『金糸雀堂』
大きな草原の真ん中に小高い丘がありました。
丘の頂上には大きな大きな木が一本、木の下には小さなお店がありました。
お店の名前は『金糸雀堂』。
今日はどんなお客さんがくるでしょう?
その3
今日は雪。
草原は真っ白で、暖炉では薪がパチパチ笑っています。
準備をして待っていると、トントン・トントン、お客さんが来たようです。
ドアを開けると短い髪で不思議な目の色をした女の人が立っていました。
「すみません、道を聞きたいんですが。」
「いらっしゃい、貴女を待っていたかしら。」
「僕の事を待っていた?」
「だから温まる飲み物と暖かい暖炉を用意しておいたかしら。」
体に積もった雪を払うと暖炉の前にイスを置き、コップにココアを注ぎました。
「さてさて、貴女の探し物は何かしら?」
「えっ、どうして知ってるんです?」
「ここは『金糸雀堂』。。違う時間、違う世界同士が重なるお店かしら。」
「…どういう意味なんですか?」
「その内にわかるわ、それより何をお探しでしょう?」
「…僕には姉がいるんです。でも…僕が子供の時に、行方不明になってしまって…だから色んな街を巡って姉を探しているです。」
それを聞くと立ち上がって壁に掛かっている扉の絵に近づいて。
「そこの棚からノブを1つ選んで持ってくるかしら。」
「この中から?…じゃあこれで。」
「この絵にはめて回しなさい。」
女の人は恐る恐る絵にノブを差し込み回しました。
ガチャリ
絵の扉の先は温室になっていました。
色とりどりの花が咲く温室の真ん中にローズマリーの茂みがあり、そのなかに手袋が置かれています。
駆け寄って手袋を取り、振り向くと。
「これ、姉さんの手袋です!ここに居るんですね!」
「それは別の時間、別の世界のお姉さんの手袋かしら。貴女は知っている。『貴女の』お姉さんはもういないって。」
「そんなっ!姉さんはどこですか!」
「貴女達は事故にあい姉さんは助からなかった。貴女はそれを理解出来ずにいる。」
「そんな……」
「ローズマリーの花言葉は記憶・想いで。それは愛おしいけど、新たに創っていくモノでもあるかしら。何時までも記憶に縛られ、その中だけで生きる事をお姉さんは望んでいる?」
女の人は長い間泣いていました。
「……この…手袋…頂けないでしょうか?幾らでも払いますから…」
「もちろん。お代は…その薔薇の指輪は駄目かしら?」
「露店で買った安物なのに、いいんですか?」
女の人は何度もお礼をいって最後に少しだけ微笑みました。
雪が降る中を大事そうに手袋をして帰っていく姿を見送ると、今日は店じまいです。
「貴女は前を向いて歩いて行けるかしら。」
つぶやくと指輪をつけてみました。
安物とはいえ手作りの、想いが籠もった品です。
「ココアを飲みながら雪を眺めましょう。」
そう言うとパタンと扉が閉まりました。