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子供の頃から様々な憑き物に悩まされていた大臣の姫。
そんな彼女の目の前に、ある日突然落っこちてきた矢ガモならぬ矢烏。
無様にもがくその烏を、ちょいとした気まぐれで助けた姫であったが、
ところがどっこいその矢烏、実は烏に化けた烏天狗だった!
そんな事実を知った後も、姫はひるみすらせず烏に迫る。
結局押し切られて、ある約束をさせられることになる烏であるのだが、
それが実行されるはずであった満月の晩、とうとう烏の正体が他の人間にもばれてしまった!
その場の勢いで名乗ってしまった挙句、姫を抱えて逃げた烏。
そんな緊迫した状況であるにもかかわらず、とても楽しげに抱えられていく姫。
二人の今後は一体どうなってしまうのか!
烏は人一人抱えたまま、無事目的地まで飛べる事が出来るのか!?
姫の体に秘められた秘密とは一体!!

狼禅百鬼夜行 六つ目の話 都姫狗妖話 第二部!請う御期待!

そんなわけで。はじまりはじまり~ チョンチョンチョンチョンチョン……(拍子木)


朝の光に照らされた、小さな村の小さな社。
前に広がる泉のほとりで、欠伸をするのは一人の青年。

「あ~……今日も天気がいいな。
 此処しばらくは雨降らせないほうがいいって話だし、しばらくはこんな日が続くかな……」

澄んだ泉に手を差し伸べて、すくった水で顔を洗う。
秋にもなると随分と水も冷たく感じるが、しかしその分すっきりと目がさめる気がする。
今一度大きく伸びをした所で、其処へ、不意に大きな風が吹く。
昇り始めた日とは反対の西のほうから吹くその風は、
赤く染まった落ち葉の他に、大きな荷物をこの泉へと送り届けることになる。
それは……

「ちょっと!其処を退いて!退きなさぁい!」
「お?」

風とともに響く声。森の方へ目をやったが、しかし森から何かが出てくるという訳でもない。

「聞こえないのぉ!?JUM!!ああ、もぉうっ!!」

名前まで呼ばれて、改めて首をかしげたその青年が、少し視線を上に向けたところで、目が合った。
それは存外に目の前で。

「うおっ!!!?」

慌てて避けようと身を硬くした時点で、空から突っ込んできた何かは青年の真横を通り過ぎていった。
直後にずぅん、と腹に響く音。
しばらくして、なんの衝撃も来ないことを不審に思った青年がやっと振り返ると、そこには。


「何の音なの!?」

丁度その時、社の近くに建てられた民家の扉が開かれる。
其処から慌てて現れたのは、赤い着物に黄金の髪が美しく映える一人の少女。
彼女の瞳にまず映ったのは、呆然と向こうを見る青年の姿。
自然にその視線を追っていけば、まず見えたのは大銀杏。
社付近では一番の大きさであるその木は、黄色い葉も少々匂う実も存分についた立派な大木だった。
そんな銀杏の根元、太い根と根の間の辺りに、人が二人。折り重なるように倒れていたのだった。

「一体どういう状態なの、これは」

呆れた顔で、金の髪の少女が近寄っていく。青年も、我に帰ったようにその後を追った。
傍まで寄ってまず判ったのは、上に覆い被さった少女。
彼女はまるで貴族のように豪華な衣を羽織っており、見た所怪我も無くいたって無事であるようだ。

「……?此処は……?」

赤い少女と青年が傍まで近づいてきたとき、その上の少女がむくりと起き上がる。
しかし小さくつぶやいたあとは、ぼんやりと座り込んだまま立ち上がる様子も無い。
目をこすり、眠たげな表情で辺りを見回しているのを見ると、
もしかしたら今の今まで寝ていたのかもしれない。
気になるのは、彼女が何気なく姿勢を変えるたびに下から聞こえるうめき声。
見かねた青年が手を差し出すと、上の少女は素直に引かれて立ち上がった。

そこで、やっと下敷きにされていた方の様子が見えた。
背中の黒い羽を見る限り、正確に言えば人ではないのであろうが。
ともかく、そちらの方は惨憺たる有様、というのが一番正しいだろうか。


