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同じ空の下、私たちはずっと一緒だと思っていた、信じていた。
花壇の花や木に水をやって雑草を刈って、同じお弁当を一緒に食べて、たまに一緒にお風呂に入って背中を流し合って、朝日照らす道を一緒に歩いた。
ずっとずっとあなたが隣にいることが自然で当然な日々が繰り返されると思っていました。



ことの発端は夕食の食卓でのことだった。双子の翠星石と蒼星石、彼女たちを養っている祖父母の四人で鍋を囲んでいるとき。

 「あー!豆腐が掴めねぇですぅ!」
 「はい、おたま。」

鍋の中で似られている豆腐に苦戦している姉、翠星石に助け舟を出す蒼星石、苦笑を隠し切れないのだが蒼星石はこの雰囲気が嫌いではなかった。
翠星石もまた自分が困ったときには蒼星石が助けてくれるのを知っているので彼女の前ではわざと困ったふりをすることがある。
祖父母は仲の良い二人を見ているだけで幸せな気持ちにだってなれていた。裕福な暮らしではないけど確かにそこには『幸せ』があった。

 「あの、お爺さん、お婆さん、そして翠星石聞いて欲しいことがあるんだ。」

意を決した表情で蒼星石は口を開く。彼女の真剣な面持ちに何事かと三人は黙って彼女の言葉を待った。
鍋が煮える音だけがしていてまるで何かが湧き上がってくるかのようだった。

 「僕…卒業したらアメリカの大学に行こうと思っているんだ。もちろん奨学生でだけど…。
  そこでちゃんと勉強をしていい会社に入って僕が絶対にお爺さんとお婆さんのお世話をしたいんだ。だから」
 「ま、待つです!」

蒼星石が突然告げた真実に翠星石は困惑を隠せず持っていた箸を置いて大声を出す。

 「行き成り何を言い出すですお前は!?アメリカに一人で行くだなんて無謀過ぎるですぅ!」
 「翠星石、心配してくれるのは嬉しいけれども君も分かっているだろう?お爺さんとお婆さんの年金生活ももう限界が来てるんだよ。
  僕はここまで育ててくれたお爺さんとお婆さんにうっかり言葉に出来ないぐらいに感謝してる。
  だからこれ以上、辛い思いはさせたくないんだ。」

蒼星石の言葉に思わずマツは泣き出してしまう。けれども元治にもマツにも蒼星石が嫌味でこんなことを言っていないことは分かっていた。
分かっていただけに余計に辛かったのだろう、老いている自分達が、最後まで面倒を見れないでいる自分達が。
蒼星石は優しく泣いているマツの手を握った。

 「だったら翠星石も一緒に行くです!蒼星石だけでなんて行かせられる訳がねぇです!」
 「翠星石…」
 「翠星石はめいっぱい勉強します、だから首を洗って待ってやがれですぅ!」
 「ふふ、わかったよ。」

思わず苦笑がこみ上げてくる。この頃はまだ二人は一緒だと思い続けていた。



けれども現実は甘くなかった。

 「0923809238っと……あった!」

白い掲示板に無造作に、気味の悪いぐらい無秩序に並べられた数字の中に自分の番号を見つけて思わず蒼星石は飛び跳ねる。
これでアメリカへ行ってお爺さんたちの負担を減らしてあげられる。残るは…

 「0964509645………」

翠星石は自分の番号を探すのに苦労していた。何せ出遅れてしまったせいで人ごみが邪魔でなかなか掲示板が見られないのだから。
周りは既に震えている、歓喜にしろ、悲嘆にしろ…翠星石は何故か今日は何か運命を大きく変えるだろうと予感していた。
全くの確証はなかったのだが何故かそんな気がしていた。歓喜にしろ、悲嘆にしろ…。
そして白い板に気味の悪いほど無秩序な数字が踊り狂う中に自分の番号はなかった。腹が底冷えする感覚がする。
狂ったように白い掲示板に食い入り数字を探し続けるけれどもない、無い、無い。目の前の理不尽な現実に翠星石は打ちひしがれた。

