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  『ひょひょいの憑依っ!』エピローグ


春一番かと思えるほど強い風に四苦八苦しながら、私は懸命に羽ばたいて、
この辺りで最も高いマンションの屋上で待つ彼女の元へと、辿り着きました。

「ただいま、薔薇水晶」

カナリアの姿から、人の姿に戻って話しかけましたが、
薔薇水晶は機嫌が悪いのか、私に背を向けたまま、ウンともスンとも言いません。
居眠りしてるのかと思うほど、静かなものです。

「なぁに? シカトだなんて、感じ悪いのね。
 言いつけどおり、彼の手にマスターキーを付与しに行った私に、
 労いの言葉ひとつ無いの?」

春風に乱された金髪を撫で付けながら、文句ひとつを浴びせて歩み寄った私は、
そこでやっと、彼女の傍らに置かれているモノに気付きました。
普段から、滅多に外されることのない眼帯に。

「薔薇水晶…………貴女、まさか泣い――」
「ふふ……まさか」

彼女は眼帯を鷲掴みにするや、手慣れた風情で左眼を隠して、
やっと私の方へと振り返ってくれました。

「ちょっと…………目に入った睫毛を……取ってただけ。
 それより――今まで、ご苦労さま……ピチカート」
「こらこら。それは彼女がつけてくれた呼び名だってば。
 あっ! そう言えば、昨夜はよくも、握り潰してくれたわね!
 その前は、あの水銀燈って娘にも殴られたし……とんだ貧乏クジだわ」

私が腰に手を当てて、むくれて見せたら、薔薇水晶は「ごめん。冗談」と、
小刻みに肩を震わせて、珍しく陽気に微笑みました。
機嫌が悪いどころか、すこぶる上機嫌じゃないの。


でも、その笑顔は長続きしませんでした。
ふっ……と目元に落ちた微かな翳りが、たちまち、彼女を無表情に変える。
1秒と待たず、彼女は、いつもどおりの冷淡な面差しに戻っていました。


「ねえ」琥珀色の瞳が、私を鋭く射抜く。「正直に……言って」

なにを? 私は視線で、そう訊ねる。
薔薇水晶も、じぃっと私を見据えたまま、ぽつり……呟きました。

「私は……弱い?」
「――あの娘に、また猶予を与えちゃったコト?
 だとしたら、そうね……ちょっとばかり、甘すぎかも」
「……やっぱり?」
「ええ。わざわざ、地縛状態から解放してあげたり……とか。
 どうして、そこまで彼女に肩入れするの?」
「なんで……かな。なんだか……放っておけない」
「なるほど。長く付き合いすぎて、感情移入しちゃったのね」

こういう事象は、ままある。私にも、そんな経験が、二、三あります。
薔薇水晶は不安そうに、私の顔色を窺っていました。

「こういうの……失格、なのかな」
「……そうね。失格も失格。貴女は職権を剥奪され、速やかに粛清されるわ」

私の宣告に、ポーカーフェイスの彼女も、流石に顔色を変えた。
努めて冷酷に言ったから、効果覿面だったみたいね。
今にも泣き出しそうな薔薇水晶の顔を、ココロゆくまで楽しんでから、
私は、本当のことを口にしたのです。

「なぁんて、ウソよ。それが悪いとか、失格だとか堅苦しいこと言う気はないわ。
 私たちは、運搬機械じゃないんだもの。情が移ることだってあるわよ。
 それに、せっせと働いたところで――」

お給料も出ないしねぇ、と両手を肩まで上げて『お手上げ』ポーズを見せる。
すると、薔薇水晶は表情を崩して、可愛らしく笑いました。
クールな印象ばかりが強いけど、本当は、こんなにも笑顔の似合う女の子なのよね。

「幸せな魂には安らかな眠りを。不遇な魂には癒しの恵みを――
 それが、私たちの不文律でしょう?」
「……ん。そだね、コリンヌ」

薔薇水晶は、眩しい笑顔のまま、ひょいと腰を上げました。
そして、にっこりと微笑んで、一言。

「そろそろ……行きましょうか。また、妙なる調べを……探しに」
「次は、どんな曲が聴けるのかしら。楽しみね」

私たちは、どちらからともなく差し伸べた手を、しっかりと繋ぎながら――
、傾いてゆく春の陽を見上げていました。




  ~  ~  ~



  さて……彼らに関する私の手記は、ひとまず、ここまでです。
  ちょくちょく様子を見に来ますから、追記があるかも知れませんね。
  本当の『愛の夢』は、まだ始まったばかりでしょうから。


  私の夢は――
  あの人の魂に巡り会える日は、いつか訪れるのでしょうか。
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