「一つ屋根の下 第七十八話 JUMと六女」
「お早う御座います。滝川クリスタルです。」
僕は、朝一番のニュースをパンをかじりながら見ていた。学校のある日の朝というのは憂鬱だ。
「はい、兄さん。お砂糖は入れる?」
「いや、いいよ。眠いからそのまま飲む。」
蒼姉ちゃんがコトリとコーヒーを置いてくれる。制服にエプロン姿が朝から目の保養になる。
「ふ~ん、連続タシーロ犯逮捕ねぇ……しかしまぁ、物騒と言うか何て言うか。蒼も気をつけなよ?」
「え、僕?僕は大丈夫だよ。わざわざ僕を狙う人なんて居ないだろうし。」
そう言ってニコッとする蒼姉ちゃん。相変わらず控えめといえば聞こえはいいが、自分に自信がなさ過ぎる人だ。
そう思ってるのは本人だけで、蒼姉ちゃんは男子にも人気あるんだけどなぁ。最近出番のないべジータを
筆頭に。そんな事思ってると、後ろからドタバタと走ってくる音が聞こえる。
「JUMにぃ~~~!!」
ヒナ姉ちゃんか。僕はコーヒーをすする。うん、苦い。そして熱い。まぁ、目覚ましにはいいだろう。そう思っていると
急に背後を何者かに……まぁ、ヒナ姉ちゃんだろうケド。急襲された。
「JUMにぃ~!JUMにぃのぼりなのぉ~!!」
背中にガバッと抱きつき、よじよじと頭に登ってくる。それは何時もの事だからいいんだ。問題はタイミングな
わけで。僕は飲んでいたコーヒーを盛大にひっくり返していた。
「うあっちゃあああああああああ!!!!!!」
「うよ?北斗の拳?」
それはゆあっしゃー。あれってゆーはしょっくらしいけど。僕にはゆあっしゃーにしか聞こえない。
「に、兄さん!?え、えっとえっと……そ、そうだ。とりあえず制服脱いで!!」
蒼姉ちゃんが慌てて僕の胸元によって、少し慌てながら制服を脱がしていく。ちなみに、我が校の冬服の
男子の制服はブレザーだ。基本的にはカッターシャツ+カーディガン+ジャケット。朝食時だったので、
カッターとカーディガンだけ着ていたが、コーヒーでビショビショだ。
さて、騒ぎを聞きつけたのか銀姉ちゃんがヒョッコリ顔を出す。制服なトコを見ると用意は万全みたいだ。
「なにぃ?何の騒ぎぃ………ちょ、ちょっとぉ蒼星石!!雛苺の居る目も前で……しかも朝から!?」
何を勘違いしてしているのか、何だか戯言を抜かしてるが放置しとこう。
「う…ご、ごめんなさいなの…」
ヒナ姉ちゃんが後ろでシュンとしてる。ああ、もう。そんな顔されると怒るに怒れない。
「ん~……カッターは洗えばいだろうけど、カーディガンはクリーニング出した方がいいね。僕帰りに寄って
くるよ。それまで、予備のなかったっけ?」
「探してみる。カッターも着替えなおさないとだしな。ほら、ヒナ。もういいから。学校行く準備しろよ?」
「うい……」
僕は部屋に戻る。うわ、ちょっと胸とお腹が赤い。火傷はしてないと思うけど。今日は朝から災難だなぁ。
「おはよう、雛苺。桜田先輩。どうしたの?」
ヒナ姉ちゃんと登校中、柏葉と合流する。柏葉は未だにシュンとしてるヒナ姉ちゃんを見て首を傾げている。
「う…ヒナ失敗しちゃったの……JUMにぃのかーでぃがん……」
「カーディガン?そういえば、先輩着てないですね。どうかしたんですか?」
「ん~、まぁ色々と…な。しかし、急に寒くなったな。」
昨日一昨日までは、結構暖かかった気がするんだけど、今日は朝から寒い。秋を通り越して冬が来た気が
するくらいだ。やっぱりカーディガンなしは寒い。僕は、両手でゴシゴシと腕を擦る。
「本当に寒そうですね。あ、あのぉ……そ、その私でよければ人肌で……」
上目遣いをしながら柏葉が言ってくる。どう対処すべきか……とりあえずスルーだな。
「お、学校着いたな。ヒナもさ、僕はもう気にしてないからさ。それじゃあ、またな。」
僕は柏葉とヒナ姉ちゃんを後にして教室に向かう。柏葉が小さく「チッ」と言った気がするが気にしないどこう。
気になるのはヒナ姉ちゃんの方だ。やっぱり気にしてるのか、ずっと俯いて元気のないままだった。
さて、時間は流れて六時間目。黒板にはでっかく「自習」と書かれてあり、先生はいない。真面目に受験
勉強してる生徒も居るが、適当に遊んで時間を潰してる生徒が殆どだ。とりあえず、笹原は何故か
廊下に立たされている。まぁ、それは何時もの事だから全く気にしない。少し辺りを見回す。
「…………す~……す~……」
少し離れたところでめぐ先輩がスヤスヤと寝息を立てて寝ていた。流石は、アリス大学の医学部に進学を
決めてるだけあって余裕だ。僕はそんなめぐ先輩をじーっと見る。長い黒髪が実に綺麗だ。
普段は結構はっちゃけてるけど、黙ってれば本当に美少女だ。しかし、本当に心地良さそうに寝てるなぁ。
もう二度と起きないんじゃないかって言うくらい……冗談で言ったけど大丈夫だよね……?
