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「だれか……」
 よびかけても――。


「だれかいないの……なの?」
 だれの声もかえってこない――。


 ものすごくおおきなおやしき。
 おへやもたくさんあるけど……だれもいない。


 さびしい。
 ひとりぼっち。
 そんなの、いや。


 わたしはさがした。


「……ひないちご……」
 びっくりしてたちどまる。


 だれ?
 わたしをよぶ声がした。


「雛苺……」
 また声がする。
 めのまえの大きなドアから……。


 わたしはドアをおもいきり開けた――。


「ごめんなさい雛苺。
 もう一緒にはいられないの……」
「さようなら雛苺」
「バイバイかしら!」
「じゃあな」


 いろんな人がみんないっしょになって……。
 みんなが……いなくなって……。


「……や……いや……」
 いやと言いたいけど、こえが出ない。
 そして、お人形のわたしはカバンの中に押し込められて。
「さようなら雛苺……」
 カバンはゆっくり閉められて、まっくらになった。
「いやっ……」
 カバンをいっしょうけんめいにおし開けようとするが、ダメだったの。


 外から声がした。


「雛苺はもうずっと鞄にしまっておこう」
「そうしましょう」
「いらないものね」
「お前なんかいらない」


 ……や……
 うそ……こんなのうそ……。
 一人ぼっちはもういや……。



「そんなの嫌なの!」
 助手席に座っていた雛苺は急に大声を上げて、目を覚ました。
 そして落ち着き無く周囲を見回す。
 目には涙を浮かべて。すっかり怯えた表情で。
「真紅……ぶわああああん!」
 そして、運転している私を見るや否や、抱きついて思い切り泣き出したのだった。


 ここでかまってやらなければいけない所なのだが、今は運転中。
 彼女が飛びついてきたはずみで、危うくハンドル操作を誤って、反対車線に出そうになった。
「ち、ちょっと危ないわよ!落ち着きなさい!」


 どんっ。
 思わず彼女を払いのけてしまう。


「真紅まで……ヒナのこと邪魔なの……?」
 泣きじゃくった目でじっと私を睨みつける雛苺。
「そんなことないわよ。ただ今は運転中よ。事故を起こしたら元も子もないでしょ」
 私は前を向き直りながら、運転を続ける。


「……うそ……」
 雛苺は膨れながらそんな言葉を口にしていた。
「そんなことないわ」
「…………」
 彼女の言うことを否定しても、それ以上何も言わなくなり、ただぶすっとするだけ。
 正直、こんなやりとりをしていて鬱陶しくなる。
 それ以上私は何も言わず、目的地に向けて車を走らせていた。


 雛苺は私の妹……いや、正確に言うと遠い血筋の親戚だ。
 彼女は幼稚園の頃に両親を事故で亡くしていて、それ以降はいろんな親族の家をたらいまわしにされていた。
 どの家でも彼女は疎ましく思われ、無視されたり虐待もされていたらしい。
 心はすっかり傷つき、ボロボロになった状態だった。


 そんな経緯を経て、私のところにたどり着いたのは、彼女が15歳の時だった。
 妹がいなかった私は彼女を可哀想に思い、思い切りかわいがった――


 ……つもりだった。


 でも、正直な所――私になついていなかったといえる。
 そういう私も時折疎ましく思っていた。
 いろいろ躾なければと――表向きは思い、彼女には厳しく接することが多かった。
 時には下僕のように扱う事もあった。


 だが、雛苺は私に構って欲しいからと、いろいろ悪さをしてくることがあった。
 そんな彼女をどやしつけたり――手を上げそうになったこともある。
 結局、喧嘩になってしまうケースが多かった。
 私が大学に入っても、それは続いた。


 これじゃあ、他の親戚の人たちと同じじゃない。
 これではいけないと思いながらも……反面、そうなっても仕方がないと思えるところもある。
 二つの心情がせめぎあい、心の中で渦巻いていた。
 それが苛立ちになって、雛苺にまたぶつけて――悪循環を起こしてばかりだ。
 この先――彼女の面倒を見れる気になるのかしら……。
 正直、自信が無い。


