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幾年を経て、この感情はずっと心の芯に居座り続けている。
ああ、僕の心よ。恋焦がれる気持ちは僕の胸を焦がし続けただ空しさだけが残ってしまう。
その望みはただ一人を求めるだけの浅ましい欲望―――



新しい家で新しい町、新しい学校、新しい友人へと希望を膨らませていた。
引越しを済ませ、明日から学校を変えて勉強することになる少年の名は桜田ジュン、見た目も余りぱっとしない普通の少年だった。
此処へ来る前までは昔からいた街を恋しく思いさえしていたが新しい環境への好奇心もあり何気に転校先の学校が楽しみだった。
けれどもそれが間違いだったのかもしれないとジュンは思った。

 「おい桜田、お前何描いてんだ?」
 「え、えっと…」
 「うへぇ、コイツ女の服の絵描いてるぞー!」

ジュンが教室の片隅でノートに姉に頼まれて作ろうと思っていた人形の服のラフ画を描いているとやや体格のいい男子がそのノートを取り上げ声高らかに言う。
物珍しい転校生ということもあってクラス中のみんながこのことに興味を示した。男子は彼のことを気持ち悪いといい、女子は余り彼を見ないようにしていた。

 「お前こんなこと描いてエロい奴だなー。」
 「女みたいにお人形遊びでもお前やってるのかよ?」

小学生特有の理屈のない侮蔑の言葉を投げかけられジュンは情けなくも泣き出してしまう。前の学校ではただ尊敬されるだけだった。
それなのに此処では全く違う、自分の扱いの違いに驚きを隠せずにいたのだろう。
その日以来からジュンは男子の中では孤立してしまいもともと体を動かすようなことが得意じゃない大人しい性格だったのでパシリの様にされていた。
ある日、ジュンは何人かの男子のランドセルを一人で持って連れ回されていたところで万引きをしろと強要されもした。
最後の一線として万引きだけは断固として拒否したのだが次の日には椅子が無くなっていたりと悪質なイジメは続いた。
色々なところに連れまわされた後にいつも夕方ぐらいになってからジュンは帰路につく。この生き地獄をあと何回繰り返せばいいのかわからなかった。
家にいても親に気を使うだけなので余り帰りたくもない。仕方がないので近場の公園にでも行って気分を紛らわそうとジュンは帰路を離れる。
赫灼の夕日で家もビルもガードレールもアスファルトも道端の草花も朱色に染まりきっている。
公園につくとジュンは空いているブランコに腰掛てゆっくりユラユラと揺らし始める。目にするもの全ては朱色、土も遊具も誰かが忘れていった砂場の小さなシャベルも。
公園の木々に暗い影が差し陰鬱としたジュンの心情を表しているかのようだった。このまま夜中までいようか、などと考えてしまう。

 「ねぇ、そろそろ代わってくれなぁい?」

女の子に声をかけられてジュンは耽っていた思いから引きずり出された。慌ててジュンはブランコから降りて女の子に譲る。
真っ赤な夕日に照らされた彼女の肌はオレンジ色に綺麗に染まっており普段は白いとわかる。長い髪の毛は日の光をいっぱいに浴びてキラキラ光る美しい銀色、そして瞳は赫灼の夕日に負けないぐらい赤かった。
そう言えば学校で聞いたことがあった。学校の生徒で白いお化けのような女の子がいるということを。

 「なぁに?私に何か用でもあるのぉ?」
 「うぅん…何でもない。」

何でもないと口では言ったもののジュンはその場から動こうとはせずただただ奇抜な容姿をしている女の子を見ているだけだった。
いい加減に見世物になるのに耐えられなくなった女の子は見た目とは裏腹にきつく詰め寄る。

 「ちょっとぉ、余りジロジロ見ないでよねぇ。」
 「ごめん…何だか凄くキレイだったから。」

間抜けにも素直にそんなことを言ってしまう。それほどに夕日に照らされた白い少女の美しさは神秘性を帯びていたのだ。
思わぬ言葉をかけられた少女はバカじゃないの、とそっぽを向いてしまう。銀色の髪が銀粉のように舞うその仕草すら美しかった。

