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――眩しい。
蒼星石が最初に感じたのは、瞼をオレンジ色に染める明るさだった。
だんだんと意識が覚醒するに従って、単調な潮騒と、ジリジリと肌を焼く熱さ、
全身の気怠さなどが、感じられるようになった。


(? あぁ…………そうか)

のたくたと回転の鈍いアタマが、やっと状況を理解し始める。
昨夜、いつまで起きていた? 憶えてない。だいぶ夜更かししたのは確かだ。
二人とも疲れ切って、そのまま眠り込んでしまったらしい。

「ぁふ……もう朝なんだ?」

重い瞼を、こすりこすり。
うっすらと開いた目の隙間から、強烈な光が飛び込んできて、アタマが痛くなった。
顔の前に腕を翳して日陰をつくり、徐々に、目を慣らしてゆく。
どこまでも高く蒼い空と、絵の具を溶いたような白い雲が、そこにあった。

――が、次の瞬間、蒼星石は目を見開いて、黄色い悲鳴をあげていた。
その声を聞きつけて、隣で寝転がっていた翠星石も、億劫そうに瞼を上げる。

「どぉしたですかぁ……そぉせ…………? いひぃっ?!」

寝惚けていたのも数秒。翠星石は目を丸くして、蒼星石にしがみついた。
彼女たちの眠気を、一瞬で吹き飛ばした衝撃――
それは、浜辺にたむろする白い靄。
『無意識の海』に洗われ、たまたま、この島に漂着した魂魄の群だった。



  ~もうひとつの愛の雫~
  最終話 『永遠』-前編-



記憶を失い、正体を無くしたモノたちとは言え、
取り囲まれては落ち着けるハズもない。これでは衆人環視だ。
二人は、あたふたと脱ぎ散らかした制服を拾って、浜辺から逃げ出した。



小さな茂みで、そそくさと服を着て、やっと一息。
翠星石は耳まで朱に染めて、握った拳を震わせていた。

「な、な……なんなのですか、アイツらはっ!」
「無垢な魂だよ。姉さんは、この島のコトとか聞いてないの?」
「知らねぇですよ! はうぅぅ……あんな得体の知れない連中に、
 みっともない姿を見られたなんて…………恥辱で死ねるですぅ!」

ボクたち、もう死んでるんだけど――なんて考えはしても、口にはしない。
わざわざ火に油を注いで、罪もない霊魂を蹴飛ばしに行かれても困る。
蒼星石は、どうにも気持ちの収まらない様子の姉を「まあまあ」と宥めつつ、
『庭師の鋏』を手にした。

「魂が漂着する砂浜で、うっかり寝過ごしたボクらも悪いんだしさ。
 あの魂たちには身体も意志も無いから、何も見えてないし、憶えてないよ」
「だ、だけどぉ…………むぅぅ~」

怒りの捌け口を探しているかのように眼を彷徨わせる翠星石に、
それよりも……と、蒼星石はソツなく、茨の園を指差した。

「まずは、結菱さんのところに戻ろうよ。
 ここで暮らすなら、住むところを探さなきゃ」
「……ちっ! しゃーねぇですね」

妹の冷静かつ正確な言い分に、翠星石もやっと、怒らせていた肩を下げた。
「今度だけは、蒼星石に免じて、勘弁してやるです。運のいいヤツらですぅ」




「やあ、帰ってきたかね」

あの古めかしい洋館の、庭園に咲き乱れるラベンダーを眺めていた二葉は、
双子の姉妹を認めて、にこやかに顔を上げた。

「ふむ……いい顔をしている。どうやら、探し物が見つかったようだ」
「はい。お陰さまで」

蒼星石は、背後で小さくなっている翠星石に代わって答えた。
「すみません。姉さん……翠星石は、人見知りが強くって」

構わんよと、二葉は笑みを崩さず応じる。

「実質、こうして面と向かい合うのは、初めてなのだしね。警戒するのも解るさ。
 僕の名は、結菱二葉だ。よろしく、翠星石」
「あ、あぅ……」

二葉が差し出した手を、じぃ……っと、胡散臭そうに凝視する翠星石だったが、
蒼星石に促されて、おずおずと彼の手を握った。

「翠星石……ですぅ」
「ふっ。おとなしい子だね。蒼星石の方が、しっかり者のお姉さんみたいだ」
「ぬなぁっ!?」

二葉の鼻で笑った態度が気にくわなかったか。
それとも、ダメ姉貴よばわりされたと、歪んだ解釈をしたのか。
はたまた、いまだ燻っていた先程の怒りが、気恥ずかしさによって再燃したか。
やおら、翠星石は二葉の向こう脛を、思いっ切り蹴っ飛ばした。
ばかりか、激痛のあまり蹲る二葉に「これが正真正銘、苦悶式教育ですぅ!」と、
カカト落としまで見舞おうとするではないか。
歳より若く見られれば嬉しいけれど、子供扱いされるのは気にくわない。
翠星石の乙女ゴコロは、なかなかに複雑らしい。

