「いいね、金糸雀。」
――わかってるかしら
「今度こそ」
――もう言わないで
「コンクールで1番に…」
――止めてっ
私の心が、壊れてしまうから……
「うたをわすれた カナリアは
うしろのやまに すてましょか
いえ いえ それはなりませぬ」
【カナリアが歌うように】
1
「金糸雀、お前は完璧でなければならない。何もかも」
幼い頃、ずっと言われつづけた言葉。
私はそれがとても怖かったの。
愛を囁かれるよりも沢山の"完璧"を求められた。
私は忠実に"完璧"を演じた。
「金糸雀。お前はなんてすばらしい娘なんだ」
お父様の抱擁はとても優しく、やわらかだった。
まるで、私ではなく"完璧"を抱きしめるように。
だけど、それでもとっても嬉しかったわ。
――本当に?
ええ。本当に。
――それは…真実かしら?
お父様のくれるいくつもの誉め言葉。
それは、カナにとって愛の囁きだった。
「お父様。また、1位を取れたかしら。それも、大差で勝ったのよ!」
私の言葉に、笑顔になるお父様。
これがきっと幸せの在り方だと、信じて疑わなかった。
―いいえ。
……疑えなかったの。
*
「金糸雀。貴女、また草笛さんの家に行くの?」
帰り支度をする私に真紅が声をかける。
「ええ。そのつもりかしら」
私の答えを聞いて、真紅は複雑そうな表情をした。
何がいけないのかしら。
みっちゃんはカナを待っていてくれているのに。
「貴女が草笛さんを好きなことも、――家に帰りたくないのも分かってるわ。
でもね、たまには」
「真紅には関係のないことかしら」
真紅の言葉を遮って言い放つと、真紅はそれ以上何も言わなかった。
鞄をつかみ、荒々しく教室を出る。
途中、水銀燈にぶつかって薔薇水晶に睨まれたけれど、なんとも思わなかった。
「今のかなりあ……ちょっと怖かったのよ」
教室を出るとき聞こえた雛苺の声が耳に残った。
私って、いやな子かしら?
少し。本当に、少し。悲しくなった。
*
「ただいまかしら」
いつものように部屋の中に声をかける。
今日は残業のない日だから、底抜けに明るい声が返って来るはず。
「おっかえりぃー!カナぁ」
予想通りの声が返ってきて、分かっていたのにホッとする。
ぎゅうっと抱きしめられ、頬擦り。
――ああ、カナ愛されてるかしら。
「みっちゃん、ほっぺが摩擦熱でまさちゅーせっちゅかしらぁー」
この場所が、カナの家になってくれればいいのに。
それは、不可能だとしても。願わずにいられなかった。
幸せな時間は、過ぎるのが早すぎるわ。
カナはもう少し。もっとずっと。この空間に居続けたいのに。
最終更新:2007年04月06日 22:29