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横に並んで歩き、塀の陰に消える二人の背中が、目の奥に焼き付いている。
校舎と校門は、かなり離れていた筈なのに――彼女たちの笑顔は、ハッキリ見えた。
瞬きをする度に、その光景が頭の中でフラッシュバックする。


  どうして、あの二人が?

蒼星石の頭を占めているのは、その疑問だけ。
双子の姉妹という間柄、姉の友好関係は熟知しているつもりだった。
けれど、翠星石と柏葉巴が友人という憶えはない。

彼女たちは、蒼星石の知らないところで交流があったのだろうか?
翠星石ならば、有り得そうだった。可愛らしい姉は、男女を問わず人気者なのだから。
しかし、それなら今日、巴との会話の中で、翠星石の話題が出ても良さそうなものだ。

(それが無かったところから察して、つい最近の付き合いなのかな。
 昨日、姉さんが体育館にいたのも、柏葉さんと今日の約束をしてたのかも――)

なんだか除け者にされたみたいで、蒼星石の気持ちは重く沈んだ。
隣を歩く水銀燈が、彼女の浮かない表情を盗み見ていたことにも、気付いていなかった。



  第五話 『もう少し あと少し…』



「ねえ――」

何を話しかけても、生返事しかしない蒼星石に焦れて、水銀燈は彼女の前に立ちふさがった。
が、俯いたままの蒼星石は、それにすら気付かず歩き続け……
水銀燈の肩に、こつんと額をぶつけた。

「あ…………」
「ちょっとぉ。さっきから、なぁに冴えない顔してるのよぉ」
「……ごめん。考え事してた」
「私と居るのは、退屈ぅ?」
「ち、違うよっ! そんなつもりじゃ――」

不機嫌そうに眉を顰める水銀燈に、蒼星石は頭と手を、ブンブンと横に振って見せた。
そして、自分の軽挙妄動を恥じて、歯がみした。
正直なところ、翠星石と巴の関係は、気になって仕方がない。
けれども、それを引っ張り続けていては、誘ってくれた水銀燈に失礼と言うものだ。
蒼星石は笑顔を作って、ムリヤリに気分をすり替えた。

「ホントにごめんね、水銀燈。さあ、気を取り直して、どこかでお昼にしよう」
「……そぉねぇ。いい加減、お腹すいちゃったわぁ」
「じゃあ、駅前のファミレスに行こっか。お詫びに奢るよ」
「あぁら……食べ物くらいで、私が許してあげるとでも思ってるぅ?」

さりげなく怖いことを口にする水銀燈。彼女の場合、どこまで冗談なのか分からない。
しかし、見た限り表情は穏やかで、満更でもなさそうだった。



蒼星石と水銀燈は、女子高生とは思えないほどの量を食べたばかりか、
デザートにパフェまで注文して、舌鼓を打っていた。
同い年の娘たちなら、カロリーに配慮したり、ダイエットに気を遣うのだろうが、
この二人には、あまり関係のないコトらしい。

人間の身体には、余剰のエネルギーを脂肪として蓄える『脂肪細胞』なるモノがある。
この細胞は思春期くらいまでに総数が決まってしまい、以降は殆ど増えることがない。
子供の頃から痩せ形体型だった彼女たちには、この脂肪細胞が少ないため、
結果的に“食べてもあまり太らない”体質になっていたのである。

「水銀燈って、スタイル良いよね。食事は三食しっかり摂ってるんでしょ。
 なのに、目立って太ってるワケでもないし、痩せすぎてもないんだもの」
「そう言う貴女だって、イイ線いってるわよぉ。
 お爺さんたちと暮らしてると、生活が規則正しくて、食事を抜く事ってないでしょぉ?」
「ボクの場合は、食べなかったり、おかず残したりすると、ひどく心配されるんだよね。
 どこか身体の具合が悪いのかー! ってさ。お陰で、好き嫌いがなくなったよ」
「あー。なぁんとなく、光景が目に浮かぶわぁ。
 お爺さん達よりも、翠星石の方が大騒ぎしてそうねぇ」

水銀燈は、珍しく無邪気に笑いながら、眩しげに細めた目で蒼星石を見つめた。

「でもぉ、それを疎ましく思うのは贅沢というものよ。
 心配されるってコトは、とっても大切に想われてるって証拠だもの。
 正直、羨ましいわね」


そう言った水銀燈の顔に、ほんの僅か……うっかり見落としかねない影がさす。
一瞬の変化だったにも拘わらず、蒼星石は見逃さなかった。
そして、彼女の家庭環境を思い出し、得心した。

