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  『ひょひょいの憑依っ!』Act.13


――こんなに、広かったんだな。

リビングの真ん中で胡座をかいて、掌の中でアメジストの欠片を転がしながら、
ぐるり見回したジュンは、思いました。
間取りが変わるハズはない。それは解っているのに……
なぜか、この狭い部屋が、茫洋たる空虚な世界に感じられたのです。

一時は、本気で追い祓おうと思った、地縛霊の彼女。
だのに……居なくなった途端、こんなにも大きな喪失感に、翻弄されている。
彼のココロに訪れた変化――それは、ひとつの事実を肯定していました。


はぁ……。
もう何度目か分からない溜息を吐いたジュンの右肩に、とん、と軽い衝撃。
それは、あの人慣れしたカナリアでした。
左肩に止まらなかったのは、彼のケガを気遣ってのこと?
それとも、ただ単に、医薬品の臭いを忌避しただけなのか。

後者に違いない。すぐに、その結論に至りました。
意志の疎通もままならない小鳥が、人間のケガを気遣うハズなどありません。
そうは思うのですが、ひょっとしたら……なんて。
ジュンは、深く考えることもせず、カナリアの前に手を差し伸べたのです。

「お前……本当に、金糸雀なのか? もしそうなら、僕の手に乗って見せろよ」

言ってから、思う。我ながら、馬鹿げた真似をしている――と。
目に見えるモノ、手に触れるモノ、それら全てに彼女の面影を求めて、
金糸雀が消えてしまった現実から、目を背けているだけ。

なぜ、あるがままを認めようとしないのか?
あまりにも間抜けな自問に、あまりにもアッサリ自答する。

(実は――――ちょっとばかり、気に入ってたんだよな。あいつのこと)

ドジな地縛霊のくせに、やたらと明るく賑やかで、ちょっぴり泣き虫な女の子。
おまけに、思いの外、料理上手ときています。
もし、就職を機に、真紅と離ればなれになっていたら……
今頃は、ココロが大きく傾いていたかも知れません。


果たして、彼の言葉を理解したものか……カナリアは、彼の手に飛び移りました。
そして、ん? という風に小首を傾げながら、声を掛けてきます。
失意に沈むジュンを奮い立たせるように、それはもう元気よく。


  そんな顔してたらダメ。元気を出すかしら!


カナリアの声はココロに滲みて、金糸雀の声となって胸に響きます。
ただの妄想に他ならない。およそ、現実では有り得ないこと。
彼自身、自分の気が狂ったのかと、疑わずにはいられませんでした。

そして――どうせ狂ったのなら、ついでに……と。


「そっか……やっぱり、お前だったのか」

言って、小さな溜息を、ひとつ吐いたのです。

二度目の死を迎えた、金糸雀。
でも、それは終わりによって、新しい始まりを――
束縛を絶ち、自由に空を翔る翼を得るためには、必要不可欠な儀式でした。
ジュンの吐息は、儀式が成就されたことを悟った、安堵そのものだったのです。

その一方で、金糸雀が消えたことに動揺し、もっと話をすればよかったと悔やみ、
こんなにも別れを惜しんでいる自分が――

――今更ながら、とても浅はかで、愚かしく思えました。


「お前、自由を謳歌できるカナリアに生まれ変われたんだな。
 ホントなら真っ先に、良かったな……って、喜んでやらなきゃいけないんだよな」

寂しいからと、彼女の死を悼み、
賑やかさを求めて、彼女に戻ってきて欲しいと願う。
それは再び、金糸雀をカゴの鳥に貶めるに等しいことです。

ジュンは自嘲して、やれやれと頭を振りました。


「なあ、金糸雀。ほんの数日の、春宵の夢みたいに、短い付き合いだったけど――
 お前に逢えて…………良かった。ホントに、そう思ってる」

カナリアは、ジュンの指に止まりながら頻りに羽ばたき、囀ります。
喜んでいるようにも、照れ隠しに暴れているようにも見える、その仕種。
あまりにタイミングの良い反応に、ジュンは失笑を禁じ得ませんでした。

「偶然の出逢いで――いや、事故物件と承知で借りたんだから、必然になるのか?
 まあ、どっちでもいいけど――こんな気持ちにさせられるなんてさ。
 ホント、夢にも思わなかったよ」