ちゃんと起きるよね、めぐ先輩……僕はめぐ先輩を見てると、逆に自分の心臓の方が先に止まりそうな
気がして慌てて目を逸らす。何かフワッとめぐ先輩から出た気がするが、絶対気のせいだ。
逸らした視線の先には銀姉ちゃんが居た。銀姉ちゃんは耳にイヤホンをさして、PSPをカチカチと真剣に
プレイしていた。何やってるんだろうな~っと考えて、理解。恐らくモンスターハンターだろう。
銀姉ちゃんに限らず、他の姉妹も軒並みはまってるようで、気がつくとリビングでテーブルに座って
みんなプレイしている。合言葉は「そうだ、狩りに行こう」だ。
さて、僕は何しようか……と考える。僕は自慢じゃないが大学は決まってない。いや……そもそも最近
忘れがちだけど、僕はまだ一年のはずだ。最近兄妹になれちゃったが、本来は姉弟だ。
きっとこれは、長い長い夢。そう考えると勉強する気なんて起きる筈がない。
となると、する事は一つ。睡眠だ。僕は、腕を枕に机に向かってうつ伏せる。寝よう……………
そう思って目を瞑るが眠れる気がしなかった。先ず、何と言っても寒い。僕は今日ほどカーディガンの
存在を思った事はない。人は何故失ってから気づくのだろう……教室は暖房効いてるけど、それでも寒い。
寝たら死ぬぞ!!って感じだ。結局、僕はボケーッとしたまま六時間目を過ごすしかなかった。
帰り道、僕は北風に晒されながら帰路を急いでいた。やばい、これは寒い。心なしか朝より寒い気がした。
カッターシャツの上にジャケットを羽織ってはいるが、それでも寒い。もう冬だなって思う。
「JUMにぃーーーーー!!!」
後ろからバタバタ走る音が聞こえたと思えば、急に背中に重力がかかりほんのり温かくなる。
こんな事するのはヒナ姉ちゃんしかいない。少し元気になったんだなって思うとホッとする。が……
「なぁ、ヒナ。引っ付くのはいいんだが……離れないのか?」
「うーとね……今日はヒナのせいで、JUMにぃが寒い思いしちゃったから…だから、ヒナがJUMにぃの
カーディガンになるの!JUMにぃ、あったかい?」
ヒナ姉ちゃんは僕の背中にしがみ付きギューッと抱きしめてくる。
「ん、前が少し寒いけどな。」
僕がそう言うと、今度は僕の前に移動して同じようにギューッとしてくる。温かいな……僕はそう思った。
まぁ、恐らく柏葉の入れ知恵だろうけど、多分ヒナ姉ちゃんなりに何とかしようって思ったんだろうな。
僕は、僕を全面から抱きしめてるヒナ姉ちゃんの頭を撫でながら歩く。
「なぁ、ヒナ?もしさ、僕がヒナのお兄ちゃんじゃなくって、弟だったらどうする?」
僕の胸に顔を埋めていたヒナ姉ちゃんは顔をあげて僕の顔を見る。
「う?JUMにぃがヒナの弟だったら?うーとね……うー……」
ヒナ姉ちゃんは真剣に考えている。考えて考えて考えて……そして、正に純粋無垢と言える笑顔
を向けて言った。
「うっとね、ヒナよく分からないけど……JUMにぃが兄でも弟でも、だぁい好きなのーー!!」
ヒナ姉ちゃんが太陽のような笑顔を向ける。僕はそれだけで何だか暖かくなった気がした。
END