「・・・よし、これでカンペキですぅ!」
「・・・あれ、翠星石。今日は早起きだね。」
新学年、五日目早朝。後ろから急に声がかかって、心臓が逆バンジーしたです。
~重なる想い(Side:翠星石)~
「そ、蒼星石!?いきなり声をかけるなです!」
「え?ご、ごめん。」
別に謝る必要はないですけど。それはそうと、見られる前に早くこれを隠さないと・・・
「えーっと、今日は翠星石が作ってくれるの?お弁当。」
・・・どうやら気付いてないですね。
おっと。ほっとしてる場合じゃないですね。一応肯定の言葉は伝えておくです。
「そ、そうです。久々にお姉ちゃんが腕によりをかけて作ってみるです。」
「わぁ・・・翠星石の料理は美味しいから、ちょっと楽しみだなぁ。」
「き、期待して待つといいですよ。」
必死に笑顔を作りながら、後ろ手で、小さな箱を鞄に入れた。
・・・さて、急遽お弁当を作らなきゃいけなくなったです。
「おじいちゃんとおばあちゃんは?」
「とっくに起きて居間で茶しばいてるですよ。蒼星石も一緒に飲んでくるです。」
蒼星石は居間へ向かう。さあ、張り切って作るです!・・・材料的に、大した物は作れそうにないですけど。
急いでお弁当を作り上げたら、あとはいつも通り。四人でちゃぶ台を囲み、おしゃべりを交えつつ軽い朝食を食べる。
そうこうしているうちに出発時刻が近付いてくるので、急いでパジャマを着替え、持ち物を確認して・・・
「おじいちゃん、おばあちゃん。行ってきます。」
「行ってきますです。」
「ええ。行ってらっしゃい。」
「車に気をつけるんじゃよ。」
ちょっと心配性な気がするおじじとおばばの言葉を背に家を出て、小走り気味に待ち合わせ場所へ向かう。
ゲッ!もうみんな集まってるです。この翠星石としたことが遅れを取るとは・・・!
「二人とも!二分遅刻かしらー!」
「ごめんよ、金糸雀。」
「細けーこと気にするんじゃねーです!だーからおめーはデコがはげちまうですよ。」
「んな!わ、悪いのはそっちなのになんて言い草かしら!」
「まったく・・・お前の思考回路に反省ってパターンはないのか?」
「別にー?翠星石は、相手を選ぶだけですぅ。」
「・・・はあ。」
・・・二年生に進級してからのジュンは、妙に溜息が増えたです。何か気苦労があるのでしょうか?
翠星石としてはまあほんっっっの少しぐらいは心配なのですが、そんなこと聞いたらジュンがつけあがること間違いなしなので、何も言わないです。
「さあジュン!翠星石の鞄を持つです!」
「はいはい。」
もはや諦めたように、三人分の荷物を新たに担ぐジュン。・・・張り合いがねーです。
朝の登校時間、ジュンとの口論が最近のマイブーム。結局最後はジュンが何も言えなくなって終わるのだけれど・・・
それが、“言えなくなって”というか“言わなくなって”というように感じられるのは、ジュンの対応がオトナだからでしょうか。
・・・なんだか、遠回しに子ども扱いされているみたいで、ちょっとムカムカするです。
そんなことを、あれこれ考えているうちに学校が見えてきて、そして・・・
「うよーい!お弁当タイムなのー!」
「いっただっきまーすかしらー!」
・・・えぇ!?もうお昼ごはん!?翠星石の午前の時間はどこに消し飛んだですか!?
今日から授業が平常日程で始まることになって・・・いたはずなのですが、完全に記憶がないです。
ま、それもこれもきっとつまんねー授業をする教師のせいですね!・・・と、いうことにしておくです。
「ジュン?お湯はまだかしら?」
「僕じゃなくてポットに聞けよ!ていうかポット持参してまで紅茶飲みたいのか!?」
「当たり前じゃない。優雅な一時にダージリンはかかせないのだわ。」
「学校で優雅な一時を満喫しようとするなよ!重い想いするのは僕なんだぞ!」
「桜田くん、その洒落はちょっと・・・」
「別に狙ってない!」
・・・しかし参ったです。お昼までに考えておかなければならなかったことがあったですのに。
うむむむむ・・・さて、どうやってあれをさりげなーくそれとなーくジュンに渡せばいいのか・・・
ええい!弁当食いながらじゃ集中できねーです!むー・・・えっと、こうして・・・ああして・・・
「おい、翠星石。聞いてんのか?」
「ひゃいっ!?」
・・・本日二度目の心臓逆バンジー、まさに出血大サービスなのです。
「ジュジュ、ジュン!い、いきなり話しかけるなです!」
「何言ってんだよ、ずっと話しかけてるじゃねーか。」
「そうよぉ。ジュンが翠星石を呼んだの、今ので5回目だもの。」
「今日の貴女、朝からずっと上の空なのだわ。」
「・・・へ?」
「お弁当にも全然手をつけてないし・・・」
「お箸握ったまま、さっきから何にもしてないのー。」
「この卵焼き、いらないならカナがもらってもいいかしら?」
「・・・あ、や、ふ、ふざけんなです!翠星石の卵焼きは翠星石のです!」
「落ち着いて、翠星石。」
