「一つ屋根の下 第百十八話 JUMと春の陽気」



麗らかな春休みのとある一日。時計は十時を差しているというのに、僕は未だに布団の中でウトウトと
夢心地である。春眠暁を覚えず。昔の人は偉大な言葉を残したもんだ。
今年は暖冬だったみたいで、冬でも比較的温かかったけど、あくまでそれは冬の話。
やっぱり春には春独特の温かさがある。う~ん、春の陽気ってどうしてこんな気持ちいいんだろう。
そんな感じでゴロゴロしていたんだけど、不意に僕のお腹が空腹を知らせる音を出す。
まぁ、十時だしお腹くらいは空くよね。僕はモゾモゾと布団から這い出ると眼鏡を装着して部屋を出る。
トントンっと軽快な音を立てながら階段を降りてリビングへ向かう。リビングではお馴染みとも言える
春休みのアニメスペシャルがテレビでやっている。もちろん、番組はくんくん探偵の再放送だ。
「ぐすっ……あら、おはようJUM……随分眠っていたようね……ぐすっ……」
「おはよう真紅姉ちゃん。何?何か感動するシーンでもあったの?」
真紅姉ちゃんはソファーに腰掛けながらハンカチ片手にくんくんを見ている。目はちょっと充血してウルウルしてる
し、さっきから鼻がむず痒そうだ。ってか、これって花粉症?
「違うわよ……ずずっ……何だか急に目が痒くて……鼻がムズムズするの……」
見事に花粉症の症状ですな。ちなみに、花粉症ってその人の体内の花粉ゲージがMAXになると発症する
らしいね。残念、真紅姉ちゃんも今年から花粉症の仲間入りみたいです。
「あー、真紅姉ちゃん花粉症みたいだね。耳鼻科とか行ったらどう?軽いウチならすぐ楽になるみたいだよ。」
「こ、これが花粉症?ずびっ……想像より大変なのね。さっきから涙と鼻が……ぐすっ……そうね、耳鼻科
に行ってくるのだわ。くんくんが終わってからね……」
花粉症よりもくんくんを取る真紅姉ちゃん。その心意気とゾッコンぶりには敬意を表したくなるね。
まぁ、重症になると洒落にならないらしいし、早く楽になるのを祈っとくよ。僕も他人事じゃないしね。
「真紅姉ちゃん、僕パン食べるけど紅茶淹れようか?」
「ずずずっ……気が利くわね……お願いするわね。」
真紅姉ちゃんが涙目&鼻声で言う。何だか僕の行為に感動してるように錯覚してしまう。まぁ、錯覚だけどね。
何せ、折角入れた紅茶も真紅姉ちゃんはこう言うんだもの。
「少し温いわね。ちゃんと温度見たの?全く、使えな……はっ、はっ、へっくち!!」
まぁ、いいかな。何だか可愛らしいクシャミだったから。



リビングでくんくんと、くんくんを泣きながら見る真紅姉ちゃんを見ながら朝食のパンを食べた僕は、特にする事
もなく、家をフラフラしていた。家の中が随分静かなのをみると、姉ちゃん達はまだ寝てるか遊びに行ったか……
まぁ、どの道平和なのは間違いないな。そう思いながら中庭に出る縁側に行くと、二人の少女が
肩を寄せ合って眠っている。一人は栗色の腰に届きそうなロングヘア。もう一人は同じく栗色のショートヘア。
言うまでもないよね、翠姉ちゃんと蒼姉ちゃんだ。二人は太陽の光を浴びて縁側で座りながら眠っている。
その顔や天使の寝顔と言うべきか。不覚にも僕はドキドキしてしまう。
蒼姉ちゃんの短いながらもケアの行き届いた綺麗な髪がサラサラと風に舞う。可愛いな、普通に。
一方翠姉ちゃんもこうして黙ってれば実に可愛らしい。黙ってればね。
しっかし、本当に気持ち良さそうに眠っている。翠姉ちゃん辺りは光合成してるんじゃないかなぁと思う。
僕はそんな幸せそうな二人を見て、ついつい悪戯心が芽生えてきてしまう。
「何か見ていた腹立つくらい安らかだし……」
プニッと蒼姉ちゃんの頬を突付く。綺麗な肌だなぁ。続いて翠姉ちゃんの頬を突付く。プニプニ……やーらかい。
「んんっ……むにゃ……」
僕は思わずビクッと体を震わせて物陰に隠れようとする。しかし、うっすらと開いた翠姉ちゃんのルビーとエメラルド
の瞳は寝惚けているのか、焦点があってない。
「あーえー……おはよう翠姉ちゃん……」
とりあえず誤魔化してみる。誤魔化しとおせるだろうか。
「ん……JUM……何してる……ですかぁ……一緒に寝たいですか……なら来るです……」
寝惚け眼の翠姉ちゃんは僕の手を強引に引く。そして僕の体を自分と蒼姉ちゃんの間に入れると、僕をギュッと
抱きしめて再び眠りに入った。これは天国……もとい色々不味い状況になった。
右を見れば蒼姉ちゃんがスヤスヤ眠っている。逆を見れば翠姉ちゃんが。僕はギュッと抱きつかれて脱出不能。
風にのって二人の髪の香りが僕の鼻をくすぐる。その甘い香りも睡眠を促進させるには充分だ。
「ん~……ひゅん……ふん……へへぇ……」
蒼姉ちゃんがなにやら意味不明な寝言を言ったかと思えば、翠姉ちゃんのように僕をガッチリホールドしてくる。
寝てるよね?寝てるんだよね?って寝てるに決まってるか。起きてたら蒼姉ちゃんがこんな事素面で出来る
はずがない。少なからず顔を紅潮させるはずだけど、やっぱり顔は安らかな寝顔のまんまだし。
う~ん、いっそ二人と一緒に光合成するのも手段だろうか。なんだか……太陽の光を浴びてると……眠く……



