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―――二〇一〇年十月二十五日 午後三時二分 厚木空軍基地 搭乗員待機室―――


「それでは現時点の戦況についてだが……」
 一樹大佐が各エリアに分割された日本地図をポインターで指しながら各軍の状況を説明する。
 
 海軍は数隻の潜水艦を残してほぼ全滅。
空軍の小松、百里基地も厚木同様深刻なベテラン不足に陥り、連日の消耗戦のせいでパイロットの育成も思ったように進んでいない。
陸軍及びJDAはこちらに情報を一切開示しないため、くわしい状況は不明。
しかし、断片的に入ってくる情報を繋ぎ合わせて考えると、
林道栗忠中将率いる第一八軍が飯豊山地の地下要塞を中心に善戦。
JDAもエイリス空軍を半ば圧倒しているとのこと。
これだけでは陸軍が優勢のように思えるが、その情報事態が劣勢を隠蔽するためのものとも考えられるため、鵜呑みにするには非情に危険である。
頼みの綱のオーシア連邦からの援助も向こうの戦争を理由に今週一杯で打ちきられるとのこと。
今でこそ敵との戦力配分は拮抗しているが、長い目で見れば我が軍が圧倒的に不利な状況にある。
……と一樹大佐は結んだ。


「さて諸君、こんなことで驚いてはいけない。こちらにはもっと悪いニュースがあるのだから」
「ふ、副指令……もっと悪いニュースって一体……」
 新兵の一人が怯えた声を上げる。一樹大佐は口元を歪めて地図上の一区画、エイリスの最前線基地となった仙台をズームアップした。


「二週間前からエイリス軍が仙台港へ大量の戦略物資と緊急展開軍を輸送していることがわかった。奴らは総攻撃に向けて本格的な部隊編成を進めているらしい」
「編成の中心になっているのは同地に停泊している……アビス艦隊だ」
 その艦隊の名が出た途端、場の空気が一瞬にして凍りついた。 
 
 アビス艦隊――陸海空問わず、自衛軍でその名を知らぬ者はいないだろう。
深淵の名を持つそれは、『無敵艦隊』とも『極東のエイギル艦隊』とも呼ばれるエイリス海軍唯一にして最強の艦隊。
その陣容は、近代化された戦艦『スターリン』を旗艦に、空母『レイニン』、イージス艦『ヒットラー』、
巡洋艦『ジョンイル』『イルソン』他七隻、駆逐艦『ポルポト』『モウタクトウ』他八隻、潜水艦七隻、揚陸艦二隻、補給艦二隻の大編成であった。
開戦以来、数多くの同胞を焼き払い、海上自衛軍の艦隊を壊滅せしめたアビス艦隊の名は、自衛軍の間で恐怖の象徴となっていた。


「敵の狙いはおそらく東京だ。奴らは三十八度線をとばして直接首都を占領し、戦争を終わらせるつもりらしい」
 スクリーンに再び日本の全体地図が写され、予想される敵の進行ルートが矢印で表示される。
それによると、仙台を出港した敵は千葉の九十九里浜へ上陸。同地の守備隊を駆逐した後真っ直ぐに東京へ向かうとされている。


 これはまずい。ジュンは思った。
海軍艦隊は壊滅し、制海権は完全にエイリス軍の手に落ちている。
だったら犠牲を出してまで防衛線を突破するより、安全な海路を使った方が効率的というわけだ。
ジュンの記憶が正しければ、陸軍は戦力の大多数を東北防衛に当てており、関東に残っているのは装備が脆弱な二線級の部隊だけ。
もし東北から戦力を戻そうとすれば、かろうじてバランスを保っていた防衛線が一気に崩れ、北からも敵が流れこんでくることになる。


――完全に詰まれた。


「残った潜水艦とJDAが足止めを試みているが残念ながら効果は無い。このままでは後三、四日で敵の艦隊が出港するだろう。そうなれば、この戦争における我々の敗北が決定する」
 スクリーンの光に照らされた一樹大佐の横顔は、まるで能面のように表情が無い。
 彼の話からジュンは今回の任務の内容をおぼろげながらも理解した。
つまるところ、自分達はこのアビス艦隊を迎え撃って撃退しないといけないらしい。
しかし向こうは圧倒的な兵力と軍事力。それに比べてこっちの頼みの綱はたった三十機の低練度の戦闘機。 
……はっきり言って死んでこいと言われているのと同じだ。
 