水銀燈の両親は共働きで、以前から、あまり家には居ない方だった。
だから、なのだろう。彼女は普段から物憂げで、勝手気ままに振る舞っている。
干渉されることを嫌い、とてもではないが、部活動に精を出すような気質には思えなかった。

しかし、現に水銀燈は剣道――個人競技を選ぶところが彼女らしい――に勤しんでいる。
昨日の練習風景から推測して、技量も高いようだ。
それに、自分に似た娘……柏葉巴とも、なかなか気が合うらしい。


(やっぱり、寂しいのかな)

一匹狼みたいに過ごしていても、水銀燈だって、多感な年頃の女の子。
眩しそうに細めた目も、実のところ、羨望の眼差しだったのかも知れない。
思った途端、蒼星石は、胸に妙な息苦しさを感じた。
そして、急に、さっきの翠星石と巴の姿を思い出して、寂しい気持ちになった。

(キミも、ボクと同じだね。脆い心に鎧を着せ、必死に護ってる、さびしん坊なんだね)

親近感が興味へと変わる。蒼星石は、もうちょっとだけ水銀燈と一緒に居たいと思った。
彼女は「同情なんて――」と嫌悪感を露わにするかも知れない。
でも、それは寂しさを覆い隠すための、強がり。


だったら――――似た者同士で、傷を舐め合うのも、たまには良いだろう。
校門で見た光景を忘れたくて、蒼星石はテーブルに身を乗り出し、水銀燈に詰め寄っていた。

「よかったら、これから……ちょっと遠くに出かけない?」
「えっ? なぁに、いきなり」

水銀燈が、怪訝な顔をする。当然だろう。いくらなんでも、突飛に過ぎた。
眉間に刻まれた縦皺が、躊躇のほどを窺わせる。

「遠くって、どこまで行く気よぉ」
「海を見に行こうかなって。なんとなくね、今、そんな気分なんだ。
 心配しなくても、夜までには帰ってくるつもり」
「こんな晩秋に? 物好きねぇ」
「意外に、いいものだよ。人っ気が少ないから、くつろげるし」

ふぅん……と相槌を打った水銀燈の瞳に、酔狂な光が宿る。
潮風に吹かれながら、閑散とした浜辺を当て所なくブラつくのも悪くない。
彼女の眼差しが、そう語っていた。

「そぉねぇ。たまには、面白いかも」
「うん。じゃあ、行こうか」

言って、二人は同時に腰を浮かせる。
奢りの約束どおり、蒼星石が纏めて会計を済ませ、彼女たちは駅へと足を向けた。



土曜日の午後、昼休みも終わった時間帯。
人も疎らな電車の中で、蒼星石と水銀燈は、並んでシートに座った。
窓を透して射し込む陽光に背中を炙られ、ちょっと暑い。

「目的地はまだ何駅も先だし、向かいの席に移る?」

蒼星石の気遣いに、水銀燈は欠伸を堪えながら、気怠そうに答えた。
「別にいいわよぅ。こっちの方が、あったかいしぃ」

彼女が構わないのなら、蒼星石にも異論はない。黙って電車に揺られていた。
――いくらか経って、ふと、肩に感じる重み。
見れば、瞼を閉じた水銀燈が、寄り掛かって寝息を立てていた。
お腹がいっぱいになって、程良い揺れに身を任せながらの、ひなたぼっこ。
眠気を催すのも、当然の環境だろう。
いつもの、少し険のある自信家な表情からは想像も付かないほど、無邪気な寝顔だ。
期せずして、水銀燈の意外な一面を見られて、ちょっと得した気分の蒼星石だった。

がたん――
列車が大きく揺れて、水銀燈がヒッ! と息を呑み、目を覚ます。
「んぁ…………着いたぁ?」
「ううん。もう少しだよ」
「そう……じゃあ、あと少し……」

言って、水銀燈は再び、蒼星石の肩に体重を預けてくる。
蒼星石は、そんな彼女を可愛いと思った。「寝てていいよ、起こしてあげるから」



  第五話 おわり





三行で【次回予定】

 海を見に行こう。口を衝いて出た、突然の気紛れ。
 無意識の内に、わだかまる寂しさを、海に捨ててしまおうと思ったのだろうか。
 砂浜を踏み締めながら、彼女たちは素直な気持ちを曝け出す。

次回 第六話 『心を開いて』
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