上に乗った人間をかばったのか肩、背中側からの着地である上に、
落ち葉の積もったやわらかい地面とはいえ、そこに着陸跡が出来るほどの速度で突っ込んだのだ。
おかげで服は泥だらけで、さらに運が悪い事に、倒れているのは銀杏の根元。
もちろんこの木は雌木であって、地面には落ちた実が大量に……ともかく、大惨事だった。
そんな悲惨な状況にある相手の顔を改めて確認し、赤い少女は眉をひそめる。
見下ろすように腕を組んでから、声をかけた。

「今度は一体何をしに来たのかしら?水銀燈……」

見た目はにこやかに見せかけつつ、その実怒りを押し殺したような響きの声がとても怖い。
対して、大銀杏に寄りかかった“悲惨な方”は、見上げて軽く片手を挙げる。

「おはよう、真紅。とりあえず寝かせて。布団で」

それだけ言って、そのままガクリと力尽きるように目を閉じた。聞こえてくるのは安らかな寝息。
ため息をついたのは、真紅と呼ばれた赤い少女。

「JUM。この馬鹿をとりあえず泉に叩き込んでおいて頂戴」
「いいのか?そんな事して」
「こんな銀杏まみれを家に上げたいと思う?」
「……わかった」

青年も案外と酷かった。
しばらく後、泉には悲鳴とともに大きな水柱が上がったと言う。

「南無三!せめてもの供養として姉ちゃん呼んでくるから!」
「ちょ、がぼっ待ちなさいよぉ!寒っ!冷がぼっ!!」


後ろの声は聞こえない振りをしつつ、きびすを返して脱兎の勢いで家へと走る青年だった。

それから半刻ほどが経ち。

「あとは、服の方も乾かしたらにおいも取れると思うから、一寸我慢してね?」
「あ、ありがとぉ……」

ガクガク震えながら布団をかぶって火鉢を占拠。
苦笑しながら、そんな水銀燈を見守る青年の姉、のり。

「真紅ちゃんも、だめよ?いくら銀杏まみれだからって泉に放り込んだりしちゃ」
「こんな馬鹿、そのくらいで丁度いいのだわ。人んちの庭に突っ込んで、
 拾う前だった今年の大銀杏の実を台無しにした挙句、第一声が布団を貸して、よ!?」

言いながら水銀燈を睨みつける真紅。隣に座ったJUMは、どうした物かと様子を見守る。

「そ、そういわれたってぇ、一日以上、人一人抱えて飛びつづけてたのよぉ。
 そんなときに目的地が見えたら気も抜けて眠くもなるわぁ」
「非力ね。そのくらい、私なら楽勝なのだわ」
「馬鹿力なあなたと一緒にしないでぇ!」

そんな何時までも終わらない口論にため息をついて、JUMがとうとう口をはさむ。

「で、結局今日はどうしてここに来たんだ?」
「そうよ!最近は天候も特に問題は無いはずだわ」
「あー、今日はその話じゃなくってねぇ。私今そっちの担当じゃないし……っくしょい!」


くしゃみして、ずびっと鼻をすすりながら、水銀燈が横を見る。
其処には、すやすやと幸せそうに布団で眠る少女、めぐ。

「この子なんだけどぉ」
「その子がどうかしたの? まさか都から攫って来たとか言うんじゃないでしょうね」
「まあ、それは置いておいてぇ」
「置いておかないで頂戴!もし村に迷惑をかけたりしたら、承知しないのだわ!」
「あはは、大丈夫よぉ。……多分。
 ともかくこの子ね、随分と霊やらなにやらに憑かれやすい性質らしくってぇ」

文句をさりげなく流しつつ、水銀燈は続けていく。

「その体質を何とかする方法、何かわからなぁい?」

言われた真紅は、眉をしかめつつ答える。

「そのくらい、里まで連れて行って調べればいい事じゃない。
 長老連なんて私よりもずっと長く生きているのでしょう?」

しかし、その答えには首が振られた。

「そんな人達が、こんな下っ端の烏天狗の願いなんて、聞いてくれると思う?」
「思わないわね。貴方みたいな天狗の里では特にね」
「わかってるんじゃなぁい。で、他に聞いてくれるうちで一番知ってそうなのがあなたなのよぉ」


