※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

「おはよう、二人とも」
「おはようですぅ。今日もお前はチビですねぇ。」
「ちょっと翠星石…。自分の彼氏にその言い方は…。あ、ジュン君おはよう。」

いつもと同じ、ある水曜日の朝。
もう点滅しはじめている信号。傍らには花屋。そんな景色。

また3人で登校するようになって、もう一月くらいたつのかな。
ジュン君と翠星石が付き合い始めてから僕も遠慮してたけど…
ちょっと前、また3人で通わないか、ってジュン君から誘われたんだ。

その二人だけど、翠星石もあんな事言っておきながらジュン君にベタベタなんだよね…。ほら。
「♪♪」
「ちょ、朝から腕組むなよ。」
「いいじゃないですかぁ♪恋人同士なのですよ?」

翠星石とジュン君が腕を組んで。僕がジュン君の横について。
日差しは、僕の側から降り注ぐ。でも、むしろ暗さを感じる。

二人に少し相槌を打ちながら、歩いていた。

ボーっとしていたからかもしれない。
ふと、道路の反対側に枯れかけた花を見つけた。
僕らが何かしてあげないと、そのまま息絶えそうで。
姉さんも見ていられなかったんだろう。
慌ててジュン君の腕を放して、花に駆け寄っていった。

突然、ジュン君が翠星石の腕を引いた。
黒く、風のように、オートバイが通り過ぎる。
「おい。飛び出すなよ。危ないだろ?」
「あ、ありがとですぅ…ちょっと…怖かったですぅ…」
潤んだ上目遣いでそういう翠星石。ああ、いけない。色っぽすぎるよ。
「大丈夫。」
そう言って翠星石を優しく抱くジュン君。
「ジュン…」
翠星石も翠星石で、ジュン君に両手を回している。
胸に顔を埋めちゃったりして。
「翠星石…」
ジュン君は翠星石の、僕のそれとは対称的な、非常に長い栗色の髪を優しく撫でる。
…正直羨ましいよ。二人がね。
姉さんを抱きしめていることも、ジュン君に髪を撫でられていることも。

「ぼ、僕は朝練あるから先に行くよ。」

翠星石から腕を放したジュン君が、慌てた様子で言う。
「ん、ああ、大会土曜だっけ?応援行くよ。」

姉さんも姉さんで、やっぱり慌てている。
「ど、土曜日は翠星石が真心こもりまくりのお弁当を作ってやるですぅ♪感謝しやがるですよ?」
「うん。ありがとう。翠星石。でも君が作るときはいつも冷凍食品ばっかりだよね?」
「ちょっ…!ジュンの前で何てこと言うですか?翠星石だってちゃんと作れるですよ?普段は手ぇ抜いているだけですぅ♪」
「ふふふ。ちょっと期待しておこうかな。じゃあね。」

そう言って、僕は走り出した。

 ―急がないと―
三日後、つまり、今度の土曜日は大会だからね。練習頑張らなくちゃ。
何より、ジュン君が来てくれるんだから。

「気ぃ遣わせたですかねぇ?」
性格が悪そうに見えても、翠星石は蒼星石の姉だ。

蒼星石は自分の気持ちを押し殺すところがある。
だから、翠星石もかなり気を遣っていた。
「ああ、そうかもな。でも―」
「でも?」
いつもと違う真剣な顔で、ジュンは言った。
「でも、幸せさ。愛してるよ。」

みるみる翠星石の顔は赤くなっていく。
「は、は、恥ずかしい事言うなですぅ!朝っぱらから!どんな羞恥プレイですか?」

ジュンは、―これもいつもの事だが―素直じゃない翠星石を少しからかってみたくなった。
「なんだ?それとももしかして…お前は僕のことが嫌いなのか?」
「…ですぅ。」
「え?よく聞こえないなぁ?もう一回言ってくれよ」
「なっ、なんでもねーのです!行くですよ!」