 今回の旅行も、交際相手のジュンがそれを見かねて、それならふたりで景色のいい所を見て回ってはどうかと、彼に背中を押される形でやったものだった。
 もっとも、当のジュン本人はバイトが入って無理と言ってしまっているので、私と雛苺の二人で行く形になったが。
 今の時期からして、紅葉を見に行こうと……旅行に行くのだから遠くへと、奈良へ出かけることにした。奈良公園、東大寺、春日山とまわったものの、紅葉にはまだ早かったようだ。
 それらを見て回っても、正直心は満たされていない。
 雛苺に至ってはつまらないとブーイングをあげていた。
 結果としては……逆効果になりそうな気がしていた。


 車はやがて目的地に着いた。
 すでに5時前という事もあり、日は山々に今にも隠れそうになっていた。
 空や周囲の山々を赤く照らしている。


 奈良県曽爾(そに)村にある曽爾高原。
 関西ではススキの名所と知られていて、丁度今が旬とのことだが。


「着いたわ」
「……うぃ」
 雛苺は相変わらずむくれながら車を降りる。
 そして前を歩く私の後に、黙って付いてくる。


「…………」
 私も何も言わず、ただじっと高原に至る遊歩道を黙々と歩く。
 何ともいえない気まずい雰囲気が――私と雛苺の間に漂っていた。


 しばらく歩くと、高原に出た。


 周囲の山肌には一面のススキ。
 夕日に照らされて、穂の一つ一つが黄金色に輝いていた。
 赤い空に金色に染まった山々。


 目の前の幻想的な光景に……私は言葉を失った。


「すごいのー!」
 さすがに雛苺もこの風景に見とれて、私を追い越して遊歩道を先へ先へと駆けていく。
「……ちょっと、待ちなさい!」
 はっと我に返った私は、雛苺の後を追う。


 しかし、雛苺はそんな私の意を知らずか、彼女の背丈よりも高いススキの中を走りぬけていく。


 迷子になっても知らないわよ!
 私は懸命に後を追った。


 しかし……やがてススキの丘を登りきったあたりで、彼女を見失ってしまった。
 慌てて周囲を見回すが……雛苺の姿はない。
 彼女の背丈が低いということもあって、ススキの中に埋もれて見えない。
 
 ちょっと……もう夜になるわ!そうしたら探しようが……!
 私は必死になって彼女を探した。
 そうしている間にも東の空が徐々に暗くなってきていた。


 ―※―※―※―


 ススキが高くて前が見えないの!
 行っても行ってもススキだらけなの!


 ひたすら前へと走るけど、とにかくススキ。それだけ。


 高い所まで来た。
 

 うわあ、すごいの~!


 お日様がまぶしい。
 山は全部金色。まるで天国みたい……。


 じっとヒナは見とれていたの。


 そういえば……真紅はどこ?
 今まで口うるさく言いながらも、ヒナを追いかけてきていた……あれ?


 真紅が……いない。


 なんで?
 どこいったの?


 まわりを見回してみるものの……やっぱりいない。
 

 どこなの、真紅!?


 ヒナは探したの。でもいないの!
 がむしゃらにススキの中をくぐって……でもいない!


 まさか……ヒナを置いて帰ったなんて言わないよね。
 ヒナは……一人ぼっち……。


 さっきの夢のように――
 ヒナはいらない子だからって言って……。
 意地悪なおじさんやおばさんたちみたいに……。


 そんなの……いや……。


 涙が出てきた。
 その場でじっとしながら……ヒナは泣きわめいたの。


「お嬢ちゃん、どうしたの?」
 後ろから……誰か女の人の声が……。
 振り返ると……女の人が微笑んでいたの。


「一人ぼっちになっちゃったのかな?」
 その女の人はじっと微笑みながら、ヒナの頭をなでたの。
「……うぃ」
「じゃあ、お姉さんが一緒に探してあげるから」
 その女の人はヒナの肩にやさしく手を乗せて……温かいの。
 まるでお母さんのように……。


「ぶわああああん!」
 ヒナは……その女の人の胸に顔をうずめて泣いたの。
 ひたすら泣いたの。
「よしよし」
 その女の人は微笑みながら……ただヒナの頭をずっとなでてくれたの……。


 ―※―※―※―


 まったく……あの子はどこまで迷惑をかけるつもり?