こんなことなら、記憶が回復する前の『なよなよ翠星石』の方が人畜無害だったかも。
アタマの隅でボヤきつつ、蒼星石は慌てて彼女を羽交い締めにして、引き離した。

「なんてコトするのさ、姉さんっ! ごめんなさいっ、結菱さん。
 ほら、姉さんも、ちゃんと謝って!」
「知ったこっちゃねぇです。教育的指導ってヤツですぅ~」
「もぉ……ホントに怒るよっ!」

言うが早いか、蒼星石は翠星石の正面に立って、平手を振り上げる。
翠星石も、反射的に頸を竦めて、両目をギュッと閉じた。
……が、蒼星石の手は、頬を撲つかわりに翠星石の肩を掴んで、
変に気の強い姉の身体を、二葉へと向き直らせていた。

結菱さんに謝らなきゃダメ! 蒼星石の、無言の圧力だった。

「う……ごめん……なさいですぅ」

渋々といった感を漲らせているものの、翠星石は素直に、頭を下げた。
二葉は蹲ったまま顔を上げて、引き攣った笑みを浮かべた。
彼の目が潤んでいたのは、敢えて見なかったことにしておく。

「まあ、いいさ。それより、お茶でもどうかね。
 君たちに、ぜひ話しておきたいことがあるのだよ」

話――とは、なんなのだろう。姉妹は顔を見合わせ、アイコンタクト。
三秒の後には二葉に向けて、了承の合図を返していた。




屋敷の広いリビングで、二葉が手ずから煎れた紅茶で一服。
喉を湿らせ、舌の滑りがよくなったところで、二葉は切り出した。

「最初に訊いておきたいんだが……君たちは、これからどうするのかね?」


どうする、と言われても、勝手の分からない世界では、目標など見出せない。
暫くは、この島で暮らすつもりだと蒼星石が答えると、彼は鷹揚に頷いた。

「なるほど。では、ここからが本題なのだが……
 どうだろう。この家に、住んではくれないだろうか?」

この唐突な申し出には、双子の姉妹も、絶妙なハーモニーを奏でた。
合唱コンクールなら、最優秀賞は間違いなしのデュエットだった。

「ボクたちと、結菱さんが……一緒に、ですか?」
「僕のような若い男と同棲するのは、嫌かね?」

二葉は、ぽかんと惚けた二人を眺めて、意地の悪い笑みを浮かべた。

「……いや、失敬失敬。ほんの軽い冗談のつもりだったのだけどね。
 そんなに驚いてくれると、嬉しくなるよ」
「はい?」
「どういうコトですぅ?」
「早い話が、この屋敷を譲り渡したいのだよ。他ならぬ、君たちにね」

言って、二葉は窓の外に遠い目を投げかけながら、語り始めた。
どのような意図で、そんな申し出をしたのだろうか。
彼の横顔からソレを読みとることは、蒼星石にも翠星石にも、できなかった。

「この屋敷は元々、僕が、ある男から譲り受けたものでね。
 その男の名は、知らない。彼は名乗らなかったし、僕も訊かなかった。
 ただ、彼はこう言ったのだよ。

 『君に守り役を任せたい』とね」
「守り役って?」

おうむ返しに呟いた蒼星石に、二葉は窓の外を指差してみせた。
双子の姉妹も、一斉に外の景色を振り仰ぐ。

「あの大きな樹が見えるだろう? 蒼星石、最初に君が立っていた丘だ」
「憶えてます。結菱さんが、ボクを迎えに来てくれた場所ですね」
「うむ。守り役というのはね、字の如く、あの樹を見守る役目なのだ。
 その男が言うには――まあ真偽のほどは解らないが――あの樹の根は、
 とても長くて、世界中に張り巡らされているらしい」
「世界中に? ウソっぽいですぅ」
「姉さん、話の腰を折らないでよ」

蒼星石に諫められて、翠星石はムッと口を噤んだ。
二葉は、一寸、場の空気を落ち着かせるように、ティーカップを口に運んだ。

「蒼星石。君が、かずき君から託された『庭師の鋏』は、だ。
 その男から、僕が預かったものでね。そして――」

言葉を切って、二葉が胸の前に両手を掲げた途端、
光を伴い、彼女たちもよく見知った道具が現れていた。

「この『庭師の如雨露』もだ。一対が揃って初めて、守り役は務めを果たせる。
 だから、これを……翠星石、君に預けたいのだよ」
「ふぇっ?! わ、私にですぅ?」
「ああ、そうだ。君たち姉妹で、僕の後を継いではくれないだろうか。
 君たちなら、きっと良い守り役になるだろう」

半ば押し付けるように差し出された『庭師の如雨露』を、翠星石は手に取った。
微笑む二葉に対して、蒼星石たちは呆気にとられたまま、固まっていた。
先程の冗談など、可愛く思える。あまりの衝撃で、咄嗟に言葉が出てこない。
それでも、蒼星石は気丈に、声を絞り出した。

「もし……ボクたちが守り役を継いだとして、結菱さんは、どうするんですか」



  ~もうひとつの愛の雫~  最終話 -前編- おわり





三行で【次回予定】

  姉妹に告げられた、ひとつのキーワード。
  対をなしていた者から、対となった者へと受け継がれる、対なる物。
  そして、二葉が語る、彼なりの目的とは――

次回 最終話 『永遠』-後編-
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