翠星石はジュンの腕を強く引いて歩んでいく。
いつもと変わらない、朝。


朝練を終えて教室に向かう僕。

僕の入っているバスケ部の練習場所、つまり体育館は校舎と別々に建てられている。
だから、朝練がある日は昇降口を通って教室まで行かないといけないんだ。
ホームルームが始まるまではまだ時間があるので、僕はゆっくり歩いていた。
下駄箱で上履きに履き替えようとしたところ、僕はあることに気がついた。
「またか」
ハートの模様が散りばめられたピンクの封筒―そんな代物を、男の子が使うとは思えないな。
えっと、差出人は…知らないな。この人。
文面は…どうなんだろう。大体予想はつくけどね。

教室に鞄を置いてから、近くのトイレの個室にゆっくりと入り、ペリペリとシールを剥がす。
ドアにもたれてざっと目を通す。

――ああ、内容は予想通りのものだったよ。
断るときにこの手紙は返すつもりだ。
丁寧にシールを貼りなおして、僕は個室を出た。

近頃は減ったと思ったのにな…。
でもしょうがない、せっかく気持ちを手紙にしてくれたんだ。
今日は3人でお弁当食べれないなぁ。はぁ。



「じゃあな、翠星石」
「ジュン、昼休み、屋上ですよ?来なかったら吊るしますからね♪」
「お前になら吊るされても良いよ」
ジュンは、こう言えば翠星石の面白い反応が見られることを知っている。
「なっ…なっ…」
「冗談だよ。吊るしは勘弁な?」



断り文句を考えながら教室でボーっとしていたら、ジュン君がやってきた。
ああ、なんかすごく嬉しい。
「よお、朝は気遣わせたか?」
「ああ…ちょっとね。でも、僕も楽しかった。」
本当にそうなのか、自信は持てないけど。
「ははは。」
「ああ、そうだ。今日のお弁当のことなんだけど…」
「わかってる。いつも通り、昼休み、屋上だろ?」
「いや、そのことなんだけどね、ちょっと呼び出されてて…。行けても遅れちゃうと思うんだ。」
ジュン君は鈍感だけど、今回は僕のブレザーのポケットから覗くピンクの紙片に気がついたらしい。
最近減ったとはいえ、僕が呼び出される用件といえば簡単に予想できるだろう。
「ん?ああ。わかった。翠星石にもそう言っとく。」

ふと、心を黒いものが横切った。
―ジュン君は、僕と一緒にお昼を食べられなくて悲しくないの?―
―いくら女の子にとはいえ、呼び出された僕がどう答えるか不安じゃないの?―
もちろんそんなことは口に出せない。
僕自身、ジュン君への想いに気づいてるさ。
姉さんみたいな人とも上手くやっていけて、鈍感だけど、周りに気を配れる優しい人。
いつからか、僕はジュン君に惹かれていたんだ。

でも、この気持ちとは向き合っちゃいけないんだと思う。
だって彼は、翠星石の―大事な姉の、恋人なんだから。



今日は風が冷たいせいなのだろう。
たった今ドアを開けてきたジュンと、少し前から待っていた翠星石以外の人影はない。
「翠星石」
「ジュン……お、遅いです!吊るすのに使う縄を探してたところですよ!」
「ごめんごめん。梅岡に呼び出されててな。あ、蒼星石が今日は遅れるって。」
「何かあったですか?また呼び出しですか?」
「ああ。なんか、また女子かららしい」
そう言ってジュンは苦笑する。

「全く、よその女どもは翠星石の大事な大事な妹を何だと思ってるんですかねぇ!」
「しょうがないだろ。あいつってすっごく美形だし。僕が嫉妬するくらい女子に囲まれてるよなー。」
ジュンが己の失態に気づいたのは、翠星石の顔が悲しげになっていくのを十分に確認できてからだった。
「えーっと…。ごめん。」
「ジュンは…ジュンは、女の子に告白される蒼星石がうらやましいのですか?翠星石だけでは十分じゃないのですか?」
「そんなことはない」
「でも…」

