墓場で一人、男が立っていた。スーツにネクタイ姿のその男はどうやら仕事帰り
らしく、片手にはさっきまで使っていた鞄をぶら下げている。その割にお供えら
しいものは一つも用意せずただただ立ち尽くしているだけだった。
男の目の前には「金糸雀」と刻まれた墓石が一つ。そばには線香が立てられ、ゆ
らゆらと煙を放っている。
男はそれがなんだか不健康な気がして、煙を手で払い除ける。そしてもっと不健
康なものを吸いはじめた。
「すまんな。 おまえが死んでからこれ吸わないとやってけねーんだよ」
ポケットから箱を取り、白い棒をはじき出す。タバコだ。
男は慣れた手つきで鈍く光るジッポを指で弾き、タバコに火を点けた。
うまい。
やっぱり、ストレスたまってると味も違うもんだな。
今日、男は散々いろんな仕事を押しつけられたり、理不尽に上司に叱られたりし
ていた。しかもその理由が後輩のヘマでその後輩は「サーセンwwww」などと
ヘラヘラしていたので本当にイライラしていた。
とりあえず、そいつを一発殴ってクビにしてある程度は納まったが、そのあとは
何とも言えないブルーな気分に襲われて理不尽な残業がえりに、深夜の墓場に来
ていたのだ。

別に墓にあいさつしに来たのではない。でも、ここにこれば金糸雀に会えるよう
な気がしてなんとなく立ち寄ったのだ。
彼女は死んでしまった。
重たい心臓の病気で、耐えられて10年と言われている病をがんばってがんばって17
年にした。
7年。
たった7年でも、俺達にはとても幸せな時間だった。毎年、夏にしか咲かない花を
見に行ったり、秋には病院内にある銀杏を病室に持ち帰ったり、医者の制限はあ
るものの冬には雪だるまをつくったりもした。
でもそれがだんだんぎこちなくなってきて、ある程度遊んだらすぐに病室に戻る
うになっていき、ついには車椅子でしか行動が許されなくなった。
そして高校1年生の冬。
彼女は外出許可が降りなくなった。
悲しいが仕方なかった。彼女の病状を考えればもっと早く、閉じ込めるべきだっ
たのかもしれない。でも、彼女の強い要望によりギリギリかあるいはギリギリよ
りも少し進んだタイミングまで、外出許可をもらって遊んでいたのだ。それがな
かったらもっと長生きできたかもしれない。
しかしその二年後、金糸雀が亡くなったあとに担当医は言った。
「どの道長くはなかった。 だったら彼女の望むことをしたほうがよかったはず
だ」
その通りだ。

気付けばタバコは残り2本になっていた。今日はやけにタバコを吸ったので、もと
もと少なかったのだろう。男は少し迷ったが、一本に火をつけ一服すると線香の
横に、そっとおいた。
そして最後の一本に火を点けて、彼女に語りかける。
今日、あったこと。
昨日あったこと。
そして、明日はどうするかとか。
こうゆうことは、深夜じゃないとできない。近くに人がいたら、変な目で見られ
ること間違いなしだろう。
でもそんなことも今日で終わり。
僕は決心していた。
とても大事なことを。
「俺、おまえのこと忘れるよ」
少し墓石が反応したような気がした。気のせいか、それとも・・・俺はことばを
つなげる。
「そろそろ、おまえのこと忘れないとつらいんだ。お前ならたぶんわかってるは
ずだ。 俺は死にたくてタバコを吸い続けてるんだ。 ガンにでもなればすぐに
死ねるだろう。 これなら、命を粗末にしたって事にはならないしな」
屁理屈なのはわかっていた。死にたくてタバコを吸ってるなら、自殺するのと同
じだ。
だけど彼女に会うために、死ぬ原因がほしかった。だけど、彼女が必死で掴み取
ってきた命を、そんなに簡単に捨てるのは彼女に失礼だと思ったのだ。そして考
えた結果がタバコだった。

「馬鹿だよな俺って」
そういって、僕は笑った。しかし墓石は答えない。冷たい石のままでひたすら固
まっている。
「お前は、そんなこと望まないのにな・・・・・・」
そういって最後の短くなったタバコを指で飛ばす。
タバコは赤い光を帯ながら、放物線を描いて湿った土の上に転がった。赤い光が
徐々に弱くなっていく。
すこし黙った後、俺は再び決心を打ち明ける。
「俺、長生きするよ。その後でお前に会いに行くから」
タバコの火が完全に消えたとき、俺は身を翻して帰路にむかった。
「まってるかしら」
後ろで声が聞こえた。懐かしい声だ。
俺はあえて振り向かずに、
「おう。 お前も俺が長生きしすぎても拗ねんなよ」
とかえす。
後ろで彼女がほほえんでいるような気がした。でも、僕は振り向かない。
決心したんだ。彼女にはもう依存しないと。
俺だっていつまでも子供じゃない。
さよならくらいかっこよく決めるさ。
「またな」
俺は静かに墓場を後にした。

END

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最終更新:2006年10月31日 21:23