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第六話 「微変した日常」


「ジュンー」

名前を呼ばれてビクっとしながら振り向く。

「水銀燈か……」
「どうしても驚いちゃうのねぇ」
「ああ……御免な、反射的なものっていうか……」
「いいのよぉ、ゆっくり治していきましょう」

水銀燈はそう言ってオーダーを置いていくと
また戻っていった。
今日で訓練開始の日から三日。
相変わらず僕はビクビクしながらやっている。
最も、三日やそこらで治るんなら苦労はしないが。
だからといってやめる訳にもいかない、僕はオーダーを見て紅茶を淹れだす。
この作業にも少しずつ慣れてきた。
慣れない葉などの淹れ方は本を見たり実際に淹れて大分わかってきた。
忘れないようにノートに書いておく。

「はい、注文の紅茶」
「ありがとぉ、早速持っていくわねぇ」
淹れたばかりの紅茶を水銀燈に渡す。
水銀燈もウエイトレスの仕事に慣れてきているようだ。
テキパキとトレーの上に何個かの紅茶を乗せ運んでいく。
白崎さんはというとウエイトレスと紅茶淹れのバイトが入ったお陰で
料理とカクテルなどを作るのに集中している。
元々紅茶を淹れるのが苦手だったり
ウエイトレスまでやってたせいで
自分の好きな仕事に集中出来なかったらしく
今の状況を嬉しく思ってるようだ。
僕も働かせてもらってる身、頑張らないとな。
そう思って再び紅茶を淹れようとするが注文は無かった。
此処は夜はバーに近いような喫茶店だから
お酒や軽い料理などの注文は多くても紅茶の注文はそれに比べると少なく
こうやって暇が出来ることも多い。
なのでこうやって暇が出来る間は勉強をしている。
かなり僕は勉強が遅れているのでそれを戻さなければならない。
最も、勉強の遅れを取り戻したからといって
学校に行けるかはわからないがやるに越した事はないだろう。
考えると少しでもやる事はあったのに
毎日ぐうたらしてた僕は情けない。
「ジュン、此処間違ってるわぁ」
「!……ん、あーほんとだ」
「それと此処はこれ覚えとかないと出来ないわぁ」
「じゃあ先にこっち覚えないとな……教えてくれてありがとう」
「どういたしましてぇ」

水銀燈もウエイトレスの仕事が暇になる事もあり
こうやって時々勉強を教えてくれる。
ほんとに感謝しなくては。
ふと、誰かが後ろに居た気がしたので焦って振り返る。
誰かと思いきやそこに居るのは白崎さんだった。

「もう上がっていいですよ、皆さんお疲れ様でした」

時間は十一時、ローゼンメイデンは深夜頃までやってるので
閉店時間まではまだまだあるのだが
僕ら二人は学生という事もあるし、遅くまで働いてるとなると
水銀燈は学校があるので体に響いてしまう。
のでバイトが終わる時刻は八時から三時間働いた後となってる。
「お疲れさまぁ」
「お疲れ、片付けしたら帰ろうか」
「それと水銀燈さん、制服が明日には届きそうです」
「ほんとぉ?私服だと汚れそうで大変だったからよかったわぁ」
「これで晴れてローゼンメイデンのバイトだな」
「ですね、これからもよろしくお願いしますよ」
「ジュンが居る間までしかいませんよぉ」
「はは……ならお二人揃ってずっと居てもらいたいですね」

二人揃ってずっとか、せめて対人恐怖症さえ治ればな……。
そうしてもいいと思えるんだけどな。
鞄の中に持ってきた勉強用具、それに紅茶の事を書いたノートを入れ終わり立ち上がる。

「考えときますよ、じゃあ水銀燈行こう」
「ええ、さよならぁ」
「また明日よろしくお願いします」

白崎さんがそう言い終わると僕は身を屈め
カウンターの内側を通り億の通路へと行く。
通路について体勢を元に戻す。
後ろから客の声が少し聞こえるせいで興奮して心臓が脈打つ。
横から水銀燈が大丈夫よぉと囁いてくれる。
そのせいかいつもよりはマシな気がする。
そんな事を思い浮かべてると裏口のある部屋につく。
急いで裏口から外へと出る。
外にはこの時間帯全くと言っていい程人が居なく多少は安心できる。
いつもみたいに道の端の電柱の近くとかではなく
堂々と真ん中の道を歩く。
「やっぱこの時間帯は安心して歩けるしいいわねぇ」
「ああ、それでも少しは警戒してるけどな……」

