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○あらすじ
スカートが裂けて、真紅はパンツ丸出し状態に。ジュンはそれを隠しながら家に向かうことになった。
途中翠星石に会ったが、現れた猫に真紅が取り乱したどさくさで、二人はなんとか逃げ切ったものの、
翠星石は一人猫と格闘しているところを通行人に目撃され、なんともきまずい空気が流れたのだった。 



第五幕



「あの二人、ぜっ…たいに許さんですぅ!」

よく晴れた休日の午後、人目も憚らず公道のど真ん中で咆哮したのは翠星石である。
結局あのとき自分の奇行の一部始終を見知らぬ主婦に見られた彼女は、
あはは、とぎこちない笑いを見せながらあとずさりするしかなかった。
見てはいけないものを見てしまった、という思考が雄弁に表れたあの間抜けた主婦の表情を、
翠星石は当分忘れることができないだろう。

「いったいどこまで翠星石をバカにすれば気が済むですか…!
 破廉恥な行為を見せつけられただけじゃなく、あんな思いを味わわせられるとは…。
 買い物に行くつもりでしたが、もう、それどころじゃねぇですよ。このままじゃ収まらんです!
 この胸には怒りと復讐の炎が熱く燃えて…そう、これはあくまで仕返しです。
 そうですよ、あの恥知らずの二人に対するお仕置きです…。
 だって、そうじゃないですか、真紅は無恥にもジュンに体で迫って…
 しかもジュンはそれを鼻の下伸ばして受け容れてるのですから、情けないにも程があるです!
 だいたいあの貧相な体で…翠星石の方が可愛くて、プロポーションだっていいですのに…」

ここで、憤怒にぎりぎりと締まっていた表情がふと緩んで、翠星石は軽く曲げた人差し指を唇に押し付けた。 

「………ジュンはああいうのが好みなんですかねぇ?
 …まぁ別に、ジュンの好きなタイプなんてどうだっていいんですけどぉ…。
 それにしても、あれだったら翠星石の方がよっぽど…。
 うーん、やっぱり真紅が強く迫ったから、それに乗せられたんでしょうか…。
 ジュンも、その…年頃ですし…。
 それなら、翠星石だったら……?って、ななな、何考えてるですか!
 翠星石はそんないやらしいことはしないですよ!で、でも、このままじゃ…」

翠星石はくるっと一回りして、なにかぶつぶつといいながら、閉じこめられた動物がそうするように、
あたりをぐるぐるくるくると歩き始めた。

「…そもそも、なんで真紅は急にこんなことをしたんですかねぇ…。
 いよいよ攻勢に出るつもりなんでしょうか…。それにしたって、あんまり恥知らずじゃねぇですか…。
 それも開き直って、翠星石に面と向かって『自分が誘った』と言ってのけるなんて、正気の沙汰じゃねぇです。
 考えてみれば、真紅は姉妹の中でも蒼星石と並んで貞操観念の強い子ですよ。
 そう簡単に、ジュンにあんなことをさせるとは思えないような気がするですぅ…。
 でも、それなら真紅はどうしてあんなことを言ったのかさっぱりです…。
 ひっかかりますね…これはどうも、何かあるような気がするですよ。
 …ひょっとすると、なにか隠し事をしてるのかもしれんです…。
 たとえば、『こうしなければならない』という口ぶりからして、
 二人がそうすることで何かを隠すことができるとか……何を?そんなものがあるとは考えらんねーですね。
 ううん…結局、実は単に二人の仲が知らない間にとても進行していて、
 あの程度のことでは破廉恥ともなんとも思えないだけなのかも…」 

そこまで考えると、はっと我を取り戻し、

「ええぃ、振り出しに戻ってるですよ!このままうだうだしていたってなんもわからんです、
 とにかく、翠星石が見たことだけは確かで、何にしても、あの破廉恥な二人をとっちめてやらんことには始まらんのですぅ!
 どこに行ったのかはわからんですが…多分翠星石たちの家か、ジュンの家かのどっちかですね、
 このあたりで他に行くとこなんてないですから。どっちにしても道は同じです。
 こうなったら、どこまでも追いかけて、この得たいのしれない不協和音の原因を見つけ出してやるです!
 ただ、それにしても…。うー、なんだか嫌な予感がしてきたですよ…」
 



「はぁ、はぁ…」

荒く息を切らしながら、真紅は塀に手をつくと、その肩に同じく呼吸を乱したジュンがそっと手をかけた。

「なぁ真紅…いくら猫嫌いっていっても、これはないんじゃないか?」
「…ご、ごめんなさい、どうしても、猫だけは弱くて…」
「いいけどさ…翠星石、置いて来ちゃったぞ」
「…ほんとね。あの子のことだから、今頃カンカンになってるでしょうね…」
「まず間違いなく、僕たちを追っかけてくるだろうな」
「私たちは二人三脚紛いのことをしなければならないし、ジュンの家に着くまでに追いつかれそうね…」
「…どうする?どこか脇道に入って、翠星石が来るのをやりすごすか?」
「あまり悠長なことはしたくないけれど、それが賢明のようね。
 しばらく様子を見て、もしも追いかけてくる様子がなければ、そのままあなたの家に行きましょう」 