 「ねぇ、君って○○小学校の子だよね?名前はなんて言うの?」
 「水銀燈よぉ…。あんたの名前は?」

名前を聞けただけでよかったのに自分の名前を聞かれるとは思っていなかった。

 「僕の名前はジュン…です。」

最初はただの綺麗な子だと思った。その普通とは違う、色の薄さが果敢なさを醸し出していてまるで天使のようだった。

 「ああ、あの女の子の服を作っているとかいうジュンだっけ?噂ぐらいは聞いているわよぉ。」
 「う、うるさい!そっちだって……噂ぐらいなら聞いたことあるぞ。」

けれども彼女の陰口を聞いたことはあるのだが彼女がいじめられている姿を見たことがないとジュンは思い出した。
水銀燈は女の子の癖に男子も顔負けなぐらいに喧嘩が強いのでイジメをしようものなら返り討ちに遭うことが多いからだ。
それを思い出してジュンは一瞬だけ芽生えていた『同じ異端の存在』としての仲間意識が無くなってしまった。

 「お前はいいよな…喧嘩も強くて誰からも見下されなくて。」
 「当然よぉ。あんなのは一人じゃ何も出来ない弱虫の集まりなんだからぁ。」

自信満々でいて誇らしげに水銀燈は言っていた。それを見てジュンはますます自分と彼女は違うのだと感じた。

 「僕なんてやられたい放題さ。」
 「何でやり返さないのよ?」
 「お前みたいに強くなんかないからだよ!僕みたいな弱い奴は強い奴にイジメられるんだ!」

教室中のみんなが自分を指差して笑っていた、蔑んでいた、虐げていた。大勢の前で個人など何の力があろうか?
幼いながらにジュンはそのことを身を持って知っていたのでその頃はすっかりと自分は無力な存在だと悟ってしまっていたのだ。

 「なんか勘違いしてるみたいだけど…あんたの言ってることは確かに正しいかもしれないわねぇ。
  一応、聞いておくけれどもあんたはどうしたいの?このままイジメられてていいわけぇ?」

大して感心も無さそうに気怠そうに問いかけて来る。

 「決まってるじゃないか、僕はもうこれ以上イジメられるのは嫌だ!でも…僕じゃあどうしようも…」

気怠そうな表情から水銀燈はふと笑んでいた。ジュンは真面目に聞いてくれと抗議してから水銀燈は出し抜けに言った。

 「だったら私のパシリになりなさい。私のパシリをやるっていうんだったら他の子には決して手を出させはしないわぁ。
  その替り………私の言ったことには絶対服従よぉ?いいわねぇ?」

小悪魔な笑みを浮かべて美しい天使は言った。こんな女の子一人に扱き使われるのと不特定多数の人数に扱き使われるのだったら答えは決まっている。
ジュンは意を決して水銀燈の眼を初めて見る。紅玉色の双眸もまたこっちを確りと見据えていた。
何故か動悸が激しくなって息遣いも荒くなる。よくよく考えれば女の子の顔をこうしてまともに見るのは初めてだったのだ。

 「わかった、僕は君のパシリになるよ。」
 「そう、じゃあ最初の命令、今すぐヤクルト買って来なさい。」
 「行き成りかよ!?」
 「なぁに?嫌って言うのぉ?」

仕方がないのでジュンはヤクルトを買いに行くことにした。こんなことだったら別に何も変わっていないように思えていた。
けれどもそんな考えはほんの1日だけのものだった。翌日になってからはジュンをいじめようとする輩が激減したからだった。
それほどまでに水銀燈の名前は有名だったのだろう。余程喧嘩が強いらしい。
けれどもそんな彼女でも唯一、対等に接している女子がいるという。一体どんな奴なのかと気にしていたある日、ジュンは彼女と出会うことになる。



いつも通り水銀燈と一緒に帰るために彼女の教室へと移動すると其処には水銀燈と口論をしている女子がいた。
金色の巻き毛のある長いツインテールに青い瞳の女の子だった。水銀燈とはまた違った魅力のある子でどちらかと言えば可愛い部類に入る。
などと考えられたのも一瞬のことだった、水銀燈との口論を聞けば彼女がどんな性格なのかすぐにわかる。

 「真紅のブス!」
 「ふん、ジャンクにそんなことを言われても何とも思わないのだわ。」

周りの生徒はと言うと二人の口論などまるでないかのように振舞っている。その様子からしてこの状況は日常茶飯事なのだろう。
非常に声をかけ辛かったのだがジュンは勇気を出して声をかけることにした。そうでもしないと夕暮れまで続きそうだったからだ。

 「なぁ水銀燈…もう終わったんだけど…」
 「あらぁ、ジュンじゃないの。」
 「誰なのこの子?」

見た目の可愛さとは裏腹にキツイ目つきで真紅はジュンを見ていた。余り人に見られることに慣れていないジュンはさっと目を逸らす。

 「この子はあれよ、私のパシリ。」
 「ああ、この間言っていた子ね。けれども品のない言い方ね。せめて下僕と呼んであげなさい。」
 「いや、それ全然違わないしそっちの方がもっと嫌だ。」

