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第十五話 「痕」


「えーと、薔薇水晶に……雪華綺晶……」
「ええ、よろしくお願いしますわ」
「よろしく……」

目に眼帯をつけていたりと気になる所が色々とあるが
敢えて何も聞かない事にする。
何か事情がありそうだしそれを聞かれるのは嫌だろうから。

「何で夜中のこんな時間にバイトを?」
「何で夜中のこんな時間にバイトを……?」

見事なオウム返し。
さて、何て言おうか……。

「えーと……僕はシフトを変えたんだ。
 ちょっと夕方のバイトは嫌になってね」
「何でですの?」
「まぁ……色々とあってね」
「そうですの、私達は生活費稼いでるのですよ」
「……生活費?」


「うん……私達……お母さん居ないから……」
「!……悪いこと聞いてごめん」
「別にいいですわ。
 ちなみに言うと夜中のほうが時給が高いのですわ」

……母親が居ないのか。
という事は大変なんだろうな。
僕も居ないけど外国の両親から生活費は振り込まれてて……。
そんなただの無機質な関係。
けどそれでも幸せな方なんだな……。

「ばらしーちゃん、紅茶を持っていきましょう」
「うん……」

そう言うと二人は僕が蒸していた紅茶の蓋を取り客席へと運んでいく。
やはり結構慣れているようだ。
僕よりももしかしたらバイト歴が長いのかな?

「さて、これで暫く注文も無いですわ」
「だから何かお話でもしよ……」

二人がカウンターに戻ってきて喋りかけてくる。
うーん、話し方と眼帯の位置を除けば二人の区別がつかないな。



「色々って……何……?」

薔薇水晶が直球で尋ねてくる。
いきなりそういう事を聞かれるとは……。

「えーと、まぁ色々……」
「だから……何……?」
「えーと……」
「恋人と喧嘩でもしたのでしょうか?」
「!」

何で……わかったんだ……?

「何で……わかる?」
「あら?図星でしたの?」

図星……という事は適当に言っただけだったのか。
してやられたというか何と言うか。
見事に僕ははまってしまった訳だ。

「図星も図星だ、大当たりだな」


「きらきーちゃん……すごい」
「まさか見事に当てられるなんてな」
「偶然ですわ、にしてもあなたは結構優しそうに見えるのですけど
 何故喧嘩なんて……?」
「ん……えーと……」

どうしようか、言うべきかな。どうせ赤の他人だ。
言ってみるか、もしかしたら仲直りできるような事を教えてくれるかもしれないし。

「んー……恋人に残りの人生好きに“麗しく”生きさせろって言ったんだ」
「残りの人生なんて……気が早い……」
「でもないさ、もうすぐ死ぬんだ。病気で」
「え……?」
「肺がん、手遅れだってさ」

改めて言うと何か実感が無いな。
自分が死ぬなんて夢みたいだ。
……夢だったら良いのに。

「随分……冷静ですのね」
「今は……な、知らされた時は泣いたけど
 今になるとどうも夢のように思えて」


「けど……夢ではありませんので」
「そうさ、悲しいことに」
「なんで……入院とかしないの……?」
「わからないか?」

二人は首を横に振る。
死にかけの男の気持ちなど普通はわからないだろう。

「醜い」
「……え?」
「人工呼吸器つけて体のあちこちにチューブを通して死んでいく。
 それ以前にも薬漬けの毎日……そんな生活、“麗しく”ないだろ?」
「……」
「醜い自分になるのが嫌だと……?」
「そう言うことだ」
「成る程」
「……逃げてるだけだね」

……何?

「あなたは病気でしょう?戦おうともしないのですか?」
「だから死ぬだけだ、しかも醜く」
「逃げてるほうが……醜い……」
「……え?」


「かっこつけて、恋人を悲しませて、それが病から逃げる言い訳になると思っているのですか?」
「……何が言いたいんだ?」
「今のジュン……醜い……かっこ悪い」
「僕の気持ちも分からないくせに……何言ってるんだ?」
「死に追い詰められるあなたの気持ちを理解する事は出来ません。
 ですが、一つ言えるのは逃げてても麗しくなどありません」
「……」
「恋人……大事にしてこそ……男だよ……」

……水銀燈。

「恋人は望んでいるんじゃないでしょうか?
 あなたとせめてもの時間居ること。
 あなたの側で戦うこと」
「逃げて散るより……戦って散った方が“麗しいよ”……」
「……」

考えたら、昔の僕と同じだったな。
戦わずに逃げて……。
闘病生活、苦しいだけどそこから逃げようとする僕が一番醜かったんだな。
悲しませるのが何が“麗しい”だ。

「馬鹿馬鹿しい考えだったな」
「ですね」
「少しは……わかってくれた……?」


「戦い死んでいく方がかっこがつくな」
「悲しいですけどそうですね」
「はぁ……戦いますか、もう疲れたんだけどね」
「暫くしたら……楽になれる」
「……何気に洒落にならない事を言ってないか?
 しかし、まぁ色々言ってくれてありがと」
「水銀燈の頼みですもの」

……水銀燈の頼み?

「……と言うと?」
「水銀燈に頼まれたのですよ。説得してくれと」
「……という事は最初から猿芝居って訳か……してやられたよ」
「……へへん」

水銀燈に……謝らないとな。
そしてお願いしないとな……。

「あー白崎さん、辞めさしてもらいます。申し訳ないですが」
「ええ、死にかけの人を働かす程私も非情じゃありません」
「またちゃんと言いにきます」


「しかし……あー……何か急に悲しくなってきた。
 いきなり泣きたくなってきた……」
「……」
「何で雪華綺晶に薔薇水晶、泣いてるんだ?
 死ぬのは僕なんだから泣くのは普通僕だろう?」

二人は涙を流している。
涙を拭く素振りも見せずただ泣いている。
なぜ?