T字に分かれた交差点で、本来まっすぐ行くべき所を左に曲がる。
その先の十字路の影にそっと隠れて、二人は翠星石が通るであろう道をちらちらと覗く。
もちろん、その時にも二人はぴったりと密着している。
そこは閑静な住宅街で、人通りは少なく、信号もない停止線だけが書かれているような十字路だったが、
人がまったくいないという保証はない。

それにしても、相変わらず照りつける太陽のせいで、二人はよりしんどい思いをしなければならなかった。
全力で走ったすぐ後というのもあって、真紅の額に汗が滲んでいるのが見える。
それでも、自分の体温が誤魔化されるので、同じく汗ばんだ少年は少しほっとした心地だった。

ほんの2,3分たった頃だろうか。

「ジュン…見て」
「え?…ああ、翠星石だな。走ってる…やっぱり追いかけてきたか。危なかったな、確実に追いつかれていたぞ」
「そうね、でもこれで安心よ、多分このまま家に向かうか…まぁ、ジュンの家に立ち寄ったとしても、
 ジュンがいないことを知れば長居はしないはずだもの」
「そうだな」

安堵したように、ふぅっとジュンは相槌をはき出した。
が、それもつかの間で、間もなく響いてきた声に、二人は再び硬直するのである。

「あらぁ、翠星石じゃない。そんなに急いで、どこに行くの?」
「水銀燈ですか?…ふん、おめぇには関係ねぇですよ!」

それは、紛れもなくあの長女の声。真紅と仲がいいとは言い難い、あの長女。
恐らく真紅がもっとも、自分の失態を見せたくないだろう相手。いうなればボス。そんな相手。
真紅の顔からさぁっと色が抜けていくのを、ジュンは見た。 

「真紅、慌てるな。このまま水銀燈もやり過ごせばいいだけだ」
「そ、そうよね…」

翠星石と水銀燈のやりとりは、まだしばらく続いている。

「随分な物言いね…ま、たしかにあなたが何してようと、私の知ったことじゃないわ」
「そうですよ、まったく………ちょっと待つです。一つ聞きたいのですが、真紅を見なかったですか?」
「真紅?そういえば朝からでかけていたわねぇ。紅茶の葉でも買いに行ったのかしら、
 まったくあの紅茶馬鹿、こんなことでもないと外に出ないものねぇ。
 ええと、それで、真紅?見てないわね、もしかしてあなた、真紅を追いかけているの?」

「…しまったぞ。これで、翠星石は脇道にそれたことに気づくかもしれない」
「まだわからないわ。つづきを聞きましょう…っていうか、バカとはなによバカとは…」
「…落ち着け」

「…そうですか、見てないですか…ということは、やっぱりもうジュンの家に?」
「ジュン?真紅がジュンの家にいるの?」
「おめぇには関係ねぇことですよ。とにかく、翠星石はもう行くです」

「よし、とりあえず僕の家に向かうみたいだな」
「でも、私たちがいないことに気づいたらきっと引き返してくるわ」
「うーん…いや、大丈夫だ、別のルートから帰ればいいよ」
「そうね…あら、ちょっと待って。水銀燈が何か大声で言っているみたい」

「ま、待ちなさいよぉ!気になるじゃない、真紅がジュンの家にいるの?ねぇ」
「そんなこと聞いてどうするのです?二人が気になるのですか?」
「なっ…お、おバカさぁん!そんなはずないでしょお?いったいどうしてこの私が…」
「じゃあいいじゃねぇですか。だいたい水銀燈こそこんなとこで何してるのです?
 きょうは家でゆっくりとしているんじゃないですか?」
「ちょ、ちょっと散歩したくなっただけよ。そこの公園まで…」
「そうですか、それなら翠星石は先を急ぐですよ。公園なりなんなりさっさと行くがいいですぅ」
「なっ…なによもう!……ほんとに行っちゃったわ…。
 真紅がジュンの家にいて、それを翠星石がそんなに取り乱して追いかけるなんて…。
 ……ふん、私には関係ないことよ。当初の予定通り、公園に行くわ。そうよ、私には関係…」

翠星石の駆け足が遠く薄くなって、水銀燈の声もまた消えて聞こえなくなった。
しかし、コツコツと、その気配が確実に近づいてくることを二人は感じた。

「…なぁ、真紅、やっぱりお前は日頃の行いが悪いらしいぞ」
「それはあなたよ、ジュン。あなたの運のなさが、私を巻き込んでこの事態に引き合わせているのよ」
「…事情がばれて困るのは、お前一人だろ…」

真紅は押し黙って、すぐ後ろに見える閑散とした広場に目を向けた。

「…公園って、やっぱりそこの公園よね」
「ああ、よりによって、そこの公園だよ」

休日の昼だと言うのに、子供のはしゃぎ声もなにも聞こえない。
特別広いわけでもなく、申し訳程度に、鉄棒と象の形をした滑り台、
それに休憩用の古びた木製のベンチが一つがぽつんと置かれているだけの空間だったから、それも無理はなかった。 

「水銀燈がここに来るな」
「水銀燈がここに来るわね」
「どうするんだ?」
「どうするも何も、見つかるわけにはいかないわ。隠れましょう」
「じゃあ、またかくれんぼが続くんだな…」
「ええ、そうよ。…ジュン、あなた、最後まで付き合うと言ったのだから、責任もって協力してもらうわよ」
「…今日は厄日だよ」

ジュンはぽつりと呟いた。
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