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「すっかり浮かれ気分ですねー……」

 クリスマスイブの、前日。普段は静かなこの街がにわかに盛り上がって見える
のは、きっと気のせいでは無いと思う。
 時刻は夕方近く。今年も残り僅かになった師走の大通りには、きらびやかなイ
ルミネーションが飾り付けられていた。
 家族連れや、恋人たち。幸せそうな雰囲気に包まれている辺りの中、私は独り
呟いていた。

「まあ、イヴ前日に合コンはねーですよ……」

 大学の友人からの、お誘い。このままでは、女ばかりの寂しいクリスマスになっ
てしまうから――とのことだったけれど。

『クリスマスは、家族と過ごすもんですよ。悪いけどパスするです』

 という塩梅で、さっくりと断ってしまった。特に後悔はしていない。
 大学生になって、恋人のひとりやふたりは出来るんじゃないか――そう考えた
ことがないかと言われれば、嘘になる。実際、私も。私の大事な妹も。男に言い
寄られたことはあるけど、それを断っている。
 私の場合は、まだまだ誰かと付き合う気分になんてなれないから――間違った
ことはしていないとは思っている。
 あの娘は、どうだろう。私と同じことを考えているのか、それとも。
 妹に素敵なひとが見つかればいいな、だなんて。考えたりもしてみた。

 さて。今日はあの娘がバイトの日だから。ちょっと顔を出して、一緒に家に帰
ろう。明日のディナーのことも、ちょっと頭の隅に置いておきながら。

「……」

 空を見上げる。薄雲に反射していた夕陽が、なりを潜め始めてきていた。
 赤とも紫ともつかない色が、なんとなくうつくしいと思える。
 吐き出す息が白く舞い上がる。イヴの前日だって、何でもない冬の一日である
ことに違いない。……でも、まあ。こんな日なら、――




――――――――――




「すっかり浮かれ気分だなあ」

 独りごちて、僕は歩く。全く日本人って奴は、本当に節操がない。クリスマス
で盛り上がったあと、すぐ正月気分に切り替えられる習性なんて。果たして他
の国で見られるものなのだろうか?

「大体あいつらも、がっつきすぎなんだよなあ」

 『あいつら』というのは、大学の友人のこと。イヴの前日に、上手いこと合コ
ンの約束を取り付けてきた様だったのだけれど、僕はそれを辞退させて貰った。

『ひとが多いとこは、あんまり好きじゃないんだ。悪い』

 折角誘って貰ったのにと、多少なりとも申し訳なく思ったのは本当のこと。
 ただ、僕の友人は。有難いことに、僕の『性質』のようなものを、よく理解し
てくれている人物だった。今度飯でも奢っておこう。

「……」

 このまま帰ってしまうのも、ちょっとあれか。喫茶店にでも、寄っていこう。
最近見つけたあの店は、とても美味しい紅茶を淹れてくれる。独りになるには
もってこいの場所だった。

 明日はのり姉ちゃんと過ごすことになるんだろうな。あそこは紅茶の葉も売っ
ているから。お土産に買っていって、たまには僕が淹れてあげるのも悪くないか。

 ふと周りを見廻すと、街路樹に備え付けられた電球に灯りが点き始めていた。
 ああ、イルミネーションか。クリスマスが終わったら、すぐに取り外される運
命なんだろうけど――これはこの時期だけに咲く、ひかりの花。

 点いた瞬間に聴こえていた、周囲のちょっとした歓声。僕自身が人ごみの渦中
に関わるので無ければ、そんな喧騒も特に気にならない。だって彼らは、他人だから。

 ただ、そんな他人それぞれの思いに関係なく。僕がこのひかりの花々に少し
みとれてしまったのは、どうしようもなく事実であって。
 うん、まあ。冬はあんまりすきじゃないけど、こんな日なら、――




――――――――




「――こんな日は、雪が降ればいいですよね」

 ふと思いついて、口に出した言葉。

「ほう。それはまたどうして」

 白崎さんは、いつもの口調で返してくる。

「こんな静かな夕暮れに。白い雪が降ったら、きれいですよ。それに――
 明日はイヴでしょう? その前日だって、雪が降ったらきっと皆喜びます」

 ふむ、と。納得したのかしてないのかわからない様子だった。いやそもそも、
彼の考えを読むことなんて、普段から難しいのだけれど。

「いやはや。なんとも蒼星石さんらしい考え方ですね。貴女は周りのことを、
 よく"見て"あげることが出来るひとなのでしょう」
「うーん……どうでしょうね」

 苦笑気味に返しておく。
 僕達がこんな話に興じていられるのも、ひとえにやってくるお客様が居ない
せいである。普段はもう少し賑わっているのだけれど(白崎さん曰く、僕がシ
フトに入っている時に限ってらしいが……?)、今日はやはり世間の空気的に。
喫茶店に入ろうと思うひとが少ないものなのだろうか。それはわからない。

「まあ、リラックスしていって下さい。今日は休みにしておいても良かったの
 ですけど。今日入って頂ければ、明日と明後日はお休みして頂いて結構ですから。
 確か、お姉さんと過ごされるんですよね?
「はい」

「良いですね。恋人と過ごしたりする風習は、海外ではあまり見られないと聞き
 及んでおります。もっとも、それが悪いとも言いません――此処は日本ですから。
 貴女方ならば、引く手あまただと思ったりもしますけど」

 下世話で申し訳ないですが、と付け加えて彼は言う。

「いえ――大丈夫ですよ。僕はまだ、誰かと付き合おうだなんて思えないです。
 姉さんはちょっとわからないですけど、いいひとを見つけて欲しいですね」

「成る程、成る程。そうですね、仲良きことは福を呼ぶものとも言います。
 今日はまあ、まだイブではありませんが――こんなきれいな夕暮れですから。
 何か良いことが起こっても、いいんじゃないかと思ってしまいます」

 折角働いてるんですしね、と。笑みを浮かべながら、白崎さんはカウンターを
出て。店の入口のドアを開けた。

「……おや。どうやら片方の願いが叶ったようだ」

 声に誘われ、僕も店の外に出る。
 深い紫色の空から舞い落ちてくる、白い雪。

「こんな日も、いいですね」
「……そうですね」



 白い結晶を眼に焼き付けて。うきうきしながら店に戻った僕達が。
 この日、思いもよらない出逢いをする。


 そんな、ちょっと不思議な。ちょっと夢のようなお話の続きは――


 また、いつか何処かで。





   
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