「我らに負けは許されない。敗戦国にあるのは、陵辱され否定され搾取され粉砕される運命だけだ。しかし厚木の戦力ではアビス艦隊を正面から撃退できないのもまた事実。
 こちらのF-2Aが対艦能力に秀でているが、たったの四機では話にならん。
 それは他の基地や陸海軍でも同じこと。もはやあの艦隊を正々堂々と打ち破れる力はこの国には存在しない」
 険しくなった周囲の視線を受け流し、一樹大佐は『だが勝てる方法はある』と冷ややかに付け加えた。
「日本が古来より得意とする戦術を使えば、艦隊殲滅も夢ではない」
 軍靴の踵をかつっと鳴らし、一樹大佐がこちらを向いた。本題はこれからだと言いたげな視線に兵達は自然と姿勢を正す。


「各員に命令する」


 一樹大佐は彫刻のよう微動だにしない兵達に、一切の感情を消失させた目を見据えた。


「一六四〇。三〇二空及び二〇三空は厚木を出撃。太平洋上にて小松、百里航空隊と合流し、仙台へ進撃。
 停泊中のアビス艦隊と同基地施設に奇襲攻撃を敢行、これを殲滅せよ」


(仙台へ……奇襲?)
 色めき立つ兵達の前に今度は仙台の立体地図が映し出された。
仙台港を忠実に再現した地図の上に、アビス艦隊の艦艇を示す赤色の指標がびっしりと配置され、それらとは異なる緑色の指標が湾外にぽつぽつと。
それは、今まさに大艦隊に立ち向かわんとする、少し未来の自分達を記した指標達だった。 

 はぁ、と一斉に吐かれた溜息が頭上にたまり部屋の空気を重くした。
正面から勝てないのなら後ろから撃てばいい。戦って勝てないのなら戦う前に倒せばいい。その理屈はわかる。
だがエイリスが総攻撃の準備をしているなら、当然基地には厳戒体勢がしかれているはずだ。レーダー類や対空火器も高水準のものが使われているだろう。
そんな状況下で、本当に奇襲なんてできるのか?
一同の視線が注がれる中、いよいよ一樹大佐の口から作戦の詳しい内容が説明された。


「過去に仙台へ奇襲を行った例がないわけではない。JDAが幾度か試みているが全て失敗に終わっている。
 仙台のレーダー網はかなりの広範囲に広がっており、それに引っかかっていたためだ。
 しかし、敵の所有するユークトバニア製のレーダーは低空の目標には探知能力が著しく低下することがわかった。
 これは同盟国であるオーシアからの情報で、自衛軍の中ではまだ空軍しか知らない事実だ。今回はその死角をつく」


「待ってください、どうしてJDAや海軍にその情報を教えないんですか? 両軍との連携が取れれば作戦成功率がぐんと上昇します」
 薔薇水晶が訊ねると一樹大佐は沈んだ顔で言う。
「そうしたいのは山々だが、空軍の上層部は陸軍が死ぬほど嫌いでね。海軍に教えないのも向こうに情報が漏洩しないようにするためだ。
 よって今次作戦は空軍のみで極秘裏に遂行せねばならん。陸海軍の援護は無いものと思え」
 この後に及んで内輪もめか。ジュンはこの非常時にも意地を張り続ける両軍上層部に心底呆れかえった。
 気を取りなおした一樹大佐は地図を背中に説明を続ける。


「航空隊は海側より高度1000フィート(三百メートル)以下で湾内に侵入。F-2Aによる対艦ミサイルの一斉射撃にて主要艦艇を撃沈せよ。
 第二攻撃目標は仙台港にある全ての敵施設だ。石油化学コンビナートを中心に爆撃し、木っ端微塵にぶち壊せ。
 一年ちょっとで修復できるようなやわな攻撃はするな。徹底的にやれ。草の根も残らぬようにな」
 小細工無用、当たって砕けろの力押し作戦。説明が終わると、部屋の照明がつけられスクリーンが天井へと戻っていく。
 新兵達は事の重大さを理解したのか、皆一様に顔が強張っていた。

「よし……諸君、注目せよ」
 一樹大佐の声が響く。恐らく、最後に訓示を行おうとしてるのだろう。
ジュンは全身を耳にして一樹大佐の言葉を待った。


「これは開戦以来最も大規模で、重要な作戦である。恐らくこの戦いが戦争の行く末を左右するだろう。
 が、陸海軍の援護無く、万全の準備が出来たとも言い固い。それに仙台の直掩隊の中には”あの航空隊”の姿も確認されている」


 『あの航空隊』という言葉が出た瞬間、ジュンの眉がぴくりと動いたが気付いた者はいなかった。


「だがそのような状況下でも、卓越した勇気と技能を持ち合わせた諸君らの手によって最大限の戦果が上げられることを私は信じている。
 勝敗が決しつつあるこの戦に勝利するためには〇か百かの賭けに勝ちつづけるより他はない。
 掛け金はこの国に住む日本国民全員の未来だ。どんな手を使ってでも必ず勝て。
 過去、幾度も使われた言葉だがあえて言おう、護国の命運この一戦にあり!」


