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「距離…………3000」

赤色灯が点された薄暗い空間に、若い娘の、低く押し殺した固い声が流れる。
室内に立ちこめる空気は、息苦しいほどに張り詰めている。
それに、とても蒸し暑い。誰もが、瑞々しい柔肌を汗に濡らしていた。

「履帯音より照合。敵は一両のみ。バジリスクに間違いないかしら」
「……そのようね。相変わらず、貴女の耳は優秀なのだわ」

敵の姿は、ペリスコープを通して真紅も確認していた。
カールツァイスの双眼鏡の向こうで、敵が褐色の排煙を舞い上げ、近付いてくる。
T-34s。通称バジリスク。人間を狩るためだけに稼働している、ロボット戦車である。
対する彼女は、車長用のキューポラに陣取り、鋼鉄の獣を御する立場にあった。
仲間の娘たちを指揮して、生き延びるために――

「蒼星石、Pzgr43/44(徹甲弾)を装填。2500で撃つわよ。急いで」

「了解、真紅」装填手である蒼星石が、蹌踉めきながら、128mm砲弾を両腕で抱え、
砲尾へと押し込んだ。「装填完了!」

「早いわね、上出来よ。金糸雀、敵との距離は?」
「2800かしら。まだ、こっちには気付いてないみたい。道なりに近付いてくる」
「それは、なによりだわ。茂みに潜んで偽装していても、油断はできないものね」

真紅は双眼鏡から顔を逸らせて、戦車兵の証である黒い制服を纏った砲手の背中に、視線を送った。

「そろそろ出番よ、水銀燈。砲弾も少なくなってきたわ。外さないでね」
「ふふっ……誰に言ってるの、真紅ぅ」

砲手の水銀燈は、TZF.9f照準器を覗き込んだまま、不敵に笑った。
落ち着き払って微動だにしない背中が、揺るぎない自信のほどを窺わせる。

「2500mなら百発百中よ。一撃でジャンクにしてやるわぁ」
「頼もしいわね。信じてるわよ」

彼女の背に微笑みを投げかけて、真紅が再び、首に下げていた双眼鏡を覗き込もうとした矢先、
金糸雀の切迫した声が、戦闘室内に反響した。

「真紅っ! 砲塔の旋回音を確認っ! こっちの位置を特定されたかしらっ」

真紅は小さく舌打ちして、金糸雀に負けないくらいの大声で叫んだ。

「距離はっ!」
「ええと……2700! バジリスクの76.2mmなら、まだ射程圏外かしら」
「そう。こちらは悠々、有効射程内ね。水銀燈! 射撃用意!」
「いつでも良いわよぉ。ちょぉっと遠いけど、当ててみせるわ」
「翠星石っ! 砲撃後、すぐに移動するわよ!」
「はいですぅ!」

片耳だけに着けたヘッドホンから、操縦席に座る翠星石の、元気のいい声が返ってくる。

真紅は双眼鏡を手に、ペリスコープを覗き、命令を下した。

「Feuer!」

爆音を轟かせて、55口径128mm砲が火を噴く。
放たれた徹甲弾は初速900m/s超で空を切り、T-34s目がけて飛んでいく。
128mm砲弾は、与えられた運動エネルギーを十二分に生かし、真紅が見守る先で、
敵の前面装甲を穿っていた。車内で砲弾が誘爆したらしく、敵戦車の砲塔が宙を舞う。

「命中、撃破確認。蒼星石、念のために、次弾装填。
 あいつが仲間を呼んだかも知れないわ。急いでここを離れるわよ」
「RM動力機関、始動したですっ。いつでも発進できるですよ!」
「Panzer vor! 金糸雀、索敵は任せるわ」
「ティーガーⅢ、前進ですぅ!」
「諒解かしら!」

翠星石と金糸雀の返事が重なった直後、鋼鉄の獣は大地を揺らし、65tの巨体を白日の下にさらした。
ティーガーⅢは化石燃料などに頼らない最新鋭のRM動力機関を装備している。
ポルシェ博士の電気自動車理論を、優秀な科学者の顔をあわせ併せ持つ職人、ローゼンが発展させ、
たった一両のみ製造された試作兵器だ。

長く突き出した128mm/L55の砲身には、実に40本以上の白線が描かれている。
キルマークと呼ばれるソレは、文字通り、敵戦車の撃破数を示していた。
その殆どはバジリスク相手に稼いだスコアだったが、M26Aアリゲーターや、
JS3cクロコダイルも少なからず含まれていた。どちらも強力な重戦車である。


突如、索敵していた金糸雀が、悲鳴に近い声を上げた。
「真紅っ! 周囲3000圏内に敵の反応かしらっ! バジリスクが5、自動人形は多数っ」

自動人形とは、機械じかけの兵士である。人間の子供サイズだが、接近されれば厄介だ。
やはりね……と、真紅は独りごちて、ヘッドホンのマイクに命令を吹き込んだ。
敵の増援が来ることは、薄々、予想していたことだけに、落ち着き払っていた。

