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「少年時代」

東南アジアの隅っこに、日本という名の国がある。ひと暦を大きく4つの
季節に分け、それぞれに異なる服を装うその国は、春と呼ぶには遅すぎるが
夏と言うにはまだ早い、そんなあいまいな時期に立っていた。

梅雨入り予想日の訪れを近くに控えた、6月はじめの土曜日。国内でそれなりの
人口密度を誇る某都市の某町は、頭上いっぱいの青に白を少々にじませて、
布団干し日和の晴れ模様と相成っている。

住まう人々の悩み事は、そろそろ食べ物の痛みやすい時期になる事と、
気になるあの人の胸の内。大事無きことが日常な町の姿を体現する
かのように、丘の首辺りの小高い土地を陣取っている市営公園では、
雨雲からの潤いを待ちわびる乾いた土を踏み駆けて子供達がはしゃぎ
まわっていた。

砂場、ブランコ、滑り台と、名のある遊具はどれも子供のお守りに手一杯の
様子だが、どうした事か人気の面々に負けじと子供を集めているのは、
手入れの日を待ちわびつつ公園の隅でじっとしている、塗装の剥げかけた
ベンチだった。 

しかしながら、片手の指も要らない数の男の子達と両手の指は欲しい数の
女の子達は、別にベンチを舞台にしての画期的な遊び方をあみ出したという
わけでも無く、常緑の植木で陽光をしのぎながら座っているひとりの少年の
手元を、時折ささやき合いながらみな一様に瞠っている。

場の注目を集めているその少年は、四隅に丸みを帯びた青いプラスチック製の
箱と何枚かの端布をかたわらに、赤い布の上で銀色の針を踊らせていた。

ともすれば人に痛みを与える針は、危な気とは縁を切ったかのように滑らかに
動く少年の指にいざなわれて、従えている赤い糸と同じ色の生地を上へ下へと
飛び回る。等間隔のステップをすいすい刻む銀色のそれは、自身の持てる力を
遺憾なく発揮できる喜びを、声の代わりに生地を綿密に縫い合わせる事で
表現しているのだろうか。

「はい、直ったよ」

子供の手には不釣合いな大きさをしている鋼製の裁ちばさみの刃が、
さび止め油のねばった香と共にシャリと金擦れ音を放つと、場の
張り詰めた空気を糸と共に切り取った。少年は重々しいはさみを傍らに
置き、人の赤子ほどの背丈のクマのぬいぐるみにただ今仕立てられた
赤いチョッキを着せると、綿の詰まったそれを自分のまん前に座っている
金色の髪の女の子へ言葉を添えて手渡した。

「あ…… ありがとう」

背に流した髪を緋色のリボンで飾っている、年の頃6、7ほどと思しきその少女は、自身の衣服と
同様にそこかしこを砂で汚しているぬいぐるみを受け取ると、よほど大切なのだろう両手で
しっかり抱きしめる。クマさんもよほど嬉しいのか、胸元辺りを服のフリルと少女の両腕とで
皺が寄るくらいギュウと挟まれても、眉と口のカーブを崩さない。

「うち帰ったら、洗ってあげなよ」

抱きかかえるのにも難儀する大きさのクマで顔を下半分隠し、目元にできた薄暗いくまを
払う様に青い瞳を輝かせる少女。美少女と称して差し支えない、有体に言うならお人形さんの
様な女の子のまっすぐな視線を、少年は端布やら針やらの裁縫道具をプラスチックの箱……
裁縫箱にしまいつつ、目ではなく横顔で受け止めながら応えた。

半ズボンをベンチから離し地に足をつけた少年の背丈は、クマを抱く少女よりもいくらか控えめで、
やや跳ねている黒い髪の丈の分を足してようやく追い越せるという位だ。年齢は小学校に通い始めた
ばかりといった位だろう、変声期にはまだ大分間が有るようで、まるで出っ張っていない喉から
もたらされる声の高さは同年代の女の子とさほど違いが無く、顔つきや体格と同様に男を感じさせる
要素は見出せない。

「じゃ。 もう転んじゃだめだよ」

「あっ……」

右脇に裁縫箱をぎゅっと抱えながら、少女の横を駆け足に通り抜けていく少年。すれ違うふたりの
頬に紅の露がかかっていたのは、朝の陽気のせいだろうか。

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