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  『ひょひょいの憑依っ!』Act.2


――チュンチュン……チュン

カーテンを取り付けていない窓辺から、朝の光が射し込んできます。
遠くに、早起きなスズメたちの囀りを聞きながら、ジュンは布団の中で身を捩りました。
春は間近と言っても、朝晩はまだまだ冷え込むのです。

「……うぁ~」

もうすぐ会社の新人研修が始まるので、規則正しい生活を習慣づけないと――
そうは思うのですが、4年間の学生生活で、すっかりグータラが染みついてるようです。
結局、ぬくぬくと二度寝モードに入ってしまいました。


すると、その時です。

「一羽でチュン!」

ジュンの耳元で、聞き慣れない声が囁きました。若い女の声です。
寝惚けた頭が、少しだけ目覚めます。

「二羽でチュチュン!!」

小学校に通学する子供たちの騒ぎ声が、近く聞こえるのかも知れません。
うるさいなぁ。人の迷惑も考えろよ。胸の内で、大人げなく悪態を吐きました。
不快な気分を覆い隠すように、布団に潜り込もうと身体を屈めた、その途端――

氷塊を彷彿させるヒヤリとしたモノが、ジュンの首筋を掴みました。


「三羽そろえば……牙をむくかしら~♪」

堪らず、ジュンは飛び起きました。「だぁーっ! 誰だよ、うるさいなっ!」
叫びつつ、枕元のメガネを引っ掴み、鼻先に載せます。
すると、そこには可愛らしく小首を傾げて微笑む、緑髪の女の子が……。

「はぁ~い。やっとお目覚めかしら、お寝坊さん?」
「…………ドチラサマデシタッケ」
「や、やぁねぇ、寝ぼけちゃってぇ。カナよ、金・糸・雀っ!」
「デリヘルなんて頼んでないよ」

突如、トボケたジュンの横っ面を、青白い火の玉がメギャアッ! と強打しました。
ひしゃげる顔面。しかも熱い。メガネばかりか、命すら一発で吹き飛びそうな勢いです。
ハッキリと目を覚ましたジュンの脳裏に、昨夜の記憶が蘇ってきました。
欠伸のついでに吐く、憂鬱な溜息。外が明るいと、幽霊も怖くないから不思議です。

「……朝っぱらから、ドジな自爆霊の登場かよ。あーあ、人生、損した気分だ」
「むっか~、失礼ねっ。自爆じゃなくて、地縛かしら」
「お前の場合、どっちでも同じだろ」

すげなく言って、ジュンは反論しかけた金糸雀を睨め上げ、訊ねました。

「大体だなぁ、取り憑くとか言って、今は分離してるじゃんか」
「え……そ、それは……寝てる時くらい、安眠させてあげようかなって」
「ふぅん?」

身体を奪うとか言っていた割に、変な気遣いをする幽霊娘です。
最も無防備な、眠っている間に身体を奪ってしまえば良かったのに。
律儀というか……おマヌケと言うか……。
あるいは、金糸雀が白状していた様に、それだけのチカラがないのでしょうか。

「ま、いいか。もう寝る気にもならないや」
「それじゃっ、カナもお邪魔しますかしら~♪」

ベッドから起き出すや、金糸雀が身体に侵入してきます。
全身がムズ痒くなる感触。思わず、くねくねと身悶え。
これで二度目ですが、憑依される感じは気持ち悪くて、どうにも慣れません。
やれやれ……と頭を振りながら、ジュンはトイレに向かいました。

昨夜は着の身着のままで寝てしまったので、ジーンズを穿いたままです。
それ意外は、至って普段どおり。一番搾りのお時間です。
身体に馴染んだ仕種をなぞって、ファスナーを降ろし、アルコール臭のする小用を足します。
――その時でした。

『あ……きゃ――――っ!?!?』

頭の中で、けたたましい悲鳴が轟いたではあーりませんか!
ココロの準備など勿論していなかったジュンは、目が回って、立ち眩み状態です。

「なっ、なんなんだよ、いきなり! 脇に逸れちゃったら、掃除するのは僕なんだぞ」
『だって……だってぇ』
「ワケ解らん。まったく、はた迷惑な――」

言って、ジュンが洋式の便器に視線を降ろすと、金糸雀の嘆願が続きます。

『ダメダメっ! 下を見ちゃダメかしらーっ!』

何を必死になって、下を見るなと言うのでしょうか?
訊き返すより先に、金糸雀が答えました。

『み…………見えちゃうかしら…………シメジが……』


  ガ――――――――ン!!