落ち着きを取り戻したカナリアの頭から背中にかけてを、
そっ……と指の背で慈しみながら、ジュンは優しく語りかけます。

「こんなコトを言ったって、もう仕方がないんだけど。
 もしも――――もう少しだけ早く、金糸雀と出逢っていたなら……
 ……なんてな。やめとこう。言えば、お互い、未練になっちゃうもんな」


徐に立ち上がったジュンは、左手の甲にカナリアを乗せたまま、ベランダに出ました。
今日は、快晴。清々しい新春の風が、頬を撫でてゆきます。
ベランダの手すりに肘をついて、ジュンは空を見上げました。

「出逢いは別れの初め……って言うけど、実際、どっちが先なんだろう。
 生まれ出た瞬間、母親と一体じゃなくなるんだから、やっぱり別れが先かな?
 ……って、なに言ってるんだよ、僕は」

そうじゃないだろ、と独りごちて、ジュンは静かに、左腕を宙に翳しました。
カナリアは手の上で、じっ……と、小さな黒い瞳で、彼を見つめています。
その様子は、次に語られるジュンの言葉を、待っているようでした。

「別れって、さ…………きっと、出逢いを得るために、必要な仕事なんだよな。
 それをすることで、新たな縁が、対価として支払われるんだ」


だから――と。
ジュンは、伸ばした左手に止まるカナリアを、真っ直ぐに見つめました。

「僕も、お前も……これから少しだけ、仕事をしなきゃいけない。
 この世界のどこかに転がっている新しい出逢いへと、辿り着くために」

カナリアは、一声、二声と……三度、途切れ途切れに啼きました。


  そうね。そろそろ、行かなきゃいけないかしら。

  ジュン……今まで、たくさん迷惑かけて……ごめんなさい。

  でも、楽しかったかしら。ありがとう――


本当に、そういう意味で啼いたのかどうかは、判りません。
けれども、ジュンのココロには、そう響いていたのです。


徐に、カナリアは羽ばたいて、春の空に舞い上がりました。
少しだけ強い風に煽られ、危なっかしくヨロめきましたが、
それでも、力強く、蒼い空へと翔け昇っていきます。

「旅立ちには、いい日だよな……こんな晴れの日は」


どんどん遠ざかるカナリアを見つめながら、そう呟くジュンの瞼に、
堰を切ったように、しょっぱい水が溢れてきました。
……が、それは彼の頬を濡らすことなく、部屋着の袖で拭い去られます。
来客を告げるインターホンが、彼の背中を叩いたからです。

「さて……っと。僕も、クヨクヨなんてしてられないな」

日常は、立ち止まった者を待っていてくれるほど、優しい流れではありません。
絶え間なく移ろい続けて、容赦なく過去へと置き去りにするのです。
そのことは、引きこもりだった頃に経験ずみでした。イヤと言うほど。

――それに、もうジュンは決心していたのです。
昨日の続きの明日ではなく、今日を素晴らしく生きて、新しい明日に繋げようと。
ずっと隣を歩いてくれていた、真紅と共に――


ところが、玄関に向かう道すがら、思いっ切りアメジストの欠片を踏んで、
思わず「イテテ」と跳ねあげたスネが、ちゃぶ台を直撃。
なにやら前途多難な気がしてきて、またぞろ涙が溢れてきます。
もう拭うのも面倒で、ジュンは堪えていた悲しい涙も一緒に、流してしまいました。


「は、はい。どちらさ――」

急かすように二度目のインターホンが鳴らされたのと、ほぼ同時。
ドアを開いた彼は、そこに立っていた人物を見て、呆気にとられました。

「し……真紅?」

玄関先には、不機嫌そうな面持ちながら、頬を赤らめた彼女が立っていたのです。
しかも、傍らに、大きなスーツケースを携えて。

ぷるんと瑞々しい唇から、今にも「ドアを開けるのが遅い!」と叱責が飛ぶ……
かと思いきや。
真紅は、やおら眉を曇らせ、ぐんと身を乗り出しました。

「どうしたの? 貴方……泣いて――」
「っ?! いや、違うんだ。ちょっと尖った物を踏んじゃっただけで」
「……そう。ところで、あがらせてもらっても、いいかしら?」
「え? あ、ああ。散らかってるけど、いいよ」