次の瞬間、ジュンの顔面に何かが強く打ちつけられた。何が起こったのかわからなかったジュンは倒れてしまう。
真紅はその自慢の長いツインテールを鞭のようにしならせてジュンの顔面を狙うという器用な攻撃をしかけたのだった。

 「口の聞き方のなってない下僕ね。水銀燈のモノは私のモノでもあるわ。だから貴方は私の下僕でもあるのよ。」

ジュンには目の前の金髪の少女が何を言っているのかわからなかった。とてつもなく理不尽なことを言われているのだけは理解できる。

 「何でそうなるんだよ!僕は別に…」
 「それよりもジュンと言ったかしら?紅茶を買って来なさい。」
 「あらぁ、駄目よぉ。ジュンは私のモノなんだから手を出さないで頂戴。」
 「言ったでしょう?貴方のモノは私のモノよ!」

二人は再び口論に戻ってしまいどうしたらいいのか分からないジュンは何となく紅茶とヤクルトを買いに行くハメになってしまう。
もはや此処まで来ると生粋の下僕体質と言っても過言ではないかもしれない。最初こそは二人に扱き使われるのは苦痛でしかなかったのだが賑やかな二人を眺めているだけでジュンもまた明るい気持ちになれていたのかもしれない。
何時の間にかジュンはクラスでも余り孤立することもなくなっており普通に集団に溶け込めるようになっていた。



そんなある日、水銀燈が風邪で学校を休んでしまいその日はジュンと真紅だけになっていた。
もはや体が自然と向かってしまうのだろうか、ジュンはまた放課後に真紅と水銀燈のクラスへと向かっていた。
そこで見たのは真紅が他の女子生徒たちに囲まれている光景だった。取り囲まれてそれぞれの女子生徒が好き勝手に真紅のことを罵っている。

 「勘違いしてるんじゃないの?」
 「お嬢様気取ってるんじゃないわよ。」
 「アンタなんて水銀燈さえ居なければ怖くも何ともない。」

水銀燈が居る頃とは打って変わって真紅は何も言い返せないでいた。ただ罵詈雑言を浴びながら黙々と帰りの支度をしている。
そんな時、鞄の中から小さなぬいぐるみのついたキーホルダーが滑り落ちた。真紅は慌ててそれを拾おうとするが周囲を囲んでいる女子に取り上げられた。
そして取り上げたキーホルダーを真紅の目の前で餌のようにチラつかせている。

 「か、返しなさい!」
 「イヤ」

真紅が取り戻そうとキーホルダーを持っている女子の方へ詰め寄ると他の女子に投げ渡す。その女子も真紅が近付いたら別の女子に投げ渡す。
それが何度か繰り返されたのだが真紅は一向に諦める気配がない。それほどまでにあのキーホルダーが気に入っているのだろう。
やがて一人の女子が鋏を取り出した。真紅とジュンは背筋が凍るような思いだった。その鋏でマスコットキャラの首の部分を切断してしまったのである。

 「あーあ、壊れちゃった…確かあんたに言わせたらジャンクだっけ?」

真紅は何も言わない。何も言えなくて俯いてぐっと涙を堪えているだけだった。その反応が面白くなかったのか流石に不味いと思ったのか女子生徒たちは退散して行った。
ジュンは暫くの間、躊躇われたが教室に入る。真紅はジュンにも気付かずに無残にも切断されてしまったぬいぐるみの残骸を拾い集め胸に抱えて泣き続けていた。
こんなとき、どんな言葉をかければいいのかわからなかった。自分が真紅の立場に立たされたときもどんな言葉をかけて欲しいのかわかなかったから。

 「………真紅。」
 「見てた…のね?」
 「ごめん……僕は…」
 「………水銀燈には内緒にしてね。」
 「え?どうして…」
 「どんなことがあろうと、私はあの子の手を借りるつもりはないわ。それが私の最後の意地なんだから。」

やっぱり真紅もまた自分とは違うということをジュンは思い知った。どれだけ嫌なことがあろうと誰かの手を借りようとしない。
それに対して自分は何も出来ないで水銀燈の保護のもとで安穏として学園生活をしている。ジュンはそんな自分が嫌になって来ていた。
自分で何とかしたい。という思いが初めてジュンの中で芽生えた瞬間だった。自分で自分を護りたい。そして人を護ってあげたい。
今、自分に出来ることは何なのか?その答えは真紅の胸に抱えている中にあった。