苦笑しながらも、真剣な目で真紅を見つめる水銀燈。
布団かぶって鼻をすすって股火鉢、なんて格好のおかげでその真剣さも台無しだが、
一応気持ちは伝わったらしい。真紅はため息をついて答えた。

「わかったわ。まさか貴方が人間のためにこんなに動くなんて思わなかったわね。
 その驚きに免じて、今回は特別に貸し一つでね」
「あはは、免じた上で貸し一つなのぉ?ケチねぇ。」

軽口を叩きながら、目線は隣の布団の方へ。

「まあ、今回のは単なる気まぐれよ、気まぐれ。特に大きな意味も理由もないわぁ」
「そうなの?ならなおさらびっくりね」

肩をすくめて、真紅は改めて人間の少女めぐを見下ろした。

「……あら、この子」
「何かわかったぁ?」

早速わかったのか、と期待の視線を向ける水銀燈。
しかし、返ってきたのはとても意外な言葉だった。

「人間じゃないわ」

―――

しばらく時間は巻き戻り、朝焼けが照らす都にて。

「御心配には及びません。この私が必ずや、あのにっくき天狗から姫を取り戻してまいります!」

大きな屋敷の門前に、鎧を着込み武士の一団を引き連れた、若き貴族の姿があった。
言葉に頷き見送るは、この家の主。人々から柿崎の大臣と呼ばれる身分の高い男だ。
少々やつれた顔を引き締めて武士達を見送った後、彼は一人重々しく息を吐いた。

都の大路を武士達は行く。先頭に立つは白馬に跨る貴族の男。
その後ろを行く、鹿毛の馬には女武者。

「若君、狼禅山は都からはかなり離れています。最初からそのように鎧を着込んでいては……」
「だから、もう若君と呼ぶなと言ってるだろう巴。第一、この方が良いのだ。
 大切な姫を攫われて消沈する大臣に、この鎧姿を見せて、少しでも安心して待って頂こうという、
 俺なりの心遣いなのだからな!」

その心遣いは、確かにもっともですけれど。「若君」に、巴と呼ばれた女武者は思う。
しかし、周囲を通る人々の視線が、一体何処で戦があるのかという興味と不安を伴って、
巴の背中にぐさぐさ刺さる。
この若君は、考える事は悪くないのだが、どうにも周囲に気をくばらなすぎる。
半ば並んで進んでいたのを速度を落として後ろに下がり、巴は小さくため息をついた。

それにしても、と巴は思う。
一度は父が撃ち落したはずのあの烏……天狗が、よもや生きていたとは。
きっと、あの屋敷の奥に囲われていた姫に拾われたのだろう。
烏を探して一度屋敷に入った時は居ないと言っていたけれど、
もしかしたら哀れに思ってかくまったのか、それともその時にはまだ拾われていなかったのか。
どちらにしても、そんな命の恩人を攫っていくとは、なんと恩知らずな天狗だろうか。
巴は少し腹を立てる。

そして、姫が攫われた現場に若君と共に居あわせながら、止められなかったことを悔やむ。
後少し、自分が速く踏み込んでいれば。後少し、剣の振りが速ければ。
姫は攫われていなかったかもしれないのだ。
さらに困った事に、今回の天狗退治には、最初に烏を落とした父は同行しない。
ゆえに、守り役の自分がしっかりしなくてはいけないのだ。
前を進む若君も、弱いわけでは決してないのだけれども。
先の一件でわかる通り、少々周りが見えていないところがある。
巴の後に続く部下達は言わずもがな。
少々憂鬱なため息をつく。気付いた部下に気遣われ、なんでもないわと微笑んだ。

懐の上にそっと手を乗せ、お守り代わりの櫛が収まる辺りをなでて、きっと大丈夫、巴は思う。
故郷のあの子にもらった櫛が、私も皆も守ってくれる。
これから向かう狼禅山は、故郷の山からそう離れていない。あの子の力も強くなるはず。