スーツケースを引きずりながら、ジュンの後についてリビングに踏み込むなり、
真紅は無意識のうちに、重い息を吐いていました。
それも、ムリなからぬコトでしょう。床には粉々のアメジストが散らばり、
あまつさえ、どーん! と、水晶柱がそそり立っていたのですから。

「確かに……これはヒドい散らかり様ね。片付けも、ひと苦労だわ」
「だよなぁ。ま、ちょっとずつ地道にやるさ」
「ダメよ! なに言ってるの。すぐに始めるわよ」
「はあ? お前こそ、なに言ってんだよ」

ジュンが素っ頓狂な声で訊ねた先から、気合い充分に腕まくりした真紅が、
さも当然と言わんばかりに切り返してきます。

「こんなに散らかっていたら、私が暮らせないでしょう?」
「えっ? なっ? ちょ……お前、自分の部屋――」
「引き払ったわ。家具は、後で届けさせる手筈になっているから」

そんなバカなと言いかけたところで、思い出される昨夜の惨状。
真紅の部屋は、黒い羽やら火の玉による焦げ痕やら、目も当てられない状況でした。
しかも、深夜にあれだけドタバタ騒ぎ立てたのですから、隣近所はモチロン、
上下階の住人からも、管理会社に猛烈な苦情が寄せられたことでしょう。
ひょっとしたら、立ち退き勧告されたのかも知れません。

その原因を突き詰めれば、否応なくジュンに行き当たるワケで……。

(だからって、当前って顔して、カバンひとつで押し掛け女房かよ。
 こないだ見た『とーぜんメイデン』っていうアニメみたいだな)

やれやれ、と言わんばかりに、こめかみを押さえるジュン。
……が、先行きが思いやられる一方で、どこか心躍っているのも確かでした。
そう遠くない日に訪れるかも知れない、人生の大イベントに向けて――
予行練習をしておくのも、一興というものです。
ジュンは「仕方ないな」と、渋々を装って、部屋着のパーカーの袖を捲りました。




それから、アッー! という間の数時間が過ぎて……
ジュンと真紅は、連れ立って商店街を見て回っていました。
片付けが一段落したので、日用品を買い揃えるついでに、食材を求めていたのです。

部屋を片付けながら、ジュンは金糸雀が成仏したことを、真紅に話しておきました。
その時、よほど悲しそうな顔をしていたからでしょう。
真紅は彼を元気づけるために、料理をすると申し出たのでした。

その……道すがら。
ある店舗を見て、ジュンは奇異な声をあげました。

「あれ? ここって――」
「その店が、どうかしたの?」
「おっかしいなぁ……一昨日の夜には、人形を売ってたのに。
 お前にブローチあげただろ。アレってさ、この店で買ったんだ」
「……貴方の記憶違いじゃないの? この店って、どう見ても――」

二人が目にしているのは、人形焼きの店でした。
店先では、ホストと紹介されても違和感のない金髪の青年が、
タンクトップにハチマキ姿で、『とーぜんメイデン』の人形焼きを焼いています。

「あの……すみません」

どうにも釈然としないので、ジュンは青年に声を掛けました。
青年は、チラっとジュンと真紅に視線を走らせて――

「合格…………見ていっていいよ」

なにが合格なのかは疑問ですが、ジュンは躊躇いがちに、疑問をぶつけました。
返されたのは、意外な言葉。

「間違いじゃないのかい? うちは、人形焼き一筋30年だよ」
「そん……な。じゃあ、僕は一体……」
「ジュン、そろそろ行きましょう。商いの邪魔になってしまうわ」

ジュンは依然として要領を得ないままでしたが、真紅が執拗に袖を引っ張るので、
せめて迷惑料がわりにと八種類の人形焼きを買って、その場を離れました。
敢えて八種類を揃えるところが、つくづく八方美人だなぁ……と、苦笑いながら。




ひと通りの品物を買い揃えて、談笑しながらアパートに向かっていた彼らは、
不意に背後から呼び止められて、ハッと振り返りました。
そこに居たのは、ここ数日で見知った二人連れの乙女。めぐと水銀燈でした。
今日も今日とて、ほろ酔い加減の彼女たち――
水銀燈はまだしも、めぐは遠くない将来、肝硬変でも患ってしまいそうです。

「やっほー、お二人さん。なんだか、一晩でグッと親密になった感じねぇ」
「ほぉんと。すっかり若夫婦ってカンジぃ」
「そ、そんなんじゃ……からかわないでくれよっ!」
「わわ、私たちは、そそ、そんな……」

