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第二幕

「あら、ジュンじゃない。もう、外に出ても大丈夫なの?」
「真紅?」

図書館に向かっていたジュンは、その途中で今度は友人の真紅に会った。
ぼうっとして歩いていたジュンは、突然の呼びかけに戸惑ったが、
それが知己の少女によるものであることを知ると、ほっとして息をついた。
真紅は自転車に乗っていて、ジュンの元まで来ると、慎重にブレーキをかけて片足を降ろし、
そのまま腰をサドルから離した。まっすぐに立つと、そのサドルはやや低めに思われた。
膝上までかかっている赤いフレアスカートが、乾いた風に靡いている。

「おかげさまで、なんとかね。…珍しいな、自転車にのってるなんて」
「ちょっと遠出だったから、たまにはね。
 それより、もうしばらくは安静にしておいた方がいいんじゃなくて?」
「大丈夫だよ。そうだ、お見舞い、ありがとな」
「お礼はいいから、今度から風邪をひかないようにしなさい」
「ああ、わかったよ」

真紅が優しく微笑むと、ジュンは目を逸らして、右の人差し指でぽりぽり頬をかいた。
あのときのことを思い出すと、何故かまた熱がぶり返しそうになるのを感じる。

「雛苺たちまで来て、たいへんだったな」
「それだけみんなあなたのことを心配していた、ということよ」
「そうだといいんだけどさ」
「人の親切は素直に受け取るものよ」

「…ああ。ところで、真紅は金糸雀のとこに行かないのか?」
「お茶会の話かしら。そういえば、そういうメールがさっき届いたのだわ。
 …行くはずがないでしょう、行ったら最後、どんなことになるか…」
「…ま、そうだろうな。雛苺は行ったみたいだけど」
「まぁ…お菓子に釣られたんでしょうね…愚かな子…。でも、どうして知ってるの?」
「さっきそこで会ったんだよ」
「そう。…それで、あなたはこれからどこへいくの?」

真紅の質問に、ジュンはちょっと躊躇って、「図書館」とだけ言った。
当然幼馴染みの少女との約束も言わなければならなかったはずだが、できなかった。
雛苺にはさっと言えたことなのにも関わらず、背丈が自分に近いからだろうか、年がより自分に近いからだろうか、
それとももっと別の理由からか、この思春期の少年にとって、それはひどく照れくさいことに思えた。

「図書館?何か読みたい本でもあるのかしら」
「…っていうかまぁ、勉強しに行くだけだよ」
「そうなの。それなら、家に来ない?たまには、紅茶の相手でもしてちょうだい。
 勉強ならいつでもできるし、それに、私の家でもできるでしょう?」
「え…いや、それは…」

ジュンは口籠もった。当然、巴との約束を破るわけにはいかなかったから。
そして、この二人の間において、沈黙は受諾であった。
真紅は自転車を手で押して数歩歩くと、振り返り、その場を動かないジュンに訝しげな視線を向けた。

「どうしたの?…もしかして、私の頼みが聞けないのかしら」
「そ、そういうわけじゃないんだけど…」
「ならいきましょう。ほら、何をグズグズしているの」
「あ、いや、実は、ちょっと図書館でないとできない調べもので…って、真紅!?」

ジュンは最後まで言葉を終わらせることができなかった。
目の前の真紅が、「きゃっ!」という声と共に、アスファルトの上に倒れかかっていた。
ジュンが手を差し伸べる間もなく、真紅は固い地面に手と膝をつき、
そのままバランスを失った自転車が、後輪を真紅に向けてバタンと倒れ込む。
幸いなことに、前輪は真紅とは反対方向を向いていた。

「…だ、大丈夫か!?」
ジュンが慌ててかけよると、真紅は手を地面についたまま背を起こして、きまり悪そうに答えた。

「……スカートが後輪に巻き込まれたみたいね」
「そうみたいだな。…で、けがはないのか?」
「…膝を擦りむいたのだわ。あと、手も…」
「見せてみろよ」
膝の傷を覗き込むと、砂と血がかすかに混じって、小さな赤い切り口を作っていた。
「…これくらい平気よ。気にしないでちょうだい」
「あ、うん…」

真紅は立ち上がると、服のほこりを払って、
「…とはいっても、ジュン。あなたは当然、私のことを送ってくれるわね?」
「あ、それは…」

ジュンは、今度こそ完全に口籠もった。
真紅の傷は軽いのだし、何事もなく家に帰れるだろう。
となれば、巴との約束を反故にするわけにはいかなかった。
そのことを話せば、真紅はわかってくれるには違いない。
そしてそれからしばらくの間、話しかけても不機嫌な生返事だけを返すようになるだろう。


「ちょっと、ジュン?まさか、傷を負ったレディーを一人で家に返すつもりなの?」

その声に少し苛立ちが見え始めた。有無をいわさぬ響きを含んでいる。
普段のジュンなら肩でも竦め、「わかったよ」と真紅を家に送ったに違いない。
ああ、最初に話しておけばよかったのだ。
そうすれば、真紅がちょっと面白くない顔をするだけで済むはずだったろうに。
だが、今さら後悔しても遅い。
恐る恐る、ジュンは声を出す。

「いや…実は、図書館で、人と待ち合わせをしてるんだ…」
「人?誰と?」
「あー……まぁ、柏葉なんだけど」

伏し目がちにジュンが答えると、それからしばらく、気まずい沈黙が流れた。

「…そう。なら、仕方ないわね」
真紅はそっけなく答えると、倒れていた自転車を起こした。
「あ…ほんと、ごめん。約束だったから」
「ええ、約束を破ってはいけないわ。はやく行きなさい。私は怪我をした足をひきずって、たった一人で家に帰るから。
 これからは、そんな約束があるのなら、遠慮せず初めから言ってちょうだい。
 そうしたら、あなたに声をかけたりなんて邪魔なことはしないわ」
「真紅!」

ああ、やっぱりだ。ジュンは思わず声をあげる。
真紅は振り向きもせず、自転車を引いて、足早にその場を去ろうとしていた。
ジュンはそんな真紅の後ろ姿を眺める。
麗しいブロンドのツインテールの伸びた先には、スラリとした華奢な足がスカートから覗いている。
そしてそのスカートからは、真紅の細いが肉付きのよいふとももが見え、
小さな、しかし程よい弾力を想像させるお尻を、真白い布がきゅっと持ち上げていた。

「…え?」

ジュンはもう一度、遠ざかってゆく真紅の後ろ姿に目をこらした。
後輪に巻き込まれたときだろうか、スカートは通常ありえない位置からまっぷたつに裂けていて、
そこにはやはり、美しい逆三角の立体が、あるはずのない光を白く放っていた。

「しーーーーーーーんく!!!!!」

病み上がりとは思えない大声が、あたり一面に響いた。

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