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 のどかな秋の日曜日。


「なあ、桜田」
「なんだ、笹塚」
 僕と笹塚は通路をぼんやりと歩きながら、目の前の風景を眺めていた。


 日曜日という事もあって、多数の家族連れで賑わっていた。


「こんな所で何やっているんだ?僕ら」
「何って……」


 頭上を優雅に泳ぐ魚達。
 泳ぐ魚達を下から見上げて眺めることができ、さながら海底にいるような気分にさせられる。もちろん、真上を魚が泳ぐたびにその場にいた小さい子供らはうわぁ、と歓声を上げていた。


「すごいのー!お魚さんがいっぱいなのー!」
「いっぱい過ぎて目が回るのかしらー!」
 もちろん雛苺や金糸雀も例外ではない。次から次へと真上を泳ぐ魚に見とれていた。


「雛苺と金糸雀が動物見に行きたいって言ったから……来たんだろ」
 僕ははしゃぎまわるお子様2人(といっても立派な成人だが)を指差す。


 東京都品川区はしながわ水族館にて。



「真紅や翠星石はずるいのー!ヒナを置いて動物さんを見に行ったのー!」
「本当にずるいかしらー!カナも見に行きたかったかしらー!」
 休日ということでのんびり寝ていたら、昼前に雛苺に叩き起こされた。
 なんでも、朝早くに真紅と翠星石が動物を見に行くということで出かけてしまったらしい。道理で静かだったんだなと思いながらも、自分だけ置いてけぼりにされて、すっかりスネている雛苺の相手をしなければいけないのかと思うとだるくなった。
 さらにそこへ金糸雀までやってきたのだからたまらない。
 薔薇水晶や雪華綺晶にラプラスも動物を見に行ったというのを聞いて、やはりふくれていたのだった。(てか、ラプラスは動物なのではという疑問は置いておいて)


 おいおい、休日ぐらいゆっくり休ませてくれよ。それぐらい自分達で行けばいいじゃないか。大の大人だろう?それに今日は昼過ぎから笹塚が麻雀に誘いに来るはずだから、相手はできないぞと思い無視することにした。
 どうやらそれはそのまま口にしていたらしく……。


「ひどいのー!ヒナたち連れて行って欲しいのー!」
「最低かしら!カナも動物を見に行きたいのかしらー!」
 途端に泣き出す雛苺にさらにふくれる金糸雀。
 ともかく何か、気まずい状況になってきたぞ……。今日はついてないのかな。
 それは正解だった。さらに運の悪さを見せ付けられる事態が直後に起こったのだ。


「ジュン君、それはひどいのじゃない?」
「連れて行ってやりなさいよ」
 なんとまあ、蒼星石と柏葉が一部始終そのやりとりを見ていたのだった。
 まあ、僕は断りましたよ。今日は笹塚と予定があると言って。


 でも……結局、笹塚にも話をして、雛苺と金糸雀を連れて動物を見にいく羽目になりましたよ。


 え?なんでって。
 そりゃ、まあ……そうせざるを得ないでしょ。
 木刀を構えた柏葉に、庭師の鋏の刃を僕の首元にあてがった蒼星石に睨まれちゃ。
 もっとも笹塚はそれを見て、本気で震えて、二つ返事で了解してくれましたけど。


 まあ、そういう経緯はともかく……最初は動物ということで上野動物園に行こうと思った。でも、それだったら水族館がいいんじゃないと蒼星石が言い出したのだった。
 動物と魚じゃかなりの違いがあるぞ……と思ったのだが、雛苺と金糸雀はそれでも十分いいのなんて言ったものだから、急遽ここに行くことになったのだった。


 しかも、水族館に入ろうとしたら……意外な面々と顔を合わせたのだった。
「あれ?雛苺じゃないの。巴も一緒に……どうしたのかしら?」
「ジュン君じゃないの。笹塚君まで。貴方達もお出かけ?」
 雛苺の親戚のオディールに、水銀燈の友人のめぐだった。
 なんでも、水銀燈が朝イチに動物を見に行ったらしく、このままでは退屈だと出かけることにしたものの、一人ではつまらないからとオディールを誘ったというのだった。お台場あたりをぶらついた後でここに来たのだという。