めぐ達にしてみれば、挨拶代わりの他愛ない冗談を言ったつもりでしたが、
二人の狼狽えぶり――ことに真紅――を見て、これは満更でもないらしいと察しました。
忽ち、面白いオモチャを見つけたみたいに、ニンマリとほくそ笑んだのです。

「ねえ……水銀燈。これは、盛大にお祝いしてあげるべきじゃない?」
「そぉよねぇ。あの娘に押し付けられた置き土産もあるしぃ」
「よし、決ーまり! 二人とも、私のウチにいらっしゃいよ」
「え? でも、僕たちはこれから帰って昼飯――」
「大丈夫よ、桜田くん。時間はとらせないから。真紅ちゃんも、ね?」
「……いいわ。折角のお誘いだもの。行きましょう、ジュン」

どういうワケか、最終決定権はもう、真紅が掌握しておりました。
ジュンは、いきなり尻に敷かれている自分を情けなく思いつつ、
文句も言わず、一番後ろをスゴスゴと歩いてゆくのでした。




――案内されたのは、今風の瀟洒な高層マンション。
それにしても、盛大なお祝いとは、一体……?
まさか、これから彼女の部屋で、宴会でも始めようと言うのでしょうか。
水銀燈が言っていた『置き土産』なるモノも、そこはかとなく怪しい感じです。

イヤな予感を募らせながらも、招き入れられるままリビングに進んだジュンは、
そこで水銀燈に、お茶ならぬトランクケースを差し出されました。
しかも、よく見ればソレは、眼帯娘に引っ張り込まれたドールショップのもの。
ジュンの部屋にも同じモノがありますから、見間違いではありません。

「なっ……なんで、このケースを持ってるんだ?!」
「あらぁ、コレを知ってるのね? じゃあ、話は早いわぁ」

言って、水銀燈が目配せすると、めぐが続きを継ぎました。

「実は、今日の未明のことなんだけど――ネットで調べものをしてた時に、
 来客があったのよ。左目に眼帯をした、不思議な女の子でね」
「なんだって? まさか、髪が長くて、変に途切れ途切れな話し方するヤツか」
「あーそうそう。多分、桜田くんの想像と、同じ人物よ。ね、水銀燈?」
「ええ。別れ際に『またね』って言ってたから、いつか再来するとは思ってたけどぉ。
 まさか、半日と経たず現れるなんて、想定外だったわ」 

今日の未明と言えば、ジュンはまだ、真紅の部屋にいました。
その頃にはもう、金糸雀はあの部屋に引き戻されていたハズです。

とすると……あの眼帯娘が、金糸雀に何かした可能性も、充分あり得ます。
もしかしたら、金糸雀はまだ、成仏していないのかも――

「この私でも開けられないのよ。どうやら、霊的なカギが必要らしいわぁ。
 やるだけムダかも知れないけど、貴方たちには開けられなぁい?」

ジュンは「貸してくれ」と、トランクケースをひったくって、開封を試みました。
すると、意外や意外。ケースは呆気ないほどアッサリと、開いてしまったのです。


――果たして、カバンの中には、人形サイズの女の子が、眠っておりました。
幽霊にしては血色のいい頬に、涙の痕を残して。

「金糸雀っ!? お前、なんで!」

咄嗟に呼びかけた言葉は、夜明けを告げるナイチンゲールの声。
金糸雀の泣き腫らした瞼が、うっすらと開いてゆきます。
そして、次の瞬間――

それこそ目一杯に双眸を見開いた金糸雀は……
飛び起きるが早いか、泣き顔のまま、ジュンに抱きついたのです。
トランクケースから出た途端、彼女の身体が元のサイズに戻ったので、
ジュンは支えきれずに、隣にいた水銀燈を巻き添えにして、倒れてしまいました。
二人の下敷きになった水銀燈が、苦しげに罵声を浴びせますが、馬耳東風。
歓喜にはしゃぐ金糸雀には、ジュンしか見えていないようでした。

「あはははっ♪ また逢えた! ジュンに、また巡り会えたかしら!
 寝ても覚めても、ずっと、ずっと……カナは、貴方に逢うことだけを願ってたの!
 夢じゃない…………これ、夢なんかじゃないのよね?」
「お、お前――」
「夢なんかじゃないわ。成仏してなかったようね、貴女」