 私は半ば苛立ちながら、ススキで覆われた高原の中を探し回る。
 しかし、夕暮れが近づいて薄暗くなっているせいもあって、その姿を見つけることはできない。


 昔からそう!
 あの子はしょっちゅう、勝手に歩いては迷子になって!
 その度に私とかジュンや友達に迷惑かけて。
 いつまで周りに迷惑かけ続けたら気が済むの?
 本当に進歩というものが無いわ!
 いつものように泣いて愚図っているだけ?


 私は懸命になって、彼女の名前を叫んで探し回った。


「あれ?人をお探しですか?」
 背後から少女らしき声がしたので、思わず振り返る。


 ――!?
 私は一瞬我が目を疑った。


 目の前にいたのは――女の子が3人。
 眼鏡をかけた少女に、ツインテールの少女……さらにロングヘアーで熊のぬいぐるみを抱いた少女。
 一番最後に上げた少女は何と言うか……は置いておいて、それだけなら何ともないのだけど……。


 皆が皆、キツネの耳と尻尾を付けていた。
 まさか妖狐……なわけがない。
 じっと見ると、それは作り物であるのが分かる。
 しかし、こんな山奥でコスプレなんて……何考えているの?


 頭はまともなの……とも思ったが、今はそんな事を言っている場合ではない。
 とにかく、雛苺の特徴を告げて、見なかったかと尋ねる。


「見ませんでしたけど」
「お姉様なら見ているかもしれないよ」
「ば……、その子見た?」
 3人が3人とも見ていないという返事だった。ロングヘアーの少女に至っては手にしている熊のぬいぐるみに呼びかけて尋ねている始末。
 やっぱりあてにならない……と思いながらも、彼女達を引率してきた『お姉様』がひょっとしたら見ているかもと思い、その人のもとへ案内するように頼んだ。


 その時――ススキの中から、両側を赤いリボンで結び、腰まである黒いロングヘアーの女性が――泣きじゃくった雛苺の手を引きながら、こちらにやってきた。


「お姉様!」
 眼鏡の少女がそのロングヘアーの女性のもとへと駆け寄る。
 どうやら、その女性が彼女達の言う『お姉様』らしい。


「あの泣いている女の子って……探している妹さんですか?」
 ツインテールの少女は雛苺を指差す。
「ええ、その通りよ!」
 私はすかさず雛苺に駆け寄った。


「う……ううっ、真紅!」
 雛苺は泣きながらも私のところへ走りよってくる。
「貴女、いい加減になさい!こんなところでいなくなったら探しきれないわ!」
 私はすかさず雛苺に怒鳴りつけた。
 まるで、これまでの鬱憤を晴らすかのように。
 3人のキツネの格好をした少女はその様子を見て、怯えていた。


「勝手に帰ろうと思ったぐらいだわ!」
 私はさらに雛苺を睨む。
 周囲にはまずい空気が漂っていた……が、そんなことはどうでもよい。
 とにかくいらつく。


「それはちょっと酷すぎるのではありません?」
 そんな私を制する声。
 お姉様と呼ばれた女性が、相変わらず泣きじゃくる雛苺を抱きしめながら、にこやかに笑いながら言ったのだ。


「この子はよく勝手にふらふらして迷子になるの。これぐらいやらなければだめよ」
 この人が雛苺を見つけれくれたのだから最初に礼を言うのが筋だろうと思ったのだが、それよりも雛苺への怒りの方が大きかった。
「厳しくばかりするのはよくありませんよ」
 その『お姉様』は相変わらず優しい微笑を私に向けていた。