 「どうしたの翠星石?」

蒼星石が後ろから声をかけて来る。見られたくない、自分が不合格になったことを知られたくない。
気がつけば翠星石は蒼星石の残し一人だけで走り去ってしまう。不合格ということは一緒に海外へと行けないということ。
それはつまり二人の別れを示していた。



家に帰り結局不合格だったことを蒼星石と祖父母に知られてしまう。翠星石は思わず泣き出してしまった。
不合格だったことが恥ずかしいんじゃない、悔しいんじゃない。自分の半身でもある蒼星石と離れ離れになってしまうことが怖かったのだ。
翠星石は彼女の自室で蒼星石にアメリカに着いて行きたい旨を伝えるのだが蒼星石は断固としてそれを拒んだ。

 「翠星石もアメリカに行くです!」
 「無茶だよ!お爺さんもお婆さんもお金がないんだ!それなのに君がアメリカに行ったら…」
 「それは蒼星石だって…」
 「僕は奨学生だ。ある程度の生活費だったら何とかできる。けど君には何の後ろ盾もないままなんだよ!?英語だってまだロクに話せないのに…」

悔しいけれども蒼星石の言うとおりだった。このまま翠星石が蒼星石について行くためにアメリカに行っても意味がない。
翠星石もそれが分かっていた。頭で分かっていても頭ではない何処かがそれを否定しているのだ。悔し涙を溜めて翠星石は自分のスカートをキュっと握り締める。

 「蒼星石は翠星石が一緒じゃなくても平気なんですか!?」

翠星石の投げかけた言葉に蒼星石はビクっと体を波打った。何かを堪えるように口を真一文字に結び眉をひそめる。
それから彼女は黙って部屋を出て行ってしまった。翠星石はやり場のない憤りを悲しみで枕を蒼星石が出て行った扉に向けて投げつけ暑苦しい毛布の中に潜り込む。

 (蒼星石なんてもう知らんです…私はあの子にとってもう………)

これ以上考えようとして翠星石はぞっとした。毛布の塊の中で嗚咽を噛み殺しながらすすり泣き続けた。
蒼星石はずっと扉の向こう側で翠星石のところどころで漏れる嗚咽を聞き心苦しい思いをしていた。

 (ごめんね…翠星石)



それから双子が学校で一緒にいる姿を見た者はいなかった。殆どの時間を一緒に共有していた二人なのでそれぞれ空虚な時間を過ごしていた。
中庭の花壇の世話もそれぞれ時間をずらして交互に来るように世話をするようになりいよいよ二人が顔を合わせることも少なくなっていた。
昼休みの時間、お互いに向こう側にいたハズの人を思い浮かべては溜息をついてばかりいる。
やがて三年の三学期になり受験で授業に出ない生徒が増えだしてから翠星石は授業をサボるようになった。
授業をサボっては中庭の花壇に何をするでもなく立ち寄る。ここは二人が協力して形作ったいわば二人の世界、そして最後の二人でいた場所だった。
二人で仲良くお花の世話をしているときは本当に楽しかった。受験だとか文化祭だとか色々大変なことも忘れられた。
それを思い出すと翠星石の目じりに雫が溜まる。段にうつ伏せになって思わず泣きじゃくってしまった。
あの頃に嗅いでいた花の香りは届かない。もうあの日に育てた花は寒い冬の中で壊死してしまった。もうあの日には戻れない。

 「ヒック…蒼星石ぃ……」

中庭ですすり泣いていると声をかけられた。顔を上げるとあの不良で有名な水銀燈ではないか。今朝たしか担任を殴ったとかいう…。
最初は自分が何かしたのか真剣に彼女を恐れた。

 「えっと、そこは目立つからこっちに来ない?」

私はとにかく逆らってはいけないと思い無言のまま彼女のあとに着いて行く。ちょうど量横にある校舎の死角に入る木の下に来た。
枯れた木の枝が無色のステンドグラスのように日の光を区切って根元に座る翠星石と水銀燈に光が降りかかる。
けれども翠星石はそんなことに感動している余裕がなかった。人に見られて悔しいのだが涙が止まらない。
ここは彼女との思い出に溢れ過ぎていて涙まで溢れ出てしまう。

