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●第三〇二航空隊第一戦闘飛行隊損害評価報告書


実施日・二〇一〇年十月二十五日


作戦目的・陸軍第四歩兵中隊護衛(戦況の変化に伴い撤退支援に変更)


出撃機・五機


帰還機・五機


未帰還機・〇機


損害比率・〇パーセント


被害判定・状況B(損害軽微、作戦行動可能)


作戦経緯・〇五四八時、厚木より出撃。

               途中三番機の計器不調により百里基地へ緊急着陸。


       〇六一八時、作戦区域へ到達。陸上部隊の撤退を確認、

               それにより作戦目的を撤退支援に変更。
               百里航空隊F-15J×8と共に作戦行動開始。
               JDA航空隊F-25×6 F-5×4空軍到着と同時に撤退。


~(中略)~
             
       〇六二六時、敵軍追撃を断念。陸上部隊撤退完了。

                残存機十、各航空基地へ帰還開始。

     
       〇六三二時、我が部隊、厚木へ帰還。
     


―ACE COMBAT ROZEN THERevenger 『第四話 対立』―



―――二〇一〇年十月二十五日 十二時十六分 厚木空軍基地―――


 ジュンが食堂に付いたとき、中は人で満杯になっていた。
厚木基地の食堂は、幹部食堂と兵食堂二つに分かれており、少尉であるジュンは前者を利用している。
ちなみに、ミーディアム隊のメンバーは上等兵である草笛以外全員が士官だ。
幹部食堂は白いテーブルクロスがかけられた食卓が並び、ちょっとしたレストランのような作りになっているものの、
食事の用意をする配食レーンが一つしかなく、百人入れば一杯になりそうな小さな所だ。
だが、士官は兵より数が少ないのでこの大きさで十分なのだろう。


「よぉ桜田少尉、今日も大活躍だったらしいな、昇進はいつなんだい?」
「向こうで愛しの彼女がお待ちかねだぜ。早く行ってやれよ?」
 と、他の士官に茶化されながらも、ジュンは配食レーンで昼食の準備を始める。
今日の献立は、エビフライ、ドレッシングサラダ、筍と若布煮付、味噌汁と麦飯にデザートのショートケーキだった。
――けっこう豪勢な内容だ。
流石軍隊。もうシャバでは手に入りにくくなったものがふんだんに使われている。


「こっちですよ桜田少尉!」
 一番窓際の席で若い男の士官が手を振っていた。良く見ると薔薇水晶も一緒だ。
ジュンはさっさと食事の用意を済ませて彼等の元へと向かった。


「遅かったですね少尉。なにしてたんですか?」
「ちょっとシャワー浴びてたんだよ。薔薇水晶、遅れてゴメンな?」
 彼女の前に座っていた若い士官が席を譲ってくれたので、ジュンは薔薇水晶に詫びつつ腰を下ろす。
体温で暖められていたためか、椅子が妙に生暖かい。
「薔薇水晶、隊長と中尉はどこだ?」
「白崎少佐はもう食事を済まされました。柿崎中尉でしたら今は医務室です」
 薔薇水晶の代わりに若い士官が答えた。


 彼の名は笹塚明雄。階級は少尉。所属は第九航空団所属 第三〇二航空隊 第二戦闘飛行隊『サイヤ隊』の三番機。
彼は二ヶ月前に草笛みつと一緒に厚木にやってきた、ジュン達と同い年の学生士官だ。
戦局の悪化に伴い、軍は根こそぎ動員の一環として大学生、予備校生、専門学校生、高校生を戦地で倒れた士官の補充として軍に送り込んだ。
世に言う『学徒出陣』である。
これにより十八歳を超えた学生達の多くは否応無く戦場へと駆り出されることになった。
笹塚もその中一人である。
ちなみに彼が同じ少尉である二人に敬語を使っている理由は、ジュン達の方が先任だからだ。
軍の中で階級が同じならば、一秒でも早くその任についた者の方が偉い。


「ダメですよ、女の子をあんまり待たせちゃ。薔薇水晶少尉は桜田少尉のことご飯食べないでずっと待ってたんですから」
 笹塚に言われて、ジュンは薔薇水晶がまだ一口も食事に手をつけていないことに気が付いた。
「お前、俺が来るまでずっと食べないつもりだったのか?」
 薔薇水晶はこくりと頷いた。
「エルジアじゃ、パートナーのいる人は二人がそろうまで食べちゃいけないんだよ?」
「……それは男もか?」
「当たり前、男も女も、もう片方がくるまで待たなきゃダメなの」