 訓示を締めくくるに相応しい言葉を吐いて一樹大佐は威儀を正す。
そのぞっとするほど冷たい眼光に、ジュン達の気持ちは嫌でも引き締まる。
一同の視線を一身に受け、大きく息を吸い込んだ一樹大佐は、腹に力を込めて高らかに言い放った。


「以上、総員出撃準備!」



――出撃時刻 厚木基地滑走路――


 作業員達が所狭しと走り回る。ジェットエンジンに暖められた大気にぼうっと陽炎が立ち上り、戦闘機の姿を歪ませる。
轟音と裂音と共に巨大な質量を持つ鋼の鳥は破壊と殺戮の為に次々と飛び立っていく。
 鋼鉄の大鷲と共に格納庫から出たジュンは滑走路へとタキシングする。
その尾翼には白崎が
「復讐者である貴方に相応しい」
と評価するエンブレムが描かれていた。
幾多の激戦を潜り抜け、塗料が少し擦れたエンブレム。
大鎌を持つ髑髏の怪人を描いたジュンだけのエンブレム。
『死神』が描かれたF-15Jに乗って滑走路へと向かう。
発進のための準備作業を急がねば。手順は体の中に染みついている。


「機体のチェック――操縦系統は大丈夫――油圧系は異常なし――エンジン音良好。整備兵に感謝――燃料チェック。これだけあれば何とかなる――座席射出装置も問題なし――」


「ジュン、いよいよだね」
 準備があらかた終わった頃、前を行く薔薇水晶から通信が入る。
ジュンは「ああ、そうだな」と笑みを持って答えた。
 いよいよ自分たちもこの大作戦に参加する。
これは自分が経験した中でも最も大きな作戦だ。不思議と昂揚感が高まっていく。
それに仙台には奴らがいる。自分の故郷を破壊し、姉ちゃんと柏葉を殺したあいつが!
『黒いラプター』がいるエイリス空軍最強のエース部隊『レインボゥ』が!


 長かった―――ジュンは二人の仇を討つために軍に志願した。
しかし、いくら出撃を繰り返しても奴と出会うことはなく、仇を討つチャンスは巡ってこなかった。
だが、そんな日々もようやく終わる。
この手で『黒いラプター』を地獄に叩き込み、その首を二人の墓前に具える。
俺は、そのために今日まで生き延びて来たんだ。あいつを殺すこと……それが、俺の存在理由だ!


「ねえ、ジュン?」
「ん、なんだよ薔薇水晶」
 奴との戦いを頭の中でシミュレートしていたジュンはその声で現実に引き戻された。
「私はジュンのパートナーなの。ジュンの敵は私の敵。だから、一人で戦わないで、一緒に戦おう。ね?」
「ああ、パートナーだもんな」
 薔薇水晶がどう思っていても、ジュンにとって彼女は『仕事上のパートナー』にすぎないのだが。
「うん、ジュンは一人じゃないからね。じゃあ、先に空で待ってるよ」
 そう言い残すと、薔薇水晶との通信がプツリと切れた。


「少尉、どうかね機体の様子は」
 今度は無線越しに一樹大佐の声が伝わってくる。
ジュンは当たり障りの無い言葉を選んで返答する。
「文句なしです、それにコイツはいい機体です。何時でもいけます」
「それはよかった。では、健闘を祈る」
 誘導員に従って滑走路へと進入する。
 そんな時でも機体のチェックを繰り返す。
操縦桿、電子機器、各種武装、全ても異常なし。さすが整備班だ。

 眼前を薔薇水晶のF-15Jが雷鳴の如き轟音と共に飛翔した。
すぐにジュンにも発信許可が下りる。さあ、戦争の時間だ。

「ミーディアム4発進完了。続いてミーディアム5、離陸を許可する」
号令が脳内を突き抜ける。
頭の中がクリアになり、血流が全身を駆け巡る。
こめかみに少しの痛みを感じつつ、ジュンは操縦桿を握った。


――離陸開始位置に到達――エンジン最大出力!――発進準備良し!!


 やり遂げよう。たとえ刺し違えたとしても、やり遂げよう。
そうする以外の術を彼は知らない。その思いをしっかりと胸に抱き、ジュンは迷い無き声を腹の底から絞り出した。


「ミーディアム5、イーグル発進する!」
 

 何処までも続く青い空へと向かって彼等は飛び立つ。


――たとえそれが滅びへの道だったとしても――


続く


次回


―ACE COMBAT ROZEN THE Revenger 『第六話 レインボゥ』―

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