 「ねぇ、何があったのぉ?話してみなさいよぉ。」

水銀燈は噂で聞くような不良の印象とはかけ離れていた。それ以前にぶっきらぼうながらも何処か優しさを漂わせている。
泣いていた翠星石に対してヤクルトを与えたのだが余計に喉が渇いてしまうような気がする。でも翠星石は差し出されたヤクルトを飲み干す。
泣き続けていたので味なんてわからないのだが水銀燈の優しさがとても有難かった。

 「何があったのか知らないけれども…元気出しなさいよねぇ。」

どうしてだろう。水銀燈が自分の姿に被ったと翠星石は思った。一瞬だけ見せた彼女のかげりのある表情に翠星石は自分を重ねていた。
相変わらず涙が止まらなかったけれども翠星石は声を絞り出すように訳を話し出す。

 「蒼星石が…私の妹がいなくなっちまうですぅ…」

これだけを言って理解してもらえずはずもなく水銀燈は訝しげな表情になる。
何故か翠星石は彼女になら理由を話せる気がしたのでさらに言葉を続けた。

 「卒業したら…外国の大学へ行くって……聞かないです。」

翠星石の言った言葉に対して水銀燈はそうなのとだけ答えて自身も思慮の大海に足を浸す。素っ気無い言葉ではなくこれ以上の詮索をしようとしないためだった。
翠星石もまた口を閉じた。涙は徐々に収まりつつある。悩みを話して気が晴れるというのは本当のようだった。
暫くして不意に水銀燈が翠星石に問いかける。

 「貴女は蒼星石と一緒にいたいの?」
 「当たり前です!蒼星石は双子の妹、翠星石の半身と言っても過言じゃないです!」

これは本心からだった。そもそもアメリカの大学を受験したのだって蒼星石と離れ離れにならないためだけのことだった。
大好きだからずっと一緒にいたい。どんな辛いときでも悲しいときでも二人でいれば無敵になれる気がしたから。
けれども彼女はそれを拒んでいる。やっぱり自分は彼女の……とまた思考だけが暴走するそんな自分に翠星石は疲れ果てていた。

 「ねぇ、蒼星石の話も聞いてあげたらどうなの?」
 「話…?」
 「貴女と彼女ほどの関係だったら何か理由があるんでしょう?だから腹を割って話し合ってみたらいいんじゃないのぉ?」

水銀燈の言うとおりだった。この間のときだって翠星石が一方的に自分の思いを撒き散らしただけで蒼星石は何も言っていない。
弁解すらしないのは自分が話しを聞かなかったせいなのかもしれない。そして翠星石は初めて彼女の真意を聞きたいと思った。

 「わかったです……ところでお前の名前はなんていうです?」

一応知ってはいるのだが、名前ぐらい聞かないと失礼だと思ったので翠星石は改めて名前を聞く。
水銀燈も自分の名前を名乗り翠星石は彼女に礼を述べて二人は別々に花壇を後にした。水銀燈は反省文を書きに生徒指導質へ、翠星石は蒼星石の待つ教室へと戻って行く。
教室に戻り授業が終わるや否や翠星石は逃げられないうちに蒼星石の席へと大またに近づく。

 「話があるです蒼星石。」
 「もう話すことなんて……」
 「オメーが話さないなら翠星石が話させるだけです!だから…今日帰ったら腹を割って話し合うです…」

翠星石の言葉の裏に蒼星石は彼女の真意を汲み取り無言で頷いた。二人は学校が終わるのが待ち遠しいと思う。
ホームルームの時間すら惜しかった。ややイライラしながら翠星石は時計を見る。時計の針は愚鈍なまでに遅く進んでいるように思えた。
ノロノロと時を刻む針がホームルームの終わりを告げる。久しぶりに翠星石と蒼星石は二人一緒に下校することにした。
途中で何かを話すこともなくお互いに置いて行かれないようにただ着いて行くだけのことだった。
蒼星石は翠星石の後ろを歩いていた。彼女の背中を見てまた最初の頃のように話を聞いてくれなかったらどうしようと考えていた。
蒼星石にだってそれなりの理由があった。彼女もまた翠星石のことを大切な存在だと思っている。
それだけは誤解して欲しくないと思っているうちに二人の家に到着する。インターホンを鳴らすが祖父母は買い物に行っていていないらしい。
鍵を使って夕暮れに暗くなった家に入った二人は蒼星石の部屋に入る。彼女の部屋は夕日の光をたっぷりと浴びて明かりが必要ないぐらいだった。