 だが……その目は全く笑っていなく、鋭利なナイフのような冷ややかさを放っていた。
 思わず、背筋に寒気が走るぐらいにぞっとする。


 その時、はっとする。
 そして気付いた。
 自分がいかに気まずいことをしているかという事に。


 泣きじゃくっている雛苺はもちろん、その周りにいた3人の少女も、すっかり私の剣幕に怯えを隠せず、今にも泣き出しそうになっていた。
 まるで自分が悪役のような気分にさせられる。


 しかし、これも冷静に考えてみればすぐに分かることだ。
 ただ頭に血が上って、かっとしてしまったから気付かなかっただけ。
 自分自身もまだまだ幼稚ね、と呆れてしまう。


「ごめんなさい……」
 私はただ謝るしか出来なかった。


「うふふ。冷静になれたようね」
 その『お姉様』は私に再度微笑みかけると、雛苺の方に顔を向けた。
「ほら。お姉ちゃんのところに行きなさい」
「……うぃ……」
 雛苺はその『お姉様』に軽く背中を押される形で、私のほうへと歩み寄る。


「ごめんなさい……なの……」
 目のまわりを真っ赤にしながらも、じっと私を見つめる雛苺。
「私こそ、ごめんなさい。きつく言い過ぎたわ」
 正直恥ずかしかったが、なんとかそれを隠すようにした。
 そして雛苺を抱きとめ、軽く頭をなでてやる。


「よかったですわ」
 それを見て、その『お姉様』もキツネの格好をした3人の少女達の表情に笑みがこぼれる。
 先程の不穏な空気はすでにどこかへと吹き飛んでいた。


「本当に迷惑をかけたわ。ごめんなさい」
 その『お姉様』に改めて謝る。
「いいですのよ。妹さんにこれからももっとやさしくしてあげて下さいね」
 彼女は相変わらず微笑を崩さないまま言う。


「行きましょう。雛苺」
「うぃ」
 私は雛苺の手を軽く握ると、駐車場のほうへと歩き出した。
 彼女達が優しく手を振ってくる。
 太陽はすでに西の山々に隠れて、夜の帳が降りはじめていた。


 駐車場に着き、自分の車に乗り込もうとする。
 今日の宿は正直決めていない。どこか適当な場所を見つけて泊まるつもりだった。
 明日辺りには家に帰ろうかしら……そう思ったとき。


「お姉様、大変です!バスがもうないです!」
 ふと近くの案内所の方を振り返ると、先程の『お姉様』と3人の少女達が、バスの時刻表を指差していた。
「あら……本当。困ったものね。名張駅までどれぐらい距離があるかしら……」
 『お姉様』も頬に手を当てながら、案内所に貼り付けられた時刻表とその横にある地図を見比べている。
「これ、かなり距離がありますよ」
「そうね。タクシーもなさそうだし……今日中に伊勢神宮に行きたかったのけど……仕方ないですわ」
 眼鏡の少女も『お姉様』も小さくため息をついていた。
「……大変だね……」
 ロングヘアーの少女はそれを見て、手にしていた熊のぬいぐるみに話し掛けていた。


「何か大変そうなの」
「そうね」
 私も雛苺もぼんやりとその様子を眺めていた。
 というか、バスで来たのなら帰りの便を確認するのが当たり前でしょ。


 仕方ないわね。
 さっきのお礼代わりと思えばいいかもね……。


「貴女達。よかったら送っていってあげてもいいけど」
 私は彼女らに話し掛ける。
「いいですの。何か悪いですわ」
「構わないわ。先程のお礼よ」
 誘いを躊躇う『お姉様』に私は車を指差して乗るように促した。


 最初こそ、彼女らは戸惑いながらなにやら話し込んでいた。
 しかし、タクシーすら周囲に見かけないのと、雛苺が少女の一人が持っている熊のぬいぐるみをゆびさして、遊びたいの、なんて言って私に懇願の目を向けるものだから……。
「じゃあ、お言葉に甘えるとしますわ。行きますよ、貴女達」
「はい、お姉様!」
 結局彼女らは私の車に乗り込んできた。