「もらい泣きですよ……」
「誰の?」
「……ジュン」

え?
手を目に当てる。
……濡れている。
つまりは泣いてるという事だろう。

「あー情けないな。他にも人が居るのに……」

まだほんの少しだが客が居る。
恥ずかしい、けど、止まらない、涙が……。


「何でだろう……涙が止まらない……何でだろう……」
「……」
「あー死にたくない……死にたくないな……」

急に悲しくなってきた。
ほんといきなり、心が悲しみに満たされて。
涙が溢れてきた。
夢だったらいいのにという願いは叶わないから。

「あー……喧嘩してる時間も勿体無い……もっと水銀燈の側にいればよかった……」
「……」
「あーちくしょう……ちくしょう……ちくしょう……」
「……」


誰一人、言葉をかけれなかった。
死の恐怖がわかるのは僕と同じく死に近い人だけなのだから。


小さな鈴の音が鳴る。
ローゼンメイデンの入り口のドアの音だ。
聞きなれたこの音。
夕方のこの時間に客はほとんど来ない。
来るとしたらバイトの僕ら。
入り口には水銀燈が立っていた。

「水銀燈」
「……」
「……ごめん」

水銀燈は入り口のドアを閉めると僕の近くに来て
僕の頬を一発、思いっきり引っ叩いた。

「お馬鹿さぁん……」

お互いがお互い、涙を流してた。
本当にお馬鹿さんだな、僕。
水銀燈を抱きしめながらそんな事を思った。


「という事は……二人ともローゼンメイデンを辞めるのですね?」
「ええ」
「ジュンさんは兎も角……水銀燈さんまで辞めるとは」
「ジュンの居ないローゼンメイデンに魅力は感じないわぁ」
「はは……そりゃ残念です、その制服はどうするのですか?」
「別の喫茶店でバイトする時にでも使わせてもらうわぁ、勿体ないしぃ」

そんな制服で働かせてくれる所があるのだろうか?
……メイド喫茶なんてあるこの時代だ。ありそうだな。
しかし、もうこれでローゼンメイデンともお別れか。
僕は昨日姉に全てを打ち明け、海外の親にも伝えた。
入院する事が即座に決まった。
両親も帰ってくるようだ。
形式上、ローゼンメイデンに行ってバイトを辞める事を伝えに行った後
僕は病院へ行く。

「これでバイトは……夜中の薔薇水晶さんと雪華綺晶さん以外は皆辞めてしまいましたね」
「そうねぇ」
「真紅辺りでも働かせたらどうです?意外とやるかもしれませんよ」

そう言った後僕はあの事を思い出す。
カウンターの内側に入り、いつも基本的に僕が使ってるスペースに行く。
そしてノートを取りまた席へ戻る。


「もし、働く事があればこのノートやってくださいよ」
「それはいいアイデアねぇ、あの子飲む時文句はつける癖に煎れる事は出来ないんだからぁ」
「はは……まぁ働く事になったら渡しておきましょう。
 水銀燈さんみたいに美人ですからきっといい看板娘になってくれそうなんですから」
「ふふ……あの子に務まるかしらぁ?」
「文句ばかり言いそうだけどな」

談笑。死の現実を知りつつも生を実感したくて。

「さて、そろそろ行くか」
「ローゼンメイデンとも……お別れねぇ」
「寂しい……ものですね」
「……いい思い出でした」
「沢山思い出がつまってるわぁ……」

色々な事があったローゼンメイデン。
色んな人の運命が交差したローゼンメイデン。
もう僕は来る事は無い。

「じゃあ、また病院で会いましょう白崎さん」
「ええ、白兎にあったら何か教えてくださいね」
「はは……あまり会いたくないですがね。
 いずれ会う事になるでしょうね。
 じゃあ……」

ドアを閉める、思い出の場所からの別れ。


「じゃあ……病院行くか」
「あなたの家族も待ってるしねぇ」

今日はほとんどわがままを言って出てきた。
最後に外を歩かせてくれと言い通したのだ。

「あ、学校」
「色々あったわねぇ……」

告白した場所であり拒絶した場所でもある。
良くも悪くも思い出が沢山だ。

「この景色ともお別れだな……」
「ええ……」

死んだら幽霊にでもなって、町を飛び回ってみたいな。

「そういえば……病院に私の親戚が入院してるんだったぁ」
「忘れていたのか?」
「ええ、遠い親戚の人なの。会った事も無いわぁ。
 同じ歳だけど……生まれてから病院を出た事が無いんだって」
「……死に近いのか」
「……ええ、私の近くの人は皆……そう」


「……だからといって死なないでくれよ。
 僕の為に死ぬ女なんて嫌いだからな」
「わかってるわぁ、長い間生きて……あの世であなたに思い出話してあげるわぁ」
「そうしてもらえると……ありがたいな」

あの世があって……いつか会えたらいいのにな。




神様、あんたは何で僕をそこまで嫌うんだ?
まあ、もう理由なんて……どうでもいいか。
僕は……神様が嫌いな僕が天国にゃいけないだろうから地獄で……歌い続ける。
愛歌を。
そして待つ。
愛する君を。

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