 薔薇水晶は日本人ではなく、五年前にエルジア共和国から戦火を逃れてやってきた亡命者だ。
ジュンは彼女から祖国の話は幾度か耳にしたことはあるが、こんな風習があるとは聞いたことが無い。
それにこの場合のパートナーとはやっぱり……そこでジュンは考えるのをやめた。


(止めておこう……これは流石に自惚れだ)


「まあそれは良いとしても、笹塚、お前まで食ってないのはどういうことだ?」
 笹塚に矛先を変えたジュン。彼もまた、昼食を一口も食べていない。
具合でも悪いのか? と尋ねたジュンに、彼は苦笑いを浮かべながら答えた。


「えっと、そのぅ……上官より先に食べたら悪いかな、と思いまして……たはははは」
 まあいいけどな。と簡単に答えて、ジュンは薔薇水晶に視線を移した。
「エルジアがどうでもここは日本だぞ。外国の習慣なんか持ち込まれても……その……なんだ、正直困る」
「うん、メンゴメンゴ……次から気をつけるよ」
 死語は慎め! という言葉がジュンの喉元まで出かかった。
が、あまりの下らなさにそれを飲みこみ、エビフライに箸をつける。
よほど腹が減っていたのか食事をガツガツかき込むジュンを見詰めつつ、二人も食事を取り始める。
三人は食べてる最中は一言も喋らず、終始無言に徹していた。
訓練や戦闘で極度の緊張を強いられる航空兵は食事量が多い。
その分献立の面で優遇され、量も一般兵の倍はあるのだが、三人はそれを十分足らずでぺろりと平らげる。
食事を終えたのは、三人ともほとんど同時だった。


「ちょっと気になったんですけど……」
 今までの無言を取り消すように、笹塚が切り出した。
「考えてたってどんなことを?」
 ジュンが食後のお茶を啜りながら顔を上げる。
「なぜあの時自分達は出撃出来なかったんですか?」
 ジュンはこの問いに、何を当たり前のことを聞くのかというように、ちょっと肩をすくめて答えた。
「仕方ないだろ。今はパイロットが足りないんだから」
彼の言葉は事実だった。

 二〇一〇年十月。厚木の戦力はもはや壊滅状態にあった。
連日のように東北で行われる激しい航空消耗戦と、それに伴うベテランの大量死がおもな原因である。
飛行時間が三百時間を超えるパイロットは全体の二割以下にまで減少。
残ったベテランも新兵達の教官役に狩り出され、その新兵達も二ヶ月の訓練期間が終わるまで出撃不能。
そのため、現在戦えるのは、ミーディアム隊と、サイヤ隊の計九機しかなかった。
そのような状況であっても敵は容赦をしてくれるはずがなく、必然的に残った彼等の出撃回数が激増し、今では一日数回の出撃が当たり前となっている。
……だが、それはジュン達にとっては恐るべき肉体の酷使であった。
疲労が困憊し、自力でコックピットから出られないことが珍しくないほどに。


「部品や燃料と同じように人も節約してるんだよ。もし俺達が全滅したら次から誰が戦うんだ?」
「それはわかっています。しかし!」
 笹塚はまだ納得できないようだ。
「しかしあの任務は地上援護だったはずです。だったら尚更サイヤ隊の出番じゃないですか!」
「そういえばサイヤ隊はF-2持ってたね。支援用のやつ」
 薔薇水晶の言葉に「はい!」と力強く頷く笹塚。


 サイヤ隊の所有するF-2は支援戦闘機、つまり攻撃機であり、対地・対艦攻撃能力に特化した機体である。
それに対してミーディアム隊の所有するF-15Jは基本的に対空戦闘用の機体だ。
厚木のF-15Jは地上用の兵器も装備可能なように改造されているとは言っても、対地攻撃能力はF-2より劣っている。
それに加えて、あのときは完全な対空用装備での出撃を命ぜられた。目的は陸軍の援護であるにもかかわらずだ。
これによりジュン達は満足な陸上支援を行えず、多くの陸軍兵士を見殺しにする結果となっていた。


「やっと訓練期間が終わって戦えると思ったのに留守番だなんて……くそっ! 今度こそ絶対に出撃してやる! これ以上エイリスの糞野郎共に好き勝手させてたまるか!」
 笹塚は顔を真っ赤に染めて怒りを露にした。湯のみを持つ手に力が込められぶるぶると震えている。
ジュンはふと彼に聞いてみたくなった。


