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夢の話をしよう。甘美の味のする果実だよ。
幼き思い出は色あせてセピア色になり美しく昇華される。思い出こそが人を作り上げるイデアそのもの。
幼き淡く、やり場のない想いは友情へ、友情は愛情へと変わって人の心は移ろいゆけば―――
夢の話をしよう。自分の気持ちに嘘をつく前に―――



長い文化祭初日がやっと終わった。これでメイド服が脱げるかと思うと気が楽になる。打ち上げをクラスでやると言っていただがそんなのに行く気にはなれない。
真紅と巴と雛苺も同意見らしく三人とも誘われる前に早々に帰っていた。私も帰ろうと密かに教室を出て行った。

 (まぁ昼間にあんなこともあったし…それよりもめぐに会いたいしねぇ。)

文化祭の準備期間からめぐとは短い間でしか会うことは出来なかった。ついには昨日などめぐとは一言も言葉を交わしてはいない。
私が来なかったと落胆させないためにめぐがよく歌うあの歌が入ったCDを置いていったがきっと寂しがっただろう。
だから今日ぐらいは今すぐにでも行ってあげたかった。のだが廊下を走っていると不意に声をかけられた。
一刻も早くめぐに会いに行きたい私は少しイライラしてその声の主を振り返る。

 「よう、水銀燈。」
 「ジュン…?一体何?私とっても急いでいるんだけど。」

急いでいるためにいつもの猫撫で声ではなく真剣な口調で答える。

 「いや、その…お前は打ち上げ出ないのか?」
 「出ないわよ。急いで病院に行かないといけないから。」
 「病院!?お前何処か悪いのか!?」

ジュンの問いかけに私は更に苛立ちを覚えてぶっきらぼうに答える。

 「違うわよ、ただ…会いたい人がいるのよ。」
 「会いたい人………」
 「そぉ、だから私は帰るわぁ。じゃあね~。」
 「ま、待ってくれ!僕も一緒に行かせてくれ!」

ジュンの申し出に私は我が耳を疑った。どうしてジュンが病院に行きたがるんだろうか。兎に角、私は時間が惜しかったので曖昧な答え方をして駆け出す。
その後をジュンが追い駆けて来ていた。いちいち止めるのも面倒だし撒こうとすると時間もかかってしまうのでなし崩し的に一緒に行く形となってしまった。
まぁいい、私とめぐの談笑を邪魔しようものなら即、病院送りにしてやろう。白い病棟に入ってから私達は流石に走ることは許されないので歩きになる。
ジュンは何故か気が気でない様子だった。私の後について来てはキョロキョロと病院内を見回している。
そしてようやく私とジュンはめぐの病室の前に辿り着いた。私は何の気兼ねも無く扉を開けようとするがジュンが止める。

 「ちょ、ちょっと待ってくれ!僕にも心の準備が…」
 「はぁ?何ワケわかんないこと言ってるのぉ?」

ジュンの不安を他所に私は白い扉を開ける。白い壁と白い床、白い天井という全てが穢れなき白い唯一の『色』は窓の外の空だけの部屋に彼女はいた。
めぐは私に気付くと明るい表情になったのだが私の後ろにいるジュンを見て表情が凍り付いていた。

 「あ、会いたい人って………女の子?」
 「そうよぉ。友達なんだから女の子よぉ。」
 「ねぇ、水銀燈…その人はいったいだぁれ?」

めぐの表情は微笑んだまま固まっているのだが目が全く笑っていない。ひょっとしたら私が男を連れて来たと思っているのかもしれない。
誤解されないように私は必死に弁明したがめぐはなかなか納得しない。

 「えーと、つまりは彼がジュン君ね?あの水銀燈の上の口の処女を奪った桜田ジュン君ね!?」
 「そ、そういうことになる…な。うん…」
 「いけしゃあしゃあと……私の水銀燈から唇を奪うなんて百年早いわよ!」
 「いや、私はめぐのって決まったわけじゃないし…」

ジュンとめぐは最初こそは険悪なムード(めぐが一方的に敵視していた)のだが何時の間にか二人は意気投合していた。
最終的にはこんな話までする始末だった。

 「ねぇ、水銀燈の唇ってどんな感じだった?」
 「そりゃあやっぱり柔らかかったなぁ…こうムチっとしてて…」
 「何を真面目に語ってるのよ…バカじゃないのぉ?」

今ではこんなに仲良くなってしまっている…。ジュンなど此処に来るまでにかなり不安そうな顔をしていたというのに。
何だかめぐをジュンに取られたようで嫌な気分だった。別にめぐにそんな特別な感情を抱いているつもりはないのだが彼女は私にとってかけがえのない存在だったから。
やがてジュンは予備校の時間になったので先に帰ることになりやっと私とめぐは二人っきりになることが出来た。

