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第五話 「療法」


―夜七時半頃

ローゼンメイデンへと続く道で僕は水銀燈と少し距離を置いて歩いている。

「やっぱり反射的なものなのぉ?」
「ああ、そうなんだ……すまない」
「いいのよぉ、ゆっくり治していけばいいんだからぁ」

さっき水銀燈と互いに話をし、
どうにか僕は水銀燈とも喋れるようになった。
けれど反射的なものというか何というか
水銀燈の近くには寄らず距離を置いて歩いている。
心の中で信じていても体が自然にこうしてしまう。

「あ、人がきたわぁ」
「!」

水銀燈がそう言った瞬間、電柱の影に隠れる。
心臓脈打つ、緊張と恐怖で心の中が一杯になる。
まだか、まだかと人が通り過ぎるのを待つ。

「行ったわよぉ」
その一言で恐怖から解放され電柱の影から出る。

「大丈夫ぅ?」
「ん、なんとか……」

と言っても汗だくで心臓は悲鳴を上げそうなぐらい脈打ってるが
人と直接会った時はもっとひどいのでまだマシな方だ。
水銀燈が再び歩き出したので僕もそれについていく。

「ジュン……今まで無理に行かそうとして御免ねぇ。
 全然理解なんてしようとせずに……」
「もういいよ、僕もきつく言ってほんとにすまなかったよ……」
「うん……水銀燈はいつでもあなたの力になるからねぇ」
「……有難う」

また涙が出そうになるが堪える。
こんなに優しい水銀燈を今まであんなに
怒鳴っていたと考えると腹が立ってくる。
自分は何をしてたんだろうと。
だから僕は“努力”すると再び決意した。

“自分為、幸せの為、水銀燈の為に、愛する人の為に”

努力して……絶対に治す。
対人恐怖症、僕の精神の病を。
「それにしても……一体その白崎さんていう人は何をさせる気なんでしょうねぇ?」
「んーわからない……あの人の考える事は常にわからないからなぁ」
「変わった人なのねぇ」
「ホントそうだよ、何故かあの人とは例外的に普通に喋りあえるしね」
「どっちにしろ良い人なのねぇ」
「ああ、凄く」

ホントに良い人だ白崎さんは。
僕の為に色々としてくれる。
申し訳無いぐらいだ。
そして……

「お前も……十分良い人だよ。ホントにありがとう」
「ふふ……ジュンの為なら何でもするわぁ」
「……ありがとう」

パンドラの箱から出たのは絶望や憎しみなど負の感情だという。
箱から出た負の感情は世界に散らばってしまい世は汚れた。
しかし箱の中には一つだけ残っていたものがあるという。
“希望”
それだけが箱の中に残っていて
箱を開けたパンドラの側にあったという。
僕にも“希望”が残っていた。
優しい人たちが回りに居た。
今はありがとうと言う事しか出来ないけど……
いつか治して恩返ししたい。
その為にも治そう。
「そういえばジュン、昨日……あ」

水銀燈がそう言いかけた所で言葉を止める。
何かあったのか?

「隠れてっ!」

そう言われすぐさままた電柱の影に隠れる。
また人が来たのだろうか?
にしてはやけに慌しかったけど。

「こんな所で何してるんだい!?」

やけに大きな声で誰かが怒鳴りつけている。
どうやら水銀燈に誰かが怒鳴っているようだ。
見るのは正直怖い。
だが水銀燈に文句なんか言うのは誰だとはんば怒ってるのもあり
気になりこそりと電柱の影から覗く。

「別にぃ、何もしてませんわぁ」
「何だその口に聞き方は!?
 夜に外出は禁止だろう!危ないじゃないかっ!」

あの姿は……梅岡だ。
僕の担任でもあり、水銀燈の担任でもある梅岡。
生徒の為を思って言ってるんだろうが熱心すぎてかえって
鬱陶しいとも言える。
「すぐ家に帰るように!」
「嫌よぉ、まだ用事があるんですものぉ」
「用事……?それは何?言ってみなさい」
「別に言わなくてもいいじゃなぁい」
「駄目だ、正統な事じゃないかもしれないからな」

いい加減水銀燈がうざがってるのが表情に出ている。
流石に此処までしつこいと鬱陶しくも思えるだろうな……。
しょうがない。

「梅岡先生、そう怒らないで下さい」

梅岡が名前を呼ばれて驚いたのかこっちを見る。
水銀燈もかなり驚いてるようだ。

「お前は……桜田っ!こんな所で何をしてるんだっ!?」
「いや先生、実はカウンセリングの一種を受けに行こうとしてたんですが
 僕は学校に行けない程の対人恐怖症、怖くて一人じゃいけないので水銀燈に
 一緒に来てもらってたんですよ」
「……ほんとなのか?水銀燈」
「ええ、ほんとですよ先生」
「なら……いいんだが、それでも危ないのには変わりないから気を付けるようにね。
 それと桜田、自分なりの努力をしてくれて先生は嬉しいよ。
 協力できる事があればいつでも言ってきてね」
「はい、わかりました。それではさよなら……」