僕が再び目を覚ました時には、僕は縁側で一人で眠っていた。体には布団がかけられて、近くには
一通の手紙も置いてあった。少し目を擦り読んでみる。
『JUMへ なぁに勝手に翠星石と蒼星石の間にはいって寝てやがるですか。まぁ~ったく、油断も隙もない奴
ですねぇ。そんなに寝たかったら……そのぉ……言えばいつでも添い寝してやらんこともないですぅ。
そんな事より、翠星石と蒼星石は遊びついでにお買い物行ってくるです。楽しみにしてやがれですよ。  翠』
と書かれてあった。どうやら、僕が勝手に二人の間に割り込んで寝ていたと勘違いされたらしい。
明らかに翠姉ちゃんに引き込まれたんだけど……ってまぁいいかな。気持ちよく眠れたし。
「あら、JUMじゃないですか。日向ぼっこしていたんですか?」
後ろから声が掛かる。声の主はキラ姉ちゃんだった。黒のタートルネックセーターに黒のミニスカートと、珍しく
キラ姉ちゃんにしては黒尽くめの服装だった。ミニから覗く細くて白い足が眩しい。
「うん、そうみたい。温かくてついついね。キラ姉ちゃんはどうしたの?」
「私はお昼を食べに行こうかと思いまして。丁度お昼時ですからね。」
僕は携帯を開く。思ったより寝ていた時間は短かったらしい。まだ時間は十二時程度だ。
「そうなんだ。じゃあ、一緒に食べに行く?僕もなんだかお腹すいたし。」
「まぁ、いいですね。それじゃあ行きましょうか。今日は薔薇しーちゃんに割引券を貰ったからラプラスです。」
キラ姉ちゃんが割引券を片手に言う。よし、それじゃあ僕も着替えて食べに行こうかな。


そんな訳で僕は外着に着替えてキラ姉ちゃんと街を歩いていた。
「もうすぐ桜が咲きそうですね。お花見なんていいかもしれません。」
キラ姉ちゃんの髪が風に揺れる。お花見かぁ……いいかもしれない。翠姉ちゃんと蒼姉ちゃんのお弁当を
持って、桜を見ながらノンビリして……今度提案してみようかな。そんな事を思っていた時だった。
ヒュウと一陣の清風が吹く。春一番って奴だろうか……ふと、前を歩いていた女子高生のスカートが
風に舞う。うん、白なり。っと、そんな僕の頬がキラ姉ちゃんの抓られる。
「いふぁいいふぁいよ、ひらねえはん。(痛い痛いよキラ姉ちゃん。)」
「何を鼻の下を伸ばしているんですか?もう……」
キラ姉ちゃんはムスッとしている。そういえば、結構ヤキモチ妬きだったなぁ。
「ごめんね、キラ姉ちゃん。その……ついついね。」
「……JUMはスカート捲れた方が好きですか?」