 「ひょっとしてヤキモチ焼いてくれてた?」

仏頂面をしている私を見てめぐは悪戯っぽく笑って尋ねてくる。私は素っ気無くそんな筈ないじゃない、おばかさぁんと答えた。

 「そう、私は貴女がジュン君を連れて来たとき少し妬いたけどなぁ。」
 「だからあれはジュンが勝手に着いて来ただけで私はつきあうつもりはないわよぉ。」
 「そうよね、貴女には私がいるんだからもう十分よね?」

めぐはまた微笑んでたので冗談なのか本気なのかよくわからなかった。まぁどうせ今は男とつきあうつもりはないのでこう返すことにした。

 「当然じゃない。めぐみたいに手のかかる娘がいるんだから男とはつきあってられないわぁ。」
 「私に手がかかって水銀燈がずっと居てくれるならこのままでもいいかもね…。」
 「駄目よ、ちゃんと治して貴女は歌手になるんだから。」

冗談とはわかっていつつも一応釘を刺しておく。ついでに前に話した夢のことを言ってみた。めぐは恥ずかしそうな顔でまだ覚えていたの?と言っている。
親友の夢の話なのだ。それぐらい覚えていて当然だと私も言ってやった。

 「それじゃあ水銀燈が私のマネージャーになるっていうのも覚えてる?」
 「う、そういえばそうだったわよねぇ…。」
 「私だってちゃんと覚えてるんだからね。私、水銀燈以外の人はマネージャーとは認めないわ。」

そう言ってくれるのは嬉しいけれどもマネージャーになるにはどうしたらいいのか全くわからない。
それよりも私にはめぐにして欲しいことがあった。

 「じゃあ今此処で練習ねぇ。一発なにか歌いなさいよぉ。」
 「はいはい、本当は聞きたいだけなんでしょ?」

最近、なんだかんだでお預けにされていためぐの歌。やっぱり彼女の歌を聞くと心が安らぐ。嫌なことは全て『忘れられる』気がした。
今日は色々とあって疲れていたのだがめぐの歌を聞くと不思議と気だるさがなくなってくる。
長らく母親がいなかった私はめぐに対して母性を求めているのかもしれない。いつも彼女の歌が子守唄のように聞こえてしまう。
まだ見ぬ母の子守唄―――

 「めぐの歌声って本当に綺麗よねぇ。」
 「そう?私ぐらいのレベルだったらたくさん…」
 「そうじゃなくってぇ、私はめぐの声が好きって言ってるのよぉ。」
 「私の声…?」
 「ええ、貴女の声は私を安心させてくれるから。」

まどろみかけていたせいなのか素直に思ったことが出てしまう。普段の自分ならば赤面ものだろう。
けれども私よりも赤くなっていたのはめぐだった。あんな口説き文句を言われてしまえば赤くなってしまってもしょうがない気がする。
それから私は意を決してあの話題に触れてみようと思う。

 「ねぇめぐ…貴女のお父様のことなんだけど…」
 「………やっぱり気になる?」
 「そりゃそうよ、私から言わせれば実の父親と不仲になる理由がわからないわ。」

雛苺のような例もあるのだが私には実の親とちょっとした喧嘩をするぐらいならわかるのだがめぐと彼女の父親ぐらいの不仲さには疑問が残る。
ひょっとしたら何か力になってあげれるかもしれない、いや力になってあげたいのだ。

 「そうね、水銀燈には…話してもいいかな。私のね心臓移植手術が出来るかもしれない病院が見付かったの。」
 「え…本当に!?じゃあめぐの病気が治るのね!?」
 「まだ決まったわけじゃないわ…。難しい手術だしドナーが見付かるとも限らないし…何よりもその病院はアメリカにあるの。」
 「アメリカ…?」

アメリカ、漠然とした遠さしか思い浮かべられない。けれども漠然としているからこその不安感もあった。
めぐがアメリカに行ってしまえばこうして毎日のように彼女に会えなくなる。こうして彼女を見ることも声を聞くことすら叶わないかもしれない。

 「でも安心して、そんなすぐに移動しなきゃいけない必要なんてない話なんだし。私だって貴女と離れるのは嫌だもの。」
 「めぐ…」
 「だから心遣いは嬉しいんだけど水銀燈、これは私とパパの問題だから貴女が気にすることじゃないわ。」
 「そう……ならいいんだけど。」

