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第十話 「一線」


私はお父さんが居ないんだ。
昔に何かの病気で死んだって聞いた。
私が生まれて数ヶ月の話だから私はお父さんの顔も知らないんだ。
だから親っていうのはお母さん、お母さん一人だった。
ずっとずっと私を愛してくれた。けど……一年程前に急に変わったんだ。
最近調子悪いからって病院に行ったんだって。
で、家に帰ったらいきなり殴られたの。私何もしてないのよ?
それを疑問に思いながらずっとずっと殴られ続けてた。

「あんたさえ!あんたさえ!」

あ、何で日本語かっていうと
私のお母さん、コリンヌ・フォッセーはフランス人だったけど
日本人のお父さんと結婚してたせいで日本語もペラペラ喋れるようになって
フランス語で喋るって事はほとんど無かったのね。まぁそんな事はいいね。
その日を境にお母さんの私への愛は憎悪に変わった気がしたの。



ある時は部屋に入ってきていきなり物を壊し始めたの。
ひたすら手で殴り続けて、血が出ても止めないの。
そしたら次は箒持ってきてね。
それでビシビシ私を叩くんだ。
結構箒って痛いんだよ?掃く部分が目に刺さりかけて痛かったな。
そんな生活がどんどんエスカレートしていったんだ。
けど私はお母さんの事誰にも言わないの。
きっと元に戻ってくれると信じたから。
私への憎悪がまた愛に変わると信じてたから。
そうやってずっと耐えてたんだ。そしたらある日学校で先生に聞かれたんだ。
何処か調子悪くないか?って。
色々とあるから少しは悪かったからね。
それを言ったら保健室へ行って軽い診察してもらうように言われたの。
私は保健室へ行って診察を受けたら先生が頭を抱えるんだ。
理由がわからないって、心因性のストレスかなんかかな?って。
その先生はカウンセラーだったからその可能性が浮かんだら
私に色んな質問して来るんだ。
そしたらね、病院を紹介されたんだ。
大きな病院、大学病院ね。けどね、精神科なのそれが。
私驚いちゃったけどそれ頑張ってお母さんに言った。

「あんたまで!あんたまで!」

お母さん怒っちゃったの。一杯一杯叩かれちゃった。



お母さんと一緒にはとても行けないから一人で行ったの。
保護者が居ないからどうやらで色々言われたけど何とか診察してもらったの。
何かねお医者さんは変な質問ばっかするんだ。
抽象的って言うのかな……?絵の具を垂らしてだけのような絵を見せて
それが何に見えるかとか積み木とか幼稚園みたいな事もされたの。
そんなので三時間は時間が過ぎたかな?
ようやく結果が出たの。重度の鬱病なんだって。
重度なのに自殺しないのは自殺する気力も沸かないからだって。
おかしいよね?無気力過ぎて自殺も出来ないなんて。
暫くしたらお医者さんがお母さんの事も言い始めるの。
お母さんも此処に来たって、そして鬱病、強迫神経症とか何とかだったって。
来た日がね、お母さんが私を虐め出した日なの。
あーそうかって納得しちゃった。
精神病って言われてショックだったんだろうね。
私もお薬も貰って次の日から保健室登校になっちゃった。
お医者さんも先生も理由を聞いてくるけど絶対に理由を言わないんだ。
お母さんの事は絶対に言わないと決めたから。
だけどそうしてる間にもね、私もっと病気がひどくなってったの。
ノイローゼにもなってね、精神安定剤やら強心剤やら一杯貰って……。
疲れちゃってね、何もする気が沸かないの。
で、人に愚痴をぶつけたりするしかないんだ
それが終わったら薬が切れて発狂したり……こんな毎日なんだ。
白崎さんは一杯話を聞いてくれてほんとに良い人だよ。
だから此処でずっと愚痴ぶつけてるんだ。
落ち着いてるように見える?薬が強くてこんな風になってるの。
ほんと大変。




オディールさんの話が終わる。
水銀燈も金糸雀も落ち込んでいるが
当の本人はニコニコとしている。

「そんな時に会ったのが桜田君」

急に自分の名をよばれビクッとしてしまう。

「桜田君が私を怖がるのとか見て大変だなって思ったんだ。
 だから私は色々と助言したの。励ましもしたね。
 何でかっていうとあなたはまだ治りそうだしね。
 私なんてもう無理だもん」

オディールはさんとてつもなく不幸な事を言ってるのに
笑顔でそれをずっと語っていた。
それが悲しくて悲しくて……僕は何も言えない。

「正解だった、桜田君は治ってきてたもの。
 ほんと良かった、良かったよ」

自分が快方に向かうのが良かったと言ってるのに何も言えない。
悲しくて、悲しくて。



「皆話聞いてくれてありがとうね」

そう言ってオディールさんは微笑んだ。
かと思うと顔がいきなり引きつる。
遠くから見てた白崎さんが席を立つ。

「オディールさんを押さえてください!」

白崎さんが叫ぶ。その瞬間テーブルが倒れる。
倒れるじゃない、倒された。オディールが暴れまわる。

「早く!」

その言葉でハッとしオディールさんの後ろに回る。
水銀燈、金糸雀が横から押さえる。
一体何が……何が?
疑問に浮かんでる中、白崎さんが来て慣れた動作で錠剤みたいなものをオディールさんの口に無理やり入れる。