それは術の類に疎い巴の願望のようなものだった。けれども確かに櫛は力を持つのだろう。
妖怪の、変化の術を一目で即座に見破るなんて、普通は出来ない事なのだから。

都の大きな門をくぐって、武士達は道を進みつづける。目指して進むは狼禅山。

―――

同じ頃、都の広がる盆地からは山をいくつも越えた先、山中にある神社の傍の家の中。
件の天狗、水銀燈が間抜けな声で問い返す。

「……はぁ?」
「だから、人間じゃないのよ。」

それを告げた真紅自身が、今やっと気がついたとでも言うように、目を少し見開いている。
静かに眠る少女に向けられた視線には、ちょっとした好奇心も含まれているだろうか。

「な、だってそれ、普通なんとなく判る物じゃない、でも今まで全然そんな……えぇ!?」
「そう言われてもね……」

混乱しながら食って掛かる水銀燈。真紅は少々眉をひそめてそれを押しとどめる。
そして、言葉を続ける事には

「でもそうね。正確に言うならばこの子は半分くらいは人間ね」

まったく訳がわからない。再び視線を少女に向ける真紅につられて、水銀燈もそちらを見る。
ついでに、今一度目を凝らしてみたものの、見た限り人外の力なぞ欠片も感じられなかった。

「見間違いじゃあないの?」
「貴方、人を頼っておきながら、その言い草はないんじゃない?」

ため息をついて、真紅が言う。

「まあ、いいわ。多分これは狐かしらね。あいのこかもしれないわ」
「へ?でも、ほら都の有名な術師とか、狐の息子らしいけどすごい目立つって……」

その言葉には首が振られて、話は更に続いていく。

「この子の場合、何が理由か判らないけれど、狐としての部分が随分弱っているみたいだから。
 それで気付けなかったんじゃないかしら。」

真紅はちらりと眠る少女の方を見て、肩をすくめた。

「憑かれ易いっていうのもきっとその所為ね。魂の半分が弱りきっているのだから。
 彼女を治すつもりなら、まずはここまで弱った原因を取りのぞくことからでしょうね」

部屋を沈黙が支配する。しばらく後、口を開いたのは水銀燈だった。

「ねぇ、真紅。もしかして、狐に悪霊除けの札って、効く?」
「多分効くのじゃない?狐って、実体を持っている割に憑き物みたいに人に憑くから」
「あと、魔除けのお香とか」
「魔除け以前に煙の類からしてダメね。狐退治は煙でいぶすものでしょう?」

額を押さえた水銀燈から大きなため息が漏れる。

「理由はわかったの?」

その様子をみて真紅が尋ねる。

「そうねぇ、だいたいは。ちょーっと引っかかる事はあるけどぉ……」

水銀燈は疲れた顔で立ち上がる。そもそも彼女は昨日一日寝ていないのだ。
先ほどまでかぶっていた布団を降ろし、両手を上げて大きく伸びをする。
普段であればここで大きな翼も広がるのだが、今はこの狭い家中で邪魔になるので
折って畳んで仕舞われていた。要は、人に近い姿に化けたと言ってもいい。

「ああ、もう。ちょっと寝るわ、真紅。一宿一飯の恩義は後で返すからぁ……」
「これだけ世話をかけておいて、寝床のうえに飯まで寄越せっていうのね?」

呆れたような真紅の声に、不満げな視線を向ける水銀燈。
双方の口が開かれるのを、柔らかな声が遮った。

「そのくらいいいわよぅ、たべていきなさいな」

今まで傍で、事態を把握出来ないままに座して、控えめに聞いていたのりだった。

「ありがとぉ、のりさん大好きぃ!」

水銀燈が歓声を上げる。一方、口ほど嫌がってはいない真紅は、

「のりが言うなら仕方がないわね」

澄ました顔で椀に注いであった白湯を一口。
隣に座っていたJUMが、そんな真紅に苦笑する。即座にぴしゃりと腕を叩かれた。

そんな様子を知ってか知らずか、真紅もこのくらい優しくなればいいのになどと
軽口を叩き、水銀燈は寝床へ向かう。
程なく敷かれた布団に倒れこみ、うつぶせのまま掛け布団をかぶりなおす。

「それじゃ、おやすみなさぁい……ふわぁ……」
「まったく。一宿一飯の恩義と、ついでに貸し一つ。後でじっくり返してもらうのだわ」
「はいはぁい、わかってるわぁ」

何時もの呆れた真紅の台詞におざなりな返事を返しつつ、
水銀燈はすぐに眠りの世界へと旅立っていったのだった。

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