そう言うと梅岡は軽く手を振り角を曲がって帰っていく。
水銀燈はホッと一息つくと驚いたように僕に喋ってくる。
「梅岡とはまともに喋れるの……?あれも例外なわけぇ?」
「いや、あれは論外だから喋れる」
「成る程ねぇ、でもビックリするわよぉ……。
 あいつ何言うかわからないんだから……」
「まぁそうだね……熱心すぎるからねあの人……。
 しかしあの言い訳でよくいけたな」
「私が毎日ジュンの所に行ってるのを梅岡も知ってるからよぉ。
 カウンセリングの付き添いなんて有り得ると思ったんでしょう」
「ああ、そういう事か。もし知らなかったらさらにゴチャゴチャ言われてたかもな……」
「ほんとあいつうるさいわぁ……」
「はは……」

まぁ水銀燈がそう言うのもしょうがないだろうな
僕だってそう思う。
そういえば梅岡が来る直前に何かを言いかけてたな。

「そういやさっき何を言おうとしてたんだ?」
「ああ、あなたが何で金糸雀と知り合いなのかと思ってねぇ」
「金糸雀……ああ、水銀燈は何で知ってるんだ?」
「昨日ノリさんに聞いたら白崎さんていう人と一緒に金糸雀も
 あなたを運ぶのを手伝ってたって言うからぁ」
「成る程、最近知り合ったというかまだ一回も喋った事無いけど
 ローゼンメイデンに昨日来たんだ。
 彼女も色々と訳ありらしいよ……。
 気絶しちゃったから僕から一言も喋ってないけど」
「成る程ねぇ、訳ありって桑田の事かしらねぇ」
思わずビクッとなる。
僕が一番嫌いな人、桑田。
金糸雀も遊び道具にした桑田。
水銀燈も知っているのだろうか?

「桑田の事……知ってるの?」
「ええ、色んな人をあなたや金糸雀のように“遊び道具”にしてるって聞くわぁ。
 私も嫌いよぉあいつ」

色んな人も遊び道具にされている。
僕や金糸雀の他にもあいつは色々としてる訳なのか。
ほんとに許せない、けど怖い。
怖いんだ、名前を聞くのすら怖い。
ホントに僕は駄目だ。
だから……変わらなくちゃ。
そんな事を考えてるとローゼンメイデンが見える。
いつもは昼に来るのでさほど気にならないが
夜になると、古い外見の店に灯りがともり
何とも言えないダークな雰囲気になっている。
知っている店でなければ入るのを躊躇しそうだ。

「あそこがローゼンメイデンだよ」
「何か……怖いわねぇ、入るのが」
「まぁ中は普通だから安心していいよ」
僕はそう言って近付いていく。
少しして喫茶入り口に着き、いつものように
周りに人が居ないのを確認してドアを開ける。
が、僕は開けた瞬間すぐドアを閉めて退く。

「どうしたのぉ!?何かあったのぉ!?」
「いや……何ていうか人が居た」
「人?」
「うん、いつもなら全然居ないのにやけに客が一杯居る」

いつも僕が着ている時間帯は僕以外に人は一人として居ない。
何回も来ているがあの時間帯で人に会った事は無い。
オディールに会った事はあるがあれは違う時間帯にたまたま行ったからだ。
そんな風に必死で考えているとドアが開く。
僕は驚いて入り口からは死角になる道に止まっていた車の影へと隠れる。

「ジュンさんですか?待っていましたよ」

この声は……

「白崎さん?」
「あなたが?」
「ええ、そちらの綺麗な方は?まぁそれは後にして中に入りましょう。
 この時間帯はお客さんが多いので裏口から入りましょう。
 ついてきてください」

そう言うと入り口のドアを閉めて白崎さんは店の裏の方へと進んでいく。
僕も水銀燈もそれについていく。
一分もかからない内に店の裏へと回る。
よく見ると小さく目立たない入り口がある。
白崎さんはポケットから何かを取り出す。
どうやら鍵のようだ。
その鍵を使って裏口のドアを開く。
白崎さんに続いて僕らも入っていく。
何処と無く見覚えのある光景。
「この部屋って……」
「昨日あなたが寝ていた部屋ですよ」
成る程、こっから外に出れるようになっているのか。
全然気付かなかったな。
「で、ジュンはなにするのぉ?」
「その前にこの方は誰なんですか?ジュンさん」
「あー何ていうか幼馴染です」
「この人とは普通に喋れるんですね」
「と言うかついさっき普通に喋れるようになりました」
「成る程、さて事情もわかりましたし何をするか説明しましょうか」