何だかそれは自分のためにこの病院に残ると言っているみたいで私は少し重い責任のようなものを背負った気分だった。
茨の王冠よりも、十字架よりも重い何かが背中に圧し掛かるような感覚だった。けれどもめぐは私のためとは言っていない。
それだけが唯一の救いだった。何処までも続く上り坂の道、終わりがない苦痛の道に差す日の光のような。



帰る頃にはすっかり外は暗くなってしまっていた。秋になったから日の入りが早くなってしまったのだろう。
暗い夜道を足早に私は通り過ぎる。日が出ていれば普通の道でも闇が漂うと不気味にうつるものだ。
街灯のボウッとしたクラゲのような光のみに照らされていたのは私だけではなかった。後ろから誰かが尾行している。
足音は最初は私とまったく同じだったのだが徐々にずれてくる。やがて足音は一つ余計に鳴るようになり私のを含めて全部で三つになった。
ひょっとしてこれって今流行りの超常現象なのだろうか?バカバカしいと思い私は後ろを振り返る。けれども其処には誰もいない。

 「ふぅ…やっぱり気のせいよねぇ。」
 「一体何がですか?」

私は度肝を抜かれて声のした方、つまり右横を見ると其処には白いワンピースを着た薄い赤と白が混ざったようなミルク色のウェーブにツインテールをした女性がいた。
彼女は笑みを含んだ左目で此方を見つめていた。今気付いたのだが右目は眼帯がしてあって見えなかった。

 「貴女誰?」
 「貴女だぁれ?」

不審に思って問い質せば眼帯の彼女は鸚鵡返しにして全く話にならない。私が困っていると左横からも声がした。

 「キラキー…真面目にやらないとお父様が困る……」

キラキーと呼ばれた右横の女性のおっとりとした口調とは違い、此方は何処か舌足らずで余り感情が表に出てこない声だった。
右横の女性は左目に眼帯をしており薄い青紫の長髪の一部分だけをツインテールにして結っている。
私を挟んでいる二人に共通していることと言えばその片方だけに見える金色の瞳だけであろう。自分の赤い瞳も珍しいとは思うが金色の瞳なんて見たこともない。

 「そうでしたわね。私は雪華綺晶、それでそちらがばらしぃちゃんこと薔薇水晶ですわ。」

行き成り自己紹介をされても何が何だか私にはわからない。警戒をしているとあっちから色々と話して来た。

 「学校は楽しいですか?けれどもこんな夜まで出歩くのは感心できませんわね。」
 「夜更かしは…お肌の敵。」
 「あのねぇ、貴女たちは私に一体何の用なの!?こっちはさっさと帰りたいんだから用件を…」
 「帰る…?何処へ?」
 「何処って…家に決まってるじゃない…」
 「誰もいない、帰って来ることもない家に……?」

薔薇水晶の金色の眼が私を見透かすかのように凝視している。どうして私の家の事情をこの子たちが知っているのだろう?
それ以前に悔しかった、確かにあんな家に帰るのはとても惨めに思えていたし何よりそのことを言われて何も反論できないからだ。
お父様もお母様ももうずっと帰って来ない。何時から出て行ってしまったのかすらわからないぐらいに昔のことのように思えた。
悔しさと同時に薔薇水晶への怒りが込み上げて来た。これはただの八つ当たりなのかもしれない、でももう私の憤りは抑えが効かなくなってしまっていた。

 「五月蠅い!知った風な口を聞かないで!私のこと…お父様のこと何も知らない癖に!!」

私が怒鳴ると二人とも何故か哀しそうな顔をしていた。いや哀しみだけじゃない、何か別の感情も混じっているようだった。
その時、何故か私はこの二人を以前、何処かで見たことを思い出していた。まだお互いに幼い頃…でもどうして?