安心できるとはいえ人が来る可能性は0とは言えない。
なので多少周りを見回している。
普通の人から見たら不審者にも見えかねないがしょうがない。

「こんな事でも少しずつ治ってってる筈だわぁ。
 だっからじっくりといきましょう」
「ああ、諦めず焦らずじっくりとな……。
 簡単に治れば苦労しないんだがな。
 心の病ってのは薬が無いから大変だな……」
「そんなことないわぁ」
「ん?なんか薬があるっていうのか?」
「強いていうなら“他人からの愛”じゃなぁい?
 ジュンは愛してくれる人が居るからこうやって復帰トレーニングも出来るしねぇ」
「……だな、それじゃあ改めて言っとくよ」
「何?」
「ありがとうな」
「ふふ……構わないわぁ」

感謝しても感謝しきれないぐらいだ。
いつか……白崎さんにも水銀燈にも恩を返したい。
今は返せない、から精一杯出来る事を頑張ろう。
「君はーいつも僕の、薬箱さー♪」

何となく頭に浮かんだ歌を口ずさんでみる。
らいおんハート、随分と古い曲だが好きな歌。

「あらぁ?随分と懐かしい歌を歌うのねぇ」
「ん、何か歌詞がまさに今の僕と思ってね」
「あらぁ?確かにそうねぇ」

ほんとに今の自分そのまんまのように思えるような曲だ。
心に響いてくる。

「君を守ーるため、そのためにうーまれてきたんだー♪」

今度は水銀燈がサビの部分を歌いだす。

「ほんと歌詞どおりだな」
「ふふ、いつでも守るわぁ、あなたの事」
「はは……本当にありがとう」

いつか今度は僕が水銀燈を守れるぐらいに強くなりたい。
歌を聞いてそんな風な事を思った。
そうやって話をしていると家が見える。
水銀燈の家はまだ先にあるのでいつもここでお別れとなる。

「それじゃあまた明日」
「またねぇ」
家のドアを開けて中に入る。

「ただいま」
「ジュン君おかえりー!」

思わずその声でビクッとする。
だが家に居るのは姉ののりだけなのですぐに冷静を取り戻す。

「ジュン君何も無かった!?大丈夫!?」
「大丈夫だから落ち着いて、のりが大丈夫じゃない」

昨日、のりと話をした。
水銀燈がお姉さんは良い人だから大丈夫、だから話し合ってみてと
言ってくるので勇気を振り絞りタイマンで話をした。
話をしたと言っても十分程度の事だがお互いの事を話すには十分な時間だった。
その十分で話した事といえば“御免なさい”とばっかだった。
姉は今まで理解できなくて御免なさいと。
僕は今まで迷惑をかけて御免なさいと。
同じ血が流れているせいか二人ともずっと泣きっぱなしだった。
そんな事があったせいで今はどうにかのりとも正面から話すことが出来る。

「今日はもう寝るよ」
「子供は早く寝た方がいいからそうするのはいいよジュン君」

子供じゃないと言いたかったがまぁいい。
朝が早い訳では無いが遅くまで起きる理由も無い。
なので復帰トレーニングもといアルバイトから帰ってくるとすぐ寝るようにしている。
「それじゃあお休み」
「お休みなさいジュン君」

部屋に入り電気を点ける。
少しして明かりが点く。
服を脱ぎパジャマへと着替える。
脱いだ服を部屋を出て一階に降り洗濯機に放り投げる。
入ったのを確認してすぐ二階の部屋に戻り眼鏡を外しベッドに入る。
疲れもあるせいですぐに眠りについた。