 「貸してみてくれ、そのキーホルダー。」
 「え?」

何を言われたのかわからなかった真紅はゆっくりとジュンの手にキーホルダーの残骸を渡す。
ジュンは教室のロッカーの中にあった適当な裁縫箱を取り出してその中から針と糸を取り出す。
針の穴に糸を通しゆっくりとぬいぐるみの切られた部分に糸を通した。今までこれのせいでいじめられていたけれども役に立つのなら使うほかはない。
真紅はずっと不安そうにジュンとぬいぐるみを交互に見ていた。切断されたぬいぐるみの首は段々と糸によって繋ぎ止められる。
やがて真紅の視線はぬいぐるみからジュンのみに向けられるようになり彼女には彼の手がまるでぬいぐるみに命を灯す魔法の指のように見えていた。

 「できた…でも完全に元通りって訳にはいかなかったけれども…ホラ、持ってみろよ。」

首を繋げられたぬいぐるみを真紅は恐る恐るジュンの手から受け取る。何故か今までに感じたこともない胸が締め付けられるかのような感覚に襲われた。
ジュンの手に触れた瞬間に心臓が壊れたのかと思うぐらいに大きく鼓動を刻み続ける。ぬいぐるみの首筋に自分の指を這わせてからちゃんと繋がっていることを確認して治ったそれを抱き締めた。

 「ありがとう、ジュン………これはお父様に貰った大切なモノだったから…」
 「あ、ああ…けど酷いことをするもんだな…」
 「そうね、でも貴方が居てくれた。貴方がこの子を救ってくれたからこの子は………」

名前の通りに真っ赤になった顔を真紅はジュンの顔から逸らす。ジュンも彼女にこんな可愛らしい一面があったのかと驚きを隠せずにいた。
いつもの彼女だったら此処で家来なのだからこのくらい当然、ぐらいのことを言いそうなのにただ素直に感謝しているようだった。
何だかそれがジュンにはむず痒い感覚だったらしくお互いに黙ってしまう。

 「と、兎に角もう帰ろうか…。」
 「そうね……帰りにいつも通り紅茶を淹れて頂戴ね。」
 「またかよ…まぁ別にいいけど………折角助けてやったのに結局は…」

ジュンはブツブツ言いながら先に教室から出て行った。真紅もランドセルの中にたった今、彼女にとって至宝となったぬいぐるみを入れる。

 「………本当にありがとう、ジュン。」



そして時は今へと紡ぎ出す。
ジュンは中庭で茫然自失して花壇の段差に腰掛けている。やっぱり水銀燈は何も覚えていなかった。
この学園に来てから彼女の様子が可笑しいとは思っていたのだ。不良になっていたのは予想通りだったのだが自分のことどころか小学校が一緒だった人に対してまるで初対面のように接していたからだ。
どうして彼女の記憶が一部分だけスッポリと暗闇に呑まれているのだろう。それは記憶のブラックホール…。
けれども仮に彼女が記憶を保っていたとしても自分と付き合ってくれたかも疑わしい。結果は何も変わらなかったかもしれない。

 「僕なりには努力したつもりだったんだけどな…」

小学校を卒業し、中学受験を成功させたジュンは水銀燈と真紅と離れることとなってしまった。
最初こそはその事がとても不安だったのだがあの真紅のぬいぐるみを治すという出来事のおかげで自分のこの趣味に少し自信が持てていた。
何の役に立つはずがないと思っていたこの趣味はやがて特技となって昔のように隠し続けるのではなくおおっぴろげにしていた。
それからは不思議なもので周囲のみんなは試しに彼の裁縫の腕を見るべく何かを治す依頼をしてジュンはそれに応えた。それから皆が彼を認めてくれた。
高校に入ってからもそれは変わらなかった。ジュンはただあるがまま自分を表現できるようになっていたのだ。
それで自分が恋い慕う人に釣り合ったつもりだった。けれども彼女のお眼鏡にはかなわなかったらしい。

 「………この気持ちって哀しいのかな。」

胸に沸くものが何もない。ふつふつと込み上げて来るものもなければそれを表す言葉すら出て来ない。
ただただジュンの心に強い虚無感が溢れていた。胸にぽっかり穴が開くとかそんな次元の話ではない。

 「まいったなぁ…失恋ってこんなに辛いのか。」

ジュンにとってはこれが初恋だった。友人にこのことを相談したら友人はその綺麗な思い出のままで留めておけと言っていた。
それもありだとジュンは思っていたのだがこの気持ちをあやふやにして終わらせたくない。未消化で何処かへ行ってしまうなんて哀し過ぎるから。
それでも心にある虚無感は胸焼けのするような痛みに変わってジュンを襲う。ズキンズキンと疼く傷に涙するかのように瞳から一滴落涙する。

