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幾千万の星々が輝く空。
雲の間に隠れるようにして光る月。家々はその月光をサポートするように遠慮が
ちに淡く光っている。比較的田舎なこの町にに光る月や星は、人工的な光に脅か
される事無く、美しく瞬いている。
でもそれ以上に美しいものが僕のすぐ横にいた。
「きれいかしら~」
僕の腕を抱きしめるようにしている彼女が口を開いた。
月光に照らされた彼女――カナリアはいつもと違いどこか妖艶な雰囲気を漂わせ
ていた。白い肌はもっと白く見えるし、髪の色も少しいつもよりきれいに見える
。整った顔立ちに宿る碧眼に月が映りその月さえも美しく感じる。あぁほんと、
きれいだな。
これが月光パワーだとしたらマジすげぇな。
「そうだな」
僕もそれに合わせて返事をしといた。ほんとは「きみのほうがきれいだ」なんて
言ってみたいが、そんな度胸はなかった

今日、僕達はお互いの両親が仕事の都合や旅行などでいないため、カナリア宅で一
緒に夕飯を食べる約束をした。
珍しく彼女の方から「一緒に夕飯食べたいかしら!」と誘ってきたのだ。
基本、僕から誘うことが多かったのでちょっと嬉しかったが、僕はその頃まだ山の
ような宿題に追われていて「ゴメン今日はちょっと無理」と、(汗)的な感じにやん
わりと断ったのだが……。当然あきらめてくるはずもなく凄まじい追撃を受け
わがままと言うか甘えん坊と言うかそんな感じの言葉を浴びせられて僕の覚悟が傾き
始めた頃に、
「寂しいかしら……」なんて泣きそうな声で言われたもんだから、あえなく撃沈。

僕も机の上の大学受験対策の宿題に泣く泣く別れを告げて待ち合わせの場所に向かったのだ。
それで合流してからもいい加減うんざりするほどべたべたと甘えられて、現在に至る。
まぁかわいいから別にいいけどさ。一応宿題も教えてくれるって言ってたし。料理し
てくれるって言ってたしね。
「ついたかしら!」
相変わらず元気よく彼女が言う。ようやく彼女の家に着いたようだ。
何度も来た場所だが、夕方くらいに訪問するとなんだか別の空間に来たような気分にな
る。
「お邪魔します」
一応一言って邪魔するも、もちろん返ってくる返事はなかった。マナーって奴だ。
くつを脱ぐと彼女が背中を押して、リビングへと促してくる。
ニコニコと嬉しそうに笑う彼女に促されるまま、僕はリビングに着いた。
基本的に少女趣味な部屋が目に飛び込んでくる。
かわいらしいぬいぐるみや、センスのいいティーカップが僕を出迎えた。
「さぁ座って座って」
そういってイスを引いて待っていてくれる彼女の行為に甘えて僕は椅子に座った。
「今日は何作るんだ?」
そう聞くとカナリアはキッチンに立ちあらかじめ用意してある食材を指差して、
「さてなんでしょう?」
と問題を出してきた。
あまりに突然の振りに僕はぽかんとしていたが、すぐに思考開始。食材を吟味する。
並んでいる食事はたまねぎ、にんじん、牛肉、ジャガイモ。皮がむいてある状態にな
っている。コンロにはなべが置いてあり、そのそばには木でできたへらが置いてある。
穴が開いていて混ぜやすくなってる奴だ。そして右端にはひっそりとカレーのルー。
これはどこをどう考えてもカレーだが……。