 一応、車は6人乗りのステーションワゴンで助手席に『お姉様』、中央の座席に雛苺と熊のぬいぐるみを持った少女、最後部の座席に眼鏡の少女とツインテールの少女が乗り込む。
 全員が乗り込んだのを確認して、車を走らせる。


 最初は名張駅でいいと『お姉様』と呼ばれたその女性は言っていたが、そこから電車で伊勢神宮に行くつもりだったこと、さらには私もこれから行く場所は特に決めていなかったことから、それならいっその事と思い、伊勢まで車を走らせることにした。
 国道369号線をひたすら東へ向けて走り出す。
 日はすっかり落ちて、真っ暗になっていた。街灯もあまりないので本当に寂しい。
 御杖村、さらに県境を越えて三重県の津市に入った頃には6時半を回っていた。


 最初こそ後部座席にいた雛苺や3人の少女達はすぐに打ち解けあい、結構はしゃいでいたが……やがて遊び疲れたのか、峠を越えてさらに隣の松阪市に入った頃には、すっかり寝息を立てて眠っていた。


「うふふ。寝顔もかわいいわね」
 助手席の『お姉様』は後部座席の3人の少女の寝顔を見て、満足そうな笑みを浮かべていた。それはさながら我が子を愛しく想う母のように。
「雛苺ちゃんでしたっけ……彼女も可愛いわね。まるで天使のようね」
 さらに彼女は助手席から後部座席へ身を乗り出し、雛苺の頬をそっと撫でていた。
「んんっ……」
 雛苺が頬を触られた途端に小さくうめき声をあげて微かに震えたのがバックミラー越しに見える。


「本当にかわいい。見ていてぞくぞくしちゃう。
 貴女もこんな妹さんを持ってうらやましく思いますわ」
 彼女は湧き上がった興奮を抑えながらも、助手席に座りなおしながら私に話し掛けてくる。


「そうかしら?」
 私は疑問の声を上げる。
 正直、ここまでかわいいなんて思えない。もっとも、昔から見慣れているせいかも知れないが。
 それにしても、彼女の思考はどこか過剰であるような気がする。
「かわいいですわよ。私だったら迷わず妹にしちゃいたいぐらい」
 彼女は相変わらずにこやかに微笑んでいた。


「……そう思える貴女こそ、うらやましく思うわ」
 そしてふと話してしまう。
 彼女が幼い頃から親戚をたらいまわしにされたり、虐待を受けたり……引き取ったものの、最近は彼女に苛立つことが多く、正直疎ましく思ってしまっていることも。


「そうですの……」
 途端に彼女の表情に暗い影が落ちる。耳の脇に垂らした小さい三つ編みにした髪の先をいじりながら、窓の外に目をやっていた。
 車は国道42号線に入っていた。周囲の家も国道を走る車の量もも多くなってきている。
 ようやく山奥から街中に入ってきたと実感する。


「貴女はなぜ彼女を引き取ろうなんて思ったのですの?」
 彼女がふとそんなことを訊いてきた。
「なぜって……彼女が虐待されて可哀想に思えたからよ。最初は貴女のようにかわいいと思ったこともあったわ。
 でも……いつもかまおうって気にはなれないわ。ほとんど毎日のように無茶苦茶されてみなさい。私だって自由にしたい時もあるのよ」
 ハンドルを握りながらもため息交じりで語る。


 やがて伊勢自動車道の案内標識が見えたので、それに従って車を進める。
 高速に入り、そのまま伊勢方面へと車を走らせる。


「世間で揉まれると、そのように思ってしまうのでしょうか……」
 彼女は後部座席の雛苺や少女達の顔を一つ一つ眺めていた。
 あどけない寝顔。
 彼女には本当にかわいいと見えるのか。