「翠星石、すぐ左手にある窪地に入ってちょうだい。起伏を掩蔽地にするのよ。
 三時方向に砲塔旋回。分散される前に、トカゲ狩りを終えるわよ」

窪地から砲塔だけを突き出す格好で、彼女たちの戦車は停止し、
ただちに真紅の指揮どおりの動きを見せる。
電動モーターが呻り、敵に砲身を向けた128mmが轟音を放ち、一両の戦車を屠った。
その後も約30秒間隔で3回の砲撃が行われて、悉く命中、撃破する。
戦車の誘爆に巻き込まれた自動人形が吹き飛び、倒れ、動かなくなった。

残り二両となったところで漸く、敵も分散し始めた。
一両は明らかに、ティーガーⅢの後背へ回り込もうとしている。
戦車は前面装甲こそ分厚いが、後背面や上部装甲は薄く、最大の弱点となっている。
それは、このティーガーⅢも例外ではなかった。

「翠星石っ、後退しつつ左旋回! 砲塔は三時に固定のまま、
 後ろに食い付こうとしている敵を一撃するわよ!」

ティーガーⅢはその巨躯に似合わず、素直に真紅が思い描いたとおりの動きをする。

真紅が「いい子ね」と呟くのと同時に、128mmが発射され、
また一両のT-34sが一瞬にして鉄屑と化した。
残りの一両は、ティーガーⅢの真正面から突っ込んでくる。
全速を出していることは、吐き出しているディーゼルエンジンの黒煙で判断できた。

「砲塔、12時方向に旋回よ」
「バジリスクとの距離、2000を切ったかしらっ!」
「Pzgr43/44装填完了! いつでも撃てるよ」

戦闘室内に殺気だった怒号が飛び交い、生死をかけた数秒が流れる。
こちらが撃つのが先か。それとも、敵に撃破されるのが先か。

「照準固定っ! いけるわよ、真紅!」
「Feuer!!」

真紅の号令一下、巨砲が火を噴き、T-34sの斜傾装甲を易々と撃ち抜いた。
爆発、炎上する様を一瞥しただけで、真紅は次の命令を発する。

「さあ、残った自動人形どもを一掃するわよ。翠星石、微速後退!
 蒼星石、Sprgr.L5.0(榴弾)装填。
 金糸雀は、引き続き索敵をお願い。敵機への警戒も怠らないようにね」

命じられた娘たちは即座に返事をして、自分たちの務めを確実に果たす。
今日まで共に戦い、死線を潜り抜けてきた仲間だからこそ、呼吸もピッタリだった。
そして、守護神ティーガーⅢは、今日も彼女たちを守り続ける――

補給廠へ向かう道すがら、日誌に戦果報告の記載を済ませた真紅は、
キューポラのハッチを開き、半身を乗り出していた。
吹き過ぎる風が、汗ばんだ肌を優しく撫で、彼女の金髪を靡かせる。
戦闘の興奮で火照った身体が、心地よく冷やされていった。

ふと、草原に転がっている、赤茶けた物体が視界に入った。
破壊され、打ち捨てられたままの自動人形だった。
のっぺりとした装甲の体躯は、デッドコピーにしても、造りが粗雑すぎる。
損壊の激しい人形は雑草に抱かれながら、どこまでも高く蒼い空を、恨めしげに見上げていた。
この子もまた、被害者なのかも知れない。

(――あなたは、何をお考えなのですか?)

真紅は、後方へと過ぎ去っていく壊れた人形を目で追いながら、胸の中で問いかけた。
今はどこにいるとも知れない、偉大なる職人――
彼女たちが駆る、この鋼鉄の猛獣を生み出し、
自動人形たちの原型、オリジナル・ローゼンメイデンを作り出した男へと。

(お父様…………何故、こんなにも虚しい戦いを続けさせるの?
 どうして、世界を混乱の渦に陥れ、人類を抹殺しようだなんて企んだの?)

真紅は、父の考えが全く解らなかった。
解らないからこそ、再び父と相見え、問い質すために、生き延びようと思った。
生きることは戦うこと……。
かつて、父が教えてくれた言葉が心の拠り所になっているのは、なんとも皮肉だった。

世界を巻き込んだ大戦は、もはや枢軸軍も連合軍もなく……

人類は存亡を賭けて、押し寄せる機械の軍団に対し、

絶望的な抵抗を繰り返していた。


――――――――――――――――――――――――――――――
 西暦1947年4月16日

今日の戦闘で、6両のT-34sと、無数の自動人形を破壊した。
けれど、所詮は“焼け石に水”でしょうね。敵はすぐに、損害を補充してくるもの。

私たちは、いつまでこんな戦いを続けなければならないの?
いつになれば、埃にまみれ、汗と血で汚れた軍服などではなく、
煌びやかなドレスに身を包んで、幸せな乙女として暮らせるの?


教えてください――――お父様。

――――――――――――――――――――――――――――――

日記代わりの手帳に想いの丈を綴って、真紅はそれを、軍服の胸ポケットに押し込んだ。
不条理な現実に憤る感情を、華奢な身体に詰め込んで押し潰すように、
力強く……。
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