 「それで話って何?」
 「この間は…ごめんなさいです。気がつけば翠星石の気持ちばかりぶつけていて蒼星石の気持ちを考えてなかったです。」
 「翠星石…」
 「だから今日は蒼星石の言いたいことを言って欲しいです。このままお別れなんてお互いに後味が悪いだけですから。」

彼女の気持ちを聞いて仮に彼女が自分のことを必要としていない、邪魔な存在だと思われていたって構わない。
お互いに隙間を作ったままでさようならは言いたくないから、と翠星石は自分に強がって自分に言い聞かせていた。
日は傾きかけて暗鬱とした雰囲気が部屋に漂っていた。やがて蒼星石は口を開き自分の思いを吐露する。

 「僕は…正直言うと君と少しの間だけ離れたかった。けれども勘違いしないで欲しい。
  君のことが嫌いだからじゃないしどうでもいいからじゃないんだ。君のことは姉として大好きだし大切だと思っている。
  でも時々不安になるんだ。もしもこのままの状態でどちらかが不運に遭って永遠に会うことが出来なくなったら…。」

それが蒼星石にはとても怖かった。

 「僕が姉さんを駄目にしてしまう前にお互いに自立しなきゃならないと思っていたんだ。
  だから今回の件はいい機会だと思っていたんだ。だからあの日君に相談もなしにアメリカの大学を受験することを決めたんだよ。」

蒼星石は包み隠さず自分の考えていること、思っていることを吐露した。すると自分の体が何かの力で押し倒されるのを感じる。翠星石が彼女に抱きついたのだ。

 「蒼星石は私の自慢の妹です。勉強も出来てみんなから好かれて……とても姉想いな自慢の妹です。
  だから翠星石もこれから頑張るです。蒼星石にとっても自慢の姉でありたいですから…」
 「姉さん…」

蒼星石は言葉を紡ごうとしてやめる。『僕にとって君はもう自慢の姉だよ』この言葉はいつかのためにとっておこう。
いつか来る別れの日が今生の別れになるかもしれない。けれども今はまだ一緒にいたいからこの言葉は別れのときにとっておこう、そう決めたのだった。



卒業式の翌日、蒼星石と翠星石の姿は空港にあった。蒼星石の手には大きな鞄が引っさげられ翠星石の手は後ろに回されて手紙を握り締めている。
重たい鞄が日本に留まりたいと言っているかのように足取りを遅らせてしまう、軽い手紙がこのまま彼女について行きたいと言っているかのように手の中でクシャクシャになる。

 「いよいよだね…」

寂しそうなその声が行き交う人々の喧騒の中で寂しく響き間もなくかき消されてしまう。こういうときだけでも世界が二人だけであればいいのにとお互いに思っていた。

 「ちゃんと手紙書くですよ?っていうか毎日メールするですからね!」
 「毎日か…時差があることも考えて送ってね?」

苦笑を呈して冗談っぽく蒼星石は言う。二人の別れは電子掲示板によって告げられてしまった。
もうアメリカ行きの飛行機が着いてしまったようだった。

 「それじゃいってきます!」
 「いってらっしゃい。」

向き合うときは微笑んでいた二人なのだが蒼星石が振り返り歩くうちに自然と頬が冷たくなり翠星石も頬が冷たくなった。
本当は一時も離れたくないのだけれども無常にもアナウンスが二人の別れを急かすようにする。翠星石は思わずその場に座り込んでしまった。
渡せなかった手紙をその胸に抱いて。



いつまでも一緒だと信じていた二人の『別れ』
けれども『別れ』が一時になるか永久になるかは二人しだい
手紙も渡したい、しまっておいた言葉を伝えたい
願わくば一時よりも短き刹那の『別れ』であることを、離れていても繋がっている同じ空の下で貴女と生きる

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