『少女の恋の物語』
初恋というものを考える時、真紅の場合は、
ありきたりにも幼稚園の保父さんだった。
しかし、それが明確に恋心であったのかと言えば、おそらく違う。
あの年の端は性に関係なく、他人と自分との境界というか
線引きが曖昧で、まして異性というものを意識することなんぞ、
まったくなかったからである。
異性に「男」という今までになかった感情を持ちはじめてからの
最初の恋が、ほんとう意味での初恋だろう。
真紅にそれがやってきたのは、中学校の入学式を一週間後に
控えた日のこと、旧知の仲の雛苺と出かけていった繁華街においてだった。
一目惚れというものだった。
真紅には、これが一目惚れということが、実感としてあった。
真紅は決して外貌に惚れたのではない。
彼女は一目見て自分が、彼の心の深奥まで辿り着いた思った。
真紅はたしかに、彼についていまだ外見以外のどんな情報も
知らなかったが、自分はすでに彼の心の純粋性を見抜き、
そこに惚れたのだと信じた。
真紅は夢見がちな少女だった。ために真紅は恋をしたというより、
恋に恋をしてしまったのである。
もちろん、本人はそんな壮大な勘違いには気づいていない。
だから真紅は、さきほどから雛苺に体を揺さぶられていることも知らず、
ただぼんやりその場に立ちつくしていたのである。
往来に突如としておとずれた、本来再び会うことのない、
その時かぎりの恋は、運よく一週間後の入学式当日の校門前で、
早々と再会を果たすことになった。
……のだが、再会した初恋の人の格好と言うのは、
どこからどう見てもセーラー服であり、
真紅が衝撃のあまり、彼女を指さしてとんでもない悲鳴を発するや、
彼女に同伴していた女の子が前に立ってかばい、
「なんですか、おまえは、うちの妹に向かってなんて声あげてやがるですかっ!」
こうして真紅の初恋物語は、なんとも間の抜けたかたちで幕を閉じたのだった。
おしまい。