ジュンは未だ嘗て、これほど強烈にココロを穿たれた憶えが、ありませんでした。
言うに事欠いて、シメジです。
マツタケでもエリンギでもなく、シメジです。

「……そこまで小さくないやい」

22歳の純真なココロは、再起不能の一歩手前。不覚にも、涙が溢れてきます。
用を足したジュンは、手を洗うついでに、顔も洗ってしまいました。
気持ちが引き締まって、ほんの少しですが、気分転換できたようです。

目が覚めると、今度はお腹が空いてくるというもの。
ジュンはマグカップにシリアルを流し込んで、牛乳を注ぎました。
それを、スプーンで口に運んでいると、また金糸雀が話しかけてきます。

『それが、ジュンの朝食?』
「ああ。大概、これで済ませてる」
『ふぅん……カナは、たまご焼きが食べたいかしら』
「お前、幽霊なんだから必要ないだろ」

冷たく突き放すと、金糸雀は黙ってしまいました。
これで漸く、落ち着いて食事ができます。

ところが、人情とは不思議なモノで――
喧しくて煩わしいと思っていたのに、急に黙られると、なんだか落ち着きません。
もしかして、心ない一言で、傷付けてしまったのでしょうか。
ちょっとだけ、ジュンの中に罪悪感が芽生えました。

「……な、なあ」
『……かしら?』
「あのさ……お前さ、して欲しい事って……あるか?」
『えぇっ? いきなり、どういう風の吹き回しかしら』
「べっ、別に、お前の為じゃないからな。
 未練がなくなれば、お前が成仏してくれると思ってだなぁ」

咄嗟の思いつきを口にして、ジュンは今更ながら気付きました。
身体を乗っ取られる前に、成仏させてしまえばいいのです。
そうすれば、いつまでも取り憑かれなくて済みます。我ながらナイスアイディア!
ほくそ笑むジュンの本心に気付かず、金糸雀は嬉しそうに言いました。

『ありがとー♪ ジュンって優しいのね。カナ、感激してるかしら~』
「喜ばなくていいから、早く望みを言えよ」
『あ……うん。えっと……あのね』
「断っとくけど、僕に出来る範囲内でな」
『ん~…………それなら、カナの為にお経を唱えて欲しいかしら。
 お線香を立てて、甘~いたまご焼きをお供えして、ナスの牛とキュウリの馬を――』
「お前なあっ! 欲張りすぎだろ、それ」

いちいち叶えてやっていたら、キリがなくなってしまいます。
線香も、たまごも、ナスもキュウリも、買ってこなければ有りません。
差し当たって、今ここで出来そうな事は、お経を唱えることくらいでしょう。

とは申せ、ジュンはお経なんて知りません。
せいぜい、学校の授業で習った『南無阿弥陀仏』とか『南無妙法蓮華経』くらいです。
仕方がないので、うろ憶えの般若心経を唱えることにしました。

「じゃあ、いくぞ」

咳払いを、ひとつ。両手の皺と皺を合わせて、しあわせ。
深呼吸して、ジュンの薄い唇が、お経を紡ぎだします。

「あの食ったら ヒマラヤ山脈 散歩ダイダイ こっちハニャーンはーらーみっちゃん」
『ちょっ……なにその電波ソングっ!』
「読経だってば。合掌してるけど、合唱じゃないぞ」
『……もういいかしら』

金糸雀は、とても落胆したらしく、寂しそうに呟きました。
ここで冷酷に徹しきれればいいのですが、ジュンは自他共に認めるヘタレです。
神も認めた伝説のヒキコモリ経験者なのです。
なんだか金糸雀のことが、不憫に思えてしまいました。

「さてと……朝飯も食べ終わったし、支度して出かけるかな」

雰囲気を変えようと、ジュンが陽気な声を出しますが、金糸雀は無言のまま。
身支度の間も、部屋を出てからも、彼女はずっと黙っていました。



ジュンの脚は、駅前へと向かいます。目的地は、コンビニ。
昨日、食材を買いに来たとき、線香が売っているのを目にしていたのです。
それに、たまごや野菜も、手に入るかも知れません。

春先の、和やかな陽気に包まれて、駅に向かう道すがら――
ジュンは、人通りの少ない小道で、一人の女の子を見かけました。
忘れもしない、眼帯の娘。居酒屋『きらき屋』の店員です。
彼女は両手をぶらぶらさせつつ、ジュンと反対の方向から近付いてきます。

所詮、客と店員の関係。顔見知りと呼べるほど、親しくもありません。
ただ擦れ違って、おしまい。ジュンは、そう思っていたのですが……。
なんと、彼女はジュンの進路に割り込み、立ち塞がるじゃあーりませんか。
怪訝な表情を浮かべたジュンの顔を、眼帯の女の子は、じぃ……っと無遠慮に見つめます。

流石に気恥ずかしくなり、顔を背けると、
彼女はジュンの頬をプニプニつついて、こう言いました。

「……スケコマシ~」
「え? 誰がだよ?」

藪から棒に、この娘は何を言いだすのでしょう。
自慢じゃありませんが、ジュンはスケコマシどころか、彼女居ない歴22年。
とんでもない言いがかりです。猛然と反撥しました。