「水銀燈も動物を見に行ったの?」
「うん。翠星石さんや雪華綺晶さんと一緒にみたいだって。おみやげはたんまり持って帰るからぁ、なんて息巻いていったけど」
 おみやげを持って帰る?
 動物園行った帰りのおみやげなんて?
 めぐの言っている事がよく分からない。


 それはさておき……。
「すごいのー!ペンギンさんがいっぱいなのー」
 目の前でちょこちょこと歩くマゼランペンギンにすっかりご執心の雛苺。
 本当、小さい子供だと思う。もっとも、外見もそうだけど。
「サ、サメはこわいかしらー」
 一方で、見るからに凶暴そうなシロワニにスマートな体型のグレイリーフシャークの姿を見て怯える金糸雀。
 おいおい。襲い掛かって自分を食べるわけじゃないから大丈夫だって。


「しかし、この水族館は結構珍しい魚が多いわね。ナポレオンフィッシュにピラルク、タカアシガニ、それにヨツメウオまでいるわ」
「デンキウナギにリーフフィッシュまでいるね。面白いね」
「こっちの熱帯魚もいいんじゃない。色とりどりで綺麗だよ」
「そうだね。まるで宝石みたい」
 めぐにオディール、蒼星石に柏葉もすっかり目の前の珍魚や熱帯魚の群れに夢中になっていた。


「……やっほー……」
 そこへいきなり現れた、薔薇水晶。


「あれ?お前、真紅らと動物を見に行ったんじゃないのか?」
「……そっちも良かったのだけど……予想通りに事が運んだから切り上げてきた……」
 は?予想通り?
 言っていることの意味が分からない。
「……んで……蒼星石とご飯食べに行こうと電話したら……ここにいるからと言われて……」
「そうなのか。で、真紅らは」
「……かなり夢中になって……ていうよりヤケになってたから……まだ帰らないって言ってた……」
 ヤケになって?
 全然意味不明。何の事を言ってるのかな?


「あー!薔薇水晶ずるいのー!ヒナも誘って欲しかったのー!」
「カナもかしらー!」
 彼女の姿を見た途端に抗議の声を上げる雛苺に金糸雀。
「……ごめんね……貴女達にそんな趣味はないはずと思っていたから……」
 そんな趣味って……雛苺に金糸雀のおこちゃま2人が動物好きなぐらい周知の事実だろ?
「……お詫びになるか分からないけど……ビデオに収めてきた……後で見る?」
 薔薇水晶は懐から小型のハンディーカメラを取り出した。
「見たいのー!」
「カナも見るかしらー!」
 さっきまでのブーイングはどこへやら、お子様2人は薔薇水晶のハンディーカメラに目を輝かせながら喰らいついていた。
「……それより……もうすぐイルカショーが始まるよ……行く?」
 もちろん行くことになる。


 イルカのショーの会場はすでに観客で満員だった。
 開園までは時間があるので、その間に薔薇水晶はハンディーカメラの映像を再生させて雛苺と金糸雀の2人に見せていた。


「お馬さんなのー!」
「のんびりしていていいのかしらー!あっ、本気で走ったらかなり速いのかしらー!」
 どうやら馬の画像が映っているらしかった。
 雛苺も金糸雀もすっかり夢中になっていた。


「でも……お馬さんしかないの?」
「……そう……馬だけ……」
「動物園じゃないみたいかしらー?新聞持って、叫んでる人が多いかしらー?」
「……そこは……そういう所……」
 ビデオの光景に疑問の声を上げる、雛苺に金糸雀。


 ようやく……会話の内容がつかめてきた。これなら水銀燈が話していた内容も、薔薇水晶の予想通りという発言も納得できる。
 その背後では笹塚が身震いしていた。
「タコにサメに熱帯魚にカニを見てたら……海開きの事を思い出してしまったぜ。
 本当、今日はここに来て正解だった」
「まったくだな。まあ、ラプラスは今ごろご愁傷様といったあたりかな」


 イルカショーが開演され、数頭のイルカが次々とアクロバッティングをこなしていく。その度に湧き上がる大歓声と拍手。
 もちろん、雛苺に金糸雀、さらには柏葉、蒼星石、オディールにめぐもすっかり見とれていて、歓声を上げていた。


 一方、僕と笹塚は正直ショーを見る気にはなれなかった。
「なあ、笹塚……今日の重賞は何だっけ?」
「確か、東京で毎日王冠、京都で京都大賞典のはずだ」
 時計は15時39分。大きくため息をつく僕達2人であった。