 純粋に妹を可愛がれる人。
 たとえ何があっても、いつまでも可愛がるかもしれない。この人は。
 ある意味、うらやましく思えてくる。


「私は……いつまでも妹達と一緒にいたいですわ」
 彼女は話し出した。


 3人の少女は実の妹なんかではなく、学校の後輩であること。
 通っている女学校で後輩を妹と呼ぶ風習があること。
(もっとも彼女達は部活のメンバーで、連休を利用して奈良に来ていたのだった。
もっとも遠征としてだが。しかし、内容を聞く限りコスプレをさせて遊ぶという部活に遠征ってのもおかしな話だが)
 そして、その女学校はほぼ寮制で世間から隔絶されている感があり、独特の人間関係が築かれているケースが多いこと。
 もちろん……いじめなんかも。それも、周囲からじわじわと責める極めて陰湿な形の。


「世間がどうなっているのはあまり知りませんわ。
 でも……彼女達が、もしそんな中に放り出されて、嫌なことに遭った時……誰が彼女らを守ってあげますの?」
 再び後部座席の方に目をやる、その女性。
 母親のように微笑んでいるけど……その目は確固たる意思を語るかのように、光を帯びて。


「……誰が守ってあげる……か」
 私はふとそんな事を口にした。
「私はいつまでも彼女達を見守ってあげるつもりですわ。だってかわいいですもの。
 でも、生半可な気持ちではできませんわ。それなりの責任がありますもの」


 それなりの責任。
 彼女の言葉に私ははっとしてしまう。


 雛苺を引き取った時――衝動的とはいえ、彼女を守り通してやると思った。
 でも――思ったのはそれだけ。今後ずっと彼女と一緒にいることで、どんな事が起こるかなんて少しも考えていなかった。
 時が経つにつれて、彼女の面倒を見るのが鬱陶しくなって……。
 でも、対応を間違えたら雛苺の心の傷はさらに拡がって――取り返しのつかないことになった時、どうするつもりだったのか――全く考えていなかった。
 動物を飼うのとは話が全然違う。
 それなりの責任がある。
 その言葉が重く私にのしかかる。


 ――こうしてしまった以上……彼女を放っておくのは許されないわね。
 それに気付かなかった私の馬鹿さ加減にほとほと呆れてしまう。


「責任を持つね……私も初心に返らなきゃダメね」
「ええ。その気持ちを持って。怒ってしまうこともありますけど、その辺はこらえて、優しく見守ってあげてくださいね」
「まったくその通りね」
 ふと、バックミラー越しに移る雛苺の姿に目をやる。
 すやすやと眠る雛苺のあどけない寝顔。
 いつまでも幼い性格の彼女だけど――これ以上傷つけてしまったらどうなるのか?
 そんな風になってしまった彼女の顔は――見たくない。
 先程まで私は自分の感情のために、そうなりかねない行為をしてきたのだ。
 自分があまりに――未熟すぎた。


 この先、彼女はいろいろなやんちゃをしでかして――私はキレる事があるかもしれない。
 でも、その時は優しく諭してあげなければ……いけないか。
 まあ、のんびりと長く付き合ってあげよう。
 そして――姉としてどこまでも守ってあげよう。この妹を。


 やがて伊勢西ICで高速を降りる。伊勢神宮まではもう少し。
 静かな夜の道をひたすら突き進んでいった――。



(蛇足)
 旅行から帰って数日後。私はふと旅先で会ったあの女性――千華留さんの事が気になった。
 後輩達を自分の好みの衣装に着せ替えて楽しむという趣味……。
(結局、あの旅行でなぜ彼女が伊勢神宮に行きたがっていたのかといえば、お参りをする――ってのもあったが、後輩達に巫女さんの格好をさせて撮影会をしたかったからなのだ。何というか――ある意味不謹慎ね。
 もっとも、雛苺も混じって結構すごい撮影会になっちゃったけど。
 てか、危うく私も着せ替えられそうになったけど!)