「あ、あ、あ、あ、あああああああああああああああああ!!!!!!」

叫ぶ、悲痛の叫び。
オディールさんの悲痛さが伝わる。痛々しくて聞いてられない。



暫くじたばたとするオディールさんを白崎さんも加わった四人がかりで抑える。
そうしてるとやがてオディールさんの体から力が抜けていって
少しするとオディールさんの目は瞑れ、寝てしまった。

「あ……」

声が出ない。今の光景に唖然としすぎて。
水銀燈や金糸雀も同じようだ。

「皆さん大丈夫ですか?」

その声で全員がハッとする。

「ええ、まぁ……」
「一体……」
「なんなのぉ?」
「……話を聞いておられたとおりです。
 オディールさんは発狂することがあるのでこうやって薬を飲まして落ち着かせるしかないんです。
 最初からそうでした」
「ずっと……そんなに辛いのぉ?」
「……ええ」

白崎さんも暗い顔つきだ。何度もこれがあったのだろう。




「こんなに……こんなにオディールさんは辛かったのですか?」
「……ええ」
「自分は治らないからって……せめてという気持ちで僕を助けてたんですか?」
「……ええ」
「ほんとにオディールさんは……治らないんですか?」
「……ええ、彼女が親を信じてる限り」
「嘘でしょう……?」
「……違います」

その言葉を聞いて思わず無言で泣いた。ただ、泣いた。
泣いてる内に金糸雀も水銀燈ももらい泣きをして泣き出した。
悲しくて、こんなに悲しいものがあるのかと。
居るがどうかもわからない神に文句を言う。
もし神が居るなら……僕はあんたの敵だ。
あんたが嫌うような男だ。
人一人救えず、悲しみのどん底に落とす神なんて……この世にはいらない。

「オディールさんがオディールさんなので……救う手だてなんて無いでしょう。
 ジュンさん、せめてオディールさんの願いどおり……あなたが治るようにしましょう。
 それが今のオディールさんの一番の喜びでしょう」




自分が助かるより友達が助かる方が喜ぶ……か。
はは、ほんとオディールは……。

「頑張らないといけないんですね……」
「……ええ、あなた自身の為、あなたに助言してくれたオディールさんの為
 そしてあなたを支えてくれた人の為に」

それを聞いて思わず二人を見る。
二人はまだ泣いたまま横たわるオディールさんを見ていた。

「……ええ」
「ゆっくりでもいいから……ジュンさん、頑張りましょう」
「……はい」

オディールを見ると気持ち良さそうに寝ているのがよくわかる。
けど一番傷ついているんだ。
オディールは一番可哀想だったけど頑張ってたんだ。
一番可哀想な自分より他の人の為に頑張っていたんだ。
ずっとずっと長い間。


僕は……今まで何をしていたんだ?
何で此処まで弱かったんだ?




―次の日の朝
いつもより早く起きる。
朝日がいつもより低い位置にある。
こんな朝は久々だとつくづく思う。
適当にパンやサラダなど準備する。
自分と姉との二人分が出来るとまだ着替えてなかったことに気付く。
慌てて僕は二階の自分の部屋へと戻り箪笥から服を取り出す。
新品同然の服を身にまとう。
どうも慣れない、まぁ仕方が無い。
今年に入ってほとんど着ていないのだから。
朝ご飯を食べて顔を洗い歯を磨く。
暫くするとのりが下りてくる。
今日は早いねと一瞬微笑んだかと思うと少し間を置いて戸惑いだす。
まぁ仕方が無いか。
もうのりの分も用意はしてあったのでもうする事も無く僕は家を出た。
この時間帯はもう通勤、通学による大量の人も消えている。
かと言っても全く居ない訳では無くちらほらと見かけるが僕はそれを気にしなかった。
そうやって普通に道を歩いていると学校の方からチャイムが聞こえる。
もう一時間目が始まったのだろうな。
かと言って焦らない、焦っても何もならない。




歩きなれない通学路を歩き終わるとそこには学校が見えた。
少し怖くなってくる。
何が起こるかわからなくて。
また何かなるんじゃと不安になって。
けど、僕は、校門を越えた。
校庭では体育が行われてるせいか後者に入る自分を気にする人は居なかった。
そして学校に入って注意してくる先生が居る。
梅岡、生徒指導として毎時間見回りをしている。
此処で叱られるのも僕が悪いしな。
そう思って目を合わせると梅岡はびっくりした表情で見てくる。
怒る気配も無く呆気にととられていた。
このままでもしょうがないので僕は自分のクラスだった所へと行く。
他のクラスの生徒などの視線があたり怖い。
辛くなってくる……が、オディールは……オディールはもっと辛かった。
こんな事比べ物にならない程。
それに比べて自分は……なんて情けないんだ。
自分だけでなく他の人までを悲しくさせて。
僕はクラスの前に立ち深呼吸するとドアを開けて入った。
辛いが超えなければならない。


一線を。


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