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 時計の針の刻まれる音がある。店内にある夥しい数の時計が、同じ時間の流
れにあって音をたてているのだった。
 それらの音は重なりとも連なりとも言えたし、またそうでないとも言えた。同じ時
間を刻んでいるはずなのに、しかし、幼い蒼星石は、その音のどこかに、なにか
妙なずれを感じないでもなかったのである。

 梅雨の真っ盛りであり、外では雨が降っているが、時計のせいで雨音までは耳
に入らない。少し目をうごかせば店内入口から雨が見えたかもしれないが、蒼星
石にそれをする心のゆとりはなかった。
 蒼星石の色違いの目は、先ほどから元治の手をじっと見つめている。皺の多い
老人の手である。蒼星石は、作業机横に丸椅子を置いて座り、机の上で組んだ
腕に頭をのせると、その皺だらけの手が時計を直してゆく様子を、なにもせずに
眺めていた。時々まばたきくらいはしていたかもしれない。
 ふたりとも無言に落ちている。仕事をしている元治は喋る言葉などもたず、せい
ぜいため息を吐く程度で、蒼星石もそれに合わせて、ため息を吐いた。すると、蒼
星石の小さな肩が大きくゆれた。

 元治の背後には居間へ続く敷居があって、そこに盆が置かれている。盆の上に
は急須の他に湯のみが二つあったが、元治も蒼星石も一度口に入れると、それ
きり飲まなかった。そこからだいぶん時間が経過しているから、もうすっかり湯の
みの中は冷めきっていることだろう。

 蒼星石はそのうちに眠くなった。ぼおんぼおんとひときわ重く幅の広い音が鳴っ
たが、その音は蒼星石の眠気をうながすだけで、覚ますに至らなかった。眠い、
眠い、と頭の中でくりかえしそう呟いて、蒼星石は、もうすっかりあけていられなく
なった瞼にしたがって、そのまま眠ってしまった。

 元治が手をとめて一息吐いた時、彼は蒼星石が眠ってしまっていることに気づ
いた。肩に手をおいてゆすってみたが、反応はなかった。蒼星石は起きない。
 こんなところで、こんな姿勢で眠っていては、起きた時に体が痛かろうと思った
元治は、居間に寝かせてくるために、蒼星石を足から抱え上げた。
 これが存外に重く、この娘は、いつのまにこんなにも重くなっていたのかと、元治
はむしょうにおかしくなって、口内で笑った。

 蒼星石は、元治が下駄をぬいでいるあたりで、目を覚ました。身じろぎせずに目
をしばたかせ、やがて自分が元治に抱かれていると知った時、彼女はまた目をと
じて、このさい狸寝入りを決めこむことにした。

 蒼星石の起きたことを知らない元治は、変わらず蒼星石を抱えたまま、居間に
上がった。

 居間では、蒼星石の双子の姉の翠星石が昼寝をしていた。マツがその肩に毛
布をかけてやるところだった。元治は翠星石のとなりに蒼星石を寝かせてやって、
毛布をひっぱってかけてやった。
 そのあと、元治はマツに手を差し出した。マツがその手を取ると、元治はすっと
曳いてマツを立ち上がらせた。
 ふたりで台所にむかうのは、夕食の支度をするためである。雨がなければ、窓
の外はとうに暮色に染まっているはずの時刻だった。

 蒼星石は、畳を擦るような足音がちょっとずつ遠ざかってゆくのを感じながら、ゆ
っくりと目をあけた。うつ伏せから体を起こして、翠星石を見やって、なんとなく姉
の長い髪を撫でた。
 それから蒼星石は、静かに立つと、元治とマツを追って台所へ行った。「手伝い
ます」と、翠星石を起こさない程度に大きな声を上げて――。

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