あくびをしながら腕をぐーっと伸ばす。
時計を見るともう朝になっていて目が覚めたようだ。
ぼやっとしてよく見えないが眼鏡を探す。
眼鏡らしき物体が見えたのでそれを掴む。
感触からしてまごうことなき眼鏡。
それをかけてもう一度あくびをする。
起き上がり部屋の出て一階へと行く。
一階ではもうのりが起きて学校に行く準備をしているようだ。
「あ、ジュン君おはよう」
「おはよ、朝ごはん食べたの?」
「まだよ」
「じゃあ何か軽く作るよ」
「それじゃあ悪いよジュン君」
「そんな事ない、これぐらいしないと。何がいい?」
「え……じゃあパンか何かでいいよ」

パンというのでサンドイッチか何かでいいだろうか。
サンドイッチ用のパンセットの袋を開け六枚の生地を取り出す。
取り出した後、やかんに水を入れ湯を沸かす。
冷蔵庫からレタスとトマトを出す。
トマトはもう切ってあるがもう少しだけ切る。
レタスはサンドイッチの生地の大きさに合わせて切る。
生地の上にレタスを置いて更にその上にマヨネーズを少しかける。
そしてトマトを置いてもう一回少しマヨネーズをかけた後に
レタスをもう一枚乗せ生地を乗せる。
これで本当に簡単に出来るサンドイッチの完成。
生地が四枚あるのでまだ二組作れるので同じ作業をまた始める。
少しして三組のサンドイッチが出来る。
湯も沸いてるようなので火を止める。
棚から紅茶のティーバッグが入ってる箱を取り
中から一つ取り出しカップに入れる。
湯を注ぎカップ用の蓋があるのでそれで密閉する。
紅茶もカップラーメンでもそうだがこうやって湯を入れるものは密閉したほうが良い。
そっちの方が温度が保たれるから。
サンドイッチを皿に乗せのりの所へと持っていく。
その後にカップの蓋を外しティーバックを抜き紅茶をのりの所へ持っていく。
「ありがとジュン君、何でも出来るね」
「な訳ない、ただ切って乗せただけだって」
「それでもおいしいのよ、あつ……」
「そんなに焦って紅茶飲むからそうなるんだよ。落ち着いて飲みなよ」
「う、うん……あつつ……」

慌てて飲むので舌をちょっと出して手で押さえている。
コップに氷を入れて水を入れ、のりに差し出す。

「はい」
「あ、ありがと……」

少し涙目になりながら水を飲む。
それで少しは舌が冷えて落ち着いたか少し飲んだだけでコップを置いた。

「大丈夫?」
「だ、大丈夫……」
「少し置いときなよ、ぬるくなったら飲みなよ」
「うん、そうするね」

そう言うとのりはサンドイッチの方を食べだす。
今度は喉につまらせでもするんじゃないかと思ったが
そんな事は無くサンドイッチを食べ終わった後、
多少ぬるくなってるであろう紅茶を飲みだした。
ちょうどいい温度なのか比較的早いペースで飲んでいる。
少しして飲み終わると顔を洗いに行く。
三分ほどして戻ってくると鞄を持つ。
もう学校にへと行くようだ。
「行くの?」
「うん、朝練あるしね」
「そう、行ってらっしゃい」
「行ってきますジュン君」

そう言ってのりは出ていった。
さて、勉強でもしようか。そう思い二階に戻る。
数学など教えてもらわないと出来ない科目は
夕方水銀燈が学校から帰って来た時に
教えてもらう事になっている。
ので、今は基本的に覚える事しかない社会など
または国語などをやっている。
覚えるだけなのでまだ簡単に追いつける。
それでも結構な時間がかかるので朝から頑張らなくちゃならない。
まぁやれる事はやらなくちゃな。



