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ひたと正眼に構えられた木刀は、木枯らしに煽られようと、微塵も揺るがない。
巴の真剣な眼差しは、真っ直ぐ前方に向けられていた。
まるで、眼前に敵が立ちはだかっているかの様に、虚空を睨んでいる。
凛とした立ち居振る舞いから放たれる緊張感。
ひしひしと蒼星石の肌を刺激するのは、冷たい風ばかりではないのだろう。

学校で目にする、物静かで淑やかな彼女からは、想像もつかない。
どちらが、柏葉巴という娘の、本当の姿なのだろうか。
社殿の階段に腰を下ろした蒼星石は、膝を抱えて、巴の仕種を眺めていた。

「なんだか……素敵だなぁ」

思わず、心に浮かんだ感想が、言葉に変わっていた。
かっこいいでも、凛々しいでもなく、素敵。
ただ一心に、剣の道に打ち込む巴は、全身から不思議な輝きを放っている。
他人の目を惹きつけてやまない、独特の雰囲気を。

巴が、静から動へと移る。
対峙していた仮想の敵に、猛烈な斬撃を浴びせていく。
その、なんと苛烈にして熱く、美しいことか。
蒼星石は巴の一挙手一投足に心を奪われ、目を逸らすことができなかった。
そして、身体が熱を帯びていくのを感じながら、切に願っていた。

(ボクも柏葉さんみたいな魅力が欲しい。そうすれば、姉さんだって、きっと……)



  第十話 『こんなにそばに居るのに』



「今日、これから用事ある?」

そう訊ねたのは、意外にも巴の方だった。
練習を終えた彼女が、汗を拭いながら、蒼星石の隣に座った時のことだ。
巴の勇ましい姿を目にして昂ぶっていた興奮も冷め、寒さに縮こまっていた蒼星石は、
ぎこちなく顔を向けて、静かに頭を振る。

「……ううん。何もないけど、どうして?」
「あなた独りだけだから、翠星石さんと待ち合わせてるのかと思った」
「別に、姉さんとなんか――」
「…………ふぅん」

巴の全てを見透かすような眼差しに気後れして、蒼星石は口ごもり、顔を背けた。
あまりにも不自然で、あからさまな態度。
当の本人ですら、そう思ったほどの。

「ケンカしたの?」

蒼星石の顔を覗き込むように首を傾げて、巴はズバリと核心を衝いてくる。
一見すると無表情だけれど、口元に微かな笑みを浮かべながら。
別段、隠すことでもないので、蒼星石は頷いて見せた。

「ほんのちょっと、気持ちが擦れ違ってね。それで昨日の夜に――
 でも、心配いらないよ。3日もすれば、ほとぼりも冷めて仲直りするから」
「それなら良いけど」
「大丈夫。それが、いつものパターンだもの」

今までは、そうだった。
どれほどの大ゲンカをしようとも、姉妹を結びつける絆は、決して解けなかった。


――だが、巴への返答とは裏腹に、蒼星石の胸は不安でいっぱいだった。
瞼を閉じれば、泣き喚きながら、物を投げ付けてくる姉の姿がフラッシュバックする。


  『お前なんか、大っ嫌いですっ! 顔も見たくねぇですぅっ!』

二人のケンカは、いつだって『大っ嫌い』が捨て台詞だった。
それは『大好き』の裏返し。
心では常に、お互いを大切な存在として、求め合っていた。
だから、素直な『ごめんなさい』の一言で、元どおりの仲良し姉妹に戻れたのだ。

しかし、今回は何かが違う。
自分に非があることは、蒼星石も自覚していたけれど……素直に謝れない。
昨夜は、パジャマを着替えるなり布団に潜り込み、思いっきり噎び泣いたのに、
胸にわだかまるモヤモヤした感情が、どうしても晴れなかった。
いつもならば、それで気持ちが吹っ切れてしまうのに。

(姉さんも、昨日は泣き明かしたのかなあ)

罪の意識に、ちくりと胸を刺されて、蒼星石の表情が翳る。
もしも、このまま仲直りできなかったら――
そう思うと、なんだか急に怖くなって、蒼星石は身震いした。

「……冷えてきたわね。ちょっと、うちに寄っていかない?」

巴の目には、蒼星石の震えが寒さによるものと映ったらしい。
彼女は蒼星石の返事を待たずに立ち上がって、自分の荷物を片付け始めた。

「ホントに、お邪魔しちゃっていいの?」

木枯らしに吹かれ、蒼星石は悪寒に首を竦めながら、隣を歩く巴に訊ねた。
さっきから歯の根が合わなくて、語尾もビミョーに震えている。
日もかなり高くなったというのに、気温は一向に上がっていなかった。
だから、巴の申し出は、内心すごくありがたかったのだけれど……。