あまりにも単純だ。問題にするならもっとひねくれた問題を出すはずだ。僕なら
そうする。
場合によっちゃ「これはおいてあるだけかしら~」なんていわれるかもしれない。
さすが策士といったところか。だが俺に挑むなど百万年早い!
この前のほっぺの雪辱を果たしてやる!
ここは裏の裏のさらに裏をかいて
「野菜炒めだ!」
僕はカナリアをにらみつけて自信たっぷりに叫んだ。
残念だったなカナリア……僕の勝ちだ!
「残念カレーでした! さあ、早く料理するかしら~」
カ、カレー?
カレー!?
なにいいいいいいいいいいいいいいい!?カレーだと!そんな馬鹿な!!あれだ
け完璧な食材を用意しておいて、カレーなんて! 策略も何もなしに
挑んでくるとは……。
やられた……。裏の裏の裏のさらに裏をつかれた。
完璧だった僕の理論をいとも簡単に覆しやがった……。
完全に勝利を確信していた僕はいまきっと鳩が豆鉄砲食らったような顔をしているだろう。
この前の戦いの雪辱のつもりだったが、またも僕は負けてしまった。
まさに予想外DESU。
「あなたも手伝ってほしいかしらー」
そう言って彼女は僕の手をとるとにんじんと包丁の乗ったまな板の前に立たせる。
しかし僕の耳には「負け犬はおとなしく、にんじんでもきっとけよボケ」もしく
は「負けに対して恥を感じているのならその包丁で腹を切るがよい」としか聞こ
えなかった。

腹を切る……か。それも悪くないかもしれない。
今の日本人は、プライドがなさ過ぎる。
汚い裏金を使って掴んだ地位や、ライバルや敵に真っ向から挑まずに避けて通る勝利
に何の疑いも無く浸っている。
歴史ある日本の文化の一つ「武士道」と言うのは今この日本には存在しない。
本物の武士ならここで腹を切れる。
本物の武士なら……。


まな板の上の包丁を握り締めて僕は覚悟を決める。
ぎらぎらと光る包丁が僕の気持ちを焦らせる。
意識せずとも人間の体は緊張と恐怖を鼓動と汗と言う形で表現し始めた。
「何してるのかしら? 怖い顔して?」
彼女が怪訝な顔で聞いてくる。
この女わかってて……僕をせかしているのか?
もはやここまでか……僕は包丁を握りなおすと刃先を自分にむける。
そして恐怖と緊張を沈めるために大きな深呼吸を一つ。
さようなら世界。
僕はそう呟くと勢いよく包丁を腹に向かって振り下ろした。
その時。
「ちょ、何やってるのかしら!?」
彼女が僕の手を止めた。
ちょうど、僕の手を包み込むようにして握りそのまま包丁を奪い取ると床に放り投げる。
ぎらぎらと光る包丁は音を立てて地に落ちて、やがて静かになった。

静寂。
さっきまでの緊張がそうさせているのだろうか。いつもより静かに感じた。
彼女は怯えた様子で、僕をじっと見てくる。
額に汗がにじんでいる事とと、いつもより荒い呼吸が焦っていた事を感じさせた。
「あなた……何してるのかしら!?」
彼女が聞いてくる。
それは僕が聞きたい事だった。
「いや……死のうと思って……」
何がなんだかわからない僕はそれを言うのが精いっぱいだった。
「死ぬって……! いみわかんないかしら!」
泣きそうな顔で、必死に訴えてくる。
意味わかんないのはこっちだ。
彼女は僕のした事が理解できないのか?
「え……? だって武士道的なものを……」
「は? 武士道?」
「いやだから……それが決まりって言うか……」
「決まり……?」
「なんていうか……」
まさに思考停止。
僕は完全に困惑していた。彼女の目は真剣そのもので策を仕掛けているとは思えない。
彼女の焦りはウソではないと言う事になる。
つまり、僕の武士道云々=自殺はまったく意味の無い事になるのか?
そうなると、それ以前のあのクイズ事態僕の思い違いだったんじゃ……。
そう考えると……とても悪い事をしたことになる。
急に罪悪感がこみ上げてくる。