ジュンは、不安げにそう言う彼女を抱きしめずにはいられなかった。
「ちょ、ちょ、ちょっと…!ジュン…!ひ、ひ、人が来たらどうするですか?」
「大丈夫。蒼星石だって呼び出されてる。誰も来ない」
その真剣な目に、翠星石は小さく頷くことしかできなかった。
ジュンは翠星石の唇を奪った。そして、舌を絡ませあう。
二人が唇を離した数秒の後。
トロンとした目つきで、いつもとは違う艶のある声で、翠星石が言った。
「…はうぅ…その…お前がしたいって言うんなら…してやらんこともないですぅ…」
「翠星石…」
彼らはそれ以上のことに及ぼうと、ブレザーを脱ぎ、互いのシャツのボタンを外し始めた。
半分ほどそれを終えたとき。そんなとき。
甘ったるい空気の中にいた二人を、現実に引き戻す物音がひとつ。

ぎぃ、という音。屋上の、赤茶けた鉄ドアが開かれる音だ。



いけない、ずいぶん遅れちゃったな。
断って泣かれちゃったら、宥めるのに苦労するんだよね。
今日も姉さんの小言が待ってるんだろう。
三人でお弁当を囲んで、楽しくおしゃべりをする、そんないつもの時間を期待して。
僕はドアを開けた。

「やあ、二人とも…あ…」
ああ、確かに二人はそこにいたんだ。
でも見えたのは、二人が仲良くお昼を食べてる姿じゃなかった。
かといって、二人が僕を待っている姿でもなかった。

いやあ、この瞬間を僕は一生忘れないと思うな。
考えてもみてよ。目の前に、双子の姉と自分の想い人が、半裸で、ピンク色の雰囲気の中にいるんだよ?


それに…それに、ジュン君と翠星石の仲がそこまで進展しているだなんて知らなかった。

僕は、翠星石が自分のことをなんでも僕に話してくれていると思い込んでいた。

でも、僕は姉さんのコトも、姉さんとジュン君のことも、きっと何もわかっちゃいなかったんだ。


「あ…あはは…お邪魔…かな。ごめん。」
そう言って僕は走り出した。なんでだろう。涙があふれてくるよ。

いつか読んだ本に書いてあった。
物事が自分を悩ませるときは、自分に質問をしろ、と。

「君は、翠星石やジュン君が自分から離れていくのが悲しいのかい?」
それもある。だけど…。
「君は、本当に翠星石の幸せを願っているのかい?」
ああ、そうさ。そうだったというべきかな。
翠星石とは今までいつも一緒だった。それこそ生まれたときからだ。
これからも、そうだと思っていた。いや、そうありたいと願っていたんだ。

でも…今は…


息を切らせて踊り場に腰を下ろす僕。
らしくないね。この程度で息を切らすなんて。
足音は聞こえない。つまり、二人は僕を追いかけてきているわけじゃない。

ここ数ヶ月、ジュン君と翠星石が付き合い始めてから。
いや、それよりもずっと前からか。
ずっと持ち続けてきた気持ちと向き合う覚悟が、今できた。

そうさ。今までずっと姉さんが羨ましかったんだ。ずーっと昔、幼い頃から。
いつだって翠星石は、僕よりもジュン君に近いところにいた。
でも、僕も遠慮することはないんだろう。

帰ったら、姉さんと話をしよう。



「おい、翠星石!追いかけなくて良いのか?」
ようやくシャツのボタンを閉め終えたジュンが叫ぶ。
「…ゃですぅ。」
「何だ!?」
「嫌だと言っているんですぅ!」

「ちょ、そんな事言ったって」
「今は…今は翠星石だけを見ていてほしいのです…。」
「それに、今まで翠星石は蒼星石とずーっと一緒でしたけど…いつまでもそのままじゃいけないと思うのですぅ。
翠星石たちにだって別れるときはきっと来てしまうのです…。」
嘘だった。素直になれないとはいえ、根っから妹思いだった翠星石がついた、嘘だった。
彼女は自分でも欲張りだと思っていた。
が、ジュンの他者すべてに対する優しさを、自分だけに注いでほしい。そう願っていた。
ただその瞬間翠星石は、ジュンが蒼星石のことを気にかけていることそのものが面白くなかった。