何だかとても変な質問をされた気がする。何だか僕が変態みたいじゃないか。
キラ姉ちゃんのミニは、ミニだけどタイトなので風なんかじゃ捲れない。そもそも、キラ姉ちゃんが風で
捲れるようなヒラヒラフワフワのスカートの方が珍しかったり。結構ピッチリしたの好んでるしね。
「いや、そんな好きとか嫌いとかじゃなくて……とにかくごめん。」
「………………」
キラ姉ちゃんは無言で自分のスカートの裾を摘んで何やら考え込んでいる。こういう時は何をしだすか分からない
のが怖い。もしかしたら、自分でスカート捲り上げるとかやりかねないし。しかし、そんな不安は後ろからの声に
かき消された。ふと、僕の背中に何やら柔らかい物体と程好い重量が圧し掛かる。
「JUMと雪華綺晶なのぉ~!どこ行くの~?」
その主はヒナ姉ちゃんだった。後ろを振り向けばカナ姉ちゃんも歩いてきている。この二人は一緒だったんだ。
「きらきーどうしたかしら?スカート持って神妙な顔しちゃって。風で捲れないようにしてるかしら?」
二人の登場でキラ姉ちゃんの顔も徐々にいつものおっとり顔に戻ってくる。よかった、助かったかもしれない。
「何でもありませんよ。それより、二人も一緒に昼食いかがですか?」
「わーい、ヒナも一緒に食べたいの~!」
スルスルと僕の背中から離れたヒナ姉ちゃんは今度はキラ姉ちゃんに抱きつく。微笑ましい事この上ない。
そんな訳で、僕達はヒナ姉ちゃんとカナ姉ちゃんも加えてラプラスに向かう。
その道中、キラ姉ちゃんは僕の耳元でこっそりと囁くのだった。
「よくよく考えれば私、少し可愛らしいスカートなんて持っていませんでした。ですから今度一緒に服を
見に行きませんか?JUM好みの捲れるスカート、一緒に選んでください。」
そう言って、キラ姉ちゃんはニヤリと笑った。何だか僕の趣味が捲れるスカート好きにされた気がする。
っていうか、一種の変態なんじゃなかろうか。そう思っていると、僕等はラプラスに到着する。
そして、中に入るとその空気の異常さに僕は固まった。
「あ……来てくれたんですね……先輩……」
出迎えてくれた店員は運良く薔薇姉ちゃん。しかし……そのコスチュームは何故かセーラー服だった。



「えーと……一応聞くけどそのセーラー服って何?」
「期間限定コスチューム……今の時期にピッタリ……お客さんは学生時代叶えられなかったであろう
甘酸っぱい青春気分を満喫できます……」
さらりと酷い事を言ってる気がするけど、そうう意図があるらしい。成る程、確かに時期ネタではあるのかな。
「じゃあ……先輩御飯何にする?」
とまぁ、こんな感じで薔薇姉ちゃんが注文を取ってくれる。僕は無難にオムライスにしておく。
「薔薇水晶の制服とっても可愛いのね~。ヒナ、中学の時思い出しちゃったの。」
知っての通り、高校はブレザーのせいか、セーラーの薔薇姉ちゃんは少し新鮮ではあった。まぁ、中学の時は
セーラー服だったけど、やっぱり今ではブレザーのイメージがあるからね。
「お待たせ先輩……今日はね、私が作ってきたんだ……」
薔薇姉ちゃんもプロだなぁと思う。少し顔を赤くしながらオズオズとメニューを差し出してくる。
何だか僕にも『萌え』が少しだけ分かった気がした。場所が教室とか屋上ならば、間違いなくこのシチュエーション
はある種の学生時代に置き忘れてきた願望を再現してくれている気がした。あれだ、お弁当イベント。


夜。僕は縁側で少しだけ冷たい夜風に当たっていた。今日の月は満月。月明かりって明るいんだなぁってね。
「あらぁ、どうしたのぉ?何だか物思いにふけっちゃってぇ。」
ストンと銀姉ちゃんが隣に腰を下ろす。Vネックにジーンズなのを見ると、まだお風呂には入っていないようだ。
「ん~、何となくさ。なんて言うか……春だなぁって思って。」
「そうねぇ……春は良いわよねぇ……ポカポカしてて気持ちまでのんびりしちゃうわぁ。」
銀姉ちゃんの髪が夜風にサラサラと吹かれる。銀姉ちゃんはその髪をかき上げる。暗い闇の中、月の灯りの
中に映える白銀の髪の少女は、これ以上無いほど美しく感じる。
「そうだ、昼にキラ姉ちゃんと話してたんだけどさ。お花見行くのどうかな?もうすぐ桜も咲くだろうしさ。」
「あらぁ、いいわねぇ。折角なら、夜に見に行かなぁい?夜桜って綺麗なのよぉ。」
夜桜かぁ……それもいいなぁって思う。その後も僕と銀姉ちゃんは春ならではの事を話していた。
穏やかな陽気の春の日。その時はとてもとてもゆっくりで、まるで永遠のようで。
そんな気持ちの中、僕は今日も一日を終えるのだった。明日も、いい日になる事を望みながら。
END

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最終更新:2007年03月06日 19:17