首を締め付けられて、目を白黒させているジュンに代わって、真紅が答えます。
しかも、声ばかりか拳まで飛ばしたものだから、さあ大変。
金糸雀は躱す間もなく、真紅のクリティカルヒットを頬に食らって、
ジュンから引き剥がされました。

「ぃったぁ~い。なんてコトするかしら、この暴力女っ!」
「黙りなさい! 今のは、私のブローチを壊したコトへの懲罰なのだわ」

「それに……」と、真紅は立ち上がったジュンの胸に身体を預けて、
彼の背に腕を回したのです。「この場所は、私のものよ」


きぃ――! 金糸雀は悔しげに歯噛みしましたが、それも刹那のこと。
やおら不敵な笑みを浮かべて、真紅をビシリと指差しました。

「ふふーん。そーやって勝ち誇っていられるのも、いまの内かしら!
 カナは、地縛霊から浮遊霊にクラスチェンジしたんだから。
 これからは、神出鬼没に猛アタックすることだって可能かしら~。
 更に! 今度こそ貴女から彼を奪うため、ここに住み込みで修業してやるわ。
 ……と言うワケで、カナを弟子にして欲しいかしら、水銀燈お姉さまぁ~♪」
「はぁ? やぁよ……メンドくさい。付き合ってらんなぁい」
「そんなぁ……お願いかしらっ。カナをビシビシ鍛えて下さいかしらー!」
「だからっ! 私を、貴女たちのおままごとに巻き込まないでよぉ」
「あぁん♪ 水銀燈お姉さま、いけずぅ~……かしらー」
「ちょ……すり寄らないでってば。ひっぱたくわよ、おバカさんっ!」

と、言ったそばから、金糸雀のおでこをベチッと叩く水銀燈。
それを口火に、ぎゃあぎゃあと啀み合いが始まります。
真紅はジュンから離れて、彼女たちの元に近づくと、涼しい顔で言いました。

「貴女、カナ……ブン、だったかしら?」
「なぁっ?! 失礼ねっ、ワザと間違えたでしょ! 金糸雀よ、か・な・り・あ!
 なによ、余裕ぶっちゃって。カナなんか、ライバルじゃないって言うかしら?」
「――まさか。私はそこまで、傲慢じゃないつもりよ。
 ジュンを好きになった女の子は、誰であろうと恋敵なのだわ。
 だから、貴女は気の済むまで、好きにしなさい。
 私は、私なりのやり方で、この恋愛ゲームを制するだけよ」

ただ一心に、愛し得る限りジュンを愛してゆくだけ。
ひたと金糸雀を見つめる真紅の瞳は、その決意を訴えかけていました。
金糸雀も、真紅の宣戦布告を真っ向から受け止め、「上等かしら」と――
口角を歪めて、凄みのある笑顔で応えたのです。



また、とんでもない日常が始まろうとしている。
そこに一抹の不安を覚えてしまうのは、成り行き上、致し方ないことです。
けれど……ジュンは不安の陰で、ひっそりと喜んでいました。
この面々で、昨日の続きではない、新しい明日を切り開いてゆけることを。


真紅と金糸雀の睨み合いから避難したジュンと水銀燈が、テーブルにつく。
めぐは頬杖をついて、火花を散らす娘たちを眺めつつ、彼に話しかけました。

「あちゃー。これは前途多難っぽいわよー、桜田くん?」
「いいんじゃなぁい。若いうちの苦労は、買ってでもしろ……ってねぇ」
「確かに、前以上に喧しくなりそうな感じだけどさ――
 前よりは、楽しく暮らせるんじゃないかなって。今は、そう思えるよ。
 って……そうだ。人形焼き食べます?」
「あら。ありがと、桜田くん。いただきまーす」
「手土産なんて、ボウヤにしては気が利くじゃなぁい♪
 これで酎ハイもついてたら、カンペキだったわねぇ」
「……昼間っから、酒なんか出しっこないだろ、ふつう。
 おーい。お前らも、いつまでも睨み合ってないで、こっち来いって」


ジュンは、相も変わらず睨み合っている真紅と金糸雀に声を掛けて、
ひょいと人形焼きを口に放り込みました。



いつになく、のんびりと時間が過ぎて行く昼下がり。
どこからか夜想曲の静かな旋律が聞こえてきそうな、長閑な春の午後でした。
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