そう言うと白崎さんは通路へと出る。
確かこの先の通路からはカウンターの方に出る。
明かりが見えてきた所で白崎さんは立ち止まる。
「ジュンさん、あなたは紅茶淹れれますか?」
「え、まぁ……」
「まぁあんだけ紅茶の事を言ってるなら淹れれるのでしょうしね。
 そこでジュンさん、ちょうどカウンターの調理場の所からは
 客は見えませんしそこで紅茶を淹れてもらいます」
「……へ?」
「何でそんな事するのぉ?」
「人と触れ合えるようになるには少しずつでもいいから間接的でも触れ合うのが重要と思いまして。
 今の時間はこの店は客が多く来ます。
 なのでほんの少し客と触れ合ってもらおうと。
 人の声を聞くか聞かないかでも差はあるものですよ」

まぁ確かにそうだ。
僕は人を見るだけで卒倒してしまう程だから
声を聞く事すら警戒して普段は引き篭もって
人の声など丸っきり聞かない。
聞くか聞かないかでもかなりの差があるだろう。

「わかりました、やります」
「はい、で……そちらの……?」
「水銀燈よぉ」
「はい、水銀燈さん。あなたも何かしますか?」
「私はジュンがやるんだったら喜んでやらしてもらうわ。
 逆に言うとジュンが居ないと何もしないわぁ」
「そうですか、ならちょうどウェイトレスが足りないので
 やってもらえないでしょうか?」
「わかったわぁ、制服はどうすればいいのぉ?」
「今日は私服で構いません。
 制服はまた後日取り寄せるので……」
「わかったわぁ。
 さて、ジュン始めましょう」
「……ああ」

そう言うと白崎さんがカウンターの方へと進んでいく。
通路から出るといつもと違いかなりの客が居るのが見える。
客の居ないローゼンメイデンしか知らない僕にとっては違和感すら感じる。
僕は身を屈めて白崎さんの影に隠れて調理場の方へと行く。
客の声が聞こえてきてそれに恐怖を覚えてしまう。
もうこの時点で心臓が脈打っていて息が切れそうだ。

「もう大丈夫ですよ、顔を上げてください」
「え、あ、はい……」

白崎さんがそう言うので立ち上がる。
此処の調理場はカウンターの中にあるが
ちょうど回りを木の囲いで囲まれているせいで
此処からは客は見えない。

「大丈夫ですか?」
「何とか……」
息を切らして体を震わしてる僕に白崎さんが言う。
此処でへこたれていたら何も出来ない。
やらなくては。

「水銀燈さんに注文を承ってもらうので
 その注文の紅茶を淹れて下さい」
「わかりました、白崎さんは?」
「あっちでカクテルを作ったり料理を作ったりしていますので……。
 あ、それとお願いがあるんですが」

そう言うと白崎さんは“一冊の新しいノート”を僕に差し出す。

「紅茶とかについて何か書きたい事があれば此処に書いといて下さい。」
「あとで参考にするつもりですか?」
「ええ、まぁ……」

新品なので事前に買っていたのだろう。
抜け目の無い人だ。
けど淹れ方とかをまとめるには書きたい事もあるしちょうどいい。

「それじゃあよろしくお願いします」
「わかりました」
「わかったわぁ、ジュン。頑張ってねぇ……」

水銀燈はそう言うと白崎さんについて行った。
さて、此処からが勝負だ。
僕は近くに置いてあったメニューを見て
葉の種類をチェックする。
ん……結構多いな。
それでも淹れた事のある葉は結構あった。
昔友人に紅茶をよく淹れさせられていたので
紅茶の淹れ方を結構覚えている。
考えれば久々だな……。
知らない葉は横にある“紅茶の淹れ方入門”という本で
チェックしながらやろう。
と言うか喫茶店のマスターがこんなの読んでていいのか?
そんな事を考えてる内に水銀燈が注文を持ってきた。

「これが注文よぉ、頑張ってねぇ。何かあったらすぐ言うのよぉ」

そう言って水銀燈は再びカウンターの外へと消えていった。
そうだ、頑張らなくては。
僕は人の声が聞こえてくるせいでかなり不安になるがほっぺたを平手で
一回叩いて気合を入れる。
よし、やろう。
僕は少し怯えながらも注文の紅茶を淹れ始めた。
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