 「それは…いずれ分かることですわ。私たちは貴女を向かえに来ましたのよ。水銀燈。」
 「迎えに…来た?」
 「ええ、そのうちにお父様が来る…その時にお父様が全てを話すから………」

それだけを言って雪華綺晶と薔薇水晶は交差点を渡ってしまう。私もそれを追おうとするがまるでタイミングを見計らったようにバスが通って私の視界を阻む。
バスが通り過ぎた後には二人の姿は無くなってしまい私はもやもやを胸にしたまま家路を辿る。
誰も待っていることのないあの家に―――



翌日、私はこのまま暗い家にいるのも癪なので学校へ行くことにした。少し遅れてしまったがどうせ文化祭だ。何も言われないだろう。
学校へ行く途中に私は昨晩、雪華綺晶と薔薇水晶と出会った道を通る。少しだけ期待していたのだがやっぱり二人の姿は其処にはなかった。
仕方がないのでそのまま学校へ足を運ぶ。外からやって来る人に混じったおかげで教師の眼に余りつかずに入ることが出来た。
教室に入るや否や真紅がやって来て私を怒鳴った。

 「ちょっと水銀燈!今何時だと思ってるの!?」
 「ごめんなさいねぇ。私朝は頭に上手く血が回らないのよぉ。」
 「全く、それよりも早く着替えて頂戴、もうとっくに貴女に交代する時間なのよ。」

真紅に促されてしまうので仕方なく私はメイド服を持って更衣室へ向かう。本当なら教室にこっそり忍び込んで名簿を弄ってから出て行こうと思っていたのだが…。
どうせ学校に居ても暇なだけだしそれに何かしていないと昨日のあの二人のことが気になって仕方が無いだろう。
大人しく私は着替えて教室へと戻った。結構人が来ていて忙しい…。私も真紅も奔走していた。
その途中で私の耳にふとヴァイオリンの音色が微かに響き通る。この音色はあの子の音色だった。
私は仕事をすっぽかして窓際から中庭を見下ろす。ちょうどこの教室の窓から外は中庭の上だった。
中庭に造られた簡易なステージの上には小さな体のヴァイオリニスト、金糸雀がいた。遠目ながら緊張しているのかやや表情が引き攣っている気がする。
ゆっくりと弓が弦に添えられ弾かれ、音を紡ぎ出していく。一つ一つの音は繋がり美しい旋律を奏で始める。
まるで刹那刹那が繋がれ久遠の時間を紡ぎ出すかのように…。やがて音色は晴れ渡る大空に吸い込まれるかのように谺し、止んだ。
金糸雀が一礼すると爆発的な拍手が中庭を中心に放射線状のように広がっていた。彼女は再び礼をして舞台を降りる。何故か彼女と同じく私まで満足感を覚えていた。

「ふん、ちゃぁんと自分で演奏できるじゃないの…。」

演奏も終わってやがて皆各々の持ち場に戻り出す。はっとした真紅に私はまた叱られていた。

 「ちょっと、水銀燈!人手が足りないのよ。ちゃんとして頂戴!」
 「はいはぁ~い…全く、なんで私がこんなこと………」

やがて文化祭二日目は何も恙無く終わることになった。終業式の頃にはみんな疲れた顔をしつつも何かをやりとげたという満足感は胸にあっただろう。
私は私でこのメイド服から解放されてとても上機嫌なものだった。
終業式も終わって後片付けをするだけの筈だったのだが一人の男子の提案によって私の予定はまたまた崩されてしまう。

 「よーし!片付けも終わったしこれから打ち上げ行こうぜぇ!!」
 「賛成!じゃあまずカラオケに行こう!」

勝手に盛り上がっている生徒達を他所に私は着々と帰りの準備をする。打ち上げだなんて興味がない。教室を出ようとしたらジュンに呼び止められた。

 「なぁ水銀燈、ちょっとだけでいいから話を聞いてくれないか?」

何時もなら軽くあしらうのだがジュンの表情は真剣だった。仕方が無いので私はジュンの話を聞くことにする。
此処で話すには雰囲気が合わないというので私はジュンに連れられて今は片付けも終わっているので誰もいない中庭に向かう。
並んで歩いてみてわかったが彼は男子の中では背が小さいのでちょうど私と同じ身長ぐらいしかない。
本当に私は彼のことを何も知らないでいる。このあいだ真紅に言われてやっとジュンが私と面識があったことを思い出せたぐらいだ。
ジュンへの不思議さと同時に私は自分への欺瞞が生まれる。過去のことを何も覚えていない自分に対する欺瞞。
曖昧な記憶はふとしたきっかけで欺瞞を孕んで甦る。まるで記憶は殻、欺瞞は実の真っ赤な鬼灯のような。

 「水銀燈。」

考えている横で名前を呼ばれて私はやっと二人は今、中庭にいることに気付く。文化祭のような喧騒はもうなく沈黙だけがちりばめられていた。
此処にいるのは二人だけ、そんな気恥ずかしさを紛らわすために私は花壇に咲くピンクのコスモスに触れる。
それでもお構いなしにジュンは自分の想いを吐露する。