時間は十二時。
のりに朝ご飯を作っていたせいで
自分の朝ご飯を作るのを忘れていた。
何をやってるんだろう僕。
自分で作るのも面倒くさいので朝昼兼用で
ローゼンメイデンで何か食べることにしよう。
そう思いさっさとパジャマを脱いで洗面所へと行き顔を洗う。
朝ご飯食べてないなら歯磨かなくてもいいんじゃないかな?
けどやっぱり磨いとかないと何か不潔だし磨くことにしよう。
着替えに歯磨きも終わり財布を持って外へと行く準備をする。
ドアを開いて周りを見回すが人は居ないので家を出て鍵を閉める。
そして早足でローゼンメイデンの方へと向かう。
途中で人に出くわさないかと隠れながら注意深く見る。
ローゼンメイデンが見え一気に行こうかと思ったが
中から客が出てくるのが見え驚き退く。
あの店には中々客なんて来ないのにと思って見てみる。
見たことある気がする人だなと内心警戒しながら思う。
そうだ、オディールだ。
僕が来る前にはオディールがいつも店に来る。
ちょうど今帰る所みたいなので姿が見えなくなるまで見ている。
姿が見えなくなったので急いでローゼンメイデンへと入る。

「やぁようこそって、ジュンさんですか。ちょうど今オディールさんが来ていましたよ」
「そこで見てたからわかりますよ。あ、いつものをお願いします」
「はいわかりました、それと伝言がありますよ」

伝言というのはオディールからだろう。
オディールとは白崎さんを通して会話をしているので
こうやってお互いに伝言という形になる。

「なんですか?」
「“私は学校には保健室登校という形で昼から行ってます。
 ある程度にジュンさんも立ち直れたらそういう風にしたらどうですか?”との事です」
「保険室登校ですか……」
保健室登校というのは先生に行って認可してもらえるようなものかどうかはわからないが
少なくとも出席は付くかもしれないし
何より最近の中学校の保健室の先生などは大体カウンセラーの資格もある。
だから一緒に居ても怖がるような相手ではない。
むしろ落ち着けるような相手でもあるだろう。
けど……。

「僕は……僕のやり方でいつか復帰すると決めたので完全に復帰するまでは
 今のような生活を送ったりするつもりで、と伝えてください」
「了解しました、オディールさんにも此処でバイトをしてみる事を
 勧めたんですがね断られましたね」
「またそれは何故ですか?」
「まぁオディールさんにはオディールさんの事情があるという事ですよ」
「成る程」

何か事情があるというのならこれ以上聞くという訳にもいかない。
なのでこの話はやめることにしよう。

「はいできました」
「どうも」

白崎さんからスパゲティを受け取る。
その後に紅茶も貰う。
「ノート早く見せてくださいね、僕も上達したいんで」
「まだまだノートは書いてないですよ」

白崎さんから紅茶のノートをまとめるのにいいだろうと貰ったノート。
まぁ白崎さんが紅茶を淹れるのをうまくなりたいからノートに色々書いてくれという願望もあるノートだが
流石に数日でノートに一杯かける訳でもない。
まだほんの少ししか書いていない。

「それと水銀燈さんの制服は今日届く予定でしたがやっぱりもう少しだけ時間が欲しいとの事です」
「成る程わかりました、伝えときますね。
 制服って白崎さんの着ているようなものですか?」

白崎さんはいかにもバーテンダーという感じの服を着ている。
水銀燈もこういうのだろうか?それとも女性用?

「いや……ちょっとまだわかりません。
 制服を寄付してくれる人の趣味ですので」
「え、寄付ですか!?」
「ええ、金糸雀さんのお姉さんが服飾の仕事をしている方らしくて
 金糸雀さんの服を作るついでに水銀燈さんの服も作ってくれるらしいです。」
「金糸雀のお姉さんなんて居るんですか」
「ええ、この前金糸雀さんを連れてこの店に来て
 制服を作らせてっと直談判されました」
「それまた凄い話ですね」
「熱心なお方なようで」

金糸雀にもお姉さんが居るんだな。
しかも服飾の仕事か……興味あるな。
「一回その人とお話してみたいですね」
「おや?ジュンさん服飾の仕事に興味があるんですか?」
「……ええ、まぁ。少し興味あるかなーと」
「成る程、いつかお話できるようになりたいですね」
「ええ、頑張らないと」


まだスタートラインに立ったばかり。
いや、スタートラインに戻る道に立ったばかりとでも言えようか?
辿りつくかもわからない。
それでも、いつか対人恐怖症を治したい。
じゃないと僕は何も出来ない。
僕は何かをしたい。
拳をぐっと握り締めそんな事を思い浮かべた。
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