「日曜日だし、ご家族に迷惑かかるんじゃないかな」
「遠慮深いのね、蒼星石さんって。いつも、そうやって人目を気にしてるの?」

巴は横目で蒼星石を一瞥しながら、口元に手を当てて笑った。

「気にしなくていいのよ。みんな、朝から出かけてしまったから」
「え、そうなんだ?」
「うん。わたしは独り寂しく、お留守番ってわけ。
 誰か、話し相手になってくれたら嬉しいんだけどなぁ」

笑みを湛える巴の瞳には、期待の輝きも垣間見える。
どのみち、行く当ても、予定もない。
寒さに震えながら、無為に町をほっつき歩くよりは、お誘いを受ける方が正解だろう。
蒼星石は顔をほころばせて、折角だからと頷いた。

「ボクで良ければ、いくらでも」
「じゃあ決まり」

嬉しそうに、巴が微笑む。
その笑顔は、とても温かくて、蒼星石の胸に少なからず安堵をもたらした。
鬱々と泥沼に沈みゆくだけの運命に、救いの手が差し伸べられた気分だった。



通された巴の部屋は、なかなかに広くて、蒼星石ごのみの和室だった。
ただ、女の子の部屋としては飾りっ気に乏しく、寂しい感じがする。

蒼星石は、シャワーを浴びて私服に着替えた巴とコタツに籠もって、
お茶を飲み飲み、様々な話題に花を咲かせた。
自分のこと……趣味や特技に始まり、得意科目や部活の話になると、
次は学校のことが会話のメインになる。
そこから更に友人関係の話題に転じて、家族のことが口の端にのぼった。

話の流れと言えども、蒼星石にしてみれば、あまり愉快ではない。
翠星石の事に触れるたびに、心の傷を抉られるようで、息苦しくなった。
巴も、その辺りには如才なく気を遣って、話を長引かせない。

「早く仲直りできるといいね」

言ったとしても、その程度だった。
蒼星石は、巴の細やかな配慮に感謝し、それと同時に感心もしていた。
自分と同じ年なのに、もう周囲に気を配る余裕を持っているなんて流石だな……と。


その後も、蒼星石は巴と一緒に昼食を作って食べたり、子供の頃の話をしたり、
時が経つのも忘れて、おしゃべりに興じた。
こんなにも長く、姉以外の誰かと二人きりで愉しく話していたのは初めてかも知れない。
昨日、水銀燈と海に行った時よりも、交わした言葉の数は多いだろう。
手元の湯飲みを見つめながら、蒼星石はこの状況を、すんなり受け容れている自分に驚いていた。
それに、ふと気付けば、締め付けられるような胸の痛みも和らいでいる。

(柏葉さんと話していただけで、こんなにも気持ちが癒されているなんて……。
 ボクはただ、コミュニケーションに飢えてただけなの?)

それが真相なのだろうか。自分の気持ちなのに、よく解らない。
でも、ひとつだけ、答えは導き出されていた。

(ボクは、姉さんと仲直りしたい。もう一度、楽しく話がしたいよ)

――そして、また…………思いっ切り、甘えさせて欲しい。
窓の外を眺めると、すっかり暗くなっていた。柱時計が示す時刻は、午後6時近い。
「そろそろ家の人も帰ってくるんじゃない? ボク、帰るよ」
「あら、本当。楽しい時間って、あっという間に過ぎちゃうのね」

玄関先まで見送りに出た巴が、別れ際「頑張って」と囁き、蒼星石の背を押す。
その意図を察した蒼星石は、苦笑して「……また明日ね」と手を振り、家路に就いた。



家までは、全力疾走。今はただ、翠星石に会いたかった。
会って、昨日のことを謝りたい。そして、元の仲良し姉妹に戻りたかった。
果たして、願いが天に届いたのか――
勢いよく飛び込んだ玄関先で、蒼星石は姉と、ばったり鉢合わせした。
翠星石はビックリして口元に手を当て、脅える猫のような眼で、妹を凝視している。

「た…………ただいま。あの……さ」

姉の感情を刺激しないように、蒼星石は、できるだけ穏やかに話しかけた。
それなのに彼女は、くるりと踵を返して、逃げるように走り去ってしまった。
烈火のごとく悪態を吐くわけでも、ツン! と顔を背けて文句を言うでもなく……
とても、とても、悲しそうに目を伏せながら。

いっそ罵られた方が、気楽だったのに――――どうして?
蒼星石の胸がキュウッ! と締め付けられる。その激痛が、呼び止める言葉を紡がせない。
こんなにそばに居るのに、いつの間にか、見えない壁が姉妹の心を隔絶していた。



  第十話 おわり





三行で【次回予定】

 意地を張るなんて、馬鹿げている。
 頭では解っているのに、キッカケがないと踏ん切りがつかない娘が、ふたり。
 姉妹のすれ違いは、親友たちの間にも不安な気配を蔓延させるのだった。

次回 第十一話 『かけがえのないもの』
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