※※※※※※


 同じ頃。
 東京都府中市は東京競馬場にて。
 現在11レース目。東京の本日のメインレースの毎日王冠(GⅡ)である。
 出場馬が全てゲートインを終え、発走前のファンファーレが響く。
 同時に観客席からファンファーレのリズムにあわせて、拍手やら新聞を叩く音が響き、大歓声が上がる。観客席はもちろんファンで満席だ。
 そして、その中にはもちろん……。


「とにかく今度は来ないと困るのだわ」
「まったくよぉ。もはや複勝で買っても取り返せないわぁ」
「ここは7-10-16の3連単で買ったです。来なかったら死亡ですぅ!」
「……といいますか皆様本命の3連単でいってますね……。私もですけど」
 普通そうな会話とは裏腹に血走った目でゲートを睨みつける、水銀燈、翠星石、真紅、雪華綺晶の4人。
 朝から競馬に来ているものの……予想はことごとく外れていた。
 既に財布の中身は全員空っぽ寸前。買った馬券を握り締めていた。
 馬券はというと全員本命の3連単を押さえていた。1000枚単位での購入である。
 ちなみに彼女らの足元にはヤクルトの空き瓶だの、紅茶の空のペットボトルだの、煙草の吸殻が無数に散乱していたりする。


「ふふふ、この乙女達はなんと愚かなのでしょう!朝から東京と京都の全レースを片っ端から大穴だの3連複だの……金がなくなると思えば今度は3連単ですか!
しかも、掛け金は絶対に1万以上!こんなのやってたら負けるのは道理というもの……」

 彼女らの背後では道化兎がすでに空になった財布を開けながら、涙を流していた。
 財布の中身がなくなれば、この道化兎は銀行やサラ金のATMとを往復する羽目になっていたので、それも頷けるというものである。


「「「「うるさいわぁ(のだわ)(ですぅ)(ですわ)!!!!」」」」
 一斉に般若の形相で道化兎をどやしつける4人。
 ガチガチと奥歯を震わせながら沈黙する道化兎。

 そして、ゲートが開き、馬が一斉に飛び出す。
「勝負は第4コーナーよぉ!」
「あっ、やべえです!なかなか出てこねえですぅ!」
「ちょっと、追い込みが足りないわ!」
「早く!もっと差してくださらない!もっとですわ!」
 全員必死になりながら歓声……いや、絶叫をあげている。


 結果は……彼女らの予想は完全に外れた。
 途端に彼女らは馬券をこれでもかというぐらいにびりびりと破り、空に舞い上げる。


「まだあきらめるのは早いわ!京都大賞典があるわよぉ」
「そうです。まだ負けたと思うのは早えです」
 同時に正面のエキシビジョンに京都競馬場のレースの模様が映し出される。
 再び起こる歓声。発走。


 しかし……京都大賞典も見事に外した彼女達であった。
 再び、舞い上がるビリビリに破かれた馬券。
「こうなったら最終レースに全てを賭けるのだわ」
「一世一代の大勝負ですわ!」
 即座に競馬新聞を見て、マークシートに記入し、締め切りぎりぎりで最後の金で馬券を購入する。
 そして、ゲートイン……発走。


 結果は……やはり大外れ。
 正真正銘の文無しになった彼女達であった。
「終わったわぁ……もうスッカラカンよぉ!」
「てか、あのお馬鹿水晶ムカつくですぅ!予想全て大当りで大穴の3連単まで当てやがったですぅ!」
「まったくだわ!トータル40万勝ちなのだわ!」
「それでトンズラこいたわけですわね。覚えてなさい、ばらしーちゃん……」
 全員、落ち込んだり呪詛の声を上げて競馬場を後にする。
 その時……皆一斉にラプラスを見つめ出す。


「何ですか。皆様。私はこの通り何もないただの道化。無い袖は振れません」
 必死になって自分に金が無いことをアピールするラプラス。
「そんなこと問題にしているのじゃないわよぉ」
「そうですぅ。今日の晩御飯代すらねえですぅ」
「このままでは私達は飢え死になのだわ」
「ということは……どうなるか分かっていますわね……ラプラス……」
 皆、一斉に不気味な笑みを浮かべてラプラスに襲い掛かり……!!


 結局、この博打重症患者の乙女4人の、その日の夕食は兎肉のソテーだったという。

               終

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