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晩秋の浜辺は、とても静か……。
波は穏やかで、心配していた風も、それほど強くない。
いつもなら、波間にちらほら浮かぶサーファーの姿を見られるのだが、今日に限って皆無だった。
当然だろう。凪の状況では、サーフィンなどできよう筈もない。
けれど、彼女たちにとっては、その方がありがたかった。

「貴女の言ってたとおりねぇ。私たち以外、だぁれも居ないわぁ」
「こんな雰囲気は、寂しすぎてイヤ?」
「……逆よ。煩わしくなくて、清々するわぁ」

言うと、水銀燈は少女のように砂浜を跳ねた。
そよ吹く潮風に舞い上がった銀糸の束が、西からの斜光を受けて煌めく。
彼女の唇に浮かぶ微笑みは、無垢な幼女のようでありながら、
どことなく妖艶な気配をも漂わせている。

「ねえ――――少し、歩きましょうよぉ」
「あ、そ……そうだね」

蒼星石は、目の前に佇む娘を見て美しいと想い、頬が熱くなるのを感じた。
女の子同士でありながら、目を惹かれ、心を奪われていた。



  第六話 『心を開いて』



潮騒と、海特有のにおいに包まれながら、二人、並んで砂を踏みしめる。
波打ち際を歩く水銀燈が、寄せる波から逃れようとして、砂に足を取られた。
よろめいた華奢な身体を支える蒼星石の鼻先に、ふわりと乙女の色香がたなびく。

「あ……ありがとぉ」
「どういたしまして」

他愛ない言葉のやりとり。たった、それだけのこと。
なのに、蒼星石は掴んだ彼女の肩を手放すのが惜しかった。
海風に吹かれて冷えた身体が、知らず、温もりを求めていたのかも知れない。
しばらくの間、二人はそのままの姿勢で、夕日に彩られる海原を眺めていた。


「……座ろうか、水銀燈」
「そぉねぇ」

再び、短いセリフのキャッチボール。多くの言葉が不要だった訳ではない。
お互いに、何から話していいのか、よく解っていなかったのだ。
彼女たちは乾ききった砂の上に腰を下ろし、肌寒さを堪えるように、肩を寄せる。
一日中、太陽を浴びていた砂浜は、まだ温かかった。

「……なんだか、懐かしさを感じるわねぇ」

紅い瞳に夕日を映しながら、水銀燈が、しみじみと呟いた。
無言で頷く蒼星石。
水銀燈は、彼女が何も言わないのを見計らって、静かに問いかけた。


「何か……悩みがあるんじゃなぁい?」
「気付いてたの?」
「当然でしょぉ。今朝から、ずぅっと浮かない顔してるんですもの。
 貴女も意外と、おばかさんよねぇ」
「……ボクは、利口なんかじゃないよ」

賢いのであれば、こんな時の処世術も、心得ていよう。
今みたいに、何がしたいのかも分からず、モヤモヤと思い悩み続けたりしない筈だ。
蒼星石は、自嘲して両脚を抱え、膝の上に細い顎を載せた。

そんな彼女のことを、からかうでもなく、慰めるでもなく……
水銀燈も蒼星石と同じ姿勢をとって、憂愁の色に満ちた娘の横顔を覗き込んだ。
なにも言わず、ずっと。
その沈黙こそが、話の続きを促している事に気付いて、蒼星石は重い口を開いた。


「あのさ、水銀燈。もし…………もしも、の話なんだけどさ。
 キミが心から大切に思っているものを、失ってしまったら……どうする?」
「有り得ないわねぇ。私だったら、失う前に、なくさない方法を模索するものぉ。
 それでも、なくしたとしたら……それは多分、私にとって大切なモノじゃなかったのよ。
 失うことって結局、心のどこかで、要らないと見なしている証拠だと思うから」

水銀燈らしい現実的な考え方だと、蒼星石は夕日を眺めながら、鼻先で笑った。
けれど、その笑みも刹那のこと。和んだ彼女の表情は、すぐに堅さを取り戻す。
黄昏色に染め上げられた蒼星石の目は、潤んで見えた。


「……翠星石のこと?」

水銀燈がカマをかけると、蒼星石はピクリと肩を震わせ、徐に首を巡らした。
緋翠の瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。

「どうして、姉さんが出てくるの?」
「貴女……私をバカにしてるぅ? 見くびられたものねぇ。
 もしもの話だなんて誤魔化したって、この水銀燈さんはお見通しよ。
 喧嘩でもしたのぉ? さっさと白状しちゃいなさぁい」
「……うん」

