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さよならさよなら

別に不満があったわけじゃなかった。ここに不自由がなかったといえば嘘になるが、普通に生活する分にはなんら問題はなかったし、最低限ほしいものは大体手に入った。
毎日まったりした穏やかな生活。いつも僕は幸せだった。
でもダメだったんだ。
毎日同じ景色を見ているのに飽きてしまった。よく見るとここには何もない。生活するためのもの以外何も。それに気付いた時僕は失望にも似た不思議なものを感じた。今まで感じたことない深い思い。その思いは日に日に募り、ついには僕に決心させた。
僕は――――

故郷を出ることにした。


寒空の下。まだ上り切っていない太陽を背景に、男が一人、駅のホームで立っている。男は厚手の黒いコートを着て、片手には大きめのジュラルミンケース。そして首にはシンプルな黒いマフラーをまいていた。そんな男が一人だけ。
毎年少しづつ人口の減っている、この町には朝から駅のホームに来ている人などいなかった。この過疎が彼の気持ちを後押しした要因でもある。
しばらくすると一人の少女が息を切らして走ってくる。両方の目の色が違う、彼女も丈の長いコートを着て、中には緑の服を着ていた。

背中までのびた緑の長い髪が走るリズムで揺れ動く。そんな彼女を見るのも今日で最後だ。
「翠石星」
僕はほとんど反射で名前を呼んだ。もうすぐ電車が来るという焦りがそうさせたのかもしれない。昨日、いとおしかった彼女はやっぱり今日もいとおしかった。
「どういうつもりですか!!こんなメール一通だけよこしてさよならなんてふざけるなですぅ!!!」
彼女は声を荒げて、携帯電話を突きだした。その画面には『今日の朝、町を出る』とだけ書いてある。当然見覚えのある。僕が5時ごろに送ったものだ。彼女はすっかり寝てるものだと思っていたので、実は彼女がここに来るのは予想外だった。
「今日は、早起きだね」
なんて、軽口をたたいてみる。何せ今は、普段なら彼女が起きる時刻だ。家からこの駅まで急いでも20分はかかる。ベッドであくびしている時刻に、駅にいるなんて驚きだ。
「なんだか、今日は落ち着かなくて4時にはもう起きていたですぅ・・・。 それで外をうろうろしてたららこんなメールがきて・・・急いで家に戻って着替えて来たです・・・・・・」
なるほどな。確かに彼女の身なりはいつもより乱れている。

コートの襟は少しまがってるし、さらさらの髪もすこし外に跳ねている。よく見れば靴の紐なんかも解けていた。
「無理して、来る必要なんてなかったのに・・・眠いでしょ?」
「まぁ・・・ちょっとだけ眠いですね・・・・・・じゃなくて! そんなの翠石星の勝手ですぅ! その鞄持って早く、帰るですよ!」
そういって彼女は僕の手首を掴み改札の方へ引っ張ろうとする。でも僕は動かなかった。僕も一応男だ。小柄な彼女の力なんて簡単に打ち消すことができた。
彼女もそれくらいわかっているはずだ。それでも彼女は引っ張るのをやめようとしなかった。必死に、僕の手を引く彼女。その姿はこんなに僕のことを愛してくれていると言う喜びと共に、もう彼女と会えないという悲しみを倍増させた。
彼女はかわいい。素直じゃないところもあるが、それも魅力の一つだ。彼女なら僕の助けがなくても生きていけるはずだ。僕はやさしく彼女の手を握り、手から引き離した。
彼女が泣きそうな目でこっちを見てくる。
「翠石星。 これはもう決めたことなんだ。 ここじゃあ僕はダメになってしまう。 毎日同じ事をしているだけじゃ苦しいんだ。 わかってくれるよな?」

「わかるわけないですぅ!」
言いおわるか言いおわらないかの内に彼女は抱きついてきた。この朝が寒い季節には彼女のぬくもりがより一層かんじられる。あたたかいぬくもり。もっと長く感じていたかったな。
「ごめん」
僕は彼女の体を引き離した。これ以上やっていても辛くなってしまう。
彼女も納得してくれたようだ。きっと僕の決意の堅さは、はじめからわかっていたのだろう。だからここまで来たのはきっと見送りをするため。いや、たぶん少しの希望も持っていた。じゃないとさっきはあんなことをしないはずだ。
向こうから列車が走ってくる。お別れだ。
「さよなら」
僕は言った。
「さよならなんて寂しいこと言うなですぅ・・・。 こういう時は、『また会お
う』って言うもんですよ?」
彼女も言った。でもたぶんこの電車にのったら僕達は一生会えない。それをわかっていて彼女は言ったのだ。わかっていて嘘を吐いた。こんなにきれいな嘘を聞いたのは生まれて初めてかもしれない。
だから僕も、
「そうだね」
とほほえんだ。
そして彼女は走り去る。遠くへ行ってしまう僕を、置いて。それがお互いのためだ。どんどん離れる彼女との距離。

そして改札を抜けて完全に見えなくなったと同時に、さよならのベルが鳴る。本当の別れを告げる大音響。寝不足の頭には少しきつい。
僕は電車へと入った。昔は人が多くいたであろうその電車は、もはや一車両でも席がでる程、余っていた。
そこで僕ははっとした。
この町は少しづつだが変化している。過疎という変化。それも変化の一つだ。窓から外をみて見る。小学校以来久々に僕は電車から外をみた。
変わっている。町の風景が大きく変化している。退屈だと思っていた町がこんなにも大きく変わっている。変わってないのは自分のほうだったんだ。日々にを楽しめないのを過疎や変化のせいにして、自分から逃げていただけなんだ。
昔よく遊んだ近所の公園、いろいろな事を学んだ学校、すべてが変わっている
そして耐えられない変化が一つ

―――隣に彼女がいないこと

僕は閉まる電車の扉に飛びついた。

駅の脇のベンチで女が一人座っている。その女は昇り切った夕日を見つめて、そして涙していた。彼と一緒に選んだコートで顔を拭っては彼の事を思い出す。そして泣きだす。涙が止まらない。
そんな、女が一人。
いや、男がもう一人。
彼は黒いコート、片手には大きめなジュラルミンケースに、シンプルな黒いマフラーをしていた。そして涙が止まらない少女に近づくと、そっとそのマフラーを首にかけた。
はっとして少女が男を見上げる。顔はくしゃくしゃだが美しさはそこなわれていなかった。
寒空のした駅の脇で少女が男に飛び付く。男は倒れそうになるも、その体をしっかりと支えた。
「ただいま」
男が言った。
「遅すぎですぅ・・・」
少女は、望みが叶ったのにまだ泣いている。

そこには男女がいた。
涙が止まらない少女を慰める黒いコートの男。
昇り切った太陽を背景に二人はひたすら寄り添う。黒いマフラーを二人でしながら。
そして、男は決心する。
ずっと彼女と一緒にいようと。都会の生活や、大きな日常なんか捨てて、一緒にいようと。最低限の生活でも彼女が入れば最高級。都会になんか行く必要はない。
もしあるとしたら、彼女が望んだ時だけだ。

だからその時が来るまで、



――――さよならさよなら


end
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