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古く長い廊下の突き当たり。ジュンが扉を開けると、美術室の奥に銀髪の少女がいた。
 彼女は時折長い髪を鬱陶しそうにかき上げては、目の前に置いたキャンバスの白を埋めていた。
「水銀燈、今日も残るのか?」
 言いながらキャンバスの横まで近づく。
「……また来たの?」
「ああ。水銀燈の絵は綺麗だからな」
 心底嫌そうな水銀燈の言葉とは対照的に、ジュンは意外なほど素直な言葉をはなった。
「そう。……なら居ればいいわ」
 ため息を1つ。
「その代わり、部屋の戸締りとストーブは任せたわよ。どうせ最後までいるんでしょ?」
「いや、今日はちょっと用事があるんだ。悪いな水銀燈、本当は見てたいんだけど……」
「何で謝るの?わたしは別にあんたに用なんてないのよ?」
 言葉とは対照的に、水銀燈の心中は複雑だった。
(……? なにか少し残念なような気もしている?)
「馬鹿げているわ」
「なんだって?」
「……いえ。こっちの話よ」
 数瞬迷った後、水銀燈は口を開いた。
「用事って何よ?」
「え?学園祭のクラス展の買出しだよ。真紅たちに荷物持ち頼まれちゃってさ」
「……ぇ、……そ、そう」
「じゃあな。絵、がんばれよ」
「言われなくてもやるわよ」
(……真紅たち、か。よりにもよって嫌な相手と行くものね)
 いろいろと憎まれ口を叩いても、内心の焦りは誤魔化せない。
「らしくないわ、あんな人間ごときに……」

「……水銀燈?」
 あくる日、ちょっとした差し入れとともに美術室に入ったジュンは珍しいものを見た。
「あ~あ、寝ちゃったのか……。だいたい頑張りすぎなんだよなぁ、水銀燈は」
 ジュンは、キャンバスを枕にスヤスヤと眠る水銀燈を見つめた。
 窓から差し込む光に、長い髪の先が常(つね)の銀から金へと変じ、輝いていた。
(いつもは謙遜して灰色だとか言ってるけど、やっぱ綺麗だよな……)
 知らず、手を伸ばして毛先に触れてしまう。
「…………ン」
「――!!」
 あわてて手を引っ込めるが、幸いにして水銀燈は身じろぎをしただけだった。
「ふぅ」
 冷や汗をぬぐって、今度はキャンバスのほうへ視線を傾けた。
「森。冷たい空気。湖に、烏……か?」
 精緻な筆致で描かれた油絵には、寒色で描かれた美しい冬の森が広がっていた。
「いつも見ているはずだけど、何故か新鮮な気がするな……」
「じゃあ、今までアンタは何を見ていたって言うの?」
「それはもちろん水銀tぅ、ぉ……おお!?」
「……なにしてんのよ」
 寝起きの仏頂面で水銀燈が睨んだ。
「いや、居るかなぁと思ってのぞいたら寝てたからさ……クク いや、それでその……プッ!!」
 吹き出した。しどろもどろの弁解をしつつも、視線が水銀燈の顔から外せなかった。
 ますます怪訝な顔になる水銀燈。
「す、水銀燈。その、顔……顔に油絵の具が付いてる……みたいなんだけど?」
「――!?」
 あわてて後ろを向いて、窓ガラスに顔を映す。直後、水銀燈の顔色が変わった。
 机においてあった油絵の具用のハンドソープを掴み、美術室から駆け出していった。

「……と、とれたのか?」
「……余計なお世話」
「いや、でもあれって肌に悪いんじゃ」
「分かってるなら追求しない」
「なんなら送ってくし」
「関係ないじゃない」
 にべもない。
(どうすりゃいいんだ……)
 ジュンは頭を抱えた。
「そう……ね、こういうのはどう?」
「え?」
 それで許してもらえるの?と、ジュンの顔が一瞬輝いた。
「アンタも美術部に入って、絵を描きなさい。部員不足なの」
(な……えぇ? え……絵!?)
「無理。絶対無理。勘弁してくれよ」
「うるさいわね。これは罰なの。早く承知しなさい。分かった?」
「・・・はい」

 数分後、無言で渡されたスケッチブックと色鉛筆を呆然と見つめながら、
ジュンは去り際の水銀燈の笑顔を思い出していた。
(珍しく笑顔なんて見せやがって……あれには負けるな……)
 そして、傍らの石膏像とにらめっこしてさらに数分。
(というか、なんで僕が罰を受けるんだ?悪いことしたっけ……)

「何を、描けばいいんだ……」
 この三日間、恐らく100回は下らないであろう独り言。だが方針は決まった。
「人間……、そう人物画がいいんだ。人、ヒト……ひとか」

 頭の中で42回目のリピート。
「雛はねー、うにゅーがいいの!!」(意味不明)
「……あなた、頭は確か?私の美貌を紙切れごときに写しとろうなんt(ry」
「僕? ゴメン、そういうの苦手なんだよ」
「……蒼星石と一緒じゃなきゃ嫌ですぅ」
「カナはみっちゃんと一緒がいいかしらぁ?」
「この私の顔を?さては君、怪盗のお仲間さんだな!!」
「殴って……いい?(竹刀で)」

「だ……だめだ。僕なんかに絵なんて……」
 否定ですらないものも含まれているが、長年の彼の性格から、
いまいち人に頼みごとというのも難しかった。

「……はぁ」
(やっぱ姉ちゃんに頼むかなぁ……)
 とは思うが、なにかと過保護な姉にそんなことを頼むと、
余計な気遣いでいろいろとあれなことになるのは目に見えていた。
「……やっぱダメか」
 そんなときに脳裏を横切るのは決まって水銀燈だった。
そう、水銀燈がキャンバスに向かう姿。
(ダメもとで頼んでみるが吉……かな)
 いろいろと憂鬱ではあったが、水銀燈に会う理由が出来たというだけで、
なにやらと気分が浮き立ってきた。
「ダメもと、ダメもと。期待なんて持たないほうがいいんだ」
 言いつつも、やはり期待があるのは否定できない。
 むしろ鼻歌交じりで足取りは軽く、進路は美術室に向いていた。

未完

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