 「ジュン…」

名前を呼ばれてジュンは我に帰る。声の主を見たらそれはあれから気高く美しく成長した真紅だった。
涙を見られまいとジュンは目にゴミが入ったかのように擦って彼女に向き合う。

 「どうしたんだ?僕に…何か用か?」
 「その………文化祭、お疲れ様だったわね…」
 「ああ、お前もお疲れだったな…」

こんなことを言いたいんじゃないのに素っ気無くジュンは真紅を突っぱねてしまう。とにかく今は誰にも会いたくなかった。
中庭の空気が一気に冷たくなった気がした。鉛のような沈黙が静かに流れ込んでくる。

 「ねぇ、ジュン…隣に座ってもいい?」
 「ああ」

また素っ気無く答えてしまう自分にジュンは苛立ちを覚え始める。真紅に八つ当たりをしたって水銀燈が振り向いてくれるはずがない。
彼の隣に座り込んだ真紅も悩んでいた。こんなときにどんなことを言ったらいいのかわからない。どんな言葉をかけてもジュンを傷付けてしまう。
今更ながらにジュンの元へ来たことを後悔してしまう。

 「僕さ………水銀燈にフラれちゃったよ。」

沈黙を破ったのはジュンからだった。真紅相手に意地を張っていても仕方がないと思ったのだろうか、それとも誰かにそれを知って欲しかったのか。
真紅はそれを知っていたのだがそう、とだけ答えてそれ以外には何も言わないでいた。

 「失恋って本当に辛いよな。こんなに辛いんだったら恋なんてしなければいいって思うぐらいだよ。」
 「そうね、失恋ほど憂鬱になるものはないと私も思うわ。」

真紅もそれを少し前に体験したからジュンの気持ちはよくわかっていた。あの日、ジュンが初めて水銀燈に告白したときに。

 「真紅は…もう恋なんてしたくないって思ったことあるか?」

ジュンにこう問いかけられて真紅は答えに詰まっていた。ありきたりな台詞、だけれども誰もが通る道なのだろう。
その答えを出すには真紅もジュンも幼すぎる。まだ何も知らずに色々なものから守られている彼等にとってそれはまさしく未知のモノ。

 「私にもわからないわ。ただ、焦って答えを見つけようとしたってそんなモノは自分が見つけ出した願望に過ぎない。
  だから私は貴方の質問に対してはこう答えるわ…『人の心は移ろい行くもの』、だから貴方のその気持ちもいつかは変化すると思うわ。」

ジュンは真紅にそのことを言われてはっとした。それは自分が水銀燈に言ったことと同じことだった。
あのときはジュンのことを相手にすらしなかった水銀燈に対して自分が好意を抱き続けた理由で言った言葉だった。
けれどもその言葉はこうして自分を勇気づける言葉として帰って来た。彼女に言われてやっと気付けた。
答えは最初っから自分の中にあったんだ。

 「ありがとうな真紅、わざわざ慰めてくれて。」
 「別に…下僕である貴方がそんな顔をしていたら私まで憂鬱になるだけなのだわ!
  ああ、もう…ジュン!今すぐ紅茶を淹れて頂戴!」
 「僕はたった今失恋したばっかりなんだぞ!?ったく…じゃあ調理室に来いよ。こんなところじゃ淹れられる訳ないんだから。」
 「下僕の癖に意見する気?まぁ、確かに此処は冷えるわね…仕方ないから行ってあげるわよ。」

ぶつくさとお互いに文句を垂れながら調理室へ向かう二人の姿は傍から見れば奇妙なものだろう。けれどもこれが何時もの二人の関係だった。
真紅はまだこの関係でいることを望んだ。

 (私も焦って答えを出すことはない…願わくばまだ、二人はこのままで…)

自分の一歩先を歩くジュンの背中を見て真紅は静かに一人だけそう願っていた。
二人が去った花壇にはコスモスが咲き誇っている。



一人はあえて答えを求め自分の気持ちに決着をつけた。
もう一人は答えを求めるのを先延ばしにして自分の気持ちを悪戯に浮かべる。
まるで水面に漂わせた真紅の花のようにそれはゆらゆら、ユラユラと漂い続ける。
浮かべた本人の手の届かないところへ行ってしまうか、または消化されずに何処かへ行ってしまうか。
答えを求めるのもまた己の願望でしかないというのに―――

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