この際だし、心を開いて、相談してみよう。蒼星石は、そんな気分になった。
解決策が見付からなくとも、誰かに話すことで、胸のつかえが取れることは間々ある。
モヤモヤした悩みなんて、夕日と共に、海の彼方へ捨ててしまえばいいのだ。

「喧嘩したワケじゃないんだけど……最近ね、なんとなく……不安になっちゃって」
「なにがぁ?」
「ボクたちは双子の姉妹として、小さな頃からずっと一緒に居たでしょ。
 それが当たり前だったし、これからも、ずっとずっと続いていくと信じていた。
 でも…………ホントにそうなのかな? って思ったら、とても怖くなったんだ」

総じて時間の束縛を受けるこの世にあって、有形無形の区別なく、永遠不滅のものなど無い。
蒼星石の疑問は、ごく当たり前のこと。
当たり前すぎて、誰もが疑問にすら思わないことだった。

「姉さんは一見すると臆病だけど、新しい世界に飛び込んでいく勇気を持ってる。
 だけど、ボクは……変化を怖れている。
 このままじゃいけないと解っていながら、今の状態が永続することを願ってる」

再び、遠い夕日に顔を向けて、蒼星石は思いの丈を吐露した。
水銀燈も、彼女に倣って沈みゆく太陽を眺め、潮騒より少し大きな声を出した。

「誰だって変化は怖いわ。私なんて、ほら……この容姿でしょぉ。
 新しい世界に行く度に、疎外されやしないか、戦々恐々としてるんだからぁ」
「キミみたいな人でも、そう思うの?」
「……失礼ねぇ。そりゃあね、いつもの突っ張った態度を見てれば、
 そう思われるのもムリないわよ。でも、ホントは――」

蒼星石は、意味深長に言葉を伸ばす水銀燈の横顔を、横目で盗み見た。
夕日に照らされる彼女の顔は、心なし、赤らんで見えた。


「――ただの強がりなのよ。強く見せようと演技しているだけ。本当の私は……弱い」
「どうして、ボクにそんな事を教えてくれるの?」
「貴女が心を開いてくれたから、私も心を開いただけよ。
 いい? 貴女だけに話すんだからぁ、言いふらしたりしたら承知しないわよぉ」

「しないよ」と蒼星石が首を縦に振るのを見届けて、水銀燈は口元をほころばせた。
夕焼けを宿して、ひときわ紅く輝く瞳が、じっとりと蒼星石を見据える。
水平線の彼方に陽は落ち、空を染める残照の下、彼女の唇が……動く。

「そうそう、さっきの『もしもの話』だけどぉ、対策は二つじゃないかしらぁ?
 なくした大切なものを、必死になって捜すか……諦めて代わりのものを探してみるか、よ。
 私だったら、迷わず後者を選ぶわね。生きるって、妥協することだもの。
 何もせずに泣くだけっていうのは、最も下らないし、そもそも対策ですらないわぁ。

 とにかく、失うことを怖れるなら、大切なモノを死ぬ気で愛することよ。
 たとえ別れが訪れても、貴女の心で大切な思い出が生き続けるくらいに、真剣にね」

言われて、蒼星石は矢庭に眉を曇らせる。その反応を見て、水銀燈は重い息を吐いた。

「そもそも、貴女って愛されることには慣れていても、愛する事には不慣れよねぇ。
 まずは、その不器用なところから変えていかないとダメよぉ」

愛することに不慣れ――というのは、あるかも知れない。
水銀燈の言うように、こと恋愛に関して蒼星石は奥手で、経験に乏しかった。
だから、変えていかなければと言われても、どうすればいいのか解らなかった。

「あの……水銀燈。こんなこと訊くのはバカみたいだけど、人を愛するって、どういうコト?」
「大切なヒトを、温かく幸せな気持ちで満たしてあげられること」

噴き出しもせず即答した水銀燈は、妖しく微笑みながら蒼星石の肩に腕を回し、抱き寄せた。


「恋愛は試行錯誤の繰り返しよ。
 まずは……私の心を、幸せな気持ちで満たしてちょうだぁい」



  第六話 おわり





三行で【次回予定】

 寂しがり同士、夕闇に包まれる浜辺で交わした、本音。
 銀髪の乙女の導きによって、彼女は人を愛する気持ちについて懊悩する。
 大切なヒトを幸せにできないなら、その愛は空虚な欺瞞でしかない。

次回 第七話 『ハートに火をつけて』
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