 さて、そんな彼女は――どこかの誰かに良く似ている。
 そう、雛苺の友達の金糸雀の親のみっちゃんだ。
 何気なくみっちゃんに千華留さんの事を話したところ――同じ趣味を持つ知人同士であるという。
 類は友を呼ぶなんていうけど――まさにその通りね。
 思わずため息を吐いてしまう。


 さらに後日のとある土曜日。
 私はバイトを終えて家に帰った。その時外にみっちゃんの車が停められていた。
 ――また、雛苺と金糸雀にお手製の衣装を着せて、撮影会でもやっているのかしら。
 私は大きくため息をつきながら、玄関の戸を開ける。



 ――え?
 靴が7足。結構な人数が来ているらしい。
 そして、居間の方からは大人数のはしゃぐ声が聞こえる。
 何か――悪い予感がするのだけど……。
 恐る恐る、居間のドアを開けると……!


「カナ、かわいい!絆奈ちゃんもかわいい!もう、たまらないっ!まさちゅーせっちゅ!」
「みっちゃん、落ち着いてかしらー!」
「あらあら、みつさんもすっかりツボにはまって。ああ……私も抱きしめたいですわ!」
「籠女ちゃんもかわいいのー!ばーしばるはどう思うのー?」
「……雛ちゃんのこと……似合ってるって言ってる……」
 そこには、天使やらナースやらネコやら婦警やらの衣装を着た、雛苺に金糸雀、さらには、千華留さんの後輩の絆奈に檸檬に籠女。
 そして、そんな彼女にすっかり興奮して、カメラのシャッターを切る千華留さん。
 みっちゃんにいたっては、金糸雀と絆奈に強烈な頬擦り――いわゆるまさちゅーせっちゅをお見舞いしていた。


 何なの……これ?
 目の前に繰り広げられる光景に、私は思わず手にしていた鞄を落としてしまった。


「あら、お久しぶりですわね、真紅さん」
「さて……真紅ちゃんもお着替えしなきゃねっ!」
 不気味な笑みを浮かべながら、みっちゃんと千華留さんは私に迫ってきた。


 え……ええ!?


 私は抵抗した。しかし、無駄だった。
 二人に取り押さえられ、すかさず彼女らの用意していた衣装に着替えさせられる。


「ああ……伊勢でやろうと思って出来ませんでしたけど……たまりませんわ!」
「もう破壊力抜群……まさちゅーせっちゅしたいっ!」
 着替えた私の姿を見て、二人のボルテージは最高潮に達していた。
 といいか、鼻息が荒くなって気持ち悪いのですけど。


 狐の耳に尻尾をつけた上に、巫女の格好をさせられた私。


 恥ずかしい。てか、悪趣味すぎるわ!
 鏡に映った自分の姿がちらりと目に入る。


 なんていうか……その途端に顔が真っ赤になる。


 こんな所、もし誰かに見られたら……。
 恐る恐る、入り口の方に目をやると!


「真紅。借りたた漫画返しにきたぞ……」
 なんと、そこにはジュンがやってきた。本当に間が悪すぎるわ!
 ジュンはそんな私の姿を見て、しばらく呆然としたが……やがて。


「かわいい……」
 鼻血を垂らしながら……静かに倒れたのだった!
 ちょっと!何思ったのよ!
 ぶっ倒れないで助けなさいよ!


「あらあら、ジュン君もこれで倒れるなんてウブね。でも、勝負はこれからね」
「まだまだ衣装はありますわよ。今日はたっぷりとお楽しみ下さいな」
 鬼気迫る勢いで私に迫るみっちゃんと千華留さん。


 本当に……勘弁して……欲しいのだわ……。


「まだまだ、夜は長いですわよ!」
「そうそう、真紅ちゃんのために衣装はたぁっぷり用意したのだから!
 てか、まさちゅーせっちゅしたいっ!」
「次はこれなんかいいですわね。次の佐賀遠征用に用意したやつですわ」
「弥生時代の衣装ね!真紅ちゃんなら結構ツボかも!」
 二人はもはや猛獣のような勢いで、さらに私を着替えさせたのであった。


 結局、腐女子どもによる、最強のお着替え会は深夜まで続いたのであった――。

      (今度こそ終わり)



(注:なお、今回登場の他キャラは以下の通り)


源千華留、日向絆奈、夏目檸檬、白壇籠女@ストロベリー・パニック

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