僕は泣きそうな彼女の声と瞳に後押しされて素直に謝る事にした。が、
「あー……いや……ごめんなさ───」
そう言い終わらないうち彼女が僕に抱きついてきた。暖かいぬくもりが僕の体に
伝わってくる。
僕の胸に顔をうずめて泣いている彼女の涙が、すぐにシャツを通して伝わってきた。
「……あなたが……死ぬなんて……嫌かしら……」
嗚咽と泣き声の混じった言葉。その途切れ途切れの言葉で必死に思いを伝えよう
としてくれている。
その時、僕はやっと正気に戻った。
さっきまでの緊張がウソみたいに凛とした感情が体の中から湧き上がってくる。
「ごめん……」
僕はなにをしていたんだ。彼女を守ると誓ったのにこんなところで死のうとするなんて。
そう思うと急にさっきまでの事が悔やまれる。
僕はもう一度、
「ごめん」
謝った。
「ほんとごめん」
それでもやりきれなくて、また謝った。
彼女を泣かせてしまった罪はこんなモンじゃ済まされないだろう。だがこれ以上なにをすれ
ばいいかわから無い。
どうすればいいんだろう?
カナリアを元気にするにはどうすればいい?
必死に考えるが答えが見つからない。こんなとき自分の恋愛経験の浅さが悔やまれる。
そんな時、先に答えをくれたのは彼女だった。
「だったら……態度で示してほしいかしら……」

流れ出る涙をぬぐいながら彼女が今度はちゃんと目を見て言ってきた。
赤く泣きはらした目が僕をまっすぐに見つめてくる。
そしてその目をゆっくりと閉じて、僕の手を握り締める。
その手は酷く小さくて、さっきまでの緊張かそれとも今の緊張がそうさせているの
か、微かに震えていた。華奢な彼女がもっと華奢に感じられた。
そして真っ赤にした顔をさらに真っ赤にして少しづつ顔を近づけてくる。
もちろんそれが意味するものはすぐにわかった。
僕はそれに答えるべきか一瞬迷ったが、結論はすぐに出た。
(やっぱこういうのは理屈じゃないよな)
僕は一生懸命背伸びしている(それでも僕の身長に届いていない)彼女にゆっく
りと顔を近づける。当然僕も目をつぶっていたので、何も見えないが彼女の息遣
いや緊張はしっかりと伝わってきた。
さっきまでの緊張とはまた別の物を感じる。
幸せな鼓動。
にじみ出る汗はなんだか心地よくも感じた。
僕は思う。
彼女の傍にいようと。
そのために彼女を守る力をくださいと神に祈り、幸せにしてやると己に誓う。
それだけ考えて僕は考えるのをやめた。
何かを考える必要なんてない。
とりあえず今はこの時間を大切にしないといけない。

──そして僕らはキスをした。


「カレーつくろっか」
「かしら~」



僕の横で彼女がにんじんを切っている。
僕はサラダを作ってる。
二人で作るのは久々でなんだかちょっと新鮮。
さっきの事もあってちょっとお互いぎこちないけど、それでも幸せな時間。
彼女と過ごす一日はいつも早く終わってしまう。
それは僕が幸せだと思っている証拠で嬉しくもあるが、悔しくもある。

「ねぇ?」
「ん?」
「私達ってずっといっしょにいられるかしら?」
珍しく彼女が弱気な事を聞いてきた。
いつもと違い悲しげな目で見てくるカナリア。
僕にしか見せない弱い一面だった。
しかし、それは愚問と言うものだ。

「当たり前だろ?」
そう、当たり前なんだ。
さっき神にも誓ったし、そんな事はカナリアに会うたびに考えていることだ。
一緒にカレー作ったり勉強したり学校行ったり。
幸せな日常が訪れるたびに考えている。
同じ事の繰り返しだけど決して飽きる事は無い新鮮さもある。
彼女が一緒にいてくれる
それだけで、毎日を乗り切る事ができるんだ。
「ずっと一緒にいような」
そう言うとカナリアはだまってうなずいてくれた。

そして今日も幸せな一日が過ぎていく。

end
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