「笹塚、お前、そんなに戦いたいのか?」
「もちろんです、今すぐ行けと言われたら喜んで行きます」
「そうか……」
「ええ、早ければ早いほうがいいです。このままじゃ、父も母も友達も、みんな殺されてしまいますしね」
「ああ、そうだな……」
「死ぬのは怖くないのか?」 と質問したジュンに対し、笹塚は静かに目を閉じて黙り込んだ。
そしてややあっておもむろに口を開いた。


「……桜田少尉……自分は正直言って死ぬのは怖いです。でも、北海道や東北で、何万何十万の人が死にました。今こうやっている間も沢山の人が死んでいます」
「…………」
「これ以上日本の人を死なせないためにも、自分は地獄にでも何処にでも行くつもりになったんです……このままだと、薔薇学園の悲劇よりもっと悲惨なことが起こるかもしれませんし」
「薔薇学の……」
「はい、あの日のニュースを見て、自分も戦わなくてはいけないと思ったんです。あんなことを平気で出来る奴らなんかに、絶対負けられません」
 ジュンは少ない茶をごくりと飲み干して、湯のみを静かにテーブルに置いた。


 ジュンは、桃種でエイリス軍の無差別攻撃をその身をもって体験している。
死者だけでも二万人。負傷者、ガス中毒者合わせると、桃種市はほぼ全滅に近い損害を受けた。
非戦闘区域に対して躊躇無く毒ガス攻撃を行ったエイリス軍。
その惨劇を目の当たりにしたジュンは、敵が取りうる最悪の手段。
――大都市への大量破壊兵器使用による惨禍――を簡単に想像することが出来た。
それを防ぐには自分達が奮戦し、敵を日本から追い払うしかない。しかし……


「言っちゃ悪いけど……」
 今まで傍観していた薔薇水晶が話に割り込んだ。
「今のままじゃ私達がいくら頑張ってもエイリスには勝てないよ」
 その言葉は笹塚の劣化の如き怒号を持って迎えられた。


「ふざけないでください少尉!」
笹塚はバン! とテーブルを叩いて立ちあがり、薔薇水晶を真っ直ぐに睨みつけた。
その目には涙と怒りが満ちている。薔薇水晶は彼の目を真っ直ぐに見返していた。
「今なんて言った? 僕達がエイリスに勝てないだって? もういっぺん言って!」
「残念だけど事実だよ。今の日本じゃエイリスになんて逆立ちしたって勝てっこないよ」
 激昂して敬語を忘れた笹塚に薔薇水晶は努めて冷静に対応した。


「納得できるかエルジア人! 日本が負ける!? 何をそんなでたらめを! いくら上官でも許さないぞ!」
「私は日本国籍持ってるし、でたらめを言う趣味もないよ……ちゃんと根拠もあるんだから」
 薔薇水晶は容赦無く答えた。
「空軍が陸軍嫌ってて連携取れないのにどうやって戦争に勝てるの?」
 そんなばかな、と笑い飛ばす笹塚。
「空軍が陸軍を? そんなことあるわけないでしょう……本当なんですか、桜田少尉?」
 ジュンはしばらく中身の無い湯のみを弄くって、それから笹塚に向き直って口を開いた。
「薔薇水晶の言ってることは正しい……仲悪いんだよ、空軍と陸軍」
 笹塚は絶句した。頭の中が冷や水をぶっかけられたように冷えていく。

 日本共和国の陸上自衛軍と航空自衛軍はお互いに反目しあっていた。
兵同士のいさかいは勿論、上層部ともなればまるで互いが仇同士であるかのように激しくいがみ合っていた。
戦争初期は海軍の仲介もあってなんとか連携を取れていた両軍も、戦局の悪化で海軍が壊滅し、仲介者を失った今となっては、