「僕は、そんなんじゃない!」
「……そう? でも、見えるんだけどなぁ」
「見える、だって?」

もしや、この娘。霊能力が強くて、幽霊の金糸雀が見えるのでしょうか。
この、名も知らぬ眼帯娘は、おうむ返しに呟いたジュンの背後を指差しました。

「貴方の後ろに…………水子の魂……百まで」

そう言うや、自分の冗談でウケたらしく、口元を押さえて笑いを堪える眼帯娘。
相も変わらず、掴みどころのない、奇妙な娘です。
なんじゃそりゃ、と突っ込み入れる気分も失せるというものでしょう。
ジュンは娘を無視して、脇を通り抜けようとしました。
その時、眼帯娘が気になることを囁いたのです。

「あまり……深入りしない方が……いいよ?」

ワケが分かりません。
からかわれているだけと判断したジュンは、構わずコンビニに向かいました。



やっと辿り着いたコンビニで、入り用のブツを探します。
けれど、切望する物に限って手に入りづらいのが、世の常。
困ったジュンは、金糸雀に相談しましたが、鬱ぎ込んでいるのか返事はありません。
仕方なく、代用品を買い揃えたのでした。

早速、ボロアパートに引き返し、ちゃぶ台の上に並べたのは……
温泉たまごに、ナスとキュウリの浅漬け、蚊取り線香です。
ジュンは浅漬けに爪楊枝の四肢を付けて、温泉たまごの両脇に並べました。
そこに添えるのは、ガスコンロで火を着けた蚊取り線香。

「ふぃ~、こんなもんか。なあ、どうだ?」
『……』
「相変わらず、だんまりかよ。折角、お前のために揃えたのにさ」

肩を竦め、不満たらたらで呟くジュンの頭に、くっ……くっ……と、
ハトが鳴いてるのかと錯覚するほどの押し殺した声が、響き始めました。


「お前……もしかして、泣いてる……のか?」

代替品とは言え、あまりに酷すぎたかも知れません。
ここで『嫌なら出てけよ』と追い打ちをかけられないところが、
ジュンの長所であり、短所でもあったのです。

ところが、案に反して、金糸雀は笑い出しました。
それも、堰を切ったように。とてもとても、愉しそうに。
怒りゲージが振り切れて、笑いの境地に達したのでしょうか。
ジュンは、おそるおそる訊ねます。

「なんで笑うんだよ」
『だぁってぇ……あっはははは……
 こんなメチャクチャなのって無いかしらー。ひー苦しいっ』
「だからって、笑いすぎだろ。失礼なヤツだなぁ」

憮然と吐き捨てるジュンに、金糸雀が慌ててフォローを入れます。

『あぅ。笑ったりして、ごめんなさいかしら。
 貴方が一生懸命、カナのために揃えてくれたのに……』

そう素直に謝られると、腹立たしさも行き場を失ってしまいます。
元々、大して怒ってもいなかったので、ジュンは鼻先で笑い飛ばしました。

「いいさ、別に。僕としても、こりゃ少し酷いと思うし」
『優しいのね、ジュン。カナ、もう思い残すことないくらい幸せかしら』
「ホントか! それじゃあ、成仏するんだな」
『ふえ? なんでカナが?』

金糸雀の心外そうな声に、ジュンの方が耳を疑ってしまいました。

「だってお前……未練が無くなれば昇天するんじゃないのか?」
『そんなコト言った憶えないかしら。なのに、こんなにも優しくしてもらえて――
 カナは……カナは…………もっとこの世に未練が残っちゃったかしらーっ♪』
「な、なんだってー?!」

あまり深入りするな――眼帯娘の言葉が、ありありと思い出されます。
アレは、もしや……こういう事だったのでしょうか。

「冗談じゃないっ! これ以上、憑きまとわれて堪るかっ。
 こうなったら、また封じ込めてやる。シメジ呼ばわりは、もうたくさんだっ!」

昨日、剥がしたおフダは、まだゴミ箱の中で丸まっているハズです。
ジュンはゴミ箱に縋り付いて、ガサゴソと中身を漁りました。
ですが……様子が変です。

「あれ? 無いぞ。それに、なんか焦げてる……どうなってるんだよ、おい!」
『くっくっくぅ~。あんな物、とっくにピチカートに始末させたかしら』
「なっ、なに? ピチカートって、なんだ?」
『この子かしらっ』

ジュンの目の前に、青白い火の玉が、ふよふよと頼りなげに飛んできました。
そう。あのおフダは、ピチカートと名付けられた火の玉に、焼却処分されていたのです。
よくもまあ、火事にならなかったものです。ジュンの寿命が、1時間ほど縮みました。

『うふふ……カナ、ジュンのこと気に入っちゃった。これからも、ずぅっと一緒かしらぁん♪』

正に“藪をつついて蛇を出す”状態。
まだまだ憑きまとわれるみたいです。

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