらくは、三人の他愛もない会話や、テレビから出るおおげさな効果音や笑い声が部屋に溢れていた。
そして、映っているのがあまり面白い番組ではなかったからか、遊び疲れたからか、雛苺があくびを始めたので、
巴がリモコンに手をのばしたちょうどそのときである。
廊下の向こうから電話のベルが鳴り響き、のりは客人に向かい片手を前に押し出して「ちょっと待ってて」と合図すると、扉の向こうに消えていった。
巴はさして興味を示さずに、テレビの電源を消した。
雛苺のあくびがうつったのだろうか、眠そうに瞼をこすっていたが、
廊下の向こうから「ジュンくん!?」というのりの素っ頓狂な声を聞いた瞬間、ぎょっとして目を見開きぐるりと首を回した。

「…桜田くんから、電話?」
巴は膝上の雛苺をソファーに寝かせると、廊下に繋がる扉に近づいて、じっと聞き耳をたてた。
のりの興奮した声が聞こえてくる。

「ジュンくん、電話なんて、何かあったの?…そう、なにかあったのね。
 いったいなにが…え?時間がない?時間がないってどういう…あ、ごめんね。うん、わけは後で聞くわ。
 …お願い?え、それって、お姉ちゃんに?お姉ちゃんにできることならなねもやってあげるわよぅ!
 うんうん、それで?…変なお願いなの?それってどういう……あ、そうね、後で聞くんだったわね。
 それでお願いは…うん…公園?それってどこの…ああ、あの象さんの滑り台のある…うん、うん、わかったわ。
 で、それがどうしたの?え?持ってきて欲しいって、ジュンくん、声がちっちゃくて聞き取れないわよぅ…。
 す…す……。………え?スカート?スカートって、私がはいてるみたいな…す、スカート!?」

突如としてでてきた突拍子もない単語に、巴は耳を疑った。
巴がなんとなく想像してきた、ジュンのアクシデントのシチュエーションのどれにも、まったく関連性のない単語だった。

「……………ジュンくん……変態?
 え、違う?変態じゃない?ほんとに?でもなんでそんなもの……複雑な事情がある?
 うーん…ジュンくんがそう言うならいいけれど…それ、いますぐいるのぅ?
 今すぐ、うん、わかったわ。……スカートね?じゃあ、できるだけはやく持って行くね」 

のりは受話器を手に持ったまま、居間に向かって「ジュンくんの居場所がわかったわよぅ!」と言うと、
受話器をガチャンと置いて、言われた通りにどたばたと駆け足でスカートをとりにいった。
その口調には若干の混乱が混じっていて、それからの慌ただしさからもわかるように、受話器を置く寸前、
電話口から「ちょっと待て、柏葉がいるのか!?」というジュンの問いかけがでていたことになど、
当然のごとく彼女は気づかなかった。

そして巴はといえば、扉にもたれかかったままぽかんと口を開けて、「スカート…?」と不可解な呪文を唱えるように呟いていた。
|