『この戦争は我々の力勝てば良い』


『いいや我々の力で勝てば良い』


 と完全な対立状態に陥っていた。
唖然とした笹塚に、ジュンが顔を除き込んで問いた。


「なんだお前、もしかして知らなかったのか?」
「あ……いえ……そのぅ……自分は軍の事情とかには詳しくないので……すみません」
 そこまで言って、笹塚は何かに気付いたのか、ハッと薔薇水晶に詰め寄った。
「もしかしてサイヤ隊が留守番だったのもこれが関係してるんですか?」
 かもしれないね。と薔薇水晶。
「桜田少尉も知ってたんですか?」
「いや、俺は知らなかった。てっきり人員節約のためと思ってたけど……」
 ジュンは額に手を当てて考え込む素振りを見せる。
「でもそう考えたら全てのことに説明つくんだよ。サイヤ隊の留守番、対空装備での出撃、撤退する部隊を完全無視する百里の連中、それにあの通信……」
「あの通信とは?」
 首をかしげる笹塚に、ジュンは不機嫌な顔と声を繕わずに言った。
「百里の連中。陸軍を平気で罵ってやがった」


 戦闘終了時、空を飛ぶ怪鳥達から発せられた場違いな歓声の中にその言葉はあった。


――陸さんもたいしたことなかったな。


 たったの一言。
しかしそれは、死力を尽くして戦った戦士達に対する、蔑みと侮辱の意が込められた最大級の痣笑いだった。


「百里の連中は最初から陸軍助ける気なんてなかったんだよ、たぶん、柴崎司令もな」
「あの戦いは、ただ陸軍に恩を売るだけのものだったかもしれないよ。笹塚少尉」
「そんな……そんなことって……」
 笹塚は驚きのあまり声を出せなかった。
同じ日本を守る自衛軍なのになんでこんなことを。これじゃまるで国に二つの軍隊があるみたいじゃないか。
動揺する笹塚。、そのとき、ふと薔薇水晶が夢望的な願望を口にした。

「JDAと連携取れれば大分違うんだけどね……」


 JDA――正式名称、日本国防空軍
六十五年前の空軍発足時、海軍航空隊出身の将校との権力争いに破れた元陸軍航空隊の将校が作り上げたもう一つの航空自衛軍。
この出来事が切欠に、陸軍と空軍は仲たがいし、今では修復不可能と思えるほどの深い溝が出来ている。
いわばJDAは陸空対立の象徴とも言える存在である。


「JDAと連携? そんなこと出来るわけないだろ」
 ジュンが罵るように言った。
「戦況が不利になってる今になっても、まだ防空担当区の問題で揉めてるんだから、綜合的な戦力発揮なんて夢のまた夢だ。
 それに、空軍じゃJDA毛嫌いしてる連中もいっぱい居るからな」
「今の状態だとダメだね。軍部はガタガタ、オーシアからの援助もなくなるっていうし、このまま行けば本当に……」


 三人は押し黙り、互いに視線を合わすことなく、ただ目の前のトレイに視線を落としていた。
二人の言ったことは事実だったが、さりとて一介の少尉である三人にその問題を解決することは出来ない。
辺りに気まずい空気が漂う……。


「だけど、そんなことはどうだっていいだろう」
 そんな雰囲気を払拭するかのようにジュンが発言する。
「たしかに空軍と陸軍は仲悪いかもしれない。状況は不利かもしれない。でもそれは俺達が考えることでも、口を挟むことでもないんだよ。違うか?」
 ジュンは言葉を切って、二人の顔をに交互に見詰めた。
「大事なのはこれからどうするかってことだ。俺は戦う。お前らはどうする? 逃げるのか? 降伏するのか?」
 笹塚は反射的に答えた。
「自分は戦います! 全力で戦います!」
「薔薇水晶、お前はどうする?」
 彼女はジュンの目をじっと見て、答えた。
「私も戦うよ。ジュンと一緒に……絶対に守りたいものがあるから」
「そうか、うん、だったらそれでいいじゃないか」
 ジュンが微かに微笑む。
「そうだね、私達は私達に出来ることをやるしかないんだ」
 薔薇水晶がジュンに同意し、
「頑張りましょう桜田少尉!」
 笹塚もそれに続く。
二人の表情が、悲痛なものから勇壮なものへと変化した。


 結局この話題はそれきりで終わった。
しかし、一連のやり取りは三人の心に固いしこりのようなものを残した。
対立しあう陸空軍、JDAの存在、そして、敗戦の予感。
それらは軍の内情に疎い笹塚にとって衝撃的なものであった。
彼等はこのとき、とてつもなく大きな敵を味方の中に感じて、薄ら寒くなった。


――敵は外に居るとは限らない――


 その厳しい現実を覆すには、彼等自身の力を持って勝利を掴み取るしかなかった。
敵味方双方からの勝利を……。


続く

次回


―ACE COMBAT ROZEN THERevenger 『第五話 出撃』―

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