あわわ、い、いかんです。余計なこと考えてるとすぐ感づかれちまうですね・・・
しゃーないです。こうなったらとっとと弁当を食って一人になっ・・・て・・・
「んむ!?ん、んー!」
「あーあー、いきなりかっこむからぁ。」
「翠星石!大丈夫かい?」
「はい、お茶あげるわ。」
さ、最悪ですぅ。ウィンナーを喉に詰まらせるなんて・・・絵的にも非常によろしくないことに・・・
うう、で、でもくじけるわけには・・・この翠星石、今日こそあの日のリベンジを・・・
「ふう・・・な、なんとか飲み込めたです。」
「ったく、何するにも人騒がせな奴だなぁ。」
・・・誰のせいだと思ってるですか・・・誰のせいで翠星石が何でこうも頭の中をてんやわんやにしてると・・・
「ごちそーさまなの!雛、中庭で日向ぼっこしてくるのよー!」
「あ、雛苺。私も行く。」
「待つかしら!特等席はカナの場所かしらー!」
やっとまともに弁当を食べ始めた頃には、もうチビチビ二人と巴は弁当を食べ終え、
「私、購買で飲み物買ってこよっと・・・」
「ああ、ついでに私のもお願いね。」
「誰が買ってくるもんですか。おばかさぁん。」
「何ですって!あ、ちょっと待ちなさい!水銀燈!」
「結局追いかけてったら一緒じゃないか・・・あ、翠星石、ジュンくん。ボクも飲み物買って来るよ。」
「あ・・・わ、わかったですぅ。」
「おう、いってらっしゃい。」
残りの三人も席を立っていた。いきなり・・・ジュンと二人きりの大チャンス。
そう。今こそ・・・今こそ!あの日のリベンジを果たす時が来たのです!
「じゃ、僕も購買行こうかな・・・姉ちゃんの弁当は少ないんだよ・・・」
「え?あ、ジュン!ちょちょ、ちょっと待つです!」
「ん?」
あの日・・・丁度二ヶ月前。あの日できなかったことを、今ここで成し遂げるのです!
そ、そう固く誓ったものの・・・声は、思うように出てくれないわけで。
「え、ええと・・・その・・・あの・・・」
「?・・・なんだ、何もないならもう行くぞ?」
そう言うと、ジュンは踵を返して・・・ああもう!じれったいです!こうなったら・・・
「ジュン!」
「だからなん・・・いってぇっ!?」
ああ、結局いつも通りなのです。いえ、でもまあこの方が翠星石らしいというか・・・まあ、それはそれで。
「なんだよこの箱!角が眼鏡にクリーンヒットしたじゃないか!」
「さ、さっき弁当が少ねーとか言ってたから、この心優しーい翠星石が、ちょっと恵んでやろうと思っただけです!」
「はぁ?何を?」
「い、いーから!とっとと開けてみるです!」
・・・これは、二ヶ月前の・・・そう、あの、バレンタインデーのリベンジ。
朝しか会えないジュンにチョコレートを渡そうと持っていったものの、みんなの前で渡すのがあまりにも恥ずかしくて・・・
結局渡せぬまま家に帰り、自分でチョコを食べた。心情的にも現実的にもにがーい記憶への、リベンジ。
出来る限り新しいうちに食べてもらおうと、早起きして焼いたその正体は・・・
「・・・クッキー?」
そう。何の変哲もないクッキー。
最初は凝った形にしようと型抜きをしてたりしたものの、ふとハート型に型抜きされた生地を見て頭が真っ白に。
・・・結果、丸いだけのなんら変哲ないクッキーとなった次第。
「そ、そうです。弁当の後に食べようと自分で焼いてきたですが、見ての通り量が多いです。」
ジュンのために焼いてきた、なんて口が裂けても決して言わない。・・・言えない。
・・・やっぱり、翠星石はまだまだ子供なのです。いやむしろ、中途半端に大人だからこそ素直になれないのでしょうか・・・
「だ、だからちょっとばかし恵んでやろうと・・・って、話も聞かずに何食ってるですか!」
「・・・ん。美味い。」
「へ?」
そういう一言が、翠星石の頭をショートさせてること。ジュンは絶対気付いていないのです。
顔の体温が見る間に上昇しているのが、赤く染まっていくのが、自分でもよくわかって・・・
「あ、ありがたーくいただくですよ!チビジュンには子供っぽいクッキーがお似合いなのです!おほほほほほ!」
「な、何!?」
捨て台詞を残して教室から退散することにした。本当はもっと味の感想とか聞いてみたかったのだけれど。
今の私では、ジュンと二人っきりの空間にちょっと居るだけで、間違いなく固まってしまうでしょうから。・・・けど、いつか。
いつか必ず、翠星石は、ジュンと二人きりで居ても平気な・・・隣に居ることが当然のような関係に・・・ってあー、もう!
リベンジしたのに、何か負けてる気がするです!悔しいから、中庭の雛苺の上に日傘立ててやるです!
・・・残されたジュンは、自分の席に戻り、さくさくとクッキーをかじる。
「まったく。騒がしい奴だなぁ・・・ん。やっぱ美味い。」
その後、購買に行った三人が帰ってくるまでの間。
ついに羨望と嫉妬が許容範囲をオーバーし、暴徒と化したクラスの男子陣が彼に洗礼を与えたことなど、もはや書くまでもないことである。