「ジュン…大好きですよ…」
(…あいつ、泣いてたよな…。)
強く不安を抱えながらも、ジュンには翠星石を払いのけることなどできはしなかった。



姉さんにこの話をしたら、絶対に今のままではいられない。

そんなためらいがあってか、僕が話を切り出したのは、ギクシャクしながら二人して迎えた夕飯の時だった。
「…翠星石?ご飯を食べ終わったらね、話が」
「こ、この肉じゃがも美味いですねえ!また腕を上げやがったですか?」
「だから翠星石、話」
「ご、ご飯のふっくら具合も最高ですぅ!」
思わずテーブルを拳で叩く。
「姉さん…話を…聞いてほしいな。」
「そ、そんなに言うんなら!…聞いてやらないこともないですぅ…。」

夕食後、いつものようにテレビをつけるわけでもなく、ソファーに神妙な面持ちで腰掛ける翠星石。
「話があるなら…座って、さっさとしやがるですぅ…。」
翠星石は、自身の隣のスペースをポンと叩き、僕に座るのを促した。
―隣に座ってしまったら踏ん切りがつかないじゃないか―
そう思って、僕は立ったまま、翠星石を見下ろしながら、切り出した。
「君はジュン君と付き合っているよね。」
「は…はいですぅ。あ、あのチビは翠星石がいてやらないと危なっかしくて見てられないから、しょうがなく…。でもそれと何の関係が」
…このタイミングでいいのかな。
「僕はジュン君が好きだ」

「君もジュン君のことが大好きなんだろう。僕も知ってる。」
優しい翠星石をただ困らせるだけさ。そうかもしれない。
「でも…僕かジュン君か、どちらかを選んでくれないかな。」

フェアじゃない。僕自身もわかっているさ。
自惚れじゃなく、翠星石は僕を大切に思っているんだから。ジュン君と同じか、それ以上にね。

「何で…何でそんな悲しいことを言うのですか!わけわからんです!」
「ジュン君だって僕たち二人と同時に付き合うことはできないよ。さあ、どっちを選ぶの?」
「それでも…それでもどちらかを選べというのなら…翠星石はジュンと行くです…。」

「でも…翠星石は蒼星石と一緒に居たいのです!もっともっと一緒に居たいのです!」
「僕だってそうさ。翠星石。」
でもね、と僕は続ける。
「二人がずっと同じ道を進むことなんてできないんだよ。もうここで、今まで僕が隠し続けてきたことの綻びが出たじゃないか。」


翠星石は黙ったままだ。
「ごめんね…姉さん。」

そう言って僕は2階に上がる。
とうとう言ってしまった。
でも、僕だってそれなりに覚悟したことなんだ。
…これでいいはずでしょ?

姉さんが僕を呼んでいる。僕を連れ戻そうと、階段を駆け上がっている。

「蒼星石!なんとか言いやがるです!姉を泣かすなんて…グスッ…許さんです…」
翠星石が僕に向かって叫ぶ。
ドアを、おそらく両手の拳で叩きながら。
「また…泣いてるの?君の泣き顔は…僕の鏡の素顔を見ているみたいで…大嫌いだった…」

ああ。姉さん。
でも僕は、君とジュン君どちらを取るかと問われたら、寸分の迷いもなく答えを出せるはずさ。
昨日だったら、どちらとも答えられなかったんだろう。
今日あんなことがあって、その覚悟ができたから、こんな話を切り出せたんだ。
でも…本当に?今までずっと共に過ごしてきた翠星石を、僕は捨てられるのか?

「翠星石たちは…ずっと一緒だったじゃないですか…また…元の3人一緒が…グスッ」
「ごめんね。翠星石。それはもうできないんだ。」
そして僕は続けるんだ。今言い終えてしまわないと、後戻りしてしまいそうだから。
「明日の朝ご飯とお弁当は作っておくよ。でも…それが最後だ。翠星石…君は家事もできないし…心配だけど。」
「蒼星石…お、おめえなんか、だいっ嫌いなのです…!!うぅ…」
「翠星石…僕も君のことなんか大嫌いだけど…大好きだよ。お休み…」

ドアの外では、翠星石が―大切な、大切な僕の姉さんが、泣き続けている。
|