 「僕は変わらず君が好きだ。」
 「…聞いてもいい?私は貴方をいじめていたのよ。貴方はそんな私に憎悪を抱かずにいられるというの?」
 「確かに僕は君にいじめられていた。けれどもそれは形の上でしかないことだ。
  小学生の頃の僕は君にいじめられることで守られていたんだよ。」
 「守られていた?」

ジュンの違和感のある言葉に私は怪訝そうに聞き返す。ジュンは我が意を得たりと私達が小学生の頃を話し始めた。
彼の話によると彼は小学3年生で私と真紅がいる学校に転校して来たという。周りの環境が変わってしまって不安だった彼はすぐにいじめの対象にされていたらしい。
色々な人間からいじめを受けていた彼はただ泣き寝入りをすることしかできなかったという。そんなときに私に助けを求めに来たらしい。
それから私はジュンをパシリのように扱き使っては他の奴等にいじめられないように目を光らせていたようだ。
つまりその当時の私はジュンを自分のいじめの対象にすることによってそれ以外のいじめっ子のいじめる対象にしないようにしていたらしい。

 「だから僕は君にとても感謝してる。それ以上に僕は君のことが好きだ。中学を受験して君や真紅と離れたのは今でも後悔してる。
  君がこの学園にいるということを知ったときに僕は決めたんだ。君に想いのたけをぶつけるって。」
 「ジュン…」
 「今度は僕が君を守ってあげたい。だから…」

純粋な目でジュンは私を見て来る。何も覚えていない私にはジュンの言っていることが本当なのか嘘なのかわからない。
けれどもジュンが嘘を言っているとも思えなかった。初めて私は彼のことをとても素敵だと思えた。けれども私の脳裏にあの子の姿が過ぎる。

 「ごめんなさいねぇ。やっぱり私には貴方を好きになることはできないわぁ。」
 「家庭科室でのことは謝るから…」
 「そうじゃないの。私は貴方が私を想っているのと同じぐらいずっと前から貴方のことを想っている子のことを知っているから…。」

ジュンがずっと私のことを想い続けていたのと同じぐらい真紅もまたジュンを想い続けていたのだろう。
私はジュンを恋愛対象として見れない。そして真紅には彼と一緒になって欲しい。そうなると答えは一つだった。

 「そうか…これ以上、食い下がってもお前が迷惑だもんな…」
 「本当にごめんねぇ。それじゃあ………」

私は逃げるかのようにジュンの許を去った。あのままあそこにいたら場の雰囲気に流されてしまうかもしれなかったから。私もこういうところは女の子なのだ。



一言、私は真紅に言いたいことがあったので教室に戻る。打ち上げに行った生徒が殆どなので教室には私とジュンのことが気になっている真紅ぐらいしか残っていなかった。

 「どうだったの?」
 「ジュンが私を好きな理由を話してくれたわ。」
 「そう…」

真紅の返事は簡素なものだった。それでも私はまだ言葉を続ける。

 「でも私はジュンの想いには答えなかったわ。言いたかったのはそれだけよ。じゃあね…。」

真紅は今度は抑揚のない声で切り替えして来る。

 「私に気を使って断らなくってもよかったのよ?」
 「別にぃ…私は昔のことを全く覚えていないから正直、ジュンにはどんな感情を抱いていいのかわからないだけよ。
  だから手に入れるんだったら今のウチなんじゃないのぉ?」

真紅は私の顔を見て頷き荷物を持ってジュンのいる中庭へと駆け出していった。私はただ教室で真紅の後姿を見ることしか出来ないでいた。あとはあの子が頑張ることなのだから。
そして私もいつも通りめぐの待っている病院へと向かうべく教室を後にした。



その頃、真紅の家に一人の男が訪問していた。男は金色の長めの髪を後ろで結んだ外人の容貌をしている。
どうやらアパートに新しく住むことになる入居者のようだった。彼の話によると二人の娘と一緒に入りたいということだった。

 「だったらこの部屋とかどうかしら?リビングと台所が一緒になってるけれども他に和室を含めて部屋が三つありますし…」
 「いいですね。それじゃあその部屋でお願いします。」

契約書に男は己の名前をサインする。其処には『槐』と書かれていた。



夢の話をしよう。辛苦の味のする果実だよ。
移ろう人の心、それは掴むことも保つこともできない幻想の煙のようなもの。
けれども火のないところに煙はない、思い出のないところに人を想う心もなし―――
夢